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青き薔薇の公爵令嬢  作者: 暁 白花
『Blue Momentー瑠璃色の夜明けを薔薇色に染めてー』
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Blue Momentー瑠璃色の夜明けを薔薇色に染めてー

 国が違えば常識も仕来たり文化も違う。ソーナの国の在り方からすれば考えられないドレスにも拘わらず、それを用意させた王宮にも差し出したアルシアにも当たり散らすことも恥じることもなく、それどころかむしろ己の存在、容姿を見せ付け誇るかのように美を示し堂々としている。


 その凛とした佇まいにアスランは見惚れると同時に胸に痛みを覚えた。


 ――ソーナの役目はファルシャナの後宮に入った時点ですでに終わっている。


 多くの官僚たちと同様に政人して、ソーナの価値はこの国が強く必要とする水と氷の精霊石と魔石、結晶が手に入りさえすれば良いのだから、水と氷の魔法が使えない彼女自身は無用な存在だ――


「――などと俺も思っていると考えているのだろうな」


 それと同時に期待しているのだ。アスランが有能と判断し、功績、武功を上げる――上げた自分たちに下賜されることに。


「フン。愚か者どもが。誰が惚れた女をお前たちなんぞにくれてやるものか」


 ソーナの女としての魅力は勿論のこと、財力と金を生み出す力が欲しいのだ。そう言った感情だけは立派なのだから腹立たしい。

 下賜されるに近いのは宰相、各大臣に勇壮な兵――隊長辺りだ。


「手っ取り早く首を切れれば楽なのだがな……」


 何でもかんでも首を刎ねれば良いという訳にはいかない。その為にアスランは“政治的に”という誤解をソーナにされている。


『政治的にも“愛している”と言わなければ自国を馬鹿にした他国の皇太子の元婚約者という傷物を側妃とはいえ、迎えることを良く思わない民もいる』


 と、いう誤解をされているのだ。しかし、それも一理あるのでアスランは苦笑と共に彼女が自分の傍らに在るのだからと、納得はしていなくとも受け入れている。


 ソーナのアスランに言った“愛している”にはこの国の王は気に入った女を後宮に入れ側妃とする伝統があるという誤解だ。


「王が愛しているって言っちまってんだから仕方ねぇよな」


 それが女好きの国王に対する国民の反応だ。


 ――否定しようもない事実だが、だが!


 自分がどれほどソーナを愛しているのか、ぐっずぐずのドロッドロに溶かしてその身体に解らせてやる、とアスランは誓う。


 ――しかし、わざと誤解しているふしもある……。


 そうやってソーナは何処か恋愛に発展することを避けていることをアスランは感じとっていた。


 アスランが中庭―― ソーナたちを見ていると彼女がふと顔を上げ、視線が交差し、彼女が笑んだ気がした。


 ソーナが颯爽とオアシスの際で死んだふりをして抗議を続ける精霊に近付き、手を伸ばし持ち上げた。


「魃ばつさえ発見出来れば良いのですが……」


 アルシアの苦渋に満ちた声。


「魃? それは干魃かんばつ―― 『ひでりの神』のことね」


「……良くご存知なのですね。感心いたしました」


 アルシアと同様にアスランもソーナが他国の神―― それもあまり知られていない悪神のことを知っていたことに感嘆した。


「これでも一国の姫で、ローゼンクオーツ皇国の皇子の元婚約者ですもの。近隣諸国はもちろん、遠方の国のことも学んでいるもの。知っていて当然ではないかしら?」


 ――なるほど。彼女には当たり前の事なのか……。しかし――


「その知っていて当然の事を元婚約者様はご存知無かったように私は聞き及び、記憶しておりますが……」


 アスランの思ったことを皮肉をたっぷりに込めてソーナに返すアリシア。そして追い討ちの、伴侶となるには失格ではないかとアルシアはフフフ……と笑う。それに対してソーナは困ったように頬に手を当てため息をわざとらしく吐き――


「――ですが私のせいでは御座いません。同じように学び、時に注意し、教えて差し上げましたが、いかんせんアルフォンス元皇太子様はすぐにお忘れになられてしまう残念なほどに鶏頭でしたから……」


 嘆いてみせる。


「聞く耳と記録するという意識があればまだマシではあったのですが、それすらも持ち合わせておらず、自身の都合の良い甘言には素直に反応し、感謝し、恩に報いようとなさるのですが……」


 ソーナの泣き真似にアリシアが本気で心配して寄り添い、涙を拭こうとしている。


「あの方の鶏頭はソーナ様のせいではありません。それにほら、以前仰られていた手術なる医術であの方の頭を切り開いて、悪い処を取り除くか、脳を新しく入れ換えれば治せるのではございませんか? そうなれば少しはお父様の心労が減るのではないですか?」


 ソーナの侍女がとんでもない事を言い出した。


「あの方の脳を研究なされば、何故あの方が残念なのか解明できるやも知れませんし、解明されれば同じような方を治せますね」 


「そ、そうね……」


 それはソーナの実弟であるレイフォンたちの事だろう。 一国の皇子の脳を研究実験材料にするなどと、本人たちが聞けば激昂もので、ソーナに対するアルシアの態度もそうだが、アスランはヒヤヒヤとさせられた。


 だが、実際アスランもアリシアに同感であった。


 ――行方不明にでもなって魔物に殺され喰われたと偽装して、あいつらを拉致して頭の中身が見てみたいとは何度も思ったぞ。


 ただ、拉致するのが大変なだけだ。呼び出す理由が必要だ。しかし実際には出来ない。やろうと思えば出来たのだろうが、ソーナの野望の為には馬鹿なままで居て貰わなくてはならない。


