Blue Momentー瑠璃色の夜明けを薔薇色に染めてー
性別に関することが出てきます。苦手な方は読むのを中止して本編をお待ち頂ければと思います。
宴も終わりを告げ、私はアルシアとアリシアに連れられ、浴場で身体を隅々まで磨き上げられた。
その際、ファルシャナでは高貴な身分の者は不浄であってはならないと下腹部の毛を全て剃るというのがエチケットであり、女性ならばそれが殿方を迎え入れる礼儀作法だとか。
私の身分からすれば侍女なんて路傍の石と同じ。アルシアも私が恥ずかしがるのではと思ったのか「私どもなど路傍の石。その様に思って下さって構いません」と表情を変えずに言った。
私に恥じる所なんてない。だから堂々としていれば良い。
あと、爪は深く切られた。当然といえば当然だ。寝所で暗殺なんて定番だ。あとアスラン国王陛下の肌に傷を付けないためだとアルシアに説明された。
アリシアは不機嫌極まれり。
それでも私のメイクに手を抜かない。最高の状態で戦場へと送り出そうとしてくれている。
夜は色を纏うと言っていたアルシアだったけれど、今宵用意したのは純白のドレスだった。もう一度言おう。純白である。
「今宵ソーナはアスラン様の色に染め上げられ、染めて頂くことでシャラヴィ王家――ファルシャナ国の人間へと生まれ変わるのです」
アスラン“様”と言った。それがアルシアの心情を物語っている。彼女こそ一人の女性としてアスランに愛してもらいたいのだ。
――ハァ……つまり初夜専用なのね。徹底してるなぁ。
故に後宮の私は宮では無く――
「ソーナ様。お着きになりました」
「ここが……陛下のお部屋なのね……」
「靴はそこで御脱ぎ下さい」
アルシアに言われた通りにして私は足を踏み入れる。
「では、私は外で控えて下りますので」
「えっ!?」
振り返ってアルシアを見たけれど扉はすでに閉まっていた。
――き、聞こえるんじゃない? 聞かれるの?
確認の為なのだろうけれど。解っていますとも。
――しかし、しかしだ。困ったなぁ……。
豪奢ではあるが落ち着いた品のある室内を、私は動物園のネコ科の猛獣が如くうろうろと歩き回る。
「……誘惑って……どうするのよ……」
奏那の時だってボーイフレンドも彼氏も居なかったのだから、今世のソーナである私が男性の誘惑の仕方など知るはずがない。
――……振り付け―― 仕草だけなら……さんざんやって来たけれど……。
甘い言葉なんて言えそうもない。
正妃(仮)。もしくは側妃を演じろと言われたなら演じて見せる自信はある。誘惑の甘い言葉も前世で見たものの台詞を取って付けて、抑揚を付けてアスランを誘惑すれば良い。
――それくらいやって見せるけれど……。
実際の私の心と言えば頭で理解していても拒絶しているので、噛み合わずモヤモヤとして気持ちが悪い。胸が苦しくて吐きそうである。
やけに鼓動がうるさい。何をどう足掻こうが、どんな思いを抱えていようが此処まで来てしまったのだから――
窓際まで行き、外―― 夜空を見上げる。蒼みがかった銀の月がとても綺麗だ。
「――いい加減覚悟を決めろ……。往生際がわるいぞ私」
なんだか無性に叫びたくなってきた。
――にゃお~ん!!
