2-8 港街の陣地蹂躙
マフィア同士がどう争うか。そんな事は俺は知らない。
カシュア軍にどうやって軍港を渡すかも興味が無い。
だが、地獄になるならばやることは変わらないだろう。
銃口向ける奴は殺す。動いている奴も殺す。それだけだ。
そうした地獄の流儀は嫌というほど学んでいる。そのルールの中でなら、眠ることだって出来る。
俺は走るトラックの中で、戦闘の準備を進めた。
飛行ユニットと小銃、拳銃、手榴弾のいつもの組み合わせを装着する。
拳銃も小銃も、買いたてのお気に入りの品。飛行ユニットはジュリアンと同形の、ナハト製だ。
いよいよ地獄で這いずり回る。そんな気分が出来つつある。
慣れ親しんだあの気配だ。
気が静まって行くのが自覚できた。
そのままの気分で、外を見る。
町中も、俺の気分を反映したかのように静かだった。
いつも誰かが走っている筈の港街なのに人一人、犬すら居なくなっていた。
さっきまで爆発や銃声が響いていたのに、それが止んで、動く気配が無い。
腐敗した沼の底の様に、無音が纏わりついている様だった。
「何で人が居ないか、気になるのか?」
俺の様子をずっと見ていたのか、防弾チョッキの具合を確かめていたアンナが肩を叩く。
彼女の装備は灰色を基調にした迷彩服で、腕まくりをして浅黒の肌を露出していた。
額の汗を頻りに拭っている所を見るに、その装備は中々暑いらしい。
「メトロポールは結構でかいマフィアで、しかも穏健派なんだ。市民の生活用品を裏ルートから仕入れて日常を支えてるって側面もあって、結構表の人間と近しいんだよ」
「それとこれに関係が?」
「大ありさ。メトロポールがヤバいから隠れてろって言えば隠れるし、この町から逃げろって言えば逃げる。皆が言う事聞いてくれるんだよ」
「じゃあここに誰も居ないのか?」
「多分な。この町の近くに村がある。そこに避難してるんだよ。だから私達は思い切り戦えるって訳さ」
「へえ」
どうして人が居ないと思い切り戦えるのか。少し引っ掛かる。
「まあ、それは反乱分子も同じなんだけどね」
でもそれは向こうも同じらしいので、町では常識なのだろう。
彼女が苦笑して、絶対ど派手にぶちかますぞ、と続けると、隣のジュリアンが反応した
「不吉な事を言うなよ。知らないのか? そういう事って現実になんだよ。榴弾が飛んできたらどうするんだ?」
呻く様に言う彼は、もう飛行ユニットを着て、ヘルメットも装着していたから表情が読めない。
が、姉はしっかりと読めたらしい。ジェーンが彼のヘルメットをナイフの柄で叩いた。
小気味良い音が響いて、弟がふらついている。
「ンなもん当たるかってんだ。バーンズが華麗にかわすよ」
「おいおい、今僕の名前言わなかった? 榴弾避けるなんて無理だからね」
「だったらてめえの腹で止めな。贅肉も筋肉もねえけど黒いのだったら色々詰まってるんだろ?」
「そりゃ酷いよ。というか榴弾の爆風を腹で止められるわけないよってえええ!」
ジュリアンが言った通り、何かあったらしい。
急にカーブして、進路が変わった。
飛行ユニットのまま転びかけて、アンナに支えられる。
「大丈夫か?」
「大丈夫」
それよりも何があったと聞こうとしたけど、それは曲がる瞬間、布の隙間から見えて、聞く必要が無かった。
道を塞ぐように土嚢が積み上げてあって、それを盾に大砲が準備してある。
一瞬で見ただけだけど歩兵用の、人力でもけん引できる砲だった。
ああいう陣地を作るなんて、随分と用意周到だ。
これは先ず間違いない。敵は
「バーンズ、止まれ。彼方は歓迎の準備を済ませてやがる。多分もう包囲されている」
のだろう。
俺が言う前に、助手席に座るオルフェンが指示を飛ばした。
「だったらどうするんですか?」
「別に予定は変わりやしねえ。ドン・ロランの手足をもいで、反乱分子も叩いて、正規軍もさっさと退かしてすっきりとさせるのさ」
