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1-1 親切な人

 物心ついた時には、もう人を対価にしたゲームは始まっていた。


 ガンディルとカシュア。その古くから続く因縁を火花に、燃え盛った戦争。

 ニーベルン川から発したその火は、細木を大火にくべ続ける様な状態と化していたらしい。


 戦火を退ける為に銃弾と人を投入し、それを燃料に勢いは増していく。

 そんな矛盾した行為が終わりが見えないほど続いていたのだ。


 それでも、その戦果を伝える活字はどれも勇ましいもので、自軍を称えるのが常だったようだ。

 そしてそれを読むたび大人達は喜んだり、安堵したり、不安がったりしていた。


 子供の頃の俺は、それを見て随分と不思議がっていたものだ。

 だってその時は、戦争なんて知らなかったのだから。


 遠くで何が起きてるかも。

 何でお腹に響く音が近づいて来てるかも。


 それがなんであるかを知ったのは、村がそれに包まれた時だった。


 畑が焼かれて、お気に入りの毛布が焦げて。

 お父さんの首が跳ねられ、お母さんがどこかに消えて。

 家が壊れて、道が壊れて、牛が壊れて、人が壊れて。

 

 そして、そして……。


 焼ける匂いと、悲痛な悲鳴と、目に痛いほど鮮やかな色に、やっと俺は戦争が何であるかを知ったんだ。


「地獄だ。僕は地獄に堕ちたんだ」


 村人が細木としてくべられたその日。

 大切な何もかもが奪われた、その日。

 死体と火の中で地獄を噛み締めた、その日。

 抜け出せない底なし沼の地獄に堕ちたその日。


 それが何歳かの記憶で、一番古く、強いものだった。










 木陰が心地よいツリーハウスに寝転んで、娯楽書を開く。


 半分焦げたそこには、人は適応能力があり、どんな所でも生きていけると書いてあった。

 例え内臓の奥まで凍りつく土地でも、肉を焦がさんばかりの熱線が降りしきる大地でも、人間は生きていけるらしい。


 それには全く以て同意だった。


 人はどんな所にだって生きていける。

 人である俺は、地獄の深みの中でも平然と生きていた。


 日を遮る枝葉の高みへ隠れて、もしくは煩雑とした下草で息を殺して。

 それだけで地獄の汚泥を闊歩する死神をやり過ごせた。


 やり過ごしてしまえば、地獄という汚泥の底は意外に住み良く、心地良いものだった。


 人間関係のしがらみもない。毎日畑を耕さなくていい。

 寝たい時間に寝て、起きたい時間に起きればいい。


 まさに自由だ。地獄は天国である、なんて矛盾した台詞すら思い浮かぶ。


 でも、当然だけどただただ奔放にしていては生きていけない。

 地獄の中にだって相応のルールがある。

 生水を飲まない、とか三食を抜かない、とか。


 一日一回は必ず親切な人からご飯を貰うとか。


 ただ、そんなルールを徹底して以来、俺は死神の足音を聞いた試しが無いのだから、やはり地獄は住み良いと断言出来る。


 特に、この森は素晴らしい。


 この森で古い物見やぐらを見つけた時は分からなかったけど、今は素直に喜べる。

 多分あの時に戻ったなら、タップダンスだって踊れるはずだ。


 数ヵ月ほど前から隠れ家を幾つか作って過ごしているけど、隠れる場所は豊富で、親切な人が何時もここを通る。


 ここは恵まれすぎている。きっと悪魔が用意したに違いない。


 それは、外の光景を見れば明らかだ。


「……朝だ」


 カモフラージュから少し顔を出してみる朝日は、比較的穏やかな一日の幕開けを象徴していた。

 そしてそれは変わらぬ日常の始まりでもある。


 俺の毎日は変わらない。

 好きな時間に起きて、道具を整備して、拾った本に書いてある訓練をして、昼寝をして。


「……音がする」


 そして、親切な人を出迎えるのだ。


 彼等は俺に対して本当に親切だった。

 ご飯を与え、命を守るための本を与え、そして各種兵装まで融通してくれる。


 彼等が居なければ、俺はきっと死んでいただろう。

 感謝してもしきれない。俺は死ぬ時に思い出す顔は、何をおいても先ずその人達だろう。


 今回もそれを享受するために、太い枝を登って、森に張り巡らされた小道を見る。


 が、あの人達が通っているのはこの辺りのルートではないらしい。

 音はすれど影は無し。焦らされている気分だ。


