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青き薔薇の公爵令嬢  作者: 暁 白花
Beginning
13/228

壁立千仞に臨む1

「ソーナお嬢様、お待たせ致しました」


 退出していたシアンが新たな土鍋を運んできた。


「ありがとう。シアン」


 シアンは一礼で応え、予め説明していた通りに準備を進めてくれる。


 木で作ったスプーンに木の器。


 やはりお祖父様達は首を傾げている。

 何せそれは――


「ふざけないで下さい! この様な木なんかで作られた野蛮な器で、貴き血が流れるハーティリアの者に食事をしろと貴女は言うのですか! 姉上はやはり『うつけ』だ!」


 喚き散らすレイフォン。しかし――


「レイ」


「は、はい! 母上」


 レイフォンのお馬鹿。姉に諫言したので褒めて下さい、なんてドヤ顔していないで気付きなさい!

 微笑を浮かべていらっしゃるお母様の目が冷たい上に、お声まで優しさが排除されている事に気付きなさい。

 お母様は微笑みを絶やさない優しい女性だ。だからこそ敵には冷たい。その微笑みが冷笑に変わる。

 お祖父様もお父様も背筋を更に伸ばし、姿勢良くしていらっしゃる。


「その五月蝿い口を閉じなさい。貴方に発言を許した覚えは有りません。今、私達が話合っているのは領制に関わること。姉に喚き散らす事しか出来ない貴方に発言権は無い。貴方こそ分を弁えなさい。不愉快です」


「で、でしゅが……」


 半泣きで声が震えている。しかしレイフォンは耐えて、お母様と対峙する。

 泣くかと思ったのに、流石はハーティリアの男児。


「言い訳は結構。政治の場で発言をするのなら、発言が出来るだけの物を示しなさい。下らない思想を語る口も言葉も要りませんよ。ソーナの様に示して見せなさい」


 レイフォンは、ひうっ、と息を呑み言葉を詰まらせる。

 言葉しか持ち合わせて無かったのね。

 

「あの教師は駄目ね」


 能力や世の流れを見通す力が無い、教育者としての能力が低いとされ、ハーティリア家を首になった者に未来は無い。

 

「ソーナ」


「はい!!」


「それの事は放っておきなさい。貴女は構わずに、貴女の真価を私達に示しなさい」


「はい」


 獅子は子を千仞の谷に突き落とす、と言うけれど……レイフォンは自分から落ちに行ったわね。

 それは自らの志を抱き、意思を示す覚悟を決めて、壁立千仞に臨む私とは違う。レイフォンにはその覚悟も意志もない。彼にあるのは空っぽな矜持だけ……。


 何時も夢に見る私の最期の姿が脳裡を過る。


 力を付けること、自身の地盤を固めようとすればするほど弟との溝が深まっていく。

 お母様はレイフォンに馬鹿な思想に染まった貴族に成って欲しくないから激昂せず、冷静に理路整然と諭した。


 それが理解出来ていない。しようともしていない。魔法貴族というだけの矜持しか持ち合わせていない。

 それでは跡を継ぐ者として認められ無い。


(私を試す場であり、レイフォンの資質を試す場でもある……)


 晩餐をすることは私達も知っていた。そして、私達の居る前で祝いの催しの話をしたのがその証拠かも知れない。


「木造りの匙、木造りの器は火傷をしないようにです」


「先程の『ご飯』と同じではないのか?」


「はい。此方はお母様のお話にありました泥々の物を、正しい手順と、下準備により作りました『お粥』という名の料理なのです」


 私がお父様の問いに答えると同時にシアンが蓋を取る。

 フワッと湯気が立ち昇り、湯気を燻らせ続ける。

 熱々だ。


 シアンがお玉で掬い、茶碗に装っていく。


「お熱いのでかなり冷ましてお食べください」


 お祖父様達は重々しく頷く。何せ泥々を知っているのだから。


「ソーナ……この野草は何かしら?」


 白の中に見える緑。


「ざ、雑草を……姉上は『うつけ』ではなく『大うつけ』だったようですね。雑草など畜生が食すもの! それを食べさせようとは無礼ではありませんかっ!」


「レイ。二度も言わせるな」


「なぜですかっ!」


「これ以上言わせるな」


 お父様が静かにレイフォンを威圧する。


「ソーナ。きちんとした説明が出来るのだろうな」


 お祖父様にギロリと睨まれる。

 怖い……さすが伏魔殿で宰相を務めあげ、愚者に睨みを効かせて国を政治の面から守られて来られた方だわ。


「も、もちろんです」


 いけない声が震えてしまった。声を張れ、胸を張れ!


