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青き薔薇の公爵令嬢  作者: 暁 白花
Beginning
15/228

壁立千仞に臨む3

「お嬢様、七草のご説明の続きを」


 シアンに促され、私が説明の為に姿勢を整えると、お父様達も姿勢を正した。


 レナスも又、お勉強ですと呟き、私の言葉を聞き逃さな無い様に真剣な表情で私を見る。


 しかし、問題なのは弟のレイフォンだ。彼はやがて当主の座に就く。その時、今の彼の思想のままではハーティリア領の先は見えている。


(実際、私を火刑台へと送るんだけど……)


 ゲームではその後の話は描かれていないから、分からないけれど、それでもお父様とお祖父様、お母様のご様子や会話から、この国の情勢が不安定になって来ているのが伺えた。

 注意するに越した事は無い。


 今、私のやるべき事、為すべき事をしていくまでよね。


「では、七草の説明に戻らせていただきます。こちらは『聖人の座』や『聖女の座』とも呼ばれています。お名前からも解ります様に、大変縁起の良い物なのです。食し方としては塩で茹で、流水に晒して苦みを取り除きます。その他にも、シアン」


「はい、お嬢様。準備は整っております。おりますが……お気をつけて下さいませ」


 シアンの目が本当に大丈夫なのですか? と問うている。


「……ではシアン、私の指示にしたがって、ね?」


「は、はい! お嬢様」


 安心した表情を浮かべるも、直ぐにポーカーフェイスに戻ってしまう。

 お父様達は何が始まるのだ、と言った感じで訝しんでいるけれど質問はしてこない。


「先ず、七草を洗った物で長い物は切ります。軽く水分を取り除き、器―― ボウルに入れて米粉をまぶします」


 てきぱきと私の指示に従い、シアンが下準備をしてくれている中、お母様が手を上げられ、質問の意思を示す。


「何でしょうか、お母様」


「ソーナ、お米で小麦粉みたいな物が出来るの?」


「はい、お米でも製粉をすれば小麦粉とは違う食感のパンやお料理が出来上がります。ですからインペルーニア侯爵領の小麦に対抗出来うる『米粉』にも出来るお米が作りたいのです」


「そう……魔法が使えなくとも、貴女はハーティリアの自慢の娘よ」


「お母様……ありがとう御座います」


 お母様が席を立ち、私の下まで来て抱きしめてくれる。


「お前は、お前の道を見付けて歩み出していたのだな……」


「ついこの間まで、小さな手で私達の手を取り一生懸命、ついて歩いていたというのに……」


 感無量とほんの少しの寂寥感を見せるお父様とお祖父様……。

 うん、なんだろう……今での状態だと、学園へ入学した時や寮に入って邸から出たり、卒業した時どうなってしまうんだろうか?


 写真が無いから画家なんて喚んだりしないわよね?


「あ、あの続けてもよろしいでしょうか……?」


 感動しているところ申し訳無いのだけど……。


「う、ウム、続けてくれ」


「……はい。次に米粉、卵、水をボウルに入れ、混ぜます」


 シャカシャカシャカとシアンが箸で混ぜていく。


「出来ました……が、お嬢様……その、この様な液で何を……」


「ありがとう。シアン。次に匙で衣となる液を油に入れて」


「衣? は、はい」


 シアンは疑問符を飛ばしながらも、静かに慎重に匙で衣となる液を油の中に入れる。


「衣の状態を良く見て」


 衣液は小気味良い音を立て鍋の底につかない内に浮き上がってくる。


「お嬢様……?」


「これはね油の温度を確かめたのよ。衣を入れて鍋底まで沈んでから、ゆっくりと浮き上がれば、油の温度は160~170度の低温。さっきの様な状態になれば170~180度の中温。これ以上だと油の表面で衣が散ってしまうのよ」


 後は箸を入れて、気泡の状態で確める方法がある。

 気泡の出方が静かなら低温。細かな気泡なら中温。高温ならば勢い良く気泡が出る。


「どう?」


「は、はい覚えましたが……」


「ソーナ、油が掛かったらどうするつもりだっ! ただではすま無いのだぞ!!」


「ですが、お父様、今は魔法が使えるお父様もお母様もお祖父様もいます。それにシアンもいました。大人がいない時にはしてはいけないという法は守りました。ソーナはみんなに本当の美味しいお料理を知って、食べていただきたいのです。これは身体に悪いです。早死にします。お祖父様やお父様には元気で、そして理想の殿方でいて欲しいのです! お母様には何時までも若く、お美しくい理想の女性でいて欲しいのです! こんなに可愛い妹を病にする気ですか!」