「それはそれとして――」


 ソーナが話を戻した。


「ファルシャナでは悪神として姿を描かれているけれど、実際は反人類種の群体ぐんたいまたは軍隊精霊よね」


 ソーナの聡明さにアスランは舌を巻く。


悪霊あくれいと簡単に私たちは言っています」


「これ以上旱害(かんがい)を広めるわけにはいかないわね。魃が移動すればするほど自然火災、農作物や狩猟、果物、河川の水量の減少が漁業や船での運搬業による物流にも影響が出るし、害虫問題。それにこの国ではもう影響が出ている避難者、移住者の発生。社会不安、飢饉、疫病、砂漠化。貧困、生活苦からの自殺。良民が賊に成り争いが生まれ、その火は大きくなり、やがて他国へと火の手は伸びて大戦と成る。それは防がなければならないわ」


 ソーナが熱と日の病にかかったような精霊の額に優しく触れた。

 ただ触れただけではない。水と氷の精霊力レイリョクを纏わせた掌で触れた。


 アリシアとアルシアの戸惑いと疑問に答えず、先ほどの精霊を片手の掌に乗せ、空いた手で水面に浮かぶ精霊を掬いあげ、オアシスの水面に素足を伸ばした。


「な、何をしているんだ!?」


  アスランはソーナの行動に度肝を抜かれた。遊学先であったローゼンクォーツの人間―― いや、どの国でも海や川―― 水に関わる仕事をしている者以外で泳げるなど聞いたことがない。


 それが貴族令嬢令息ならば尚更に。


 それをソーナは関係ないとでも言わんばかりに水に向かったのだ。


 アスランは高さがあることも忘れて窓から身を乗り出して飛び出そうと窓枠に足をかけたまま固まった。


 一歩足を踏み入れると波紋が広がりはしたが、ソーナの身体は水中に没するどころか水面に立っていたのだ。そして、また一歩。波紋が生まれる。響き合うように幾重にも波紋が生じていく。ソーナが両腕を広げ円を描くように左足を軸にその場で一回転。


「――♪」


「歌?」


 それは様々な音楽―― 歌を聞いてきたアスランでさえ知らない詩歌だった。

 王であるアスランが知らないのだから宴の席で共に居た王宮の者たち、そして宴で歌を歌い奏でた芸人たちも知らないであろう旋律であった。


 そして舞。水面を軽やかに駆け、飛び、どのような力を使っているのか、その水面を後ろ向きに前へと滑っている。時に水面を片足で回る。


 次の瞬間アスランは目を疑った。それは間近で見ている侍女二人も同じであろう。なんとソーナは空中へと飛び上がると鋭く回転したのだ。


 そして大きな水飛沫を上げて片足で着水した。奇しくも―― いや、片目をつむり舌を出して居たのだからわざとだろう。侍女、周辺の草木、花、芝生に雨のように降り注ぎ濡らした。


 気高く美しく軽やかであり、しかし時に力強く生命力に溢れた舞。それだけではない。時折垣間見せる視線、表情、仕草が艶やかでドキリとさせられた。精霊に向ける憂いを見せる伏せた目―― 舞っているのだから流し目になるときなど妙に色っぽい。


 ソーナの掌に居た精霊たちに精霊力と活力が戻り、元気を取り戻したのかソーナに寄り添い周りを飛ぶ。彼女が右手を上に左手を下にすると右手側の精霊が腕を伝うようにくるくると回りながら滑り降り、今度は逆にすると左側に居た精霊が同じように滑りおりた。

 

 その二柱の精霊だけではない。気が付くと生温い、いや熱い湯のようになっていたオアシスの水にのぼせていた精霊たちにも復活していた。特に腹を見せて浮いていた熱帯魚型の精霊だ。


 それだけではない。


 生命―― 存在維持の為に力を無駄にしないように顕現することすら無くなっていた精霊たちまで姿を見せている。

 今や中庭には無数の色とりどりの光の玉が生じていた。


 その全ての精霊がソーナの美声と歌、舞に魅了されていた。かくいうアスランもその一人であった。


 ソーナに群がる精霊に応えるようにソーナが再び歌い舞う。違うのは歌と舞。


 するとアスランの頬に冷たいものが触れた。指で触れ見てみれば濡れているではないか。


「雨か!?」


 アスランはハッとなり天を仰ぐ。


 晴れているにも関わらず天からポツリポツリと小粒の雨が降りだした。


 それはソーナの歌声に水面を駆け、飛ぶ度に弱く小粒だった雨は次第に雨足を強くしていく。


 アスランの頬を打っていた雨は今や顔を打ち濡らし痛いほどになった。


 そして宮殿のあちこちから悲鳴が上がった。

 かんかん照りの青空と乾いた空気。風は熱を孕んでいた天気だったのが、晴れているにも関わらず突然、土砂降りの雨となったのだから当然であろう。


 慌てふためくのは大人たち。


 例を上げるなら干していたものを急いで取り込まなくてはならない下働きの女たちだ。


「ふむ。大変であろうが今は恵みの雨が大事だ。諦めよ」


 慌てふためく大人たちとは対象に宮殿で働く子供たちは突然降りだした雨にはしゃいでいる甲高い声。


 ――風邪を引くなよ。


天姫雨てんきあめと言ったところか……」


 アスランはジンや宰相たちが飛び込んで来るまでソーナをいつまでも見詰めていた。

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