「この『粥』に入っているのは『春の七草』と云われる七種類の野草です」


「お姉様……」


「大丈夫。信じて」


 此方を不安げに見詰める妹を安心させる様に笑む。

 確りしなければ。


「その『七草』を『粥』に加えたこの料理は『春の七草粥』と言うのです」


「七草?」


「今から説明させていただきます」


 シアンが笊に乗せた七草をテーブルの上に置く。


「食べながら聞いて欲しいのです。冷めてしまっては美味しく無いので、このようにして食べて下さいませ」


 私は食べ方を実演して食べて見せる。

 最初に動いたのがお母様だった。


「ん……なんだか優しいお料理ね」


 そう言ったお母様はレナスにも進めて、妹は一生懸命フーフーしてから、恐る恐る口にする。そんな勇ましいふたりにお祖父様も弟も苦笑して食べる。


「お姉様、この『七草粥』。食べていて疲れません!」


「良かったわ」


 私達姉妹は微笑み合う。しかし、レイフォンは匙にすら手を伸ばさない。


「何故だろうな……贅を尽くした数々の料理より、旨く贅沢に感じるのは……」


「食べ疲れていた腹が安らぐ……」


 お父様もお祖父様もほっとしている。


「ソーナ、説明を」


「はい。お母様。この『春の七草粥』は『病の治療も日常の食事も、共に生命を養い健康を保つ為の物であり、その本質は同じ』だという『医食同源』の考えに基づいて作りました」


 私が考え、説いたものでは無いけれど、何処の誰がどんな書に遺したのか質問されても困る。故に然も私が考えました、と言った体を装う。

 

「このお料理は”食べるお薬”と言う事ね」


「はい、お母様。この七草を全て合わせると約十二種類のお薬の効果があるのです。栄養は……人が健康で元気で居られる素は七種類」


 ビタミン、ミネラルなどの説明は栄養で片付ける。魔法は結果でこの様な効果があると学ぶ為に、結果に至るまでの『何故』が無い。火の魔法詠唱→魔力放出→火が燃える。何故火が燃えるかが理解出来ていない。


「何と無く、魔力と魔法を捏ね繰り回していたら、こんな魔法が出来るようになっちゃった♪ てへ☆」――


――と言う偶然の産物が魔法の進化と、その深淵を覗き、極地を目指そうというのが魔導士・魔法士という人種なのだ。


「効果は次の様なものです」


 胃―― お腹の健康、二日酔い解消、解熱、咳止め、利尿作用、食欲増進、去痰、肝臓回復効果、気管支炎、扁桃炎、そばかす、あかぎれ、心の安定――


「――という効果があります」


 正しくは効果が期待されている(・・・・・・・)だけとも言えるのだけど……。


 私はそれらを説明しながら身体の箇所と身振り手振りで説明した。


「シアン」


「はい、大丈夫でございます」


 私は頷き、七草の説明を始める。


「此方は『芹』。芹は競り合う様に生えていて、その名前に『競り勝つ』という意味を掛けた縁起物の食材です。独特の香りが食欲を刺激して栄養も高く、私達に流れる血を綺麗に保ち、命に関わる病である血の道を塞ぐ病や、心の臓や脳に害を及ぼす病を抑制するのです」


 シアンが手に持つ芹と同じ物を笊から取り、お祖父様達は信じられないと言った風に私の説明を聞いていらっしゃる。


「そしてお腹の調子も善くなるのです」


 和え物やお浸しにしても良いのよね。


「なんと……それが真ならば米と共に食すのを奨励すべきだな」


「道端の草に……我等が見向きもせなんだ野草に、その様な効能があるとは……思いもよらなんだ」


 お父様とお祖父様が芹を手に難しい顔で、七草をどの様に扱い、食材としてどの様な位置付けにするのかを話合っている。


「『競り勝つ』……ハーティリア家、領地が他家、他の領地に勝つ、ね。面白いわ。ソーナ続きを」


「はい。次は『ナズナ』です。このナズナも「ただの雑草」と思われていますが、実は『撫でて穢れを祓う』と云われている縁起の良いものなのです。止血、解熱効果があり、そして血に関わる病と、その……お食事中にする話ではないのですが……」


