決闘は了承した。だが、正々堂々と戦うとは言った覚えはない!!
私の傍らに居るシアンを見てレイフォンと愉快なお供は嘲笑を浮かべる。
シータやシアンが魔法を使えるのは彼女たちの家が元は魔法貴族だったからだ。
だが、一時期魔法士の血が途絶えた。一度途絶えると何故か本家、分家問わず一族の魔力の輝きが見られなくなる。
そんな中、シータに魔力炉が発現、魔力回路、魔力は護身術程度の強さは有していた。当時お母様の専属の侍女をブラッドストーン侯爵家―― グラディアお爺様が募集したところ面接に来たシータが抜擢され、現在に至る。
実はそう言った魔法士は多く、このハーティリア公爵家にもそういった侍従たちが勤めている。
もしくは冒険者になってそちらで評価されていたりする。
それとは逆に名実共に魔法貴族の令嬢、令息なども勤めていて、その一部が愚弟の愉快なお供逹だ。
筆頭公爵家の当主と妻、御老公に逆らえる子息、令嬢は居ない。
魔モノと戦える度胸もない。
――それでもレイフォンに付いているのは、次期当主と見ていて将来の為になるからでしょうね。
度胸もないということは実戦では役に立たないし、実力もない。
――そうして魔法士の質は落ち、地位と血筋、家名しか誇るものがない魔法貴族は腐っていく。
それなら魔導具の発展を目指せば良いものなのに、それもしない。だから非魔法士が増え、増えすぎた人口を減らす為、開拓地へと送る。
非魔法士の子供たちは魔法士の子供の魔法の練習の的にされたりもする。
それを非魔法士は当たり前だとか、非魔法士に生まれたことに責任があるとか、撃たれる側に原因があるとか、魔法士も非魔法士も見てみぬふりをするし、魔法貴族も対処しようとしない。
対策をしているのはハーティリア公爵家とブラッドストーン侯爵家を筆頭に両家と縁を結んだ貴族たちだけだ。それでも意識が行き届いていないのが現状だ。
――前世は常に虐め問題がニュースになっていて、後で露見し、対処しなかったと非難されているのに繰り返されていたわよね。
結局、喉元過ぎれば熱さを忘れる。露見しなければ問題にならないと高をくくっついるのだろう。形だけの謝罪でその時だけ頭を下げればすむ。実際、他人事だ。自分の命を無くした訳でもないのだから。
――少子化、少子化と言われているのに、その少ない子供の命を守らず、蔑ろにしているのだから度し難い。
やはり――
――やはり魔法の栄光を知る御老人方を排除し、その教育論で育った世代を完膚無きまでに自尊心を叩き壊さないといけないかしら?
学校生活や活動、プロ・アマ問わず様々な競技での顧問やコーチの体罰、暴言なんて、まるでドラマで描かれる戦時中の兵隊や教育そのものだと思った事がある。
批判的、反抗的、非国民と思われる言動に対して行われていたと思われるシーンを思い浮かべてしまう。
――何せ、世界一を賭けた試合とか正にそうだ。
国旗を振り見送る。目先の一勝、人気に飛び付く。天才だと持ち上げる。選手の勝利ポイントを取り上げる。そして負ければ掌返し。
――あの時代と何一つ変わらない。……この世界も。まあ、この国は数十年前まで戦争をし、その最中に《深淵の大罪》の出現、と戦いにと、未だにその傷は癒えていない。
現在の平和は次の戦争までの準備期間。何れだけ魔法士や騎士、兵隊の練度を上げられるか、兵器―― 魔導具を造り出せるかが勝率を上げる―― というのに。
筆頭公爵家の魔法士がアレでは―― と溜息を吐く。
――ゲームではこの四年後に《深淵の大罪》の一体が覚醒して、東部の地にある街が一つ破壊された……のよね。
この決闘にグラディアお爺様がいらっしゃること、そしてお母様がお祖父様に何も報告していない、という可能性は無い。そうなると皇都に単身赴任中のお父様にも今回の件は報告されている。
――……さっきはレイフォンが放逐されるって考えたけれど、それは私かも知れないわね。
私は魔法銃に触れる。
――グラディアお爺様が銃と人工魔力炉に着目しないはずがないわ。
