2-6 人に優しく、町に厳しく
殺さない、いうのは余りやった事のない方法だった。
生き残りは有象無象を呼んで、非常に面倒な目に遭う。
だから大抵は生き残りはゼロにする、というのが鉄則だった。
が、今回はそれを実践しなければならないという。
敵に親切にするなんて、なんて奇妙な状態だろうか。
出血多量とか感染症とかで死んだらどうするんだ、とか彼方が事故に遭って死んだらどうするんだ、とか色々言いたい事はある。
けどそう言ったものは、今は全部飲み込もう。
簡単に言ってしまえば、致命傷になる部位への攻撃を避ければいいのだろう。
頭と腹、そしてふともも。これが致命傷になり得る部位だ。
そしてそれを避けるという事は必然的に腕と膝下を狙う事になる。
膝下は当然隠れているから、狙うなら……腕だ。
「よし」
「良しじゃないよもう敵撃って来てるんだけど!!?」
それは窓を割って弾が飛び込んで来たの時から分かっている。
回避運動で頭を打った際には丁寧にかわせと文句も言っている。
だからバーンズも知っているはずだけど、忘れてるようだ。
もしかしたら、パニック状態なのかも知れない。
「くっそ! ここ軍港だよ! 普通駄目でしょヤンチャしたら!」
「ジュリアンが言ってた。吹き溜まりに居る犯罪者はキレやすいから目を合わせるなって」
「どういうこと!?」
「多分あれはキレてるから軍人なんて関係ない」
助手席の肩口から、体を乗り出して小銃を撃ちまくる敵を見る。
後部座席から二人、助手席から一人。中で何か作業している奴らが何人か居るのが見えた。
このまま放置してると、攻撃が激化しそうだ。
バーンズが泣き出さない内に無力化すべきだろう。
先ずは後部座席の奴に一発。
けど、狙っていた腕とは少しそれてしまった。
勿体無い事に、銃弾はサイドミラーを砕くだけに消費されてしまった。
「飛行ユニットの時と少し違うみたいだ。もう少し振動を抑えて」
「何言ってるんだよ! 車ってのは、振動しちゃうもんなんだよっ!」
「飛行ユニットは違う」
「そりゃそもそも使ってるエネルギーが違うからね。あっち最先端でこっち化石燃料だからぁっ」
「じゃあ我慢する」
出来ないことで駄々こねるのは時間の無駄だ。
それに、こういう事にも慣れておくと後に役に立つだろう。
彼方も中々狙いが付かない様だし、余裕はある。いい練習になる筈だ。
揺れを感じながら、照準をそのリズムに合わせて、撃ってみる。
このやり方がいいらしい。上手く行って、腕を撃ち抜けた。
「でも、まどろこしいな。車を撃てば爆死して一網打尽なんだけど」
「物騒だねっ」
「物騒な人に追われてるから」
いくら言っても駄目なものは駄目なんだろう。
敵に配慮し、機関部に当たらないように、注意して、引き金を引く。
後部座席に居たもう一人に当たって、腕を押さえながら引っ込む。
後部座席の二人はこれで銃は持てない筈だ。残りは四人余り。
「小銃は黙らせた」
「え? 三発しか撃ってないよね」
「一発無駄になったのは残念だ」
「ああそうかい。君はそういう次元なんだねっ」
グイッとまた体に力が掛かって、今度は運転席側に倒れそうになる。
そうか。車にもこれだけの加速度がかかるのか。知らなかった。
引っ張られるまま体がグラッと傾くと、誰かの手が肩を押さえてくれた。
冷や汗を滝みたいに流して、こっちを見るバーンズだ。
「こっちには倒れないでくれっ。確実に死ぬっ」
「了解」
「本当にダメだからねっ。今あの世に足突っ込んだからねっ」
片手でハンドルを、制御しつつ、悲鳴に近い懇願をしてくる。
体を定位置に戻して、改めて構える。
今度は助手席で拳銃を撃つ奴だ。
こっちを狙う腕の、その肩を撃つ。