 あ、まずい……今ので完全に料理人を敵に回したわね。


「ど、怒鳴って悪かった……シアン、ソーナを助けて……やって欲しい……」


 絶対零度の宰相と呼ばれるお父様が、私の言葉に感極まって涙を流している。

 お、お父様が壊れた!


「お嬢様。お次は何をすればよろしいでしょうか?」


「え、ええ。七草を衣液につけて油で揚げるのよ」


 まずは、私が衣液に付けて油の中へ投入する。


「シアン、揚がる時の音を良く聞いて……」


 パチパチパチという少し激しい音は、やがてカラカラカラという軽い音に変わる。


「今よ油から出して。この網の上で油を落として」


「はい」


「余分な油を落とさないと、逆に美味しく無くなるし、食感が失われてしまうのよ」


 日本料理を習った事がない外国の料理人が、動画やイメージだけで作った料理の様な物(・・・・・・)に成り果てる。

 まさにこの世界の料理人がそれに近い。

 食べれない物は料理とは言わない。ゴミだ。

 日本でも魔改造された海外の料理はあるし、本場の人から首を傾げられる料理もあるけど……。

 大抵が○○”ふう”と付いていたりする。”風”とても便利だ。


 さて、そんな事を考えつつ、おっかな吃驚に天ぷらを作るシアンを見守る。


 シアンが人数分を作り、試食となる。


 誰もが目の前に出された七草の天ぷらに無言になる。


 油=ギトベトというのが頭にあるのだろう。


 塩を振り、先ずは私から食べる。


 サクッ、サクリ、サクサク……


(うまく揚がってる……)


「「「「!!」」」」


 私の食べた音を聞いて、みんなが一斉に動く。私の真似をして塩を一摘まみ振る。


 サクッという音が重なる。


「そ、ソーナ、この料理は面白い。食感、音、味、香り、全てを刺激して、空腹を誘う」


「『天ぷら』と申します」


「塩という実に単純だが、それが良い」


 私は次の準備を始める。


「先程のご飯の器に乗せ、この『天つゆ』というソースをかけてご飯と共に食べます」


「それだけ、なの?」


「はい。これを『天丼』と言います。一つの器で完成させ、食べる者を満足させる、という料理人の才能が試される料理なのです」


「ギトベチョではありません!! 安心して食べられます!!」


 解るわ。初めて揚げ物を出された時ギョッとしたことを覚えている。食べながら(食べざるを得なかった)料理人の説明を聞いた時、卒倒仕掛けた。何せ、小麦粉を水で溶かし、それに鶏肉を付け、油に投入したソレを油を切らずに出された。


 セレナが言ったように衣はギトベチョ、中は生焼け……若干トラウマだったりする。料理人は革新的だと言っていたけど……、私がキレて床に叩き付けなければ、絶対お腹をこわしていた。一口食べただけで身体の細胞が全拒否した。毒だと判断したのよね私の生存本能と危機意識が……。

 そんなこんなで悪評が一つ増えたけれど……。レナスのお腹の平穏を守れたから良しとした。


 ――閑話休題。


「試食だから少し……か。今の腹の状態が悔やまれるな……初めての娘の料理だというのに……。よし、『初めての料理記念日』とするか……」


 お父様、それは止めて下さい! とても恥ずかしいです!

 詩人に詩でも作らせそうな勢いの父に、私はお母様に救援を求めた。


「駄目ですわ。我が家だけの祝い事に収めるべきです」


「セシリア何故だ?」


「どこぞの馬の骨、鳶に拐われてもよいのですか?」


「駄目だな!」


 …………。


「お姉様、現実になりましたら戦になりそうですね……」


 止めて、レナス。冗談にならないから!