恐らく、私への士気の上がる出陣前飯の開発依頼があるくらいだ。恐らくグラディアお爺様とお爺様が率いる特戦隊は《深淵の大罪》が覚醒する兆しでも見付けたのかも知れない。
それは宰相であるお父様にも知らされているはず。そこへ私の魔導具製作の報告があれば、お父様は対策の一つにするはず。
――それならそれでも構わないのだけれど。
今以上に研究と開発が出来る。
――こそこそしなくても良いのだから遠慮は要らないわよね。それにグラディアお爺様も私の提案したお米作りの方法を試してくれているし、続きはブラッドストーン家でも出来るもの。
レナスを手伝うも、商人になって商爵位を得るのもハーティリア家に戻ってからでも遅くない。
そう結論づけたところで――
「……おはよう。ソーナ」
お母様から声がかかり、私は朝の挨拶をして応える。
「おはようございます、お母様」
お母様は私と弟が骨肉の争いをするのを、私が乗り気なのと戦うことに高揚感を得ていることに気付いて複雑な表情になる。
「随分と早くから待っていたのね」
「ええ。勿論ですわ、お母様。魔法貴族筆頭公爵家のお祖父様とお母様、特戦遊撃部隊を率いるグラディアお爺様、何れも魔法士として優れた方々の下、非魔法士である私が魔法士様に魔力、魔法研究の成果を見せられる場を頂けた上、魔法士を女神に選ばれた存在という、その座から叩き落とす嚆矢の矢を放てるのですからこんなに嬉しいことはありません」
凄絶に笑う。嗤う。
私の笑みを見てお母様も両お祖父様も息を呑み、お母様の手を握るレナスは怯える。
それは私とお母様の対面を見守っていたシアンも同じようだ。それどころか悲痛な表情をしている。
「……そう」
と、お母様は悲しげに目を伏せる。それも一瞬で隠して、冷たい魔法士の表情を見せる。それは両お祖父様も同じだ。唯一レナスだけは泣いて私を止めようと駆け寄ろうとするも、お母様に抱き上げられてしまう。
お姉様と離れたくない!! と暴れているのを見ると、私が家から居なくなると感じているのだろう。決闘―― 血闘が終わったらレナスといっぱい遊んで、お菓子を作って一緒に食べよう。
私は戦意を奥へ引っ込めて優しく微笑み、レナスに伝えると、妹は大人しくなって涙を拭い、大きく頷くと双子の兄を睨む。
「くく、もう下手なお芝居はお仕舞いですか? 『ウツケ姫』様?」
「いくら『じゃじゃ馬姫』でも才能溢れるレイフォン様の魔法を間近に感じれば粗相をして大人しくなられあそばせるはずですわ? ねぇ、そうで御座いましょう?」
「魔法士である僕に飼われる者が姉だなんて思いたくありませんが、お姉様お跪いて赦しを乞い願い僕の靴を舐める覚悟は出来ていますか? 今、跪き赦しを乞い慈悲を願い、僕に逆らわず家畜となるとこの場で宣言して、忠誠の口付けを僕の靴に捧げるなら一生飼ってあげますよ? 負ければ奴隷になってもらいますね」
「私こそ貴方のような愚弟を血の分けた一族だなんて思いたくありません。貴方のような下衆に下げる頭を生憎と持ち合わせていませんので結構です。それに『覚悟が出来ているのか?』と問うのは此方です。非魔法士と蔑む私に負ける心の準備は出来ていますか? 先日の様な醜態を晒したくなければ、心の準備が出来るまで待ってあげますよ。姉として貴方に贈る最後の情けです」
顔を真っ赤にして怒る愚弟に掛かって来いのジェスチャー。
「後悔しても怪我をした後では遅いということをその顔に刻んでやる!!」
木剣に焔を纏わせて斬り掛かってくる。
――木だから焔を強化しているのかしらね。
魔木剣だったか、と内心感心する。
「シアン」
「はい。お嬢様……」
私と愚弟、そして私の戦闘メイドでもあるシアンと愚弟の愉快なお供が戦うことに――
――ならないのだけれど。
一人はシアンに迫り、残る一人は後方から愚弟と前衛の支援。
シアンが手に握る魔石に魔力を流す。
すると侍従の足下から閃光が弾け、爆音が轟き、それらに飲み込まれた侍従が消し飛ぶ。
「は?」
「え?」
「「……」」
お母様、レナス、お祖父様方が呆ける。
私は訓練場の一部を魔石の地雷原と変えたのだ。その為に朝早くから陣を構えた。
