断罪1
「――以上が『淫魔』ソーナ・ラピスラズリ・ハーティリアに対する罪状。故にアズライト教は教義に基づき、ソーナ・ラピスラズリ・ハーティリアのありとあらゆる『欲』に穢れた肉体、魂を浄化するには聖なる炎による『火刑』が相応しいと具申いたします」
私が『わたし』の前世を回想している間に、私の罪状が読み上げられていたようね。
「ウム。……ソーナ・ラピスラズリ・ハーティリア、そなたの罪に相違ないか?」
審判官が私の罪を問うてはきているが、その目には早々に罪を認めろ、と彼の中で私の罪は確定している事実、という訳ね。
『スターチスの指輪』では『私』が囚われた事を実にあっさりと『夏の長期休暇にソーナ・ラピスラズリ様が捕らわれた、と風の噂で聞いた。』と、今の様な青空の背景の中、そんな一文で綴られ、『私』の最期は『今日、ソーナ様が断罪されました。』と、『私』の死は片付けられていた。
それに、主人公のシナリオも何故か雑な終わりだった。
嵌まっていたから途中が良かっただけに、最後はスチルの美麗さで誤魔化された感じがしたのと、強引に終わらせたと感じた。
だから『私』のシナリオを綴っていこう。
天が定めた『運命』が導く『未来』を、死ねと生まれ持った『天命』を覆す戦いを――
(――さあ、始めましょうか)
「いいえ、私に問われなければならない罪などありはしませんし、受けなければならない罰もありません。故に謂われ無き罪と罰に首を立てに振り、認める事など私には出来ません」
私が堂々とした態度で前を―― 貴賓席に座する皇族、そして宰相である父、セージ・ジュード・ハーティリア、母、セシリア・ローゼット・ハーティリア、そして妹のレナス・フローライト・ハーティリア。
皇族と父の間に立つのは母方のお祖父様、グラディア・アゲット・ブラッドストーン。
お祖父様は『特戦遊撃部隊』の総隊長を務めていらっしゃいます。
そして皇族席の端に立っていて、私の態度に侮蔑の視線で見下ろしてくるその口許は嘲笑を浮かべている銀髪の男性は愚弟―― レイフォン・カルセドニー・ハーティリア。
憐れな弟。
改めて前を見れば、お父様はこめかみに青筋を浮かべていますし、お祖父様は剣の柄に手が掛かり、直ぐにでも抜剣して部下の方々に私を救出せよ! とでも言いそうです。
しかし、何より怖いのがお母様が浮かべている微笑み。それはこの状況を作り出した者達へと向けていらっしゃる! 目には笑みが宿っていないのに微笑みを浮かべているのだから、怖い……。
(愚弟は温情で廃嫡、最悪、遠島は免れないわね……。あぁ、レナス……。妹に悲しそうな顔をさせてしまっている姉を赦して……)
「もし、私が罪があるというのならば其れは、お父様、お母様、お祖父様、妹に心労と心痛を与えてしまった事。公爵家、宰相職、軍総隊長である父やお祖父様のお立場、公爵家の妻である母には迷惑をかけたとは思っておりません」
私の反論に司教と審判官、皇族、その関係者、ついでに愚弟が怒りを顕すも、私を咎める者は他にもいる。
勿論、観覧者である民衆達が私に石と、ありとあらゆる呪いの言葉と共に投げ付けて、私を傷つけようとする。
自分の手を汚そうとしない皇族、貴族様は傷付く私を愉快そうに高みの見物と洒落込んでいる。
「ほう……それはどう言った理由からかな? お前は――――」
ピクピクとこめかみを痙攣させる審判官。その言葉を遮ったのはこのローゼンクォーツの皇子。
「――フォーリアが悪いと言いたいのかっ! 不敬だぞっ! ソーナ……貴様、惚けるな。忘れたとは言わさん。もし、忘れたというのであれば、己の胸に聞いて見たらどうだ?」
クスリ、と嫌味な嘲笑を浮かべる。
……それは頭に行く栄養が胸に行っていると言いたいのかしら?
(確かに、フォーリア・サードニクスは……残念よね)
それから比べれば私の胸は大きい。
だけど、掌から少し零れるくらいなのだけれど……。
今ので何れだけの女性の支持を無くしたのか解っていないのかしらね?
