救出
「私は……私は当たり前の事を、父、母、そして皇太后様からお教え頂いた礼儀作法を、彼女の事を思い、彼女が恥じを掻かぬ様に心を砕いて来たまで……。それを酷いと言われてしまうのは心外ではありますが……、それを理由に私との婚約を破棄したいと言われるのですね……」
心身共に傷付き、疲れた表情になっているかも知れない。
皇子との結婚より、今までの時間に恐らく『私』の心が参っている。こうなると解っていながら回避しようとした日々に、心が理解されなかった事に、仕来たりや礼儀作法を学んだ日々に……。それらは『わたし』が『私』の最期を知っているからこそ、私を殺して道具で在り続けた日々なのだから。
「ああ、これで貴女との茶番はお仕舞いだ」
「それほどまでに私を憎み、以前からアルフォンス殿下のお心はフォーリア様にお在りになられていたのですね……」
私は寂しく笑みを溢し、瞳から涙が一筋流れた。あぁ、何もかも壊れた、と項垂れる。
誰がどう見ても今の私は勘違いと思い込みの激しい皇子と、非常識なフォーリア様に傷付けられた可哀想な令嬢、といったところかも知れないわね。
「だが、ソーナ・ラピスラズリ・ハーティリアには国庫を―― 我が国の財源を使い込み、横領をした罪があろう」
今の今まで静観していた皇帝が口を開く。
思わぬ援護射撃にアルフォンス殿下が調子づく。
「そうだ! そして俺はフォーリアと婚約した。故に、フォーリアは皇族に名をつらね、未来の皇妃となる。その尊ぶべきフォーリアにその態度、不敬である。許されるものでは無い! 即刻、火をかけよ!」
執行官に選ばれたのだろう皇子とフォーリア様の愉快な仲間たちの一員でもあるアヴェルとレキ・パーライト、他数名の神官が松明を手にする。
そんな中、楽士アイト・チャロ・オプサイドが『業火の公爵令嬢』という詩を朗々と歌い上げていく。
今はまだその刻では御座いません。お祖父様、お父様。
お母様がスカートの裾に手を伸ばしていらっしゃる!!
(た、確か隠しダガーを……狙いはせめて愚弟に為さってください!?)
それはもう必死でお母様のお心に願いました。
(お母様なら殿下を必ず狙うはず……だもの)
「貴殿方に償うべき罪など私にはありはしない。たとえそれが私の身の破滅になろうとも、この身を焔で焼かれようとも、私は私の矜持を曲げません!!」
私は叫び訴えた。それが合図となったかのように――――
「そこまでだ」
「そこまででございます」
男女の声。目の前には侍女服に身を包んだ赤銅色の髪を結い上げた少女。彼女は私を庇うように、アヴェルの前に立ちはだかる。
私に火をかけようとした者達は観衆に紛れていたハーティリアの―― 私を支持してくれている騎士とシアン率いる侍女隊に倒されている。
レキ・パーライト、アイト・チャロ・オプサイトは松明を持っていた方の腕が爆ぜている。
そして急に拘束を解かれた私は、私を支える物を失い――
(落ちる!)
