廻り始める運命の歯車
春休みが終わり新学期―― 始業式直後、わたしは担任の先生に呼ばれ、校長室にいる。
普通は生活指導室だと思うんだけど?
浅見 星奈―― 見た目は子供、頭脳は大人な二十六才、独身。
その見た目―― 154センチの身長の所為か、ロリコンしか寄り付かず、セナちゃん本人はフツーの男性を求めているが、その男性がロリコンと思われたく無いらしく、セナちゃんは悟りでも開いたかの様に諦めている。
「遠矢……処女の癖に見た目ビッチの格好はやめておけ……バカなろくでもない男しか寄り付かなくなる」
教師が処女とかビッチとかなんて事を言いますか、ぶっちゃけ過ぎじゃない?
ほら、校長、教頭、生活指導の先生がドン引きしてる。
「遠矢さん、何かあったのですか? 悩みがあるのでしたら言ってください」
「いえ、たいした理由はこれと言って特には。理由があるとすれば窮屈だから、です」
うん、実は黒に染め直すのを忘れていただけ。
この学校、女性が校長先生なのよね。
「遠矢、優等――」
「――優等生、ですか? 黒髪=清楚、大和撫子とかそういった美意識やそれをまるで正義かなにかの様な考えとか、それもふわっとした漠然とした理由ですし、そんな年寄りの妄想や体裁を押し付けられてもキモいだけです」
生活指導のおそらくセナちゃんを意識している男性教師の言葉を遮る。
(鬱陶しい……)
この学校の校風は自由と自立心を大切にしている。
「スーツを来ている大人が社会人が、社会、国を衛る制服を着ていようが、国家資格を持っているりっぱで『先生』と呼ばれる人だって犯罪を犯してますけど? 見た目だけ立派でも性根が腐っている大人もいますよ?」
成績優秀、スポーツ少女。それが優等生の見本なんて妄想、キモい。
「こんな格好だからって、決め付けるのはよくないと思いますけど?」
あ、黙っちゃった。
「遠矢、成績を落とすつもりは無いんだな?」
「セ―― 浅見先生、成績を落とすにも落としようが無いと思いますけど?」
「どういう事だ?」
「問題を作るにしても、教科書の範囲内。先生が事実をねじ曲げたり、答えの出せない問題を作らない限り、答えは出せるので成績が落ちる理由がありませんし、落とすメリットが無いじゃないですか? 先生方……大丈夫ですか?」
『頭』大丈夫なのか? と教師達を憐れみと、心配そうな視線を送ると、セナちゃんが額を押さえる。
「……遠矢。その言葉、忘れるな」
「はい。当然です」
「ならば良し。先生方も良いですね」
「遠矢さん。自由な校風、自立心とありますが、それにはルールの中の事です。しかし、そこから逸脱するには――」
「わたしの真似をするのは、真似をした者の責任です。それこそ自立心に反します。その人の行動まで責任を持つ気も、その必要もわたしにはありません」
「くす。浅見先生の学生時代とにていますね。わかりました、先ずは間近の試験で貴女の覚悟を試します」
いいですね? と校長先生。
「勿論です」
挑む様に笑みを残し、わたしは退室する。
退室したわたしはホッと胸を撫で下ろす。
「奏那、あんた輪に入ろうとして逆に浮いたあげく、呼び出しくらって初日から友達作り失敗するなんてね」
日向―― 白蕗 日向。
わたしの親友。
彼女の言う通り、友達作りに大切な初日に躓いた。
教室に戻れば皆フレンドリーシップを発揮して、すでにグループが出来ていた。
「……知ってる日向。富士山の頂上でおにぎりを食べられるのは一握りの者だけなのよ」
ふふ、友達100人なんて、誰も脱落者を出さずにというのが前提。
フフフ、そう、脱落しない者だけ。
その一人が日向。
「日向~」
わたしは日向に抱きついた。
「よしよし。このお嬢様はズレているというか、なんというか……ほっとけないなぁ」
傷心のわたしは日向に癒される。癒してくれたお礼も兼ねてドーナツ店でご馳走する。
:
:
:
:
無事テストも終えて結果も良し。
生活指導の教師が凄い悔しがっていた。キモい。
そして相変わらず友達は少ない。おかしい、こんな筈では……。
「奏那……見た目がソレなのに、あんたの姿勢が良すぎて近寄り難くなってんだって……」
とは、日向の言。
わたしは腕時計を見る。日向と待ち合わせ、彼女はまだ来ない。
わたしは鞄から携帯ゲームを取り出す。