「音の方向は南だから……第三ポイントの方から見た方が速いかも」


 別に急ぐ必要はない。見えないなら別の寝床へ移動すればいい。

 そして何処の所属で、ここから何処へ向かっているか、情報を集めるんだ。


 それさえ見れば、何処を通るかの算段は付くのだから。


「美味しいご飯があれば良いなあ」


 貰っている身で言うのもなんだけど、彼等の運んでくる食事は当たり外れが多い。


 最近は空軍砲兵用の塩辛いレーションが続いて辛くなってきたし、そろそろ陸軍の仄甘い乾パンが食べたくなってきた。

 陸軍でありますように、もしくは空軍ではありませんように。


 祈りながら、重い装備を着込む。


 最近ナイフで切り払った髪をヘルメットに入れる。

 更に革みたいにゴワゴワになったシャツの上から、リュックほどのパックを背負う。

 最後に足に筒状の出力機を付けて、準備は整った。


 飛行ユニット。空の自動車とも言われる、現代の戦争には必須の兵装だ。


 それを身に着けて戦う兵士は偵察、砲兵の支援、敵への空爆等々の仕事を任される。

 特に砲兵部隊への空爆に急行する航空兵は、諸手を挙げて喜ばれるらしい。


 魔力、というよく分からない万能な力によって可能になったその兵種は、今や戦争の花形とも言われるほどの活躍とのこと。 


「最大時速百、最大航行時間百二十分。燃料は満タン。他の装備も間違いなし」


 でも、俺はそれを戦争の為でなく、生きるために使うのだけど。


 確認を終えて、今日の餌を確認する為、スイッチを入れる。

 体が静かに宙を浮いて、風を切って新緑の中を駆け抜けた。


 




 目の前に立ち塞がるのは幹と枝と根。

 それがグングン迫って来て、その隙間を縫って加速していく。


 敵の使うだろう道を先回りするルートを自己ベストを更新し、森を突き抜ける。


 すると俺の予想通り、開けた荒野にはトラックと装甲車が走っていた。

 トラック三台、装甲車は一台。


 最前線の補給をしに行くと考えると、ごくごく普通の輸送車列だ。


「そして所属はガンディル軍。良いご飯だな」


 魚を模した紋章は、楽な証だった。

 彼等のレーションは粗末で不味いけど、輸送兵がやさしいのだ。


 何せ、ガンディル補給兵はおよそ兵士とは思えない存在である。


 何時も朗らかで、防弾ガラスの窓を全開に煙草を吸い、歌を歌いと楽し気だ。

 そして、数発の銃声だけで運転ミスをし、死んでしまったことがあるほど気が弱い。

 凡そ戦闘には向かない奴等は、多分新兵ばかりがこの仕事を受け持って居るに違いない。


 俺からしてみれば、缶詰が缶切りと一緒に飛び込んできている様なものだった。



 さて。



「ここから軍基地まで、航空兵でも二時間。つまり連絡されても兵の急行はない」


 手早く済ませれば、何の問題もなく終わるだろう。

 更に加速して、接近する。


 どんどんトラックがどんどん大きくなってきて、凡そ八百メートル。


「早速行くとしよう」


 こんな最前線近くまで来てくれたのだ。歓迎しないといけない。


 こんな貧弱な装備でわざわざ俺に届けてくれた親切な人達を。

 俺に襲われるためにここを通った馬鹿な奴等を。


「銃弾の雨で」


 エンゲージ。ここなら絶対に外さない。

 担いでいた小銃を構えて、引き金を三回引く。


 肩に軽い衝撃が伝わって、装甲車のタイヤが三つ凹み、車体が落ち込んだ。

 ハンドルを取られて横転するそれを後目に、今度はトラックを同じ目に遭わせる。


 全ての車が蛇行を始め、荒野に歪んだ轍を残す。

 一台は同じく横転し、残りは互いにぶつかって。止まったらしい。


 よしよし、ここで畳みかけよう。


 ユニットをフル稼働させて、装甲車の正面に回り込む。

 ガラス越しに、驚愕と恐怖に歪んだ顔が見えた。


「こ、子供!?」


「いや情報では少数精鋭だと」


 敵の正体に驚き、怯える時間があるなら弾をばらまく。銃が無ければさっさと逃げる。

 そうしないとどうなるか、この人達は分からないらしい。


 その窓は防弾だけど、所詮拳銃弾を防ぐ程度。小銃の弾は容易く貫通するのに。


 運転席と助手席、そして後ろに乗っていた奴等を順繰りに撃っていく。

 計五発でどれも一撃必殺。真っ赤な地獄色に染まったそれは、今日も腕が鈍っていない証だ。


 更に近場で停車した二台のトラックの中身も同様に沈黙させる。抵抗らしい抵抗はなかった。

 