私はまた舞台へと、と身体に衝撃を受け――
「きゃっ!」
受け無かった。私は抱き抱えられていた。所謂、お姫様抱っこというやつだ。
「大丈夫だ。俺がお前を傷付けるとでも思うのか?」
「もっと穏やかに救出は出来なかったのでございますか? サファリス様。私のソーナお嬢様に傷を負わせてしまったらどうされるおつもりだったのでしょうか?」
「それは勿論、俺が責任を取る―― いや、責任じゃねぇな。俺がしたいからするのさ」
「……私のソーナお嬢様に手を出すというのですか? まぁ、いいです。それより……」
私を庇う少女はアリシア。私専属の侍女。そしてサファリスと呼ばれた青年は――
「サファリス・アレキサンドル・ガーランメリア!? 何故我が国に」
「決まっているだろう? ソーナ・ラピスラズリはこの国にも貴様の様な男にも勿体無い女性だ。国が、お前達が『いらない』と言ってくれて良かったが、……止めなければ、この国を潰してそうそうに奪い去っていたがな」
アリシアの声と重なっていた声は、拘束された私を解放した彼の声。サファリス・アレキサンドル・ガーランメリア―― 彼はハーティリア公爵領と海を挟んだ隣国ガーランメリアの王子……の筈……なのだけれど……。
黒髪とアメジストの瞳。精悍な顔。その肌は日に焼けている。
耳に届く声は少し低めで甘く優しい。
潮の匂いがするのは彼が海洋貿易を営む冒険者でもある。海族―― 海の民の一族。
貿易、客船、戦艦を襲い、金品、命を奪う海賊では無い。
ガーランメリアの成り立ちは海軍と貿易と冒険者を兼ねた一族というか、そんな国である。
だから彼、サファリスは王子であるにも関わらず、貿易を兼ねて冒険家をしていたりする。
「えっ! サファリス様!? な、なんで……」
サファリス様の登場に驚き、戸惑うフォーリア様。そんな彼女を無視してサファリス様がアルフォンス殿下の問いに応える。
「何故? 何故という言葉が出て来るとはな。とんだ愚か者だなアルフォンス。ここまで愚かだったとは驚きを越えて呆れる。冤罪で貴様等に殺されそうになっているソーナ・ラピスラズリを、彼女に惚れた俺が助けるのに他に何か理由がいるのか?」
(えっ!? ちょっと待って! 当事者である私ですら話についていけて無いのだけれど?)
「ほ、惚れた女性だと……貴様」
「自ら棄てた彼女を今さら『自分の女』だとでも言いたいのか?」
「ッ!!」
「はっ! 本当にそうなのか? これは傑作だ」
私を自らの腕で抱き、サファリス様はアルフォンス殿下を笑い飛ばす。
(そ、それより惚れたって! ななな何を仰っているのですかサファリス様!)
「こ、これはローゼンクォーツ皇家の、俺達の問題だ! 関係の無い貴方には口を出さないで貰いたい!!」
「これ以上笑わせてくれるなよ皇子さま? それとも何か? お前は美しい彼女を牢に繋げて、そこで抱くという野望でもあるのか? それがお前の趣味か?」
「そうなのですか!? アルフォンス様、クス、一国の皇子様はとても素晴らしい御趣味をお持ちでいらっしゃいますね」
「なっ! ち、違っ」
「フォーリア様も大変で御座いましょうが、アルフォンス皇太子様が素敵な殿方で宜しゅう御座いましたね」
「い、嫌……そんな変態わたくしは嫌よ! た、助けてサファリス様っ!!」
アリシアのアルフォンス殿下への侮蔑と、フォーリア様へ祝辞として皮肉を贈る。皮肉を贈られたフォーリア様は、アルフォンス皇子の趣味に引いて、とんでもない事を口走る。
「アルフォンス、貴様は皇帝と皇妃、ハーティリア公爵夫妻に妹君、祖父であらせられるブラッドストーン卿、そして観衆の面前で宣告していたではないか、はっきりと『婚約を破棄する』と言っていたではないか。まったく先程から聞いていればソーナが酷いと言うが、お前達の方が余程悪質極まりないではないか。そう思わないか? 愚かな皇子とその女と愉快な仲間たちに唆された観衆ども」
そして、冷めた瞳でフォーリア様を見る。
「フォーリア」
「はいっ!」
サファリスに名を呼ばれたフォーリア様は嬉々とした声で返事をする。
「お前の様な尻の軽い魔女など要らん。その魔力、魔法が無くとも俺の国は、この国の様に王族も民も落ちぶれてはいない」
「え!? ま、待って下さい! だって貴方はわたくしの――」
「ま、待て何を言っているのだフォーリア?」
「は、離して下さい! サファリス様は――」
サファリスの言葉に凍り付くも、フォーリア様は直ぐ様駆け降りようとして、アルフォンス様に阻まれ押し問答をしている。
(逆ハーレムルートを築き上げていたのか……。あれって大変だったのよね)
攻略対象の好感度が最も上がるイベントを全て発生させなければいけなかった。
「しかしその女は、あれこれと分も弁えずに苦言ばかり――」
「苦言? 苦言では無く諫言に具申だろう。厳しい事を言っていたのも国やお前を支えようとしていたからだ。そんな女性にする仕打ちではない」
言葉を切り、観衆を睨み据える。
「フ、酷いのはどちらであろうな?」
これで解らなければ、この国は直に終わる。とサファリス様は凰都の外に顔を向ける。
(海? 港では無い。何処かに船を隠している?)
