末路
意識が朦朧とするなか、視界に捉えたアリシアに残酷なお願いをした。
――私を殺して、と。
しかし、アリシアから返ってきた答えは首を振っての否だった。
それは彼女からの初めての拒絶。
レインやラファーガを順に見る。
「…………」
わたしの無言の懇願に対し――
「頼むから笑えない冗談は止めてくれ、お嬢様」
「お嬢様の命なら聞いて来ましたが、それは聞けない。聞け、というなら理由をお聞かせて下さい」
困ったなぁ、と弱々しく苦笑を浮かべる。
サファリス様を見ると、壁に背を預け、寄りかかり腕を組み、閉じていた目を片目だけ開き――
「個人的な理由だが俺も断らせてもらう。しかし、一国の王子としてハーティリア公爵家令嬢ソーナ・ラピスラズリに問う。それはどういう意味だ? はぐらかす事は許さない。話せ」
うーん、声が冷たい。怒ってる。セクシーボイスが低音に……。
そんな埒も無い事を熱でボーっとした頭に過る。
サファリス様が私にはあまり使わない権力を行使する。
「お嬢様……」
アリシア達も怒っていて、話して欲しい。話して下さいっ! と訴えているのが表情―― とくに瞳を見ればわかる。
「……わかった……話すわ。わたしの身に……起きている現象は……『反転』……」
わたしは観念して話そうと決め、口を開いた。
ソーナを演じる余裕がないわたしは、奏那として言葉を紡ぐ。
「……『反転』か……。それは聖から魔へ、という事だな?」
サファリス様の確認に小さく頷く。それだけでも億劫だ。
まずはじめに、と。
「一番弱い《深淵の風》をはじめ、《深淵》の魔物は人々の悲しみ、絶望……負の感情……それらから生まれるの……。聖なる力を発現させる乙女は、無形の―― 混沌の魔力と成る前の《深淵の魔素》が見えるの……。それに意識が宿り形を取る魔が、さっきの《深淵の風》となる」
《深淵の大罪》の鱗から生まれる《闇》とは違い、自然と発生したのが獣型の《狩る者》だ。
そう告げた私の言葉に一様に驚く。
「で、では《深淵の大罪》とはどの様な存在なのですか?」
当然の疑問を言葉にするアリシア。
「……負の欲望が澱み……怪物となった存在ね……」
首を傾げるアリシア達。しかしサファリス様だけは、わたしを通して知ってしまっている。
「傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲の七つの欲望。負の澱みから生まれた七体の怪物が《大罪》の正体……」
だけど、それは必要な感情だったりする。
傲慢は自信。嫉妬は憧れ。憤怒は奮起。怠惰は休養。休養しなければ過労死する。怠惰が大罪とは、とんだブラック企業だと思う。スポーツもブラックだ。
強欲は向上心。暴食は美味しい物を知るという事。それは料理を作るには必要だ。色欲は愛。
つまりは、過ぎたるは及ばざるが如し、ということね。
どんな感情も過ぎれば毒。
「わたしの……身に起こったのは、聖なる力を使った代償……。負を『視る』という事は『知る』ということ。知れば精神が負に触れるということなの。負は呪いと同じ。呪いに侵されて聖乙女は、その身体に混沌の魔力を纏い、外殻―― 身体の線に沿う様な薄くも頑丈な鎧を張り付けた様に姿が変化して、やがて身も心も完全に堕ちて、《深淵の使徒》―― 魔人となる。魔人に堕ちれば人間に戻ることは容易では無いわ……」
容易では無い。これは無いのと変わらない。変わらないからこそ、歴代の聖女たちは――
「『容易では無い』―― ということは『戻れる可能性が在る』―― ということだな?」
サファリス様は諦めてくれないらしい。
「お嬢様っ!!」
サファリス様の言葉に希望を見出だしたアリシア達も目に涙を溜めてわたしを見る。わたしも諦めたくは無い。だけど――
「それは……ですが……可能性は限りなく無に等しく、魔に堕ちた聖女が人に戻るという事は二度と無かったのです……」
皆が見出だした光明をわたしは否定する。
「魔法とは元来魔族がエーテルを自身の力へとする方法だった……。そのエーテルを人が使える術―― 《魔術》にしたの。法則を見付け、研鑽したのが魔法士・魔導士が行使する《魔法》なのよ。わたしのこの姿も魔力も魔人の魔力とは少し違うけれど、魔の力とは畢竟、己の闇という暗黒面……。それは切り離したくても切り離せない半身……。正しい心だけでは足りないわ」
正と負。陰と陽。バランスを取れている事が大事。
「負を正す……けれども抑えが効かないケモノが心の深淵に在る混沌。その魔力は深淵から湧き出た願望そのもの……。サファリス様も知っての通り、わたしにも願望はあります……」
そこまで話すのが限界だったのか、噎せて咳き込む。口を押さえた手が血に濡れる。
「お嬢様ぁっ!!」
取り乱すアリシア。サファリス様にラファーガ、レインも背を預けていた壁から慌ててわたしの傍へ。
咳が止まらない。咳き込む度に血を吐き、口をおさえている掌、指の隙間から血が零れ、シーツをわたしの血で染めていく。
サファリス様がおそらくユエ様を呼ぼうとしているのだろう、それをわたしは片手を上げて止めた。




