日和村事件 崩壊 広島市役所
私は実際にこの地域に精通していないので、もし事実と異なる描写があっても目を瞑って下さい。お願いします。
その瞬間、波多野雅の精神と両足は同時に崩壊し、そのまま市役所の冷たい床に崩れ落ちた。
「大丈夫ですか?波多野さん。」
慌てて駆け寄る後輩の声は耳にも入らず、ただそのテレビ画面に映し出される孤島、屍生島を凝視した。ただ、その瞳孔が振動を止めない。映し出される字幕と見出しと、緊急速報に慌てるキャスターの声を耳が辛うじて拾った。
『屍生島 集団暴徒化事件発生か? 未知の生物兵器が使用された疑いあり。』
「お伝えしていますように今日の未明、広島県の屍生島で島民の集団暴徒化事件が発生しました。島民の安否に関する詳細な情報はまだ入ってきていません。現在のところ確認できる生存者、島からの脱出者は一人という事です。・・・ああ!この船でしょうか。現在海上保安庁の船が見えますでしょうか。」
はっきりとしない文脈ながらキャスターは確実に情報を伝えていく。
「島民の安否に関して、現在の島の状況、また使用された疑いのある生物兵器に関しての情報は全くない状態です。情報の錯綜を回避するために、警視庁がこの後、大規模な会見を開くという事です。」
雅の頭の中は島に居る、家族の事で一杯である。それ以外の何も受付であった。周辺の公務員が倒れ込んだ自分に驚く声が聞こえる。だが、そんなことはどうでもよかった。今はただ、目の前のモニターを凝視する事以外出来なかった。報道は同じ言葉を堂々巡りしながらも少しずつ進んでいく。
「使用されたと見られる生物兵器に関して一部の情報では未確認の物が使用された疑いもあると…」
雅は震える体を立ち上がらせ、必死に自分に言い聞かせた。家族は死んでいない、きっと生きている。この島の何処かで。必ず生きている。切実で純粋な祈りが自分の口から漏れ出た。漏れ出なくても脳の中で何度も言葉が反芻されている。山彦の様に自分の心も繰り返す様にそう言い聞かせている。キャスターの情報は慌てた調子ながらも、速いペースで読まれていく。
「正しい事件の詳細に関しては警視庁の会見からお伝えしたいと思います。」
カメラは一度其処でスタジオに戻る。慌てた調子なのはゲストも同じようである。慌てふためく現場の様子がテレビ越しに伝わる。
「波多野君、君は確か実家があの島だったね。今日はもう仕事は良い。後は私がやっておこう。君はもう家に帰ってもしもの時の用意をした方が良い。」
上司の片岡はそういうと、ペットボトルの水を差しだした。
「h、はい。でも、この後は市も会見を行うかもしれないってさっき山城さんが言っ」
片岡はその言葉を遮った。
「君が仕事熱心なのはよく解っているが、今日は家族の事が優先されるべきだろう。何なら其処の長椅子に座ってニュースを見ていると良い。会見は心配しなくてもいい。何しろ我々も今知ったという事は警察がかなり長いあいだ、これを秘密にしていたという事になる。そしてこいつは間違いなく世紀の大事件となるに決まっているから、そう不用意な会見は出来ない。市としても会見は警察の大分後に行うから今立て込む必要はない。」
片岡の言葉からは熱心な雅を説得しようと必死なのが窺えるが、それが却って雅を不安にさせてしまった。
雅は言われたとおりに長椅子に腰を掛け、それでもまだテレビ画面に映る島の様子と、慌てて役所内をうろつく同僚たちの姿を交互に見ていた。頭が真っ白で冷静に成れなかった。島に残してきた家族の事が思い出された。自分の最愛の子供と夫、島の子供達と幼少期からの友人、様々な記憶が色鮮やかな色彩を纏って次々浮かぶ。そしてそれらは今、失われようとしているのかもしれない。
しかし、そんな彼女が事件の全貌を知る事となるのは大分後の事となる。
タイトルにもある日和村に彼女が行くまでもう少し時間が掛かります。