この船が艦隊では無いことを祈りたい。
大きな港街はハーティリア領に在る。凰都にもあるが海軍の操練場になっている。凰都に出回る海の幸はハーティリア領から運ばれる物がほとんどなのよね。
閑話休題。
「しかしその女が我が国の財源を使い込んだのは事実ではないか!」
私は下ろされて、サファリス様に腰を抱き支えられて舞台に立つ。
「ソーナが言葉にしてきた事、行ってきた事、成してきた事は間違いじゃない。だから、それに誇りを持って胸を張ればいい。そして前を見ろ。前を見据えるお前はこの場に居る誰よりも正しく、気高く、美しい」
耳元で囁かれたサファリス様のその言葉は、この十六年、火刑に怯え、その事をひた隠しにしてきた。
夢で自分の最期を見せ付けられ、これが天が定め、与えた運命だと、覆らないと不安だった私の心を、清らかに澄んだ水が潤して満たしていくかのように感じた。
その言葉に励まされ、私は私の言葉で真実を語る。
「御言葉で在りますが、証言だけで御座いましょう? 確たる証拠がお有りになるのでしょうか?」
「フ、見よ! 此方に揃っている。貴女のサインも貴女がよくサインと共に描かれていた落書きも――……何が可笑しい?」
「いえ、アルフォンス殿下、確かに私のサインですが、これは『華押』という謂わばサインと同じなのですが……落書き……ですか……」
「な、華押?」
証拠という書類と私を交互に見る。
「御言葉でありますが、もし、それが本当に私が書いた華押ならば秘密のしるしが在る筈なのですが……?」
そういってアリシアを見る。
「お嬢様、此方には一切見受けられません。お嬢様が書いた華押にはそれが在りますが……」
「そういう事ですわ。アルフォンス様がご自慢気に掲げられた書類は全て偽造という事になりますが?」
「な、え? そんな筈は無い! そうだろうインペルーニア侯爵」
馬脚を露す皇子。突然名前を呼ばれたインペルーニア侯爵は苦虫を噛み潰した様な顔に、皇子に対して馬鹿が、という感情がありありとうかんでいる。
「アルフォンス殿下、皇族として貧民街への無計画な炊き出しをどれだけ繰り返して来たのか覚えていらっしゃいますか? 学園の活動としてもです。国家予算から捻出されているのですよ貴殿方の無計画な活動は」
「それの何処がいけないのですか? 私達は尊ばれ敬われる魔法士。ならば施しをするのはとうぜんでは御座いませんか」
私に対して反論を述べて来たフォーリア様。
「フォーリア様、それは素晴らしいお心でございますが……ただし、それは無償に限る、ですわ、フォーリア様。貴女、アルフォンス様にご褒美をお強請りなさっていますよね。アルフォンス様も贈り物をしていますでしょう? その後、炊き出しは続けて来られましたか? なされていませんよね」
私の言葉に目を逸らし、何も言えなくなるアルフォンス殿下とフォーリア様と愉快な仲間達。
「フォーリア様、私達は魔力も持たず、魔法も使えませんが、私達には頭がございます。考える事が出来る『人間』です。貴殿方の恋愛ごっこの余興で飼われている家畜ではありません」
「ソーナお嬢様の弟様も同様でございます。弟様が思いを寄せて居た、今はアルフォンス殿下の妃にたぶんなられる筈のフォーリア様にお渡しになられた贈り物、あれは全て、お嬢様が立て替えた物でございます」
「!!」
お父様、視線だけで恐怖に耐性の無い愚弟が粗相しかねません。お子様だからさ、と許せとは申しませんが、せめてお命だけは残して置いてあげて下さいませ。
お母様、サファリス様と何を頷きあっているのでしょうか?
