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2-5 運転手の密かな実力

 依頼は正規ルートでも裏ルートでもない、第三のルートで物品を動かしている存在の把握。

 その為に、今度はバーンズと組んで駆け回るらしい。


 カンカンと照る港町の大通りを、バーンズの運転に委ねて眺める。


 助手席から眺める世界は、やっぱり眩しいほど明るくて、都会的だ。

 歩いた時と大した変わらない。俺の肌に合わない。

 何だか、町が俺を拒絶してるようにも感じるくらいだ。


 今度はバーンズの横顔をちらと見る。


 相変わらず群衆に紛れそうな顔立ちで、格好良いとも悪いとも言えない。

 やせ形という特徴を省いたら、存在が掻き消えそうなほど微妙だ。


 そんな彼は、何故か俺をチラチラと見て、口をもごもごさせている。


「い、いやー。今日はいい天気だね」


「……」


「風も壮快だし……」


「……」


「釣りに出るには絶好かなあ……なんて……」


「……」


 別に意地悪をしたいから無言でいる訳じゃない。

 この会話が通算十五回目だからうんざりしているだけだ。


 最初は相槌を打っていた。どう話せばいいか分からないから、それしか選択肢は無かった。

 でも同じ内容が続くにつれて、何だか延々と流れるレコードに話をしている気分になったのだ。


 そんな馬鹿な事、したくもない。


 それ以降、車内にはバーンズの声ばかりが流れる事になった。


 十五回目にして気付いたのだけど、どうも彼は沈黙が嫌いらしい。

 そして無理にでも話をしようとして、こんな無様な状態になる様だ。


 別に話すことが無ければ話さなければいい、とは行かないのか。


 横顔を見続けていると、無精髭の顔が困った様に笑う。


「……あ、目的地に着いたよ」


 バーンズの性格を考察しているうちに、着いたらしい。


 骨董屋だろうか。随分と古びた皿やアンティークの家具が並んでいる。

 どれも時の移ろいが刻まれて、アンティークという雰囲気を醸し出している。


 でも何よりも骨董なのは壺でも家具でもなく、物件だろう。


 何だか、指で突いただけで倒壊しそうな風貌だった。

 壁は板張りなのだけど、その板が黒っぽく変色している。

 そこに嵌められた扉は蝶番が壊れてるのだろう。斜めになっている。


 元々事故物件だったのか。老朽化でそうなったのか。

 どちらにしても余り近寄りたくない。


 戦争の間で発達した直感が、不味いと叫んでいる。


「ほら行くよ」


 でも促されて、仕方ないので家の前に立つ。


 外に出て近くで見れば、尚そのボロさが鮮明に見せ付けられる。


 見間違いかと思って二度見したけど、支柱がずれている。

 窓ガラスも曇っているように見えたけど、実はヒビだらけだ。


 これは指一本も要らない。吹けば崩れるぞ。


「ここに何があるんだ?」


「お? 気になるかい?」


 思わず呟くと、バーンズの弾んだ声が前から飛んでくる。

 話題があるだけで、ここまで喜べるのか


 何か、見ていないのに顔まで想像できてしまう。


「ここはね。骨董屋兼情報屋でね。色んな情報を売ってくれるのさ」


「へえ」


「でもここのお婆ちゃんががめつくてねー。値切り前提の値段を吹っかけてごり押して来るんだよ。犯罪者相手にもそれをやるもんだから、偶に店へ攻撃をされるくらいなんだよ」


 成る程。だからこれだけボロボロだったのか。

 と、思ったけどこれは元々だろう。店への攻撃で板が腐るわけがない。


 その触れるのも躊躇われる店の扉を、バーンズは平然とノックして見せる。


「ヴァネッサさん? 居ますか?」


 扉は直ぐに開いて、老婆が出てきた。


 あばら家から出て来た老婆は腰が曲がり、杖をつき、全体的に骨ばっていた。

 だけど鷲鼻にかけられた眼鏡の奥は、老いを感じないほどギラギラしている。


 成程、『業突く張り』というのが似合いそうな風貌だ。


「何だい? あんたかい。また嫌な奴が来たねえ」


「そんなこと言わずに、ちょっと壺売ってよ。お婆さん」


「だろうと思ったよ。ちょっと室内は不味いから車ん中にしな」


「店がどうかしたのかい?」


「活きの良いトマトが三つ入って来てね。ちょっと痛めつけてやったらトマトソースでぐっちゃぐちゃさ」


「相変わらずだねえ。ヴァネッサは」


「でなけりゃやってけないよ。このご時世はね」


 このお婆さんは腰が曲がっているのに健康には問題ないらしい。

 また車に戻って、新たに乗り込んだヴァネッサが一瞥する。


「狭い車だねえ。貧乏ったらしいたらありゃしない」


「悪いねえ。うち貧乏だから。腰は平気かい?」


「平気だよ。で、何の情報だい。あたしゃ暇じゃないんだよ。さっさと言いな」


「表のルートも裏のルートも使わない、仕入れ業者について」


「ああ、それかい。じゃあ……二百万」


 事も無げに、随分膨大な金銭を要求してきた。

 新人将校の年収に匹敵する額だ。


 情報の相場なんて分からないけど、彼が言った通りの吹っかけに違いない。


 にやりとほくそ笑むヴァネッサは間違いなくわざとなのだろう。

 こちらも彼の言った通り、意地悪な奴だ。一体どうするんだろう。


 注目していると、少し悩んだ後、バーンズも朗らかに笑った。


「成程。無理だね」


 それは、素人の俺でも疑問に思う発言だった。


 情報を得るのが仕事なのに、値切りもせずに情報を得ないで諦めるのか。

 しかも、事前に値切る前提の値段だと言っていたのにも関わらず。


 一体何を考えてるんだろう。


 奇妙な状況に見ていると、バーンズが笑顔を保ったまま、続ける。


「無理だから、グランパにでも聞いてみよう」


「……グランパ。あの足無し爺か。相も変わらずだねえ。バーンズ。……五十万でいいよ」


「グランパに陸路の方で聞こうかな?」


「老い先短いババアに集って何が楽しいんだい!?」

  

