日和村事件 日和役場 対面
今回は私の登場回です。前回よりも出番が多いですが、基本は波多野雅の視点ですから、深くは描かれません。
後日、雅は死者を埋葬する関係で寺を訪れ、市役所に有象無象の申請をしに行くことになった。一連の作業は役場の係員の案内で進められた。係員は埋葬者の死因が屍生島の事件と知ると、ご冥福をお祈りしますと一言だけ呟いて、目を瞑っていた。
手続きが完了すると、市役所を出た雅は自分の車に戻ろうとして駐車場に出た。其処へ痩身の男が一人立っていた。何者か知らないが、自分の車をじっと見つめている。随分と身長が高く見えたがそれは来ている服と痩躯の所為だろう。直感で不審な奴だと思った。
「あっ、この車の持ち主ですか。」
「s、そうですが、何か?」
「いやぁ、この車が此処でお目にかかれるとは、希少なんですよ、スターレット。」
「そうですか、まぁ古いですからね。」
「えぇ、しかしそのスペックは現代の車にも劣っていないと思いますよ。」
自分の事情を知らないからだろうが、この男は無神経に車の話を続ける。
「あの私は忙しいので、そろそろ...」
「ああ、済みません。会話にどう入ればいいかを模索しているうちに本題を忘れていました。」
態とおどけたような調子でこう言ったが、彼は急に神妙な面持ちでこちらに顔を向け、少しの間をおいてこう話し始めた。
「まずは、どう挨拶すればよいのか...ご冥福をお祈りします。」
雅は背筋がぞっとした。この男は明らかに自分と事件を知っている。そしてそれを知りながら態とこのようにおどけて話しかけたのだ。
「何で?貴方、何者ですか?」
「私は竹島、竹島兆と申します。ジャーナリストをしています。まぁ小物ですが。」
軽く謙遜したこの男に対する不信感はまだ拭えない。それどころか増々怪しく思えた。
「えぇ、貴方が何故、私がこれを知っているのか疑問に思うのは当然でしょう。しかし怪しい物ではありませんし、どこかの回し者でもない。ただ、この島の事件に関与した、いや、正確には自ら関与し、完全な解決に導こうとする一一般人と考えて頂ければその認識で大丈夫です。」
早口で独特の喋り口調、標準語が流暢なのでこの辺りの人ではないだろう。
「私は屍生島で起きた件の事件は意図的でその主犯に当たる人物を探しているのです。」
何と、この男は自分の関係者、それも全員死んでいった、彼等の誰かが関係者で主犯、或いはそれに近いというのだろうか。
「失礼な!」
思わず、この奇妙な年下の男に声を張り上げた。
「ええ、私は大変失礼なことをしているという自覚がはっきりとあります。ただ、私の憶測及び情報は決して貴方に不利益を負わせることは無いでしょう。ご安心ください。」
何かそこまでの手がかりを政府より先に手に入れたというのか。この男は。
「そんなに言うなら、それが何か教えなさいよ。」
「私は貴方の兄にあたる人物が自殺した様子を見たという人と会っています。それがこの情報記録です。プライバシー保護の為に名前をすべて変更していますが、これには島で起きた極めて重要な事象が書かれています。極秘資料ですから、外部流出だけは絶対に避けて下さい。ただ、今晩だけ貴方にこれをお渡しします。もうバックアップはありますから、今破かれても結構ですが、貴方の弟の公開されていない死際が書かれています。そしてこれは事件解決に向けた重要な資料となっています。所謂バイオハザードに近い状況かも知れません。事件の詳細は此処に書かれています。あと、この資料には一部変な点があります。それは私にもまだわかっていない未解明の所という事です。」
信憑性を疑いたくなったが、それを見透かしたかのようにこう言った。
「なんなら、ここに辿り着くまでの経緯と、話を聞いた人間の情報を明かしますが、」
「結構です。ただ、これは読んでみます。貴方と情報の信憑性はこれを読んでから判断させて下さい。」
「解りました。もし、これを読んでもう少し、私と話したいと思ったならここに明日、正午に来てください。改めて聞きたいことが此方にもあります。これでもジャーナリストですから。」
相変わらず、奇妙に偽ったようなおどけた調子で話す彼は半ば強引に資料を渡し、自分の車に戻っていった。彼の車はスバルのWRX STIモデルだろう。鮮やかな蒼と金のホイールが彼の趣味を象徴している。ナンバーは習志野で、STIと書かれたステッカーを周りに張っている。どうやらあの変人の車好きは本当らしい。
実物の私は此処まで不躾ではありませんよ。此処まで切れ者でもないですけど。御付き合い頂き有難う御座いました。