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2-4 ドンの依頼

 広い海を臨む港からお気に入りの銃を持ち、狭苦しい事務所に戻る。


 しかし扉を開けた一瞬、本当に元の場所に戻ってきたのかと思ってしまった。

 何があったかそれとも夢か、色々と疑うほどにそこは様変わりしていた。


 簡単に言えば、狭い室内がゴミ袋でさらに狭苦しくなっている。

 執務机の上にもゴミ袋。

 応接用のソファにもゴミ袋。

 資料が詰まった棚の間にすらゴミ袋。


 全てがゴミ袋に沈みつつある。


「おいおい、俺達はタイル一枚で生活するのか? 何だよこれは」


 ジュリアンがぼやきつつ、邪魔なものを蹴り飛ばして進む。

 と、誰かに当たったらしい。その袋が投げ返された。


「ゴミを人様に蹴り付けるとはいい度胸だな!?」


 アンナだ。邪魔だからと寄せたのだろうゴミ山から顔を出して、悪魔だって逃げ出しそうな顔をしてる。

 ティーシャツとジーンズ姿の彼女は元々虫の居所が悪かったのか、苛立ちが収まらないらしい。


 長い腕で手近なゴミを掴んで、投げつけ始めた。


「ちょっと、待てっ。それよりもこの惨状を」


「私が今クライブん所掃除してんだよ! 文句あっか!?」


「文句は、ねえけどよ」


 続々ゴミ袋が投げつけられて、ジュリアンがだんだん俯く。

 その額に青筋が浮かんで、ギリギリと歯が鳴っている。


 付き合いは短いけど、理解はできる。一歩引いておこう。


「いいや! ありまくりだ! おらあ!」


 ゴミ袋が、宙を往復しだした。


「たかが掃除でこんなゴミの山になるわけねえだろ! レーションの食い散らかしかねえんだから!」


「てめえ掃除した事ねエのか!! あれだけカビだらけだったら雑巾いくらあっても足りねえんだよ! ゴミの下全部カビ何だぞ! 蛆虫湧いてんだぞ! それ求めて蜘蛛来てんだぞ! 生態系出来上がってんだぞ!」


「ンなもんほっとけ! それか手榴弾で吹っ飛ばせ!」


「そんなことしたら、クライブの成長に悪影響出るだろうが!!」


 ゴミ袋が至る所にぶつかって、資料の棚を倒し、執務机の上を薙ぎ払って、誰かの頭にも当たる。


「ちょっと。喧嘩するなら外でしてください。このゴミ袋全部持ち出していいっすから」


 今度はエマだ。ラジオを抱えて、ゴミ袋の中に埋まっていたらしい。

 ゴミ袋すらソファの様に座りこなす様に、何となく自堕落のプロ、という言葉が浮かんでくる。


「部外者は黙ってろ! その口の中に腐って溶けた魚ぶち込むぞ!」


「蛆虫も付けてしてやるよ!」


「仲いいっすね。そういうとこだけ。付き合いきれんっす」


 ため息を吐いて、エマはラジオを抱えて外に出る。


「あ、序に包帯取り替えますから、クライブも避難してくださいっす」


「分かった」


 俺もこんな所に留まるつもりはない。

 エマの後を付いて、事務所から地下へ移動した。


 地下には倉庫とシャワールームの他に、医務室もあったらしい。


 といっても倉庫脇をカーテンで仕切っただけのもので、設備もベッドと薬棚があるだけだ。 


「じゃあ巻き直すんで、服脱いでください。ズボンだけでいいっすからね」


 言われた通りパンツのみになって、体を見せる。


「おお、若いって良いっすねえ。治りが早い」


 太ももの傷を撫でられ、更に消毒液を含んだ脱脂綿を押し付けられる。

 冷たく湿った、柔らかい感触が、少しの痛みを伴った。


「これじゃ跡も残りませんね。銃創が残らないって言うのは凄い事なんすよ。そう言えば昔の傷も跡がうっすらとしか残ってませんし、いやあ、羨ましいっす」


 新しい包帯を巻いて、一つ叩く。


「これで良し。静養は解除っす」


「もういいのか?」


「本当は一ヵ月ベッドに縛り付けるつもりだったんすけど、大丈夫っすよ。歩こうが走ろうが飛ぼうが、お好きにどうぞって感じっす」


「そりゃ丁度いい」


 最近あまり聞いていなかった声に、首を回す。

 地上に続くドアから、オルフェンのごつい手だけが伸びていた。


「緊急の仕事だ。来てくれや。お二人さん」


「分かったっす」


「今回は少し複雑だぞ。肉の匂いに釣られて、裏の奴やら軍人やらが続々とお出ましらしい」


「肉の匂いで、釣られる?」


 あいつらも、余程腹を空かせていたのだろうか。



 







 