「……。この様に食に出来る野草を知らなかったとはいえ、見逃していたとは、な」


 咳払いをして取り繕うお父様。


「しかし、ご注意下さいませ。この『聖人・聖女の座』には、同じ名で全く別の野草が存在するのです」


「そうなの?」


「これは、大丈夫です。こちらは食用では黄色い花、此方の食べられないのは、この様にピンクの色をしているのです」


「採取の時は気を付けなければいけないわね」


「はい」


「だが、食べる前に言いなさい」


「はい……申し訳御座いません」


 シュン、と年相応の反応をしてしまう。

 こういった時、私の精神が肉体の年齢に引っ張られてしまっている。


「!?」


 お父様に頭を撫でられる。

 そのお父様は片目を瞑り、注意しているのだぞ、というポーズをとる。


 そして、続けなさい、と一言。


「次は、御覧の通りかと」


「カブ……だな。一般的にも食べられているが……」


 これならば知っている、と。


「カブも縁起物なのかしら?」


「はい。カブは別名『スズナ』と言います。スズナは『神を呼ぶ鈴』として縁起物なんです」


「その様な由来があったのか!」


「はい。先程の『聖人・聖女の座』は今までに説明して来た七草と同じ効果があり、更に『カブ』には()の予防にもなるのです」


「なんと!!」


「……侮れんな」


 私としては前世レベルの医療技術の発展を目指して欲しい。

 魔法で解決、本当に良くない。

 魔法医・魔導師が病や人体構造を理解していない、というのはとても恐ろしく、不安になる。

 逆に戦々恐々で体調が悪くなる。


「他には?」


「お腹の調子が悪くなるのを予防する効果があるとされています」


 胃潰瘍や胃炎の予防。カブの葉にはビタミンA、B1、B2、カルシウム、食物繊維が豊富に含まれている。


「『カブ』の葉は、特にお腹の中から美しく、健康になれる食材なのです」


「……健康は美。成るほど。ふふ」


 ……医術、医療知識、学者は『魔女』として……火刑されていた時代が……前世でも、あった……わね。

 これって……私がしてる事って、まさに魔法士・魔導士という『天』に『才』を与えられた『天の御使い』達への反逆になるのでは?

 待って私、うん、落ち着こう。

 Bad End回避しよう、自分の地盤を固めようとすればする程、誰のルートに入らなくても私……火刑台行きじゃない?

 私、自分で自分の首を絞めてる!?


(……死んだ様に生きていくしか、無いの)


 嗚呼……それでも……そんなのは御免だ。そんな事の為に生まれたんじゃない。私は私を生きる為に生まれた。


「でも、ソーナ。それは魔法医・魔導師も会得していない知識。理解されないかも知れない。貴女を悪く言う人もいるでしょう。それは解るわね?」


「はい。『世の人は我を何とは言わば言え、我為す事は、我のみぞ知る』です。ですが、先程申しました通り、先ず私がやって見せる事が大事かと存じます」


「先程とは正反対の覚悟だな……」


「はい。新しい物事を為す、という事は周りにどれ程親しい者が居ようと、孤独なのかも知れません。独りで前を走るのですから……」


 独りでは羽ばたけない世界で片翼で飛ぼうとしても墜ちるだけ。また、歪でもいけない。


「「「…………」」」


 お父様たちが黙りこんでしまった。私の発言は「誰も私に比肩する者など居ない」と言ったも同然だ。

 それが、皇子であってもだ。

 彼等、皇族の為に鳴けないと言った私は殺されると、お父様たちは思ったのかも知れない。


(……皇子の外面ではなく、真実の姿、現状を知っていらっしゃる、という事ね)


「……最後になりましたが、こちらは『スズシロ』です」


「ソーナ……これも知っているわ。大根……でしょう?」


「はい」


「『薬膳』だったか? それでは『スズシロ』というのだな」


「大根……より言葉が良い」


「そうですね。『汚れの無い純白さ』を表している、と言われております。根と葉の両方に栄養があります。お父様たちの今の体調を消化不良と言ったりするのですが、その状態と二日酔い、頭痛、発熱、冷え、お腹が荒れ、お通じが改善されるのです。『七草粥』は家族や大切な方々の無病息災を願い、作るのです」