「なななななななななななな!?」
勝利を確信し、襲い掛かって来た愚弟は足を止め、振り返り、それでも何が起きたのか解らず、愉快なお供逹が一瞬にして戦闘不能になったことに驚愕を顕にして狼狽える。
「お姉様!! 何をやったのですか!? こんなの卑怯ではないですか!!」
私を非難する愚弟。彼は何を言っているのだろう。
「文句があるなら御自慢の魔法剣で掛かって来なさい。ほらほら掛かって来なさいな。それとも……またお漏らししてしまったのかしら?」
はん、と鼻で嗤い、見下した様に視線を送り挑発。
「僕を馬鹿にするな家畜の分際でぇっ!!」
止めていた足を再び懸命に動かし駆けてくる。
そして私は〈Honey Bee〉をレイフォンが走る少し先に向け、トリガーを引き氷弾を放つ。
無詠唱で放たれる非魔法士からの魔法攻撃にお母様方が戦慄している
――成る程、〈Honey Bee〉の性能を見たかったのね。
お母様方がレイフォン側に立っていたのは正面から確かめる為だった。
踏み込んだはずの地面が割れ、駆けていたレイフォンの姿が消え、井戸に重たいものを落としたような水音と上がる水飛沫。
――ふふ、驚いてる、驚いてる。
愕然とした情になっている。
私の立つ手前に落とし穴を掘り、水を張った。
「あぶぁ!? だ、たじげぼぉ!! およ、がぼぼ」
穴を覗いてみればパニックを起こして溺れかけているレイフォンの姿があった。
「……終わったわね。虚しい戦いだったわね」
青空を見上げる。
「しっかりしなさい。もう大丈夫だから」
「げほっ! げほっ!」
両手足を地に付いて噎せながら水を吐くレイフォンの背を擦るお母様は、泥水で汚れることを厭わない。
「ひ、ひぎょうだ。こんな゛の゛……正々堂々とした……魔法、士の決闘なんかじゃない!!」
お母様も今回は流石に非難する様な目を向けてくる。
両お祖父様は私の行いに対する言葉を待っていらっしゃる。
冷たい視線と無表情は複雑な感情を爆発させない為だ。
「決闘は了承したわ。ですが、正々堂々と戦うとは一言も言った覚えはあまりませんし、誓約書に名前を書いた覚えもありません。それに、私は非魔法士ですから魔法士の決闘の作法に縛られる謂れはありません。勝手に魔法士の決闘の作法で戦うと、勘違いしたのはソレとあの二人の落ち度。むしろ決闘直後の罵り合いに興じてあげたのだから作法は守っています」
誰にも文句を言わせない、負けないと睨み答える。
「それに戦とは勝率を上げるための積み重ねが大事では? 私はそれを指示致しました。それを怠ったるは必敗。怠ったが故にソレが非魔法士である私に敗けるは必然」
私がレイフォンをソレと呼ぶことにお母様は心を傷めている。私と弟はそれ程までに手遅れなのだ。
私はバッドエンド回避のためという計算もあったけれど、ゲームがどうであれ、これは現実なのだからとレイフォンを可愛がった。レイフォンが嬉しそうに笑い、小さな手で差 し出した私の指を握ってくれたのだ。前世が一人っ子で一人で過ごす時間がほとんどだった私は嬉しかったのを覚えている。
けれど、私が魔力を持たない非魔法士だと知ると、使用人の態度や自分が魔力を有し、周りから持て囃されると次第に私を邪険にしだした。
それは魔法を習い始めた途端に顕著になった。
レナスだけは変わらなかったのが救いだ。
――むしろ“さす姉(さすがお姉様)”というキラキラした視線が眩しいくらいよね。
「そこまで……」
「『ソレが憎いか?』――ですか? お母様」
お母様は悲痛な表情で頷く。それをグラディアお爺様は痛ましげに見ていて、お祖父様は難しい顔をなさっている。
魔法の名門ハーティリア公爵家の魔法士として今のレイフォンは相応しくない。害悪でしかない。そして私は非魔法士。
非魔法士が次期当主になるにはこの国の現状では難しい。では、残るはレナスになるが……。
――レナスが継いでも一時期のものよね。
レナスの夫となるものに受け渡されることになる。
――だけど魔法の名門ハーティリア公爵家に婿入り出来るような実力を持つそんな男性はいるのかしら?