「今回の依頼は、裏の人間からだ」


 ゴミ袋を全て地下に叩き込んだ後、オルフェンはそう口火を切って、応接用の机に紙をばらまく。

 そこには、協定違反の物資運搬に関する調査、なんて題された硬い文が並んでいた。


「要約すると、分け前も寄越さないで商売しまくってる奴が居るから見つけ出せって事だな」


「分け前?」


「おう、お前も行ったんだろ? あのおんぼろ船に」


「ああ」 


「あそこは軍関係者に鼻薬を散々嗅がせて、他の眼も眩ませて、やっと成り立ってる場所なんだよ」


 鼻薬と言えば、賄賂の事だと何かの本で読んだことがある。

 無法者と言えども、力業で全て推し進めている訳じゃないのか。


「だってのにその土台にタダで乗ってる奴が居るって事で、無法者のドンがお怒りなんだとさ」


 説明しつつ、煙草の箱とライターを手に窓の方へ歩く。

 窓を開けるその背中にアンナが、質問を投げ掛けた?


「ドンってアルベルト? それともレベッカ姉さん?」


 その言葉が皆の何かを刺激したのか、周りがざわざわと話し始める。


「レベッカの姉御な訳ねえだろ。アルベルトの狸だぜ」


「狸寝入りのアルベルトがやると思うっすか? 面倒臭がるだけっす。間違いなく姉御がキレたに違いないっす。この世の終わりっす」


「いやアルベルトが怒った方がヤバいだろ。地球が割れるぜ」


 オルフェンが答える前に各種様々な憶測が飛び交う。


 アルベルトとレベッカ。これが裏を支配する奴等らしい。

 後で会うかもしれないし、名前だけでも覚えておこう。


 狸寝入りか。それに起こるとこの世が終わるという情報もあったな。

 果たしてどんな人物なんだろう。


 けど、そこを深く掘り下げることは無いらしい。


 彼は、煙草をゆっくりと吹かして、咥えた唇の端でにやりと笑った。


「それに関して、答えが実はこちらに向かっている。大人数でな」


 オルフェンが言った途端、空気がピリッとした感じがした。


 横を見れば、ジュリアンが凄い嫌そうな顔をしていた。

 正面のエマはげんなりとしていて、アンナはひたすら祈りを捧げている。


「レベッカ。レベッカ姉さん来い。いやこの際アルベルトの爺でもいいっ」


 その様は必死過ぎて、これから死刑にでもされるんじゃと思うほどだった。

 一方その横で帰り支度を始めるのは医者だ。


「私ちょっと用事思い出したっす」 


「俺も、ちょっと今日食べた肉が重すぎたみたいで腹痛い。帰るわ」


 エマに便乗してジュリアンも帰ろうとする。


「おいおい、どうした? もう来るんだが。バーンズを運転に、ジェーンを護衛にな」


「だって団長。俺らの所に大人数で来る奴なんて、アレしかいねーだろ」


「あの陰険に付き合うだけで私の体力が尽きますっす。私は一抜けますよ」


「あれは駄目だよ。私とは肌が合わない。ぜんっぜん合わない」

 

 凄い嫌われようだ。多分今から来る人は、狸寝入りとか切れたらこの世が終わる人じゃないみたいだけど、一体どんな人間なのだろう。


 先ず会わない方が良い人間には違いないから、俺も帰った方がいいかも知れない。

 けど、オルフェンがそれを許さないだろう。


 それに、時間がもうないらしい。


 無線からボソボソと声がして、それにオルフェンが答える。

 そして煙草をもみ消して所長の執務室の椅子にどっかりと座る。


「今、到着したってよ。来るぜ。ドン・ロランが」


 そして、彼の言葉を待っていたように扉が開かれた。







 十人の男を引き連れて来た男は、髪の長い髭を蓄えた中肉中背の男だった。

 太い葉巻を咥え、にっこりと笑って腕を広げる。


「いやいや、久しぶりだね。お元気かな。オルフェン君」


「お陰様でな。ドン・ロラン」


 オルフェンとロランが抱き合い、互いの背を叩き合う。

 随分と陽気で朗らかだ。これが本当にマフィアなのか。


 マフィアといったらもっと陰湿で、凶暴で、薄暗い目をしていると思っていたけど、違うみたいだ。


「最近めっきりと顔を見せなくなって、寂しかったぞ」


「俺達は傭兵だからな。そろそろ傭兵稼業を本格化しねえとな」


「どうりで見ない訳だ。それじゃあこういった依頼も?」


「徐々にやらなくなるだろうな」


「それは残念だ。非常に悲しい。ん? おおジュリアン!」


 そして、今度はジュリアンに近づいて、ガバッと抱きしめる。


「相変わらずこんな冴えない奴に従っているなんて。早くこっちに来い」


「いえ、俺はここが気に入ってるんで」


「つれない奴だなあ。じゃあ姉の方は……ってあっちはここに居ないのか。じゃあ他の女神さんは?」


「私はパスっす。貴方の所の仕事は死体の解体っすから」


「あんたの居る所って砲兵が要る様なとこじゃないでしょう」


「どちらもつれない、か。残念だがまあいい。勧誘は幾らでも出来る。仕事の話をしよう」

 