「あはははっ。別に楽しむためにはやってないよ。ヴァネッサ。さてお爺さんに会いに行かないと」


「四十万! 四十万だ! これ以上は値引かないよ!」


「いやいや、まだまだ行けるでしょ。グランパだったら十万で寄越してくれるだろうし」


「あたしの方がより詳しい情報なんだよ!! あああ。分かった二十万。二十万でいいだろ!? この寝取られ野郎めが!」


「生憎僕はここ五年、彼女いないんだよ。はい、二十万」


 カラカラと笑いながら、封筒から紙幣を渡す。

 それを受け取るヴァネッサは、封筒の分厚さを名残惜しそうに見つつ、それを受け取った。


 そして鞄から何かメモを出すと、ぐしゃっとバーンズに押し付ける。


「そんなのを誇るんじゃないよ。全く最近の若いのは女の扱いがなってないからそんな事になるんだよ」


「強欲婆ちゃんの扱いは上手いんだけどねえ」


「あんだって!」


「冗談ですよ。さあ、レディ。お手をどうぞ」


 外に出て扉を開けて、手を差し伸べてやれば、それを思い切り叩かれている。


「あんたの油臭い手なんて要らないよ! オルフェンに、今度はジェーンを呼べって言っときな!」


「考えとくよ。それじゃ」


「あ! 後結構ヤバい情報だから、中身は見ないでそのメモを渡すんだよ!」


 その老婆の声に手を振り、バーンズは笑顔のまま車を発進させた。




 来た道を、来たのと同じように帰る。


 けど、彼の印象は同じとは行かず、ガラリと変わっていた。


 バーンズは冴えない、街に溶け込む一般人だったはずだ。

 しかし、老婆を手玉に取るその様は、影の薄い背景その一とは思えない活躍ぶりだった。

 

 きっと視線がずっとそっちに向いていたのだろう。車を運転したまま苦笑されてしまう。


「意外だっただろう」


「別に」


「そう? 僕は僕自身、意外だったよ。まさか自分にこんな才能があるなんてね。そう考えると運転とかもそうかな。全部ここに入ってから覚えたんだよ」


「そうなんだ」


「ああ。銃も砲手も爆弾設置もここに来てだ。ここは物を覚えるに適しているよ。何せ覚えないと死んじゃうから」


 監禁場所からの爆破脱出は本当に死にかけたよ、とまたカラカラと笑う。


 一体彼に何があって、そんな目に遭ったのだろう。

 そして何故そんな目に遭う傭兵団に居るのだろう。


 バーンズは、何処かの整備工場の方が余程馴染めそうな気がするのに。


 窓に頭を付けて、冷たさを感じながら、サイドミラー越しに景色を見る。

 やはり、この都会には遭いそうにない。ましてや荒事の蔓延る軍港なんて合う訳がない。


 ……やっぱり合いそうにないな。


「……ねえ、カーチェイスってしたことある?」


「あるよ。でも、あれは嫌だね。ハンドル操作間違えても、追いつかれても死ぬし。あんなのをやるのは命知らずのならず者だけさ」


 カーチェイスの経験があって、運転を才能の一つに入れている。

 きっとドライビングに関してはそれなりに腕が立つのだろう。


 だったら、ドアから転がり落りて逃げるのは止めとこう。


 懐に隠しておいた銃を手に、弾数とエネルギーを確認する。

 港で買ったばかりだから平気なのは知っているけど、それでも一応だ。


「おいおい、そんな物騒なの町で出さないでくれ。軍に見つかったら不味いぞ」


「大丈夫。もっと不味い事が起きた」

 

「?」


「車に追われている」


 シートベルトを外して、助手席を盾に後ろを指し示してやれば、彼もバックミラーで確認できたのだろう。

 銃器を持った男を満載に積んだ、ワゴン車を見て、目を丸くする。


「い、いやあ。兵士のデリバリーじゃないかな。ほら、武器だけじゃなくて持ち手も売ります、みたいな」


「それかも知れないし、銃弾のデリバリーかも知れない」


 言ってやれば、彼の声が震え始めた。


「ああ、車に追われてるからそんな話題を出したんだね。……ああ、トラウマ刺激されそう。泣いていい?」


「駄目だ。視界が悪くなってハンドル操作を間違える」


「泣いたら死ぬなんて、世界は厳しいなあ。あははははっ」


「自棄になるな。俺が全員殺す」


「頼もしいけど、殺人は絶対に止めて欲しいな」


「何でだ?」


「町での殺人は、ちょっと厄介だから。軍とか治安維持隊とか、マフィアとか」


「……分かった」


 泣きそうなのに、頭はしっかり回るらしい。


 なら、生かさず殺さず、適度な外傷で済ませよう。


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