にやりとした笑いが目に浮かぶような、そんな口振りだった。
「バーンズはバイクでイクシプノに行って作戦決行を伝えろ。ジュリアンとクライブは出て、西門から中央までの掃討。ジェーンはバーンズの先回りをして露払いだ」
「私とアンナはどうするっすか?」
「俺と来い。軍の上の奴とちょっと話し合いに行く」
「話し合いっすか。現地で治療もやりたいんですけど」
「それは情報聞き出したい時にな」
ああ、あれなら間違いなく情報を吐くだろう。
それどころか、絶対服従もするに違いない。
「よーし。皆頭に叩き込んだな。準備は良いな」
オルフェンの言葉に、皆が身構えて、互いに笑う。
ジュリアンがユニットのエネルギーを流し、ジェーンが小銃を抱えて、荷台の端に駆け寄る。
後ろではエンジンを吹かす音が聞こえ、エマ達は既にオルフェンと合流しているようだった。
俺もいつでも動けるように身構える。
「敵は軍かマフィアで、町中で大砲も使おうとする大馬鹿だ。加減は要らんぞ。暴れまくれ!」
その声を合図に、俺はそこから飛び出した。
西門から中央までの掃討、という指示を受けて、ジュリアンと飛ぶ。
空から見下ろした西の通りは、斜面を複雑にくねるカーブを基本にしていた。
そんな複雑な通りを基軸に、アミダくじの様に小道が広がっている。
そして大通りにも小道にも、防衛陣地が形成されていて、大砲や高射機関銃が備わっていた。
「こりゃ難儀するな。このまま行けば複数の高射機関銃の良い的だ」
「気付かれない様に建物を影に動いた方がいい」
「低空で行けって事か? わざわざ飛べる利点を削るのは駄目だろ?」
「なら高高度からの垂直降下」
「いくら戦闘機よりも無茶な機動が出来るからってそれはヤバいだろ。俺達のユニットは足を向けた方に加速する。急降下してる最中に、減速する為に足を下に向けたらどうなる?」
「先ず頭に血が上って失神する。それに耐えて減速したら、今度は頭に血が行かなくなって失神する」
「そう言う事だ。頭は常に進路方向。これが鉄則のユニット飛行で垂直降下はできない芸当なんだよ」
「でも出来る」
「は?」
別に姿勢を変えずとも、減速しなくともやりようはある。
ジュリアンには想像つかない様だから、やって見せよう。
一気に急上昇し、敵の攻撃範囲外から敵の陣地の頭上に行く。
敵は俺を探しているが、上空高くの俺を捉えることは出来ない。
そして十分に狙いを定め、銃を構えて、飛行ユニットの電源を切った。
風を感じながら、体は重力に従って加速しながら落ちていく。
敵は直ぐに気付いた。俺を見上げて、高射機関銃を向けようとしている。
しかし、慣れていないのか。それの準備にもたついている様だ。
これなら一気に全滅を狙えるか。
当初の計画とは違うが、やってみよう。
照準を機銃の撃ち手へ、そして更に残りの五人へと滑らせる。
狙いは六人、撃った弾も六発。当たった場所は、脳天。
確実に全員を殺した。防衛陣に動くものは居ない
そして地面がどんどん迫って、視界を埋めつつある。
「おい!」
多分、ジュリアンは落ちるぞ、なんて言おうとしたんだろう。
でも、ここで地面と平行に持ち直せばいい。
ユニットを再起動して、防風陣を展開し、全力で真横に吹かす。
防風陣の抵抗で減速し、肉が骨にめり込む感触がする。
けど耐えられない訳じゃない。
地面に落下する時間を目いっぱい使って、持ち直して、弧を描く様にすれば、元通りの位置に落ち着けた。
隣のジュリアンは、ちゃんと見たのだろうか。ヘルメットで表情が読めない。
「……こうやればいい」
かなり疲れる軌道だけど、やれない訳ではない。
「おい、今のは戦闘機の軌道だろ。しかもエンジン再点火のやり方じゃねえか」
「戦闘機に出来る事が、航空兵に出来ない訳がない」
「生身でするんじゃねえよ。あんなんやったら今度は頭から血が失せるだろ。どうやって耐えたんだよ?」