はぁ。とっとと済ませてしまいたい。
「そんなに嫌なのか?」
「へ、陛下! 何時から其処に居られたのですか!?」
肩を叩かれてマジでビクーンってなった。ちょっと飛び上がったかも知れない。
「……『いい加減に覚悟を決めろ――』辺りからだな』
振り返ると腕を組んで私を心苦しそうに見ていた。
「俺が戻って部屋に入っても、名を呼んでも反応を示さず、外を眺めて物憂げにして呟いたからな……」
それで本格的に私の裡に踏み込んでみようと思ったのだとアスランが言う。
「改めて聞くが、そんなに俺と枕を共にするのが―― 正妃になるのが嫌なのか?」
私は眉を寄せて顔を逸らす。
「何故、その様に苦しげに顔をする? どんな悩みをその心に隠している? 少しずつでも良い。ゆっくりでも構わない。話してくれないか?」
私は答えることが出来なかった。俯き立ち尽くす私をアスランは優しくラタンのような植物で編んで作られたカウチへと導いて座らせると、彼も隣へと座った。
どのくらいの時が経ち、声を発するのに時を有したのだろう。
「生まれついた身体はご覧の通り女体ですが、私は女性として異性を――殿方を恋や愛の対象として見れないのです」
自覚は無かったけれど奏那であった時からだと、今なら理解できる。日向と再開したことがきっかけだ。
私は彼女を“男”として好きだったのだ。そこで怪しくなったのが私のショタ説である。
結論から言うと友達だ。ひどい話都合が良かったのだ。姉の友達。友達の弟。その立場に在れば男の子っぽい遊びも出来たからだ。
フィギュアスケートもペアかアイスダンスというのも男女一緒だからである。まぁ、真っ先に趣向が綺麗だったからという理由があるのだが、このアイスダンスの女性に憧れた時点ではまだ自分の性認識に疑問を抱いて無かったからだと思う。
違和感を覚えたのは魔法少女アニメだ。周りの女の子たちと見方感じ方が違ったらだ。私は異性としてキャラクターが好きだったのだ。これも今だからこそ解ることだが、当時の私は大いに戸惑った。慌てた。誰にも言えない。言ってはいけない。バレてはいけないと思った。
自分の心を否定して“女の子”で在ろうとした。だって面白可笑しく書かれて両親に迷惑がかかってしまう。両親だけではない関係者とかチケットとかCDとか。当時の私は戦々恐々だった。
シングルで才能を開花させても、頑なに可愛いを避けてきた。衣装のデザインや色も可愛いを避けてきた。それでも身体は女の子なのだ。
私服は男の子っぽい服が多い。女の子の装いはギャル系が多い。たぶん“男”としての趣味だ。ある時期に格好いいと、拗らせて完治せず買い続けてたのがゴスパンクファッションである。
さて、現在の両親も偉い立場にある。死んでも治らなかった。当然だね。
此処まで“わたし”、“私”と女の子を演じて来たわけだけど、公爵令嬢の義務として女の身体を殿方に委ねなければならない。
前世を通して恋愛というものを捨ててきた私。
公爵令嬢と言いますか、偉そうな立場から言えば使えるなら男であれ女であれ優秀で有能ならば性別など関係ない。
恋愛感情のない政略的な婚約、婚約だとしても顔だけが取り柄の無能に身体を委ねるのなんて御免である。
ただ、女性に惚れられるのは当然として、男でも惚れる男って心根も行動も本当に格好いい男だと思うんだよね。
前世に纏わる話とか色々暈しはしたけれど、私の心情を最後まで口を挟むこともなく聞いてくれた。そのアスランは話が終わると考え混んでしまった。
「成る程……故に同盟を結ぶ、か。ローゼンクォーツ、いや、ハーティリアとファルシャナという“国”。“人”として好ましいか否か。それでたどり着いた答えが性を別けない中性か……成る程……成る程……」
また考えの海にダイブしたようだ。
――オタクとしてはさ。コスプレとか圧倒的に女性コスプレが映えるのだ。中には男性ものの衣装も所有していたけれど、和装だったり乙女アニメ系の男子服だったり、女子も嵌まれる少年マンガやアニメのものだ。
ガッツリ男子向けのものはしない。だって戦闘筋肉なければ似合わなかったりするからね。コスプレしても女性キャラのだしね。
格好いい系の美少女戦士だとか軍人キャラだとか侍系キャラのお陰で自分は自分のままで良いと許せるようにはなったのだけれど。
「俺は合格か? 否か?」
「貴方が私を女として愛を囁いていたのが悩みだっただけです。男尊女卑など他にも上げたらキリがありませんが、それは現在改善をしているところでしょう」
「それは……済まぬ」
「否定しているならアルフォンス皇子の首を送り付けています。私はそういう類いの人間ですので」
奏那もしくはソーナは一人称を“僕”にしたかったのではとおもうのです。