ゲームでは俺様系で格好良く知性も有り、頼りになる皇子様だった筈……。何故こんなにチャラいだけのダサい俺様系になったのか……疑問よね。
民衆がざわついている。何せ婚約者の私より見知らぬ少女を庇い、あまつさえ不敬とまで言った。
この混乱を利用させていただきます。
「――私がアルフォンス様の恋人であらせられるフォーリア・サードニクスに対し為した事と言えば――」
私は婚約者である皇子の言葉を即座に否定する言葉を、抑揚を付け、民衆に向けて聞かせる為に声を張る。
『どんなに状況が厳しくても凛とした瞳で前を見据えろ』
『私』は『わたし』だった時の言葉を胸の中で唱える。
(大丈夫。私はやれる)
「――貴族として、淑女としての礼儀を諭しただけですわ。それの何処に罪がありましょうか。まして皇族でもないただの伯爵令嬢|様に対して、ただの公爵令嬢である私にどんな不敬がありましょう」
観衆が石を投げ付けようとしていた手を止め、驚愕した顔で私とアルフォンス様、とその隣の少女、フォーリア・サードニクスを見る。
「私の何処に恥ずべきところがありましょう。私には何一つとして恥ずべき事は致しておりません。ですが、もし私にその様な行為があった、と仰られるのであれば、どうかお教え願えませんか?」
「皇族にまた楯突こうというのか! 不敬であると思わないのかっソーナ・ラピスラズリ!!」
確りとした私の返答を不敬と断じたアルフォンス様のヒステリックな叫びに、フォーリアがうっとりしている。
(勇ましく、自分の代わりに怒り、庇ってくれた……といった風に映っているのね。貴女の瞳には……)
私は視線だけでお父様とお祖父様を思い止まらせる。
(お、お祖父様、今、煌めく白刃を見せましたよね! お父様もお祖父様に剣をご所望なされないで……)
お祖父様が鞘から剣を抜こうとし、鯉口と鍔の僅かな間に白刃が煌めいた。
パチン、とやけに静かな何かを閉じる音、そちらを見ると――
(おおおお母様が、扇子をお閉じになられたーーッ!?)
私は此方に慌てた、大いに慌てました。
お母様が冷笑を浮かべて扇子を弄び始めた。
合気鉄扇術に似た業をお母様は極めている。
私は視線と表情で三人を諌める。
レナスがお母様のドレスの袖を引っ張る。その表情がプクっと頬を小さく膨らませ、駄目ですお母様! と物語っている。
「……フォーリアが辺境の男爵家からサードニクス伯爵家に養女になったと聞いた時、随分と様々な事を言ったらしいな」
フォーリア・サードニクスの頭を撫で慰めながら、アルフォンス様は声を舞台全体に響かせる。
「……はい。ですが何時もアルフォンス様が側にいて慰めて励まして下さいましたので、わたしは大丈夫でしたし、怖くはありませんでした」
「それならば良かった」
二人は優しく寄り添い頬を染め合う。
「では、アルフォンス様、私がどの様な事をフォーリア様に言ったのか具体的に仰って下さいませ」
この状況と話の流れと、その行き着く先が全く解らない観衆はこの三銅貨芝居の恋愛劇に呆け顔で見ている。
私の断罪劇から一転、恋愛劇になれば、ね。
それに婚約者がいて、婚礼も挙げていないにも関わらずに、他の女性とじゃれついていたと、不実、不義理を働いたという事をアルフォンス様は大々的に暴露する事となり、私は国民に対して恋に現を抜かしているアルフォンス様が次期皇帝で大丈夫か? といった印象を与えられた筈。
また、私の行いを具体的に言えないのは、アルフォンス様とフォーリア様に疚しいことがあるからだと、国民の皇族に対し不信感を抱かせる事に成功した、かもしれない。
あと一押し、と言ったところかしらね。
…………あの様子では気付いていないわよね。
アルフォンス様は慰めただけで、一度たりとも私との間に入り、止めた事などなく、弱った心に優しく接して、その心に付け入っただけなのですけど……。
それに二人きりはあり得ない。
私は基本的に一人ではなかった。行き届かない事があってはならないと、常に二、三人で行動していたのだから。
公爵令嬢と言ったところで私にも苦手な事があるからだ。
確りと調べて、証言を得れば直ぐに分かる事の筈なのだけれど……。
確認をしなかったのは明白となった。
(次期皇帝が、これ程愚かとは……)
はあ、ゲームの元になった世界なだけで、皇子が実は暗愚とは……。
ゲームの格好の良い皇子の設定は何処へいったのでしょう。
私は溜息を吐いた。はしたない行為ではあったのだけど……。
すでに『スターチスの指輪』の私の言動から大きく離れている。
『スターチスの指輪』のシナリオでは、ここ迄の過程でゲームのソーナ・ラピスラズリは心が折れていた。
そして、四面楚歌の状況に、民の仕打ちに完全に絶望し、罪を認めてしまった。楽になりたくて『……疲れてしまいました』、と。
それを知っている私は抗う。
(生を諦めるものですか!! 私は『天』の暇潰しの玩具には絶対にならない!)
私は蒼天を睨み付けた。