「上半身に血を集めておいた」
「……化物だな」
これが出来る人間が化け物だというなら、戦闘機乗りも化け物になるだろう。
これは一部の戦闘機乗り達がやる技だと聞いて、訓練したのだから。
「お前は出来ないのか?」
「加重が八になる様な機動出来るわけねえだろ」
「じゃあどうするんだ? 急接近しないとハチの巣だし、斜めから入れば良い的だぞ」
「別にそんな無茶な起動しなくたって行けるんだよ。素人の高射機関銃は動きが鈍いんだから!」
今度はジュリアンが飛び出す。
彼は大きく円を描いて、防衛陣地に迫っていく。
敵は勿論機銃で迎え撃つけど、ジュリアンの動きについていけていない。
「オラオラオラ! トロいんだよ!! デブばっかなのか!?」
銃で敵を倒しながら、彼は威嚇する様に叫ぶ。
かなり目立つ行為だ。多くの防衛陣地の敵が彼に気付いて機銃を向けている。
けど、その弾幕は全く意味をなさなかった。
敵は多数の抵抗空しく、銃弾に倒れていった。
彼の言った通り、敵は鈍重で捉えきれていなかった。
ジュリアンはまるで弾幕などない様に飛行し、次々と陣地を制圧していく。
だが、敵は愚鈍だけども馬鹿ではないらしい。
悲鳴すら聞こえる中、にわかに敵が動きだした。
幾つかの人員が補充されて、その手に大型の筒が見える。
グレネードランチャーだ。
「げっ! 卑怯だぜそりゃ!」
最近流行りと言われた、航空兵にはグレネード、の法則をあいつ等は知っていたらしい。
緩やかな弧を描いて縦横に駆け巡るジュリアンに、筒から発射されたグレネードが迫り、爆発する。
空中で爆散し、広範囲を殺す兵器は、彼を確実に捕捉した。
「だけどな、ちっとぬるいぜ!」
しかし、その爆発も彼を殺すには役者不足らしい。
爆発を突っ切っても尚、ジュリアンは笑っていた。
グレネードがどんどん放たれ、付近で爆発しているのに、傷付く様子が見られない。
「ああ、あの時のあり得ない風防か」
ユニットには四つの仕掛けがある。
推進部、重力抵抗部、姿勢制御部、そして風防部だ。
その中で風防の役目は文字通り風避けだ。
防護障壁を作り、息も出来ない凍てつく地獄から、まだましな不快空間へと環境を整える機能がある。
けど、それは結局その程度だ。
弾を弾く風防なんて、どの本にも乗っていなかった。というか本来は不可能なはずだ。
「廃墟に突っ込もうが爆発に飲まれようが、か。化け物だな」
俺が感じた感想は、きっと敵も思ったのだろう。
蜘蛛の子を散らすように兵達が逃げていく。
がら空きの背中だ。今撃てば簡単に戦力を削れるだろう。
だけど、何故かジュリアンは逃げる敵を追わない。
「他の集団と合流されたら困るのに」
仕方ない。この状況ならジェーンも文句は言わない筈だ。残敵掃討と行こう。
街の上から、小道に逃げる奴の後頭部を撃つ。
もんどりうって動かなくなる敵を確認し、更に近場の敵に掃射。
左右に散る敵には、拳銃と小銃で仕留める。
視界に入る敵は全て殺害対象であり、眼について三秒以内に殺す。
そんな意気込みで撃っていくと、彼方も対策を練って来ていたらしい。
小道からバラバラと人が出て来た。
飛行ユニットを付けた一団だ。
「数は……十人」
「今ちょっと手離せねえ! 半分は残しておけよ!」
「保証できない」
航空ユニットを残しておくのは嫌だ。
自由に飛び回れなくなって、動きが捕捉されやすくなってしまう。
わざわざ鳥かごを作る必要もない。彼には悪いが全て殺す。
敵は早速包囲を始めるらしい。
俺の頭上に、広がるように展開していく。
包み込むような軌道をゆるゆると描く。
敵は三、三、四、と別れ、二つで左右を残りの一つで正面を襲う気らしい。
マフィアにしてはいい作戦だ。右に旋回しても左に旋回しても直ぐに後ろに付ける。
戦闘機ほどではないけど、ドッグファイトは絶対に後ろを取った方が有利だから、非常に厄介だ。