レナス、瞳が輝いていますね。物語とは違うのです。お姉様は今凄く戸惑っているのです。
(た、確かに格好良いのは間違い無いし、抱かれた時に感じた腕の逞しさ……そして安心感……)
「ヴェルキティ・ハンデュラール殿、アルフォンス殿下に例のアレを」
「はいな、待ってましたで~。いや~それにしてもハーティリアのお嬢様。え~演説やった! うちホンマ感動したわ。うちも魔法使えんから家出なあかんかってんけどな」
少し変わった喋り方の女商人。炊き出しの際に場所の提供から道具の調達、食材の調達から、必要経費を押さえるのにかなりの無理を聞いて頂いた。
「よ、と。御初に御目にかかります。私ハンデュラール商会の会頭を務めているヴェルキティ・ハンデュラールと申します」
ヴェル様は見事な淑女の礼をして見せました。それが、宣言台の細い柵の上でなければ、ではあるのですが……。
「コレがハーティリアのお嬢様が立て替えていた、貴殿方への請求書でございます。皇家としての活動お疲れ様でした。此処にサインをお願いします」
「だ、誰がその様な怪しげな物にサインをいたすものかっ! 恥を知れ!!」
「まあ、その反応も予想の範囲内。ですので財務大臣様より、既にお支払い頂きましたので、これで私のソーナお嬢様と貴方とのご縁は無くなったという事で」
「な、なんだと、姿を消した財務大臣が、だとっ! 探せ、探しだして捕らえよ」
皇帝が慌て立ち上がり、騎士団に号令をだす。
「探しだすのは勝手だが、お前達にそんな余裕があると思うか?」
サファリス様の相手の感情を刺激であろう、明らかな憐憫と嘲りの表情、そして冷ややかな視線と言葉で問い質す。
「公爵家のご令嬢が自ら方々に頭を下げて回って、うちもそれに心打たれてあれこれと協力させて貰いましたけど、アンタらの為や無い。何れも此れもソーナお嬢様やったからや。恩を仇で返すとはな……」
うちも商売なんや。タダや無いんやから払うもんは、はよ払ってもらおか―― と、今度は弟に迫るヴェル様。
「皆々様、目を見開きその手を見なさい。貴殿方がソーナお嬢様に投げつけた卵も小麦粉も国の財源から出ているのです。貴殿方自ら国の財源を捨てているのです。その愚かさ度し難し、でございます。皆々様もご覚悟なさいませ! お嬢様が受けた数々の屈辱、痛み、全て返させて頂きます」
アリシアの報復宣言を聞き、まず真っ先に逃げたのが観衆と司教等。彼等は観衆に紛れて逃げるが――
『な、何だよこれは、どうなってんだよ!』
『助けて、助けてよっ!』
「ひぐっ!?」
「逃げるなよ、楽士の坊っちゃん。あんまり動くなよ、怒りで手元が狂って喉を潰しかねないんだ」
「ラファーガ!」
彼は私の守護者四つ年上の剣士。
幼い頃、私が決闘で勝ってから仕えてくれている。
「私に魔法で挑みますか? それでも構わないですが死は覚悟して貰おうか?」
「ま、魔法剣士レイン……」
レイン。私の家に代々仕えてくれている家系の次男。幼馴染み。魔力は強力だけど魔法にならない、という。幼い頃に魔法士だけが掛かるという病により魔力があるものの魔法が使えなくなり、レナスの守護者になれなかった。だから私につけて下さい、とお父様に頼みこんだのだ。
「お嬢様を傷つけるという事は私の誇りを傷付けると同義……一生魔力拒否反応が残る可能性があると思いますが、魔導士としての貴方には死んで貰います」
守護者は言ってしまえば護衛だ。