 では、横転した最後の一台を。


「て、敵襲」


「あ、失敗した」


 いけないいけない。声のする方へ小銃を構えて乱射する。

 撃ち込んで撃ち込んで、声がしなくなくなるまで穴を量産して、魔力カートリッジの残量目盛が空になった頃。


 やっと最後も沈黙した。

 詳しい事を言う前に口を封じることが出来た。


 でもちょっと遅すぎたか。


 詳細を知らなくても異常だって分かるから、敵がわんさと出てくるだろう。

 蜂の巣をつついたような大騒ぎが起きるに違いない。


 毒針代わりの銃弾なんて浴びたくもない。

 さっさと盗るものを盗って、早めに脱出しよう。


「レーション。弾薬、ユニットの燃料」

 

 親切な人が持って来てくれたものは、種類が豊富だ。

 有用なものばかりで、目移りしてしまう。


「種類が豊富なのも、困るときがあるけど」


 特に銃弾の種類の多さは厄介だ。

 一回違う弾薬を盗ったせいで小銃が使えず、近接戦で兵士と戦う羽目になった。


 あの時は腕を撃たれるし、頭を銃弾が掠るし、手榴弾の礫を浴びるしで大変だった。

 あんな思いは二度とごめんだ。


 あれ以来、弾薬だけは吟味する様にしている。


 そうして、弾薬を漁っていると、箱から溢れて長い筒のようなものが転がる。


「ん? 航空兵用の迫撃砲だ」


 正式名称は知らないけど、砲口を下に向けても弾が落ちない構造で、反動をできるだけ少なくした物、らしい。


「確か……真っ直ぐ弾が落下するような工夫されてるんだっけ」


 でも、こういう一撃必殺見たいな武器は使うことは無いだろう。

 使うとしたら小銃、拳銃、手榴弾。慣れないものは使いたくない。


 というか、そもそもガンディル軍のよりもカシュア軍の小銃弾が欲しかった。

 彼方の方が装備が優秀なのは、世界の常識だ。


「取るものは……拳銃弾と、レーションくらいかな。魔力燃料のカートリッジは規格に合わないし」


 そうして厳選したものを背嚢の中に集めたものを突っ込んで、パンパンに膨らませる。

 重さはかなりあるけど、これで重量過多になることは無いだろう。


 時間にして三十分、追手が来る収穫を終えられた。


「……と思ったんだけどなあ」


 そんな矢先に、奇妙な音が近付いてきた。

 風を切る音だ。幾つもしていて……多分三つほどだろう。


 来るものは何か、大体の予想は付いている。急加速して森の中に隠れ、息を潜めた。


 一団は、直ぐにやってきた。

 戦闘機の翼を小さくしたようなものを背負い、空からゆっくりと降りて来る。


 あのヘルメットは、ガンディル軍の航空兵だ。

 しかも小銃を持って居るという事は航空歩兵、空からの偵察や掃討を目的とした部隊に違いない。


 偵察は、砲兵にとってパートナーであり、砲は戦争の主戦力だと聞く。

 つまり、主戦力のパートナーというエリート集団と言う訳だ。


「またやられた。くそっ。一体補給兵殺しはどこに居るんだっ!」


 少し声の幼い兵士が、ヘルメット越しでも見透かせるほどの怒気を表している。

 一方、戦闘を飛んでいる細身の兵士は、低い落ち着きある声でそれを諭す。


「落ち着け。頭に血を昇らせるのは速いぞ。死体はまだ新しい。近くに敵群が居る筈だ。高度百メートルを保って捜索しろ」


「「了解」」


 彼等は再び空の青へと飛び込んで、小さくなっていった。


 「不味いな」


 話を聞く限り、あいつらは俺を狙っていたのだろう。

 だからこそ、こんなに早く現場に急行できたに違いない。 


 この辺りを巡回しているのか、派出所みたいなものを幾つも作っているのか。

 どちらにせよ対策され始めたとなれば、ここでの狩りも潮時だな。


「後顧の憂いを断って、移動しようかな」


 ゆっくりと飛行している音を頼りに、敵へと一気に加速して森から抜ける。

 運がいい。目の前に居たのは命令を出していた奴だ。


「おま」


 そう言いながら銃口を向けようとするが、遅すぎる。

 俺は引き金をもう引いていた。


 すれ違いざまの一撃は、男の脳天を確実に貫通して、ぐらりと全身の筋肉が弛緩していった。


「隊長!?」


 と声をかける隊員だけど、それはもう言葉を話すことは無い。

 落ちるそれの眼は、もう濁り切っている。


 死者に話す前に、俺を撃てばよかったのに。


「ジェイ! 何をやっている! 敵を撃て!」