存在しないからお祖父様はああも苦虫を噛み潰した様に難しい顔をなさっていらっしゃるのだ。
「当然ではないですか? 貶され、罵られて嬉しいはず御座いませんでしょう? ただ魔法が使えないというだけで何故私の全てが否定されないといけないのですか?」
「だからってこれは無いと思うわ」
「決闘とは敗者を決めるもので、戦とは此方に被害がなければ無い程良い。戦わずに勝つ、これに越したことは御座いませんわ」
故に回復したばかりのシアンと怒りを抑えているセバスチャンに指示を出して地雷を造るために魔石を集めて造って貰い、落とし穴掘って貰い、蓋をして地雷も設置して貰ったのだ。
戦争が再開されれば質の落ちている魔法士と、研究の遅れている魔導具では勝率よりも敗率の方が高い。
最高峰の魔法士であるお母様が人の手で行える畑仕事に駆り出されていることからも察しがつくというものだ。
伸び代がある新人魔法士の仕事もはっきり言って雑用だ。魔法研究でも魔導具の研究でもない。
それらは優秀なお歴々の方々が権力闘争、椅子取りゲームの片手間に行っている―― とお父様とお祖父様は頭を抱えていらっしゃる。
お祖父様とお父様、お母様も悩み処は同じ。自分たちが学んで来た魔法は腐った魔法学だということだ。
――それでも魔力操作と威力は現代社会魔法士のレベルから大きく逸脱しているのだけれど。
だからこそ、お母様を皇家になんとしても迎い入れたかった筈で、力を持つお父様とお母様を引き剥がしたかったはずなのだ。
「クク……クハハハハ!!」
グラディアお爺様が肩を大きく揺らして笑いだした。
「お、お父様?」
「実に愉快。愉快であったぞ、ソーナ!!」
グラディアお爺様は私を片腕に乗せて抱き上げた。
「な、何を仰っておられるのですか」
「セシリアよ。ソーナは自分に出来ることで―― ハーティリアの娘として恥じぬ資質を見せたのだ。喜ばしいことではないか?」
「それは……」
「……セシリアの憂いは、ソーナを死地に送りたく無いのであろう?」
「魔法の発展は戦があってのもの……。ソーナには人を生かす為の研究をして欲しいのです……」
お母様は訥々と語る。
「初めてソーナが披露した食事と食材……そしてその効能……。如何にして調べたのか……知り得たのかは不思議に思うこともありますが……あの日の晩餐は食して生きるとはこういったことをいうのだと思い知ったのです……」
稲作に農具、絹糸の製法……その知識。
「人を活かす方法を……此れから先の世に必要なのだから」
私には人を殺める魔法、魔導具研究をしてほしく無いとお母様は言った。
「戦が再開されてしまえば、私たちのような戦場に出て人を殺める為の魔法に特化した魔法士は勝っても敗けても罪人として名を残すことになるわ……必ず……」
英雄とは殺人者、勝利とは罪の名だから……とお母様は目を伏せる。
グラディアお爺様は英雄だ。だけど、戦争を勝利に近い停戦・休戦に導いた英雄だ。相手国は此方の窮状につけこんで背後から攻め入ることも出来た。それをお爺様はさせなかった。
だけど終わって、現在に至る平和を享受しはじめた人々は戦争を忌避し、国の為に―― 人を守る為に戦った者たちを人を殺した者として、くちさがない者たちは非難をしだした。
お母様はグラディアお爺様に対して思うことは無事で帰って来てくれて良かった、という気持ちしかない。
お母様が許せないのは手のひらを返す者だという。
「ソーナは非魔法士……。ソーナの魔法研究と魔導具が戦への勢いをつけてしまったら……その魔法と魔導具が人を戦場へ駆り立て、それが有っても、多くの命が失われたなら……ソーナを戦犯だと声高に主張し叫ぶ者が必ず出てくるわ」
そうなれば私は死刑にされてしまうと、そうなってしまったら堪えられないとお母様は涙を流した。




