祝福
「此処は……」
気が付けばわたしは何処かの街に居た。
(街並みはヨーロッパ風よね)
わたしは取り敢えず街の中を歩いてみる。
時間の感覚はわからないけど、かなり歩き回っていたと思う。
わたしは一息つき、かいてもいないのに額の汗を拭う振りをして気付いた。
(さっきより身体が透けてきてる? わたしが死んで魂としての存在力だけで、『わたし』を保てているなら、これは『わたし』が希薄になっている所為なのかな……)
拒否したい事実だけど、それと同時に歩き回って気付いた事がある。
(この紋章……ローゼンクォーツ皇家の!? じゃあ此処はゲームの世界?)
先程まで周り、しかもちゃんと見ているつもりでも、細かな部分は見落としていたという事。
「熱っ!?」
希薄になっていた手に熱が戻る。
「……此処が何処か気付いたから? でも……」
もし、それが本当なら……。
(普通、というか、私の知る展開じゃ女神様とか神様とか出てくるんじゃないの?)
転生を扱ったラノベでは死後直ぐに顕れた筈……。
「ま、それはお話の中だけって解ってるんだけど……」
あの事故、わたしとあの男の子の運命、果たしてどっちのものだったのかな……。
……あの男の子が先に動けた事、わたしだけが動けた事……。
……。
「え、待って、もし運命の出逢いとか、赤い糸とか、それが恋愛だけじゃなく、こういった事も含まれてたら!? わたし達の運命の出逢いで、赤い糸で結ばれてたって事!! もしかして、わたしのモテステータスって年下に全振りって事無いよね」
『姉×ショタ』なんて言葉が頭に過った。
「こんな死に方がわたしの天命……。ふざけないで……。あんなドライバーなんかに殺されるのがわたしの一生の全てを集約した最期だっていうの! それでわたしはわたしの全てを漂白されて消されて……。ふざけるな……ふざけるなよ……」
運命だか天命だか、知ったことじゃない。それを司るのが女神か神様かは知らない。『天』と言うくらいだから全知全能の神様なのかも知れないけど……。わたしもう死んだけど、死んじゃったけど……。
「こんな終わりがわたしの定められた天命なら、ぶち壊してやるっ!! その果てにわたしは『わたし』として生まれ変わるっ!!」
輪廻転生、運命の赤い糸が廻り、廻り廻ればまた――――
『あはは。貴女おもしろい事言うねぇ』
わたしが定められた天命に抗う事を、運命、天命を司る女神様か神様だかから、その権能を簒奪するという厨二思考を全開にしていると、頭の上から声が降ってきた。
っ!? 街灯の上に器用に片膝を立て座り、此方を見下ろす少女は小悪魔的な笑みを浮かべている。
その姿は14、5歳の頃のわたしにそっくりで……。
『これ、覚えてるでしょ? 貴女の夢が壊れた時の衣装。フフ』
「……それが、何?」
『“何”って? だってね、せっかく貴女の才能を壊して返してもらったというのに貴女、天の意思に逆らうんだもの』
わたしの問い掛けに対して彼女は心底おかしそうに言った。わたしの才能を壊した、と。
『ほら貴女、言われていたじゃない『天才スケーター』って。ねえ、『天才』の意味は解ってる?』
彼女の目が言ってみなさい、と語っている。
「『天から与えられた才能』……」
『大せ~かい! 誉めてあ・げ・る♪』
…………。
『与えるのも、与えた者を壊して取り返すのも”天”の御心次第なのよ。今頃別のお人形に与えてるんじゃない?』
「な……まだ続けられていた筈なのよ! 実現したい事があったのに!」
わたしは怒りに任せて叫んだ。
「ふざけんじゃないわよっ!! わたしが復帰する為にどれだけの練習を重ねたと思ってるの!!」
普段なら絶対に口にしない、練習の積み重ねを言葉にしてしまっていた。
怒りに囚われるわたしを彼女は愛しい者を見るように、そして我が意を得たりと艶然とした笑みを浮かべる。
『だから、神様や女神様は顕れない。だって貴女、神威に逆らったじゃない。潰れずに、諦めずに、無様に、神威に抗って……フフ。ホント可愛かったわ』
フワリ、と座っていた少女が目の前に舞い降りるが、わたしの背より少し高い位置で浮いている。
『それと、此処は生と死の間。貴女が最期に残した心像風景。貴女が遊んでいたアレは、本物の世界。解りやすく言えば異世界。これもこの言葉が当てはまるのかしらね。『天啓』―― 閃き。フフ、何処かの誰かが夢で『天啓』を授かったのね』
そして妖しい手つきでわたしの頬を撫でると、顎に滑り、クイ、と顔を上げらされ――
「んんっ!?」
唇を奪われた。ファーストキス、しかも大人なの!?
『フフ、だからワタシが祝福してあげるわ。貴女のその諦めの悪さと、愚かさを心から祝福してあげる』
彼女の人差し指を顎に添えられ顔を上げらされたまま、誓いの言葉を私に捧げなさい、と耳許でしょう甘く囁かれた。
『貴女にとって『天才』とは?』
「天より簒奪した才能よ」
『では、試練とは?』
わたしの怪我の様な時、神が試練を与えたと言ったりする。
ならばその試練とは、人が乗り越えられるか、それとも挫折するか、そんな手が届くか届かないかといった高さの壁、天井を創り、人を試す。
「神の威を狩り、権能を簒奪する事」
『フフ、そんな愚かな貴女の新たな生を私が祝福してあげるわ。さぁ存分に抗って見せなさい! 定められた貴女の天命に!!』
歌うように紡がれた言ノ魂、蠱惑的な笑み。
それが私が最期に聞い彼女の声。
そして最期に見た彼女の姿だった。
†
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「奥様! 無事に産まれました! 元気な女の子ですわ」
「この娘の名前はソーナ……ソーナ・ラピスラズリよ」
「ソーナお嬢様……」
え? 嘘、ちょっと待って! わたしがソーナ!? わたしがあの悪役令嬢ソーナ・ラピスラズリ・ハーティリアなの!!
普通は主人公じゃないの!?
「ソーナ、初めまして私が母ですよ」
この世界でのお母様の隣に寝かされ、頭を撫でられる。
『貴女の定められたその天命。好きなだけ抗ってみなさい。抗って見せなさい! フフ、フフフ。フフフフフ……』
遠くでそんな囁きと、楽しそうな嗤いが聞こえた気がした。