 打って変わって、もう一方の敵はしっかりと後ろを取って、攻撃を始めていた。

 動きも判断力も、本で書いてあった通り、模範的な軌道で模範的な射撃をしている。軍人とは多分こういう人を指して言うのだろう。


 でも、模範的過ぎて狙いがワンパターンだ。ジグザグと避けるだけで簡単に避けられる。

 ガンディル国はどうしていつも頭ばかりを狙うのだろうか。これじゃ当たるものも当たらない。


 まあいい。俺にとっては好都合だ。

 このまま挟み撃ちに遭うのも嫌だから、一気に上昇する。


「頭上を取る気か!?」


「舐めるなよ! 飛行能力ならこっちのユニットの方が上だ!」


 敵方も一気に加速して、二人が此方の後ろへ付く。


 確かに彼方の方が速いみたいだ。きっと最高高度も彼方の方が上だろう。

 だが、このユニットは旋回能力が高く、小回りが利く。


 翼の角度で旋回するユニットと、加速方向を変える事で回転するユニットでは天と地の差がある。


「当たらない!?」


「後ろに目があるのか!? 化け物め!!」


 そうして良い距離、良い立ち位置になるまで敵を誘導して、仕込みをして、急旋回。


 相対する敵の、驚愕する顔が良く見えた。

 きっと意図することが理解できたに違いない。


 敵に近すぎて、尚且つ互いが近しい位置に居るという事も、たった今知ったのだろう。


「さ、さんか」


 指示を飛ばす前に、ピンを引き抜いていた手榴弾を投げる。


 手榴弾の致命範囲は五メートル。殺傷範囲は十五メートル。


 彼等がそのまま真っ直ぐ加速すれば、致命傷はないだろう。

 だが、鉄片は間違いなくその体や兵装に食い込み、落下死だ。

 だからと言って横に逃げるのは論外だ。そのタイプのユニットが旋回する場合、どうしても速度が落ちてしまう。


 俺の眼には、結局二人とも死んでしまう未来がありありと浮かんでいた。


 が、どうも現実は違ったらしい。


「くそっ!」


「クライブさん!?」


 一方が手榴弾を抱えたのだ。

 爆発音とともにあらゆるものを撒き散らして、そのまま目から光を失って落ちていく。


 味方をかばっての、自死か。


 自分が生きる道を捨て、死を選ぶなんて、なんて馬鹿な奴だろう。


 それにあの爆発だ。きっと肉と機械が混ざり合って、装備品は漁れないだろう。


「う、うわああああ!?」


 なら、悲鳴を上げて逃げ出した奴だけはしっかりと処理して、漁れるようにしないと。


 ジグザグに走って逃げる敵目掛けて構え、ユニットへ一発与える。

 乱数回避と言っても、本当の乱数じゃない。人の癖もあるし、パニックになってしまえば単調にもなる。


 銃弾は簡単に当たった。 


 徐々に高度が落ちるそれを追って、地面に軟着陸した後も走って逃げる兵の足を撃ち抜く。

 頭を狙うのが定石なのだけど、ヘルメットが上等なら、貰っておきたい。


 今付けているものは少しぼろすぎるのだ。


 しかし、まだまだ逃げ足りないらしく、兵士が這って逃げ出した。


「無駄なのに」


 敵の前に回り込んで、銃をヘルメットに突き付ける。


「な、何なんだお前。ほ、他の仲間はどこなんだよ? 何か言えよ!!」


 硬さは、それほどでもないか。それに装備も全体的に型落ちしてるものが多い。

 よくよく見れば、泣きわめいている兵士は若かった。


 俺と同じくらいか、少し上だろう。


 それならば、装備が情けないのも納得だ。自腹で買えるわけがないし、軍も上等なものを与える訳がない。


「ああ、神よ。神よ……」


 神か。


 知らないのかも知れないが、残念ながらここは地獄だ。神への祈りなど届きやしない。

 それでも陳情したいなら、神の元へ行って直談判する他ないだろう。


 それに地獄のルールにはこんなものもある。

 足手纏いと敵は全て殺さねばならない。


 これを破ったせいで一度、大変な目に遭ったことがある以上、例え神のお達しがあったとしても見逃すわけには行かない。


 遂に神に祈りながら泣きじゃくり出したそれを、望み通り直談判させる。


「よし、終わり」


 今回の収穫は、背嚢一杯の食べ物と弾。

 追手になり得る人間も潰したし、これで俺を追う者はいない。


 これでやっと新たな狩場を探す度に行けるという物だ。

 果たして、今度も良い場所に巡り合えるだろうか。


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