お父様
六歳→五歳→現在、という流れです。
それは去年の夏の出来事。
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私は、お祖父様、お父様、お母様に呼ばれて応接室に赴いた。
「ソーナ、座りなさい」
「はい」
凄く嫌な予感がした。何せ三人とも外行きの服装とドレスのままだったから、話の内容が公的なものだと理解出来てしまった。
「ソーナ。アルフォンス殿下と歳の近いお前が、血筋から見て一番の正妃候補となろう。故に確りと淑女として――」
「嫌で御座います!!」
瞬間的に私は叫んでいた。
しかし、冷静な意識――『奏那』として考えれば、歴史と伝統がある名家の令嬢であれば婚姻に関して自由意思など無い。家、領地、国の為に当然であり、父の命は絶対だ。
従うのが道理。しかし、私には頷くことなど出来ない。ここで首を縦に振ってしまえば、妃となるべく教育を施され、自由に動く事も、考える事も許されず、Bad End一直線……。
二度目の人生を、将来の皇子となる子供を産む道具に―― しかも、その前に私はアルフォンス殿下に裏切られて人生を終えてしまう。そんなものの為に生きるのは御免だ。
この時に焦りを見せたのは『ソーナ・ラピスラズリ』として意識。
悪夢のフラッシュバック。自身の未来に恐怖した結果、『奏那』を押し退けて『ソーナ・ラピスラズリ』の恐怖が私を動かしていた。
お母様とシアンが、珍しく取り乱した私を落ち着かせようと動き出した時には、私はお父様に頬を打たれていた。
この時、父を前に彼のパイロットの名セリフを言わなかった自分自身を誉めてあげたい。
恐怖から来る混乱と動悸、胸を抑えて膝から崩れて苦し気に喘ぐ私に、慌てたお母様とシアンが駆け寄ってくる。
お母様とシアンが心配して言葉を掛けて下さっているけれど、その声は私の意識には遠くから聞こえて来る様だった。
お母様がお父様を責める、その声も遠い。
私の頬を打った父も動揺している。私を打った手をおさえて、父の方が傷付き、痛みを堪える表情をしている。
「私は! お父様をお慕いしております!! 将来はお父様と結婚して、お父様を支えたく思っております! ですから、アルフォンス殿下に嫁ぐのは嫌で御座います!! お父様のように尊敬が出来て頼りになる殿方など他には居りません!!」
『ソーナ・ラピスラズリ』の混乱が爆発したかの様な心からの叫びだった。
うん、まあ……お父様はかなり格好良い。
『奏那』の視点から見ても、だ。
その叫びを聞いた、お父様はというと――
「い、いや、ソーナ……私にはセシリアが居てな……そ、そもそも、父と娘では結婚出来ない……のだ……」
お父様、お母様は仲が良い。良すぎる。仲良き事は善き哉。だが――娘の告白に動揺しながらも照れて、それ以上の母との惚気話……。
そんなお母様との間に生まれた私達を凄く可愛がってくれている。
さて、私の叫びを聞いたお母様は、お父様を見初めた私の殿方を見る目を誉めている。そしてアルフォンス殿下との婚約を考え直す様に進言してくれている。
泣きはらした真っ赤な眼で見上げているであろう私を、お父様は抱き上げ――
「そうか……悪かった……」
――と、背中を撫でてくれる。
惚気の後、お母様との間に生まれた私が如何に大切か語り始める。
その後、お祖父様も参戦を果たし、お父様に負けん気を見せた。
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…………そして現在の御二人が出来上がった、という訳だ。
そんな私の『お父様と結婚』宣言は妹のレナスにも及んでいたりする。
孫娘に尊敬される祖父。
お父様以上の殿方は居ない、と言われ続ける父を目指している。
しかし、未来の領主となるレイフォンには厳格で在ろうとしている。
(まあ、レイフォンを甘やかすのは、お母様の優しさと厳しさなのよね……)
しかし、それも上手くはいっていない。
魔法士・魔導士の御勤めが忙し過ぎる所為でもあるのだけれど、このままではレイフォンの方が死刑か一生強制労働のどちらかだ。
姉としては歪みを正してあげたいと思っている。現状はまだ子供故の寂しさだろうと言われるだろうけれど、早晩それも許されなくなる。
まだ十年近く猶予がある。それまでに彼の『天命』を変えなければならない。
(変えてあげたい、とも思うのよね……)
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まだこの頃は仏―― 聖女心を私は失っていなかった。
そして十年の努力は徒労に終わった。
レイフォンの処遇はお父様とお母様に任せてある。最早私の知った事では無い。
「……その様な幼き頃から、お嬢様には次代領主の片鱗が………。く、その頃からお仕え出来なかった我が身が恨めしい……」
本当にどうなるのかしらね、ハーティリアの領主は……。今更、何処の馬の骨ともわからない輩に領地や事業に我が物顔で関わって欲しくないわね。
そんな考えを抱き、私はハーティリアに思いを馳せた。




