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日和村事件 研究壕① 狂気

 廃病院というのは何時も不気味ですよね。まず、病院という敷地が死に近くて何処か不気味です。此処は本当は病院ではないのですが。

 洞穴の入口付近は綺麗にコンクリートの階段が整備されている。やはりこの建物は人工物なのだ。しかも誰かが通った後がくっきり残っている。まだ新しい。これはこの中でそいつと対峙することを暗示している。それでも行くしかないと雅は思った。本当は逃げ出したいが、この中に自分の家族を一斉に奪った犯人が居ると思えば、見過ごすという選択肢は人間としてあり得ないと思った。

 武器一つない丸腰だったが、自分を奮い立たせて奥の方へと進む。その階段の奥の廊下は廃病院のサナトリウムの廊下を思わせるかつては白だったのであろう灰色が辺りを囲んでいる。古びた長方形の通路が数十メートル続く。不気味なベッドやよく解らない薬品の空き瓶が辺りに転がっている。注射器やフラスコの様な瓶が時々落ちている。暗くて色彩を識別出来ないが、その形状や陰影は辛うじて捉えることが出来た。  時々ガラス片を踏んだ感触が靴越しに足の裏に伝わる。ゆっくりと廊下を曲がるといくつかの部屋が見える。怪しげな病室の様な部屋には電気が通っていなくても消える事の無い非常口の緑色のランプで照らされている。不気味で無機質な色が廊下を映し出す。雅は恐怖に叫びそうになる口を押え、音を立てないように病室の奥の方に進んでいく。

「此処...病院じゃない。」

 雅がそう思ったのには、幾つか訳がある。一つは此処にある部屋には全て窓が無い事、二つはこの施設そのものが地下或いは日光の届かない場所にあって、いまだに撤去されていない事。最後は病室と先程まで思っていた場所には監獄の様な檻があって、中には人間の死体の様な肉片が転がっている事。以上から推理するに此処は病院ではない。監禁施設、違法牢獄なのだろう。


 雅は震えが止まらなかった。中に転がる死体と立ち込める鼻を突くような異臭と微かに聞こえる音に体の神経の全てが逆立った。汚らしく血や排泄物で汚されたベッドがそのまま放置されている。真夏の筈なのに、此処は他から隔離されているかのように寒い。

 隣の部屋には大量の薬品が置かれている。此処で何らかの研究が行われていたのは間違いない。さらに資料がしまわれていると思われる大きな棚にはドイツ語で書かれた医学書や研究資料が所狭しと敷き詰められている。机の上にも人間の顔写真や実験用の注射器が散乱している。そしてその奥にはホルマリンで満たされている瓶と塩酸が置かれている。これは日本語で書かれている。


 薬品庫の向かい側の部屋に入ると、其処には奇妙な形の椅子が置かれている。形容する言葉が見つからないが、雅にはその椅子が拷問器具だと一瞬で分かった。他にも危なっかしい器具や物々しい刃物が大量に置かれている。此処で拷問が行われていたのだろう。雅には黒く見えたその液体と汚らしく壁に付いた幾千の染みは恐らく人間の血と思われた。名前も知らないような拷問器具が置かれた部屋から雅は大型の鋸と刃が長い鋏を持ち出した。犯人と対峙した時に使うためだが、雅は竹島の記録の主人公であった葉山氏と異なり、それを振り回す力も勇気も無かった。ただ、用途も知らぬ護身用として両方の腕に握る事だけでこの時は精一杯であった。


 更にその横の部屋に入ると、ロッカーが幾つかある。古びた金属製のそれらが4つ程立っている。そして雅はそのうちの一番右を開く。かなり慎重に開いたはずだが、ギィ―――――という音が鳴った。

「まずいっ」

 雅は咄嗟に身を屈めた。


 長い沈黙の後で雅は静かに息をした。口から洩れる呼吸よりも心臓の拍動が大きく感じられた。全身が波打つような激しい緊張が雅を内側から襲った。慎重に立ち上がると其処にはやはり誰も居なかった。先程明けたロッカーを見ると、其処には二着の白衣があった。その一つにはこう書かれていた。

「波多野信太郎」

 雅は知っていたが、それでも驚いた。竹島の推理は大方的中しているという事だ。此処で自分の兄と夫が共同で研究をしていた。そしてその何かを生み出すためにこの研究所を立てた。更に竹島の推理を信じるとすれば、此処に置かれているのは屍生島の例の事件で使われたあのウイルス、原因菌だろう。横に置かれているもう一つの白衣も名前が書かれている。

「ああ。」

 そこに書かれている事は案の定

「佐伯雅孝」だった。

 実際の私は暗闇や高所が怖く、こんなところに入るほど勇敢ではないですよ。

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