 少し前までゴミ袋が鎮座していたソファにどっかりと座って、紙を出す。


「最近、食肉関係で荒稼ぎしてる奴がいる。食肉だけじゃない香辛料にまで手を出して来た。胡椒、ローリエ、ナツメグ。全く、こういった香辛料は俺ら『シミヤー』のシノギだ。そこに入ってこられちゃ困るんだよ」


「で、傭兵に何させたいんだ? 調べろってんならお前らの方が優秀だろ」


「そうなんだけどなあ。こっちの調べによると、どうもそこに噛んでる奴が厄介な存在なのだよ」


 と、新しい資料が出て来る。


 写真が机に投げられて、そこにいかめしい顔の軍服姿が映っていた。


「軍人だ。ジェイコブという名らしい」


「軍人? 随分暇な軍人もいたんだな」


「全くだ。だがそれ以上に面倒だ。俺達の息がかかってない軍人が裏に関与しているなど、状況が捻じれている」


「だな。前の『お願い』に靡かず、その癖に今となって裏に進出か……。これじゃマフィアは動きにくいな」


「全くだよ。下手に動けば折角築いた軍との蜜月も一気に崩れ去る」


「それで俺達か」


「ああ。君達は、いや君は色々な人脈を持ってるだろう。それでちょっと調べてくれないかな?」


「他のマフィアは? アルベルトの奴なら分かるんじゃないか?」


「生憎、『エクシプノ』のドンはまだ眠り足りないらしくてね。『メトロポール』の女狐も今回は下りるらしい」


「そうかい。俺はどちらかと言えばそちらの筋の方からの依頼が好きなんだが」


 きっとオルフェンには何か引っかかるものがあったんだろう。


 拒絶するような言い方をして、ちらりとロランを見やる。

 勿論、軽口混じりの、誰もが聞き流すような言い方だ。


 だが、それにロランは面白い様に反応した。


「我らは確かにあいつ等よりも陰気なのだろうけど、こう見えてもこの一帯を占める三大マフィアの一角なのだよ。例え遠方、氷に覆われたフェリニア出身の新参物だろうがね」


 陽気な笑顔が一転、植物を枯らすような冷徹な眼差しに変わる。


「出身や歴史は見ちゃいねえさ。性に合うか合わないか、これだけの話だよ。後、金だな」


「確かに私の所は他所より金払いは悪いと聞くな。それも国民性なのだよ。何かあった時の為に金はあるに限る。で、やるのかね。やらないのかね」


「やるよ。今回ばかりは金払いがいいしな。珍しい事に」


「それは良かった。では頼むぞ」


 葉巻を深く吸って、床に吐き捨て、さっさと帰ってしまった。

 それを見届けて、オルフェンがまだ火のあるそれを踏んで消す。


「全く、相変わらず中身は冷酷無情なフェリニア人だな」


「あいつ等の依頼をうけるんですか。私は反対ですよ」


 アンナがため息まじりの呟きをぶつけた。


「あいつ等は平気で騙すじゃないですか。聞きましたよ。『メトロポール』との盟約を破って色々な所で商売してるらしいじゃないですか」


「利があると思えば約束なんて反故にするってのが彼方の考えだからな。彼奴の言い方ならば、国民性だ」


「それにしたってやり方が陰湿なんですよ。ギリギリまで裏切らないで、土壇場で、一番『メトロポール』が被害を被る形で反故にするんですから」


「そのお陰で、メトロポールが力を失い、三大マフィアの内二つがぶつかるなんて事態にならなかったんだけどな」


「団長はどっちの肩を持つんですか?」


「どっちの肩も持たねえよ。お前が知らないだけでどっちも結構あくどい事やってるんだから」


「そうなんでしょうけどさ……」


 アンナはどうもあの男が気に食わなくて、メトロポールというマフィアとその頭、レベッカが好きらしい。

 ふくれっ面で塵取りを出し、葉巻を掃き取り、ゴミ箱に叩き込む。

 まるでそれがロランであるように睨みつけながら。


 それを面白そうに見つつ、オルフェンは手元の資料を手にソファに座る。


「マフィアとの関係はこの町に居着くためのものだ。どっぷりと浸かるなよ」


「浸かるつもりはありません。ただあいつらが気に入らないだけです」


「ならいい。仕事に移るぞ。いい加減隠れてたバーンズとジェーンも呼んで来い。何時迄車庫入れしてんだか」


「りょーかい」


 アンナが口を尖らせたまま、地下に降りていく。

 それを見届けつつ、机にばら撒かれた資料に目を落とし、オルフェンが呟いた。


「しっかしなあ。きな臭い話の上に、お二方が動かんか。嫌な予感がするぜ」


 楽しそうな口ぶりに、俺も嫌な予感とやらが伝染して来る。


 それでも、戦場で無防備な状態になるよりはずっとマシだろう。

 それにお気に入りの銃もある。アレがあればどんな事態だろうと生きていける筈だ。


 マフィアが束になって襲っても。

 この町全体が敵になっても。


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