Blue Momentー瑠璃色の夜明けを薔薇色に染めて
わたしは、まだ真新しい部類に入る遺跡をジッと見上げている。
外壁は所々崩れ、骨格や風雨に曝され続けた内装も見えいる。そこに在るのはありし日の空間。一部ではレプリカではあるものの人が暮らしていた形が展示されている――とパンフレットに記されている。
崩れた外壁に蔦が這い、苔むす外観と内観との差異がまさに諸行無常、盛者必衰。
――奢れる者も久しからず、ただ春の夜の夢の如し、偏に風の前の塵に同じね。かつて栄華を誇っていたなんて、知人から話を聞かされているけど、とてもじゃないけど信じられない。
『丁度、現在から十五年前。大きな戦争がありました――』
――そう。十五年前にはローゼンクォーツという名前の皇国が存在していた。
『ローゼンクォーツ皇国には魔法貴族筆頭―― 貴族の中の貴族と謳われたハーティリア家が在り、国の宰相を代々より務めてきた公爵家でもありました。しかし、運命の女神悪戯なのか、ハーティリア家のご令嬢には魔力が有りませんでした』
――しかし、運命の女神による嫌がらせなのか、魔法主義の魔法貴族筆頭公爵家のご令嬢には魔力が与えられませんでした――なんてね。
『〈無能姫〉と揶揄されたご令嬢。しかし――』
――その代わりに公爵令嬢は叡智を授かり、農業、物造り、学業改革を成し遂げました。
『始まりは小さな村からでした。小さな村から始まった改革は大きくなり、村は大きな発展を遂げ、今では『総ての道は〈トーヤ〉に繋がる』と謳われるほど、今日の私たちの生活に無くてはならない日用魔導具や知識は〈トーヤ〉から生まれたと言っても過言では有りません』
学院の創立者である。けれど軍事学者や論者に言わせれば軍の運用――特に攻撃部隊と自衛部隊、そして災害救助・救援・復興部隊に分け創ったことが最大化の功績だという。
――見学で見たけれど複数の言語を覚えなければならないから、血筋だとか貴族階級なんて何の役にも立たないみたいだし、覚えなければならない者は薄給の雑用に回されるんだから、肩身が狭い思いをしてたんだよね。
クラスメイトたちが修学旅行の最終日は〈トーヤ〉に行くことをとても楽しみにしている。
でも私たちは精霊術士と魔法士だから、この修学旅行は行軍……軍事演習だ。
最終日の〈トーヤ〉での息抜きは罠だ。羽目を外してもどれだけ理性的に、自信を律することが出来るかの試験だ。
旅先案内人のお姉さんの説明に耳を傾ける。
――……必死に隠してツアーガイドを演じてるけど、お姉さん……軍部の人でしょう。
立ち居振舞いに所々軍人を思わせる仕草がある。言葉の抑揚、熱量に対して時折すごく冷たい。冷たい時は必ずローゼンクォーツ皇家絡みだ。彼女は軍部の中でも所属は兵隊ではなく、参謀職か何かではないかとわたしは見る。
『公爵令嬢はローゼンクォーツ皇国の皇子、アルフォンスと婚約者に選ばれ、皇子は皇太子と成りました。しかし――』
――その皇太子は公爵令嬢をきらっていました。いえ、憎んでいたと言っても過言では無いわよね。理由は皇太子自身より学業も戦闘力も優秀で、民から支持され、人気があったから。そんな下らない器とアレがちっさいゲスフォンス。だって裸の王様の石像のアレが小さかったから。だって本人の等身大だってお姉さんが言ってたから。
『――国内外、総ての学園、学院で第五位のローゼンクォーツ学園で皇太子アルフォンスは運命の出逢いを果たします』
ガイドのお姉さんの解説にクラスメイトが忍び笑いを漏らした。
『皆様も御存知、聖女様の再来とされたフォーリアという少女と』
お姉さんが『再来』と言ったのはフォーリアが生まれ変わりでは無かったからなのと、フォーリアがその聖なる力を発揮したことが一度もなく、その真価が問われているからだ。
『聖女の再来と言われたフォーリアは、その愛くるしく、とても純真で素直な性格で、様々な重圧に曝されて、ブフッ! 失礼致しました。フォーリアの純真無垢な心に殿方は魅了されていきました』