 本当は細かな作法もあったりするのだけど割愛する。

 ただ、地域ルールがあり、また地域によって入れる具材も違うレシピもあり、面白いと思った事がある。


「『七草粥』の起源は古代まで遡ります」


「古代だと? その様な昔から食されていたのならば何故、現在に伝わっていない?」


 それはこの世界の古代では無く、私の前世の世界の話。


「それはお父様……貴族の成り立ちにあるかと存じます……」


「言ってみなさい」


「はい。貴族の成り立ちは元は戦人から始まりました。戦で武勲を挙げて生き残り、騎士に成り、また戦で武勲を挙げる。その繰り返しにより、その騎士の下には新たな戦が生まれます。そうして戦で生き残り、成り上がった者が私達の祖にあたるのです。そして上の立場になるほど、剣から権力へ、戦場から政治の場へと、舞台を移しました。当然、兵糧やその場での狩りや野草の採取から、この様に食は変わるわけですから、いつしか忘れられ、知識は失われたのです」


 お父様とお祖父様は唸る。お母様はしきりに頷いていらっしゃっていて、この辺の理解は流石、武門出身の元御令嬢と言ったところだ。


 紀元前206~8年、前漢の時代――


「――古代では新年の日にちを動物や人に見立てた占いが行われていたのです。1月1日を鶏、2日を犬、3日を猪、4日を羊、5日を牛、6日を馬、7日を人、8日を穀と……」


 唐の時代(618~907)になると――


「人の日―― つまり1月7日に七種菜羹ななしゅさいかんという七つの草や野菜を混ぜた汁物を食べる風習が始まったのです。身体に良い食材をとる事で無病息災を願ったと言います。また、立身出世への願いも込められていたそうです。これは1月7日に昇進の取り決めを行っていた事に由来するそうです」


「確かに……騎士に爵位を与えるかどうかは、その日に決めるが、その習わしの名残か……」


「はい」


 この風習は奈良時代の日本に伝わったと言われ、日本では――


「それから時が進むと、お正月に摘んだ若葉を食べる『若葉摘み』という風習に変わります」


 光孝天皇(830~887年)はその風習を歌に詠んでいる。


「『君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ』」


「ソーナ? 今の不思議な詩は何かしら?」


「はい。今のは『貴女の為に、春の野原に出て七草(若菜)を摘んでいるというのに、着物に雪が降ってきた』という殿方から愛しい人の無病息災を願って詠まれた歌なのです」


 さて、お母様を愛するお父様がこれを聞けば――


「……今年は、愛娘の優しい想いだった。来年は私が摘もう」


「あなた……」


 ……予想通りの展開……。しかし、これは……。


「んんっ! 娘達が居るのだ……ついでに私も居る」


 見詰め合い、甘い雰囲気を醸し出す我が両親。そこに勇敢に立ち向かった勇者(お祖父)様。


 ……来年はレナスもお姉様になるかも知れないわね。


 お父様との甘い雰囲気から、母親に戻ったお母様が私の許へと来て、しゃがみ――


「……貴女は私達の事を想って作ってくれたのね……ありがとう、ソーナ」


「お姉様……、お姉様はアリーシャ様の再来!?」


 お母様に優しく包まれる。

 妹の中で私の存在が聖女へランクアップした!?


「「…………」」


 そして、お母様の向こうで、お祖父様とお父様が号泣していらっしゃる!!


「可愛い娘、孫娘が私達を想って作ってくれたのだから、嬉しいのは当然でしょう」


「良かったですね……お嬢様……」


 私は小さく頷く。しかし、あの……シアン……。

 あちこちから聞こえるすすり泣く声と音。


(怖いわね……)


「私達も同じで御座います。私達のような者を想いお嬢様は……」


「だって、アナタ達もハーティリア家を守る家族でしょ?」


 私がそう言うと泣き崩れるシアン。他の皆も!?

 

 お父様、お祖父様が娘達は嫁がせない、とか何処の馬の骨ともわからぬ者を婿にもとらんとか、貴族の仕来たりは何処へ!?


 何故こうなったの……?


「お嬢様、去年の夏です……」


 シアンが涙を拭いながら私が疑問に思った事を、教えてくれた。


(去年の夏の出来事……)


「ああ、お嬢様はとてつもなく可憐でした……」


 …………。うっとりしているシアンを見て私は去年の夏の出来事を思った。

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