護衛……盛り上がらない。守護者何か格好良く無いかしら? と言ったところレナスが盛り上がってくれたので、他の方に紹介するとき、『私専属の守護者よ』と言っていたら、令嬢を守る護衛を『守護者』と呼ぶと事が定着した。
格好良い守護者に憧れを抱く娘達が貴族、平民問わず続出。
その夢を物語の中だけでも叶えるため、少女小説を制作。只今重版待ち。
閑話休題。
そんな事を思い返している内にアルフォンス派と呼ばれる貴族が捕縛されていく。アルフォンス派の貴族は基本的に家が火の車であったりする。
毎日、毎日、全てが食べきれずに棄てられる料理。きらびやかな宝石、華やかなドレス。
(社交界は政治の場でもあるけれど彼等の場合は遊興として、その為に犠牲になる令嬢。私に罪を着せたのは彼女達ね)
流石にあのお父様が家を潰すまで遊興三昧を許す筈も無いし、お母様もそれを嫌っていらっしゃるから、私達姉妹が家の犠牲にならずとも、その逆の縁談はあるし、あった。
(アルフォンス殿下とフォーリア様の計画の調整で私が忙しくしていた時でしょうね。……その令嬢達は出家しか無いのよね……。自業自得、私の知ったことでは無いわね)
「あなた方は私の身体をこの様に穢し、貶め、辱しめ、その上更に地位、学園での残りの日々まで奪った。しかしこれ以上あなた方から私を私たらしめている矜持も、心も、そして魂までは奪わせない!」
私がそう叫び、言い切った瞬間、民衆達は抵抗を止め、絶望した表情で力を失い、膝から崩れ落ちる。
自分達の正当性を信じて疑わず、皇帝や教皇が私の断罪をその為の行為を認めたから、そして皇子と宰相の子息がその為の準備をしたからだが、自分達を守ってくれる筈だった騎士見習いとはいえ、鳳凰騎士団団長の子息が皇子の見方であったから出来た行いだ。だが、その彼等の行いから私を断罪する正当性が失われ、自分達が最早言い逃れの出来ない罪人に堕ちたと自覚したからだろう。
なにせ私が覚悟と意思を叫び、示した瞬間に、皇帝と皇妃は姿を消して逃げたからだ。蜥蜴の尻尾切り。冤罪で侯爵令嬢である私に傷を負わせたアヴェル・ブレイバーの父、フォーティテュード・ブレイバーの首にお祖父様が剣の当てている。
介錯。
「おお゛ーっ! 父上が父上ーーっ!」
「ブラッド……ストーン……殿……き、騎……士としての……最……期を……」
「騎士として名誉の死等与えぬよ。ワシはお主の馬鹿息子を斬り捨てたい処を主の命で手を打った。妥協をしてやっているのだ。これ以上、お主らに与える慈悲は無し」
辞世の句も許されず、騎士としての死も許されない。騎士ではない私には解らないけれど……、身も世も無く、父親の死に嘆くアヴェルを見ても何も感じない私に、私自身が怖くなった。
お父様とお母様はインペルーニア侯爵夫妻を取り押さえている。
「インフォニア・ベツレヘイム・インペルーニアを捕縛してください。手段も姿形は問いません。殺さなければ良いです。ラファーガ! レイン!」
アリシアの声に答え、見習い魔導士と楽士の意識を粉砕した二人が、真相が明るみに出た途端に一目散に逃げたインペルーニア侯爵子息の追討に向かわせる。
ラファーガとレインが首に剣を交差差せるように当てている。
二人に打ちのめされたその姿、かろうじて人間の姿を留めているけど……。
(別に構わないわね。魔法と魔法薬で治るのだから。だけど、アリシア。姿形はとても大切よ? 最低限身元がわかる程度にしておかなければ、捜査が大変なのよ?)
