人恋しさ
奏那の回想です。
《使徒》に落ち行くわたしの意識はサファリスの言葉に、どうしようも無く泣きたくなった。
前世で嵌まっていた乙女ゲーム――『スターチスの指輪』の世界に悪役令嬢ソーナ・ラピスラズリ・ハーティリアというゲームの登場人物に生まれ変わったと最初は思っていた。
だけど因果は逆だった。この異なる世界があり、ソーナ・ラピスラズリと名付けられた赤子が生まれ、わたしの成長した姿がゲームの登場人物ソーナ・ラピスラズリ・ハーティリアの姿だった。
そして、わたしはソーナ・ラピスラズリの裡にハーティリア公爵令嬢のソーナの人格を作り出し、奏那の意識を封じ、その経験則と知能、知識を作り上げた人格ソーナ・ラピスラズリ・ハーティリアにアップデートした。
しかし、どんなにアップデートをしてもダウンロードをしても不都合は出てくる。
わたしの孤独感という不都合がソーナ・ラピスラズリの人格に影響を及ぼした。
そして魔法貴族に生まれたのに魔力炉が無いなんてね。ゲームなら修正や調整が入って難易度が落ちたり、ストーリーが進め易くなったり、アクション要素があるゲームなら操作性が改善しているのに、と思ったりもした。
しかし、嬉しい事もある。今世では家族が近くに在る事がとても嬉しかった。
両親に両祖父に愛されていると実感出来た。
実感出来たからこそ魔法の才能が無い事に引け目を感じていた。
だからこそ魔力に変わる物を模索してきた。わたしもハーティリア家の娘として役に立てると……。
妹と弟―― レナスとレイフォンが生まれた。奏那だった頃、一人っ子だったから家族が増えて嬉しかった。
前世の遊びを一緒にしようと考えるだけで楽しくて、そして楽しみだった。
ただ、わたしと違ってレナスとレイフォンには魔法の才能があった。
レイフォンは魔法貴族で魔法の才がある事とハーティリア家の次期当主になる資格があると、由緒正しい魔法貴族の家に生まれたのに魔法の才が無いわたしと魔法が使えない民をも見下し始め、自分自身の才能に慢心して傲る様になった。
逆に妹のレナスは「お姉様」と、わたしを慕ってくれて、何時も私のあとを付いて回った。少々驚いたのが、レナスは大人しそうな見た目とは裏腹に好奇心旺盛で、わたしのする事に興味を示し、特に魔法に関しては一緒に考えたりもした。
それはとても楽しく、幸福な時間だった。
それでも拭えない程に、わたしには《遠矢 奏那》としてフィギュアスケートで実現したい事があった。普段両親とは離れているからこそ、叶えたい願いがあった。
世界的な指揮者の父――拓麻とバイオリニストの母――瑠花と、世界一のフィギュアスケーターとなったわたし。
(音を奏でる者と表現する者として、アイスショーで共演したかったなぁ……)
その為に――――
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――――フィギュアスケート、オフシーズンと言っても直ぐにやって来るシーズンの為に、プログラム作りに取り掛からなければならない。
更にそのプログラムに新たな要素―― 難度の高い技を採り入れ、それを完璧かつ優雅に、または力強い、そんな技にしてマスターしなければレベルを取れる技には出来ない。
そうしなければスポーツである以上、レベルを取れなければ,01点の差で勝負の明暗がはっきりしてしまう世界だからこそ,01取り零しただけで世界から取り残されてしまう。
わたしの理想を実現する為には休んでなどいられないし、遊んでなどいられなかった。休むのは身体を壊さない為、その時くらいだった。
だけど、1日でもリンクを離れれば、せっかく身に付きはじめた技の感覚が狂っていってしまう為、熱が醒めない内に技を我が物としたくて、とてもじゃないが遊ぶ為に休むなんて余裕は無かったし、成長期とジュニアを卒業してシニアに上がるのが重なっていたからスケーティングの感覚を修正、調整し合致させていかなければならなかった。
成長期の中で最も苦戦したのがジャンプの四回転トウループ。
わたしの必殺技なだけに身体の変化に合致させなければ大変な事になってしまう。
いろんな意味で潰れてしまう。
連休も関係ない。ちょっとした事で出来ていた事まで出来なくなって、呆気なく全てが崩壊する世界。
わたしが極端だったのかも知れないけれど。
学校行事よりも練習。クラスの友達同士がグループで遊んでいる時も練習。そうやって初めて氷で出来たピラミッドの上段に立つ資格を与えられる。それだけやっても行き着くのは国内のピラミッドがいいところ。そこで飛び抜けたとしても国内の頂点に立つのがやっとだったりする。
スケートを続けるには努力だけでは、全くと言っていいほど辿り着け無いのが世界。才能と運―― そして環境を整えられるだけのお金。
まして何かの片手間で狙える程、世界のレベルは甘くない。
国内で強さを誇れても世界では二流。世界で一流選手として氷で出来たピラミッドの頂点を賭けて争う事なんて出来ない。それどころか世界のリンクに立つ資格も得られない。
世界で金メダルを―― 女王の座を狙うという事は篳竟、超一流に成らねばならないという事だ。超一流と一流ではかなり苦しい点差が生じるだろう。そんなシビアな世界だ。
何とも言い難いのが、その国内女王を決める試合があるのがクリスマス前後。友達同士集まってパーティーなんてしている暇も無いし、まして恋人とイブや聖夜のデートなんて時間も無い。
ただし、東西の日本選手権で成績を残せず、全日本選手権に出れないシニア選手や直前のジュニアの全日本選手権下位の選手はクリスマスを満喫出来る。
しかしジュニアでも成績優秀者にはシニアの全日本選手権に挑戦出来る権利が与えられる。
ちなみに実力がある子は13歳からクリスマスが消える。
年齢制限でシニアの世界選手権に出場出来なかったわたしにとって、自身のスケーティング技術と表現がシニアで通用するかしないのかを試せる舞台であった。
ジュニアとはいえ大物喰らいを狙える大会でもある。大物喰らいが成せれば世界ジュニア選手権への勢いがつけられる。
わたしの孤独感はどうしようも無い人恋しさ。
「おはよう」を鏡に映る自分に対して言い。誰も居ない寒々しいリビングに言う。
「ただいま」も同じ。「お休みなさい」はベッドに入り暗い部屋の虚空に向かって……。
それは思いの外、心身に堪えた。