当たった。間違いなく肩が壊れて、失神すら期待できる。
しかし、ここで何故か車内が一斉に沸き立った。
助手席の人間は、仲間から嫌われていたのだろうか。
異様な空気に首を傾げてると、その瞬間何故敵が沸き立っていたのか漸く理解できた。
後部席から、ロケットランチャーがぬっと顔を出したのだ。
「やっばいやっばいやっばい!!」
隣から凄い焦った声がして、景色がぐるりと回り、九十度進路が変わる。
今度は助手席にしがみ付いて、事なきを得た。
「あれに当たったら死ぬ! 先ず死ぬ! 焦げて死ぬ!! 弾けて飛び散って死ぬ!!」
余程パニック状態なのだろう。口がベラベラと動き、ハンドルがぐるりと回転する。
でも不思議とそれは回避行動となっていて、ロケット弾を綺麗に避けている。
でも、これじゃ反撃も出来ない。
どうやって狙おうか。いや、それよりも……。
「もう事を穏便にって状況じゃないな」
至る所にロケット弾が当たって、俺達が走った後はもうめちゃくちゃだ。
これではもう大混乱が起こってるに違いない。
「よし、これならどさくさに紛れて殺しても」
「駄目だよっ! 絶対に、本当に、駄目だからね! 今なら全部あいつ等のせいに出来るんだから! こっちは悪事働かない!」
「……了解」
注文の多い男だ。命を狙われてるのに自由に戦えないなんて、イライラして来る。
ゆっくりと息を吐いて、曲がり終えた瞬間に引き金を引く。
少しタイミングが速過ぎたのか、肩を掠めただけらしく、ロケット砲を落とさなかった。
ロケットランチャーには当てないようにしているせいだ。
誘爆すると不味いからと狙いを外して、そのせいで狙える部分が小さくなってしまっているのだ。
飛んでいるならともかく、ランチャーに入ったロケット弾を撃つには簡単で、そうすると人が死んでしまうからこその問題である。
だんだん馬鹿らしくなってくる。殺してやりたい。
「いっそ彼方の弾薬が無くなるまで待とうかな」
「いやいや、ちょっと! 何暢気なこと言ってるの!? こっちは寿命縮めながら逃げてるんだけど!?」
注文が多い上に文句も多い。
彼の提示した条件で戦っているのに。
ガタガタ揺れる車の中で、腕だけを狙って撃って、嫌になって来る。
殺した方が余程簡単だ。
「でも何でロケット弾なんて準備してるんだ!?」
「不思議なのか?」
「普通は町中でぶっ放すもんじゃないでしょ!? それにあんなのをポンと買う余裕、あいつ等にある訳ないだろ!?」
「そうか」
つまり、かなり前から準備をしていたのか、誰かに融通されたのか。そう言う事だろう。
「なら他の人も危ないかな?」
「一番ヤバいのは僕らだよ! 戦闘力半端ないんだから!」
そうは言うけど、彼方もかなり大変らしい。
僕を追いかけるワゴン車に、白い車がドリフトしながら、衝突した。
横っ腹同士をぶつけた二台は、拮抗して暫し並走する。
でもワゴン車の方が押し負けて、中央分離帯に衝突した。
ああ。それは俺がしたかったのに。
白い車の持ち主は楽しそうにこちらを見る。
その顔に、見覚えがあった。
というか、俺の雇用主だった。
「バーンズ、オルフェンがワゴン車をぶっ壊した」
「へ?」
「あの白い車にオルフェンが居る」
「あ、そう言えばあの車、俺の所のだって何やっちゃってんですか団長!? 大問題ですよ!?」
バーンズが叫ぶと、オルフェンが並走して窓を開ける。
「よう、そっちも妙なのに追われてるんだな」
「たった今団長が潰しましたけどね。というか、良いんですかあんな無茶な真似をしてっ」
「いいんだよ。ジェーンがもうやっちまってるからな」
ジェーンという名詞とやっちまったという動詞は、とても相性が良かった。
