表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/20

2-2 裏の世界の住人達

 俺の中の軍港の印象は、完全統制、といった代物だった。


 軍人が常に目を光らせ、不法や犯罪は勿論、予定の遅れすら許さない。

 完璧な管理で全てがスケジュール通りに動く街。


 大袈裟に言えば、そんなイメージだったのだ。


 しかしそんなイメージは、目の前に展開されて行く光景が徹底的に破壊していった。


 具体的な例を挙げるなら、マフィア共が協定を作って独占した一区画。

 はたまた、政治家が何か画策する為に隔離させた、怪しげな家。

 もしくは、その付近に犯罪者が吹き溜まってできた、裏通り。


 軍港といえども軍人の眼が届かない場所がある、という言葉はまさしくその通りだった。

 例え権力を持つ公僕といえども、治外法権がひしめき合えば、手出しが出来ないらしい。


 現在歩いているこのゴミと配管だらけの裏通りはというと、犯罪者が作ったものに分類される。 

 俺達が通ればある人は訝しみ、とある人は値踏みし、ある人は地面に唾を吐く。


 言ってしまえば、社会から弾かれた人間の溜まり場だ。

 その眼差しの剣呑さに少し親近感を感じる。


 でも、ここで過ごしたくはないかも。


「余りじろじろ見るなよ。マフィアと違ってキレやすい。しかもガチでキレて来るから面倒なんだ」


 そう言われたので、ぼんやりと前だけ見て歩いていると、突き当りに老人が座っていた。

 片足がなくて傷だらけの顔を持っている、だけど雰囲気が柔らかい好好爺だ。


 この掃き溜めの中では、余り類を見ない人だ。一体誰だろう。


「や、久しいのう。オルフェンとこの小坊主」


「爺も元気そうだな。まだ死んでなかったのか?」


 顔見知りらしい。親し気に肩を叩き合ってにやりと笑っている。


「そろそろ死神に迎えの車を用意させようと思って居るのだが、彼方も大入りらしくてな。車が全てで払っとるらしい」


「はははっ。そうはいっても嫌われてるんじゃないのか?」


「ほうほう。それは困ったわい。徒歩であの世まで行かねばならんか」


「して、また追い返されんだろ?」


「くくくっ。そうに違いなかろうて」


「俺らとしては、このまま死に損なってくれた方が嬉しいけどな。仕事回してくれるし」


「おお、そうじゃった。仕事じゃったな」


 思い出したように老人が手渡したのは、厳重に梱包された紙の包みだった。

 澱んだ水路の様に濁った空気の中で見るそれは、あからさまに怪しかった。


 ジュリアンの眉が寄ってちょっと手に取るのを躊躇する。


「爺さん。ヤバいもんじゃねえだろうな」


「勿論ヤバいもんじゃよ。が、いつも通りのヤバいもんじゃ」


「何だ。厳重にしてあるからガチでヤバいのかと思ったぜ。覚せい剤?」


「軍用のな。チョコに練り込んであるタイプじゃ。例によって、知人がこういうのは嫌いだと言っていての。金に換えて欲しいらしい」


「そりゃ賢い選択だな。薬食わされて、働かされて、ぽっくり死んだら誰が笑うってんだ」


「死んだ奴じゃない事は確かじゃな。レートは幾らかね?」


「それは中を確認しねえとなあ。開けて見ても?」


「構わんよ」


 老人から了承を得て、ジュリアンが無遠慮に包装を引き剥がす。


 中から出て来たのは板チョコだった。

 文字はカシュアの物で、活力剤入りチョコレートと書かれている。


「うわ、カシュアのだ。敵国ともお友達かい」


「凄いじゃろ? と、言っても直接は手に入れとらんのじゃがな。カシュアと仲良しなガンディルと仲良くなっただけじゃよ」


 とブイサインして見せる好好爺だけど、何故敵国と仲良しになれるのか、さっぱり分からない。

 普通だったら即銃殺だから、絶対躊躇するだろうに。


「へえ、そんなのが居るのか。流石は爺だな。でも俺カシュアの文字読めねえんだけど……クライブは読めるか?」


「一応」


 必要な知識を得る為に、本は絶対に必要だった。

 だから読むだけならカシュアもガンディルも、他の国だって読める。


「何処を読めばいい?」


「覚せい剤の配合量を知りたいんだ」


「この数字」


「ありがとな。……何だいつもと変わらねえな。調べないと分からねえけど、多分これ一つで一万くらいだぜ」


「なら十万にはなるか。友人に良い報告が出来そうじゃ」


 にこりと笑って、懐から何かを出す。


「ほれ、報酬金じゃ」


「あいよ。確かに」


 紙弊を数えて、彼方もニヤリと笑う。


「じゃあ後は任せな。売り払ったら直ぐに金を渡しに行くぜ」


「ならば三日後、同じ時間同じ場所に待ち合わせよう」


「おう。じゃあ、今度飯でも一緒に食おうぜ」


 これで仕事は終わったらしい。

 もう用はないと言う様にジュリアンは足早に裏通りを歩き出す。


「これで終わりか?」


「まさか。今度はこれを聖別してくれる所に行くんだよ」


 チョコの一枚をポンと叩いて、彼は笑った。







 彼が次の目的地として訪れたのは、教会だった。

 そこはまるで町中の子供が集まっているように、群れていた。

 多分、戦争で親を失った子供たちの溜まり場で、孤児院のような状態になっているのだ。