「お嬢様……お助けするのが……遅くなり……申し訳……御座いません」
「いいのよ……あの日から、貴女達が側に居たから、耐えられたわ」
私はアリシアが手にした布に包まれ、身体を隠す。
「ぉ嬢……様ぁ。しかし、こんな……」
仕打ちはあんまりです。と泣いてくれるアリシア。
「大丈夫よ。知っているでしょう?」
「ですが……痛みは痛みはあります。見えなくとも、見えないからこそ、心の傷は……うぅっ……」
「な、何よ、何なのよこれは、死ぬのはアイツでしょ! ソーナ・ラピスラズリでしょっ! なんで生きてるのよ! こんなのは知らない。わたくしはこんなのは認めない。わたくしがヒロインなのよ! なんで、なんでサファリス様があんな女に惚れているのよ! あの女は悪役令嬢でしょっ!」
やはり、彼女も転生者だった。しかも私よりも後。私が死んだ後、続編の発表があったのかもしれない。
だけど彼女の中では現実では無く、ゲーム攻略感覚だったのね。
彼女の世界が壊れて泣き叫ぶ声を聞いたアリシアが、怒りの表情を見せる。
「嫌だっ! 助けて! サファリス様、アルフォンス様ぁっ!」
「『傾国の魔女』の断罪をしなければなりませんね」
アリシアが喚き散らすフォーリア様の腕を捻り上げ、靴底で膝裏を蹴り、跪かせると背を蹴り抑える。
私がアヴェルにされた事をアリシアがアルフォンス皇子に見せつける。
「貴様、下女の分際で未来の皇妃であるフォーリアに何をやっている!!」
「大人しく見ていろ、自分の愛しい女が目の前で傷つけられ、死に逝く様を」
私とアリシアに気遣い、気配を消したサファリス様がアルフォンス殿下を跪かせる様に取り押さえていた。髪を掴み上げて顔を上げさせ、目を背けられない様にする。
(アリシアが動いたからかしらね)
二人は同時にフォーリア様とアルフォンス殿下の意識を奪う。そして、お父様、お母様に一礼をして戻って来た。
「ソーナ、お前を捨てた国と民から俺がお前を貰っていく。この国と民からお前を奪う」
「誰も貴方様にお嬢様をあげるなどとは言っておりません。お嬢様が欲しくば私を倒してからにしていただきます」
私を抱き抱え、口説きながら駆けるサファリス様と、彼を牽制するアリシア。
ジェットコースター並の速さで駆ける二人。その一人にお姫様抱っこをされている。
笛が鳴り、追ってが掛かる。殿を務めるラファーガとレインが追討部隊を斬り伏せていく。
追討部隊を半壊させ、隠してあった小舟に揺られ、サファリス様の船に乗り込む。船というより艦にしか見えないのだけれど。
そして与えられた一室。
私はアリシアに髪と身体を拭かれながら、彼女の嗚咽を静かに聞く。
私が流させている涙は私が受け止める。
(それが半分心を凍らした私に出来る事……)
だいぶ歪んでしまった私に内心で苦笑する。
(大切なもの迄は凍っていない事が救いね)
「お嬢様のお美しかった御髪と肌を……よくもこの様な……」
私は血や泥を落として身を綺麗にしてくれたアリシアを抱き締める。
「お、お嬢様……」
「ありがとうアリシア。私と共に在ってくれて」
「はぃ……お嬢様……アリシアはお嬢様と共に……」
暫く抱きあっていた私達であったのだけれど、アリシアが真っ赤になり、慌てて身体を離し――
「御疲れでしょう、ゆっくり御休みくださいませ」
と言って部屋を後にした。
(うーん。昔は一緒に眠ったのに……)
ボフッ! とお嬢様にあるまじき行為、ベッドに身体を投げ出す。
髪と身体を拭いて貰ってから、軽い。そして心地良い。
(わ、私、告白されたのよね? でも私達は……)
商売関係、利害関係の間柄だった筈……。この気持ちに嘘をついて、そう思い込もうとしていた。
(私を奪っていく? 貰っていく? 私を助けてくれるだけではなかったの?)
わ、私、前世でも告白なんてされた事無かったのに!?
(ほ、惚れた……何時から? 全く気付かなかったわ)
そう考えれば考える程、胸が高鳴っていく。
けれど、私は疲れからか、その甘美な感覚の中で次第に眠りに落ちていった。