慌ただしくも
四月初旬―― 私が行ったのは護身用武器の製作、ヒワ国の使節団をもてなす料理とお菓子の考案、団子作り会だけではない。
メインは米作り。
先月に健康で良い苗を育てる為に、塩水選によって選別した重い種の発芽を揃える為、種を温める。
催芽は十分に水を吸わせた種に、20時間程30~32度の温度を加えて、一斉に発芽させて、芽の長さを1㎜程の長さに揃った『芽出し籾』にする。
「お嬢様……その様に神経質に揃える必要があるのでしょうか?」
私の後ろから覗き込みながら訊ねてくる。
更にその後ろからハーティリア家農園を任されているジョンとメリー、そして農村の長たちが頷く。
「ええ、もちろん必要よ。発芽を揃えるのは、その後の田植えをしやすく、成長の管理を効率的に行う為なのよ」
次の行程は『育苗箱』の土床を選ぶこと。
良い土床は有害物や病原菌が無く、適度な水もちと水はけがあって、通気性に優れている物を選ぶ。
この様なバランスのとれた土を作る為のポイントは水と肥料分と酸素。
肥料の3要素―― 窒素。これは苗の成長をたすける。カリは葉や茎を丈夫にする。
これらの要素をたっぷりと含むと、有機物が豊富で微生物 (バクテリア)が棲みやすくなる。バクテリアが病原菌を食べてくれる。
最後に土がやわらかく、先程も述べた条件でもある水もちと水はけが程よく―― と、いうもの。
それというのも、水はけが好すぎると肥料分や水を保つ力が弱くなってしまうため、程よくがベスト。
この全ての条件が揃うとバランスがとれた土となる。
しかし、堆肥を作るのに最低半年はかかる。
(去年、稲刈りが終わって作り始めたけれど、最初は奇異な目でシアンにも見られたのよね……)
堆肥の説明をした時、皆一様に「直接、糞を撒けばいいと思うのですが……?」と、私の顔色を窺いながら進言してきた。
「それでは根っ子の成長を妨げて、害虫を呼び寄せてしまうわ」
私が彼等に向き直り、答えると、長年農業に携わってきた彼等は息を呑んだ。
「根っ子が腐ったことは無いかしら? 害虫が多く湧いたことはない?」
と、逆に問い返せば、皆は互いの顔を見合せて、言われてみれば、と思い当たる節があると答えてくる。
当然の事ながら、それまで土弄りもしたことが無い、お嬢様が何故そんなことを知っているのか、という訝しむ顔になる。
今度は答えに窮した私は、「私が色々な事に興味を持って、本を濫読しているのは知っているわね。そこに実りが不作の時の状況と、作り方を見れば原因がわかるわ」
なんて誤魔化したけれど……自分でも苦しかったかな、と今でも思っている。
「兎に角――」
と、堆肥が害虫 (ガス)が湧かないこと、土壌の改善と安定化、病害虫の抑制。
その為には堆肥作りが必須だと訴える。全ての行程を新旧の米作りで対比することが決まった。
旧来の方法でもせめてコレだけは共通にしてほしかった。
「お嬢様から伺った時はちんぷんかんぷんでしたが、ただの思いつきではなかったのですね」
「当然でしょ? 過去の被害を見直し、何故そうなったかを考察して、対策を打ち出す。でなければ同じ事を繰り返すだけでしょう?」
違う? とシアンを見ると、彼女は私を見詰め、御立派ですお嬢様……、と感涙している。
(うーん、精神年齢はシアンより年上だからね)
なんて言える訳もなく、どうリアクションをすれば良いのか判らず、曖昧な笑みになる。
(そろそろ皇都の別邸に付くはずよね。シータに持たせた秘密の贈り物、お母様は気に入ってくれるかしら……)
美容と健康、あの日からお母様の体型も以前よりも細くなり、より美しくなった。今ならアレを着こなせるはず。
(お父様の反応も楽しみだけれど……)
久し振りの再会なのだから一番美しいお母様を、お父様のもとへと届けたい。
バタバタした四月の初旬はあっという間に過ぎ、『育苗箱』に種を蒔く日が来た。