 つまり、ある種のサバイバルの様相を呈していた。


 敷地いっぱいにジャガイモを植え、壁には蔓性の食物を這わせ、木に至っては収量の見込める果樹である。

 子供達はそれに肥料をやり、水を撒きと世話に追われている。


 これが枯れれば、食事がままならなくなると知っているのだろう。誰もが真剣だ。


 が、ジュリアンが来たと知ると、皆が一度手を止めて、目配せをした。

 意味深な様子だ。その時の顔は誰もが無表情で、不気味で仕方がない。


「なんか恨みを買ったのか?」


「さあな」


 ジュリアンも何故か言葉少なに答えて、戸を叩く。


「ばっちゃん。洗濯屋からの呼び出しだ」


「いつもの小坊主はどうしたのかい?」


「真っ黄色を白くするのに大忙しだと」


 と答えるや否や扉が開いて、中から老女が出て来る。

 一体何歳か、と思うくらいしわくちゃの老婆だ。


 それが満面の笑みを浮かべて、バッと手を広げたかと思えば、俺とジュリアンは抱きしめられていた。


「いやあ、ようく来た! 久しぶりじゃないか! え! 用が無くたって遊びにおいでって何回も言ってたろうに」


 いや、これは抱きしめるというより、首が決まっている。

 この婆、力が異様に強いから、本当に息が詰まる。


 折角ジェーンから生き延びたのに、ここで死ぬかも


「ばっちゃん、星が見える。両親が、会いに来る……」


「おっと悪かった。つい嬉しくてねえ。さあさあお茶を用意するよ。伝言だけ伝えてハイ終わりなんて帰さないからね」


「分かってるよ」


 引き込まれて、教会の中に入れば、大きな礼拝堂は子供達の生活の場となっていた。


 机が中心にあり、端にはベッドが備え付けられていて、その上カーテンまで付いている。


 当然、そこにも子供達が居て掃き掃除をしていたのだが、今回も一回手を止めて見上げられた。

 けど、今度は無表情ではない。皆一様の感情を浮かべてジュリアンを見上げていた。


 まるで福音が下りて来たかのような、満面の笑みだ。


「違法の兄ちゃんが来た」


「今日はご馳走だぜ」


「しーっ。外にばれたら大変なんだよ」


 彼等のそんな小声が漏れ聞こえて、納得した。


 成程、ここは非合法の何かをするところで、それで得た金で子供達を養っているのだろう

 それが分かっているから、子供達もバレない様にしている、という事なのだ。


「ここの子供は相変わらず賢いな」


「ジュリアン以上だねえ」


「こっちは相変わらず辛らつだぜ。俺ってそこまで悪くないぞ。頭」


「はいはい。そう言えば、ジェーンはどうしたんだい。まさかそこの子がジェーンって言うんじゃないだろうね」


「いや、こいつは新人のクライブ。野生に返ってたから拾ったんだぜ」


「オルフェンの鼻たれも、ようやるねえ。でも、そう言う紹介は先ず最初にやっとくもんだよ。誰に促される前にね」


「機会なかったじゃん」


「機会は作るもんさ。ほい、入りな」


 礼拝堂を抜けて、今度は小さな部屋に案内される。

 椅子と小さなカウンターがある、小部屋。カウンターには小さな窓がある部屋だ。


 その窓の奥に人の気配を感じる。大人の気配だ。


「懺悔室にようこそ。何か悔い改める事はあるかね?」


「そんなの言ってたら人生足らねえよ。グレッグ。ほら、良いもん入ったぜ」


「知ってるよ。オルフェンから手紙が来てる。レートは一枚一万一千だ」


 男の声だ。彼が覚せい剤を買っているらしい。


「おいおい物まで把握してんのかよ」 


「当然だ。カシュアの薬入りチョコレートだろ?」


「さっすがだな。しかも千ほど値上がりしてる」


 そう言ってチョコを渡すと、奥で何か作業をする音が聞こえて来た。

 金庫を開けているらしい。


「この金がとある軍人の、家族への仕送りに使われるという事も把握している。こんな腐った世に滅多に見ない美談じゃないか。色くらい付けるさ」


「本音は?」


「覚せい剤が手に入りにくくなってる。ジャンキーは水に上げられた魚みたいに喘いでるから、幾らでも値を吊り上げられるのさ」 


「さっすがだな」


 今度の流石、には若干非難が混じっているように聞こえた。

 が、男は悪びれもせず、笑う。


「知らなかったじゃ済まされない事を国が騙して推進したんだ。文句を言うなら国に言って欲しいね」


「潰さないくらいにしとけよ」


「そこは心得ている。だからこそ一割だけしか値上がりさせないんだよ。そもそも慈悲を見せるなら、値を倍に吊り上げて、薬を断ってしまえばいいん」


「実は俺、薬が買えなくて自分の腹掻っ捌いて内臓を売ろうとして、そのまま死んだ人間を見たことがあるんだ。だから止めとけ」


「そうか。残念だ。ほら金だよ」


「あいよ。確かに。ばっちゃんに迷惑かけんじゃねえぞ」


 そう言って小部屋から出る。

 と、その後ろにグレッグの声の楽し気な声が投げかけられた。


「そりゃないね。俺は懺悔室から出ないし、薬もやらない。オルフェンに縊り殺されるようなあらゆるヘマを絶対にしない。私は完璧よ」


 どんどん高く艶やかになって行くその声の最後は、女性の物だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