どれだけ相性がいいかと言えば、あまり親しくない俺でも、どんな惨状を作ったか容易に想像できるくらいだった。
「……どうするんですかこれから」
「先ずは敵を始末する。傭兵団に生半可な覚悟で銃向けた戦争初心者に、プロがどんなもんかを叩き込むのさ。なあ、ジェーン」
どんっと上から物音がした。何かが乗ったらしい。
「随分と生温くやってたみたいだな。クライブ。私を殺そうとした奴とは思えないぜ」
それに聞き覚えのある声がする。
車に、死神が降り立ったみたいだ。
「町中で殺すと大変な事になるってバーンズが言っていた」
「はっ。確かにそうだな。けど、これはもう大変な事になってんだよ」
「証拠は?」
「ない。勘だ。が、強いて言うならお出ましの奴等と、無視決め込んでる軍が証拠だな」
きっと重い銃を構えたのだろう。
車の天井が三脚の跡に凹んで、金属が擦れ合う音が聞こえる。
そして視界には彼女の言うように、軍に制されることもなく、当然の様に湧き出る車の群れ。
中には暴徒が武装して、まるで金塊を追う様に欲望丸出して追いかけて来る。
運転手の二人も、バックミラー越しに見えたらしい。ぼやきと悲鳴が車中に響いた。
「はっ。こりゃいよいよだな」
「何が起きてるんですか!?」
「ここを保持していた軍が機能していねえ。かと思えば溜まっていた犯罪者が俺らに向かって押し寄せてる。そして俺達は軍が作ったと思われるルートを調べていた。ぼんやりとだが、概要が見えて来ただろ?」
「軍が指揮してるんですか!?」
「指揮ってもんじゃねえだろうが、関与はしてるだろうな」
そう言った後、ハンドルを握ったまま難しそうな顔をする。
「ただ、町を破壊してまでもってやり方は腑に落ちねえな。こんなに派手にやってりゃ司令部が黙ってねえだろうに。……司令部の指示なのか、司令部を気にしなくていいのか」
「どちらにせよ、こいつら全員張っ倒す。それでいいだろ。団長」
「ああそうだ。ジェーン。クライブも、やっちまっていいぞ。遠慮はするな」
団長の許可が下りた。
やっとのびのびと戦える。
これからは車だろうが頭だろうが撃ち放題だ。
先ず、一番前を走る車のボンネットに二発ほど撃ち込む。
軽い爆発音がして、車はそのまま速度を失い、後続車を巻き込む形で消えていった。
新しいドミノ倒しをしている気分だ。
うん。やっぱり地獄なのだから、こうでなくては。
「はっ。いいねえ。今度は私の番だっ」
頭上で軽い発砲音が聞こえて、車の一団を掃射する。
彼女が持って居たのは重機関銃らしくて、車が当たっただけで吹っ飛ぶほどの威力を発揮していた。
銃身がどう描いているのか、眼に浮かぶ光景だ。
「こいつもくれてやる!」
更に手榴弾が降って来て、残存する車の中心で爆発した。
車を破壊し、タイヤをパンクさせ、車が何処かの家に突っ込んで、一部の車が華々しく火を噴いた。
随分と派手な攻撃だ。町が壊滅しても可笑しくない。
「よし、追手は大体沈んだな。じゃあ脱出するぞ」
「でも何処に行くんだ? 北? それとも南?」
「西だ。西門にジュリアンとアンナがトラックで待ってる」
「手が速いね。予測してたのかい?」
「予測はしてねえ。が、軍が裏に手を出すと碌な事にならねえからな。もしもの為にジュリアンとアンナに待機させておいた。準備が出来たら一報入れるって言ってたからきっと直に来るぜ」
と言うタイミングを計ったかと思うタイミングで、何かが風を切る音が聞こえた。
そして、頭上高くから爆発音。
「花火を合図にって言うのは聞いたことがあるけど、それを銃器でやるのは聞いたことがないね」
きっと突っ込む余裕もないのだろう。
空に撃たれたロケット弾の軌跡を見つつ、バーンズは疲れたように呟いた。