――あ、お姉さんとうとう吹いちゃった。出来るお姉さんの雰囲気が台無しだよ。お姉さんが吹いたのも頷ける。重圧っていうほど、アルフォンスって皇太子はコレと言った功績も無く、評価もされていない。それを重圧に曝されたって……全部公爵令嬢に放り投げて、自身のいい加減な思い付きの尻拭いを全部させていたのに、それの何処に重圧があるのか疑問なんだもん。
『その心は未来の皇帝としとの振る舞いに、務めと重圧に曝されていた皇太子の御心と御身体を癒したとされていますね。身分違いの恋をして、皇太子アルフォンスはフォーリアと、そして忠臣であり、ご友人でもあった方々と共に、市民、貧困層の方々の為に精力的に活動なされ、多くの貧困層の住民が救われました。しかし、それを良く思わなかった者がいました。誰だかお解かりですか? 解る人は挙手を……いませんね。皆様は大変シャイなのですね。では、そこの貴女』
「えっ!? わたし!?」
ガイドのお姉さんの解説を知っているからと、軽く聞き流して地面にチビキャラのイラストを描いていたわたしをお姉さんが指名してきた。
『ええ。私が指名したのは貴女で間違いは御座いませんよ。さ、答えてください』
――わお、凄くいい笑顔です。
目が笑っていない。心なしか笑みを浮かべる唇の端が引くついついる。
『私の説明がそんなに詰まらない? そういい度胸しているわね』
唇はこう言っていた。無音で発せられたメッセージに冷や汗が流れる。
わたしは思ったね。狩られるってさ。
進路が軍部とか御免です。
「……ゲスフォ―― 皇太子アルフォンスの婚約者のご令嬢です」
『はい、正解です。では、何故、婚約者のご令嬢は反対したのでしょうか?』
「場当たり的、その場凌ぎで根本的な解決に為らず、国のお金を無駄に使ってしまっていたからです」
『はい、正解です。今回は見逃します。でも次からは、めっ、ですよ?』
「……はい」
『皇太子アルフォンスとフォーリアとご友人方の支援に対して婚約者のご令嬢は――』
貧民、低所得者の生活の根本から変えようとした。街の清掃から土木業――現在の職業紹介所を立ち上げた。
――場当たり的でもその場凌ぎでも、ご令嬢は次のステップへと繋がるならと職業紹介所の前身である冒険者ギルド内部に設けた支援所へと誘導も試みたようだけれど、彼女を邪険にして様々な妨害行為を繰り返したのよね。
『では、この婚約者のご令嬢の名前は御存知ですよね』
お姉さん、言外にー 知っていて当然。知らない? は? あんたもしかしてフォーリア派? おふざけも大概にしないとケツ穴にラッパ突っ込んで起床の合図の音を鳴らさせるぞ―― と訴えて来ています。
――そのご令嬢が設立した部隊の乙女がそんなはしたない言葉を使うのを聞いたら嘆いちゃいますよ?
『はい、そこの貴女答えてみて』
『は、はいっ! 大聖女ソーナ様です!!』
緊張した面持ちと声、そしてキラキラした瞳、弾んだ声でその者の名を告げたのは親友のターニアちゃん。ええ、彼女、『さん』や『様』といった継承より『ちゃん』と言った方がしっくりくる少女です。しかし、彼女は『ちゃん』はやめてと言うので〈ターニア〉と、わたしは呼んでます。
さて、そんな彼女は大聖女ソーナ様のファンなのです。
『ご令嬢、ソーナ様。彼女こそが本当の『聖女』だったのです!! 大聖女ソーナ様に魔力が無くて当然だったのです!! 大聖女様がその御身に秘めていたのは精霊の御力だったのですから!!』
お姉さんのテンションが今日一番の盛り上がりを見せた。
――……好きなのは解るけど……ガイド、最後まで出来るのかな……。
とてつもなく心配だ。お姉さんの心臓と脳よもってくれ!!
――お姉さん。死なないよね?
大聖女ソーナ様の話になるとローゼンクォーツ皇太子とビッチと滑稽な仲間たちの興味の無い話を聞かされダルっていたクラスメイトたちも真剣な表情と姿勢もシャキッ!! と良くなった。正座です。
そんな中、わたしは眉を顰めたくなりました。大聖女様を胡散臭い、と疑っているわけではありません。
何故なら――
――大聖女ソーナ・ラピスラズリ・ファルシャナ・シャラヴィは、このわたしの―― エクレール・アウイナイト・ファルシャナ・シャラヴィのお母様なんだから!!
前回より時間がだいぶ経過したところから始まりました。
ブルモメの終わりに向けてエクレール視点で描いていこうと思います。