今私がはまっているのが『スターチスの指輪』―― プレイヤーは主人公フォーリア・サードニクス(名前は変更可能)になり、魅力的な殿方達と絆を結び、困難を乗り越えて二人の永遠の愛を紡いでいく―― というストーリー。
剣と魔法ありの学園ファンタジー乙女ゲーム。
美麗スチルがファンには人気があり、人気声優さんが揃い踏み。
攻略対象は俺様系、クール系、熱血系、真面目系、不思議くん。
皇子、宰相子息、騎士見習い、魔導士見習い、楽士生。
どのキャラクターも魅力的でわたしは初回限定版を買いました。
主人公フォーリア・サードニクスの容姿は題名にもあるように『スターチス』の花言葉を現しているかのようだ。
『スターチス』全般の花言葉は、「変わらぬ心」「途絶えぬ記憶」で、西洋での花言葉には、「記憶」「成功」「同情」だったりする。
また色で分けるなら、紫のスターチスは「淑やか」「上品」。
ピンクのスターチスは「永久不変」。
黄色のスターチスは「愛の喜び」「誠実」。
現在のプレイルートはローゼンクォーツ皇国の俺様系の皇子、アルフォンスルート。
アイスダンスでリードされたいとか、まぁ色々リードされたいとか、わたしのトキメキを満たすルート。
さて、このアルフォンスルートには主人公のライバルとなる、アルフォンスの婚約である公爵令嬢がいる。
その名前はソーナ・ラピスラズリ・ハーティリア。
(選りに選って同じ名前と発音なんて……)
考えた末にわたしは公式の名前でプレイすることに決めた。
(冷静に考えてみれば、婚約者が決まっている皇子を略奪するって事よね……)
『スターチスの指輪』唯一のドロ沼トライアングルルートかもしれない。
(主人公をいじめるのもアルフォンスを奪われない為と、常識を言っているだけで、その物言いがきついだけ……。それに婚約者がいるのに他の女の子に手を出す方も問題なんじゃ……)
公爵令嬢が同じ名前だからだろうか、何故か”ソーナ・ラピスラズリ・ハーティリア”サイドが気になる。
ゲームに入り込み過ぎた。
ふと顔を上げれば、スマホを弄りながら、しかもスマホを持った手を左右に振り向けている。
(あの動作は最近話題になっている―――)
『ポケットフェアリーズ GO AHEAD』―― ポケフェリGAはスマホアプリゲーム。起動したままあちこちにスマホ画面を向けると、美少女妖精が現れる。
それを捕まえ、新たに顕れた妖精と戦い、弱体化させて捕まえてフェアリー図鑑を完成させるというゲーム。
まるで昆虫採集……。コルクボードにピンで張り付ける的な?
(危ないな……)
一度痛い目をみなければ解らない。
「――――!」
車の進行が逸れ出してる。その先には集団登校中の小学生に一直線。運転手はまだスマホを弄っていて気付かない。
「危ないっ!!」
わたしは叫ぶと同時にゲームも鞄も放り出して駆けていた。
何故誰も動かないのよっ! 近くにいるんでしょっ!!
子供達も自分達に向かって来る車に気付く。漸く運転手も子供達に気付いたのか、驚き慌ている。
その所為かブレーキとアクセルを踏み間違えたのか車が急加速した。
ふざけるな! 冗談じゃない!!
迫る車に硬直していた子供達の中から、直ぐに硬直から立ち直った少年が慌て他の子供を引っ張り、ビックリして動けない女の子や年少組の子を助けていた。そして自分が逃げるタイミングを逸する。
割を食うのは何時だって誰かを救おうとした者だ。
年長の男の子は助からない。
ゲーム機は絶対御臨終なさっている。
女子高生には2万は大金なのよ!
親が有名だからって、稼いでるからってとんでもない額のお小遣いを貰ってる訳じゃないんだからね!
「――――――――っ!!!!」
男の子には手が届いた。その代わりに、わたしの身体に衝撃。
フロントガラスに乗り上げ、身体が宙を舞う。
何故あの時、顔をあげたのかな。どう考えても、離れていたわたしが間に合う筈がないのに駆け出していたんだろう?
なんで間に合っちゃうかな……。
「――――――――かはっ」
アスファルトに叩き付けられ、潰れた肺から空気が血と共に吐き出された。
「ぁ……」
約……束……守れ………なか……た、な……。
わたしの意識は急速に喪われていく。
寒い……。眠い……。
かろうじて開いていた目をわたしは閉じた。
わたしは17年目の生を終えた。