だから、急上昇して一気に上を取って見せる。
敵も釣られる様に上昇を始めるけど、思わず笑ってしまった。
なんて安直なんだろう。まるで肉で飢えた野犬を釣ってるみたいだ。
「これは俺の常とう手段なのにな」
いつもの様に手榴弾を投げてやる。すると真ん中を行く敵はまるで弾けるように逃げ出した。
その急旋回のせいで、数人、血流障害を起こしたらしい。錐揉みして落下している。
だが、それも五分の一だ。さっさと次を倒そう。
狙いは……最も回避が速い奴にしよう。
爆風からいち早く逃げたそれの後ろに付く。
敵の旋回回避を、小さい旋回で内について追いかける。
お腹に力を入れないと、内臓がへそから出てきそうだ。
それに血が頭から足の方に行って、視野がグングン小さくなる。
でも、気合で血流を脳に流してやって、追い続け、撃つ。
よし、落ちた。
今度は後ろから追いかけてくる奴等だ。
加速を切り、両手足を広げて風防を最大まで広げてやる。
抵抗のせいで一気に減速した俺の頭上を、奴等が通り過ぎていった。
「ハンマーヘッド!?」
そんな声が聞こえたが、それは戦闘機でのやり方で、しかも上昇中に行う高難易度機動だ。
これはただの急ブレーキと言って良いだろう。
でも不快指数はそれに匹敵するかも知れない。
急に止まったから、血が暴れ回ってかなり気持ち悪い。
それに、多分指先が内出血しているのか腫れぼったい。
それでも、そうするだけの価値はあった。がら空きの背中が三つも見える。
遠慮なく撃ってやれば、青空から赤い雨が散った。
後は四人。編隊は組まず、個人技に頼るみたいだ。
頭上を無秩序に動きつつ、こっちに降下して来ている。
これは手榴弾で隙を作りながら敵を盾にすればいいだろう。
「楽しそうじゃねえか!」
が、そこにジュリアンが乱入して横腹に銃撃を浴びせる。
二人を撃墜し、戸惑う二人は俺が仕留める。
最後の最後に、ジュリアンが良い所を持っていった、という形だ。
「航空戦力無し。これでまた制空権は確保した」
「ああ」
「これで、オルフェンの作戦を遂行でき……る?」
ジュリアンが地上を見下ろして、首を傾げた。
俺も思っていたけど、見下ろして、納得した。
俺達が航空戦をしている間に地上の様そうも変わったらしい。
いつの間にか防衛陣地が放棄されていて、人一人も居なくなっている。
「おい、クライブ。これでも掃討って言えるのか?」
「知らない」
「一応、言っとくか。……ベース、こちらブラボー。西に航空隊を確認、せん滅。しかし地上戦力は退却。現在ここに敵影無し」
「了解っす。それじゃそのまま港の方に行ってください。軍の反乱分子がわんさと居るんで。今。イクシプノさんがそこに押し込んだみたいっす」
「了解。訊いてたか?」
「ああ」
無線通信で、エマとジュリアンの会話はしっかり聞こえていた。
一先ず、現状で作戦は進んだらしい。
けど押し込んだ、か。随分一方的に事を進めてるような言い方だな。
「イクシプノってどんな組織なんだ?」
「寝た子を起こすな、って諺の語源だと言われても納得のマフィアだぜ。軍とタイマン張れるし」
「へえ」
「マフィアなのにスリーマンセル組むわ、トレーニングするわの凄い奴等なんだよ。まあ、集団戦ならメトロポールの方が上手いけど」
「でも、マフィアには要らない技術だよな。そう言うの」
「お互いに覇を競い合った結果、ここのマフィアは国家になったってオルフェンは言ってたぜ」
「へえ」
つまり、武力抗争の為に色々と準備をして言ったら、軍事国家の真似事にまで発展したのか。
マフィアのイメージがどんどん崩れていくな。
もう想像もつかない。
「まあ見れば分かる。行こうぜ」
「ああ」
港までは直ぐに行ける。
想像できないなら確かめるまでだ。
ジュリアンの後を追って、潮の匂いのする方へ、飛ぶ。
目指すはマフィアと反乱分子の戦闘地帯だ。