「なぁに? 言ってみて」


「はい……その、お通じが良くなります。これは美容にも関わって来るので女性には必要かと思います。それに加えて、骨が弱くなる病を抑制、改善するのです」


「ふむ……骨は人間の身体を支えるもの、弱くなれば脆くなる……か」


 ビタミンKが豊富なのよね。


「なにより、お祖父様やお父様の助けになるかもしれません」


「ソーナどう言う事だ? 私達の助けになるというのは」


「はい、これを煎じた汁で洗眼―― 目を洗いますと目の酷使する痛みを和らげる効果があると云われているのです」


 ほう、とお二人はナズナを手にする。

 そのニヤリ、という笑み。何だか悪い人みたいです。


 時代劇のアレだ。領主代行と宰相というのがまた何とも言えないです。お祖父様、お父様……。


 見なかった事にしよう。


「つ、続けます。此方は『ゴギョウ』。『聖体』を表す縁起物とされています」


 『聖体』―― つまり聖人を表す。本当は『仏体』です。


「う、うむ」


 一同が一瞬驚きの表情を見せた。このハーティリアで聖人で言えばアリーシャ様だ。


「あ、アリーシャ様の恩恵……か」


「確かに縁起物だ。ハーティリアの米とハーティリアの祖……。成る程……」


 お祖父様が孫も悪よのう、という笑みを向けてくる。わ、私は――


(だ、駄目じゃない何をやってるの私ーーーーっ!! 『お主も悪よのう』って、ソーナ・ラピスラズリは『スターチスの指輪』じゃ、まさに悪役令嬢じゃないっ!! 策士、策におぼれる!! ま、待ってまだフラグは立――)


 これも駄目じゃない! 弟の不仲も原因になるのだから! あ、あれ、おかしい? 六歳にして詰んでる? ど、どうするのよ私ーーーーっ!!

 ダラダラ、ダラダラ。私の背中を冷や汗が滝の様に流れていく。


「ソーナ、ソーナ! どうしたの? 大丈夫?」


「は、はい……お母様」


 名前を呼ばれ、強く身体を揺すられて漸く、思考の海に溺れかけていたところをお母様に救助された。


「ソーナ、大丈夫?」


「は、はい」


「本当? 本当ね?」


 随分と心配を掛けた様だ。


「はい。大丈夫……です。では……続けます」


 本当は大丈夫じゃない。足が震えている。だけど自分で始めた事は、自分で終わらせないと……。


「此方は、草餅というおやつにもなります」


「餅……おやつ。ソーナ」


「はい。材料があれば」


 ふふ、楽しみ。と微笑むお母様は可憐だ。


「お茶にして飲みますと咳止め、痰が喉に絡むのを改善してくれますし、喉が焼けるのも予防してくれます。そして、むくみにも効果があります」


「まあ、食べて身体の内側から美しくなるのね!」


「お母様の様な素敵になりたいです」


 むくみは女の子の敵だものね。

 

「次はなんだ?」


「此方は『ハコベ』。ハコベは『繁栄を運ぶ』として縁起物とされてます」


「ほう……」


(本当は『繁栄がはびこる』だったはずだけれど……)


 嘘も方便よね。


「止血、鎮静、歯の病の予防として使用され、栄養豊富な薬草なのです」


 なんとか立て直せたかしら? と様子を窺えば、話を聞きながら、お祖父様は私の説明をメモに取り、お父様は七草をデッサンしていらっしゃる。


「その様な戯言はいい加減にしてください。先程から聞いていれば言葉遊びではありませんかっ!」


「レイお兄様っ! 先程からお姉様に失礼です!」


 また私に噛みついて来たレイフォンにレナスが珍しく声を荒げて怒りを見せた。


「レナス……お前! 僕達は魔法士だぞっ!! この様な非魔法士かちくの餌みたいな物を良く食べられるなっ!」


「お兄様っ!」


 魔法貴族主義の思想に染まりきったレイフォンは、嗜めようとしたレナスに手を上げ様とする。


「やめなさいレイ!」


 私は溝が深まると解っていても、レイフォンの降り下ろされる手を弾く。


「っ! 魔法も使えない家畜の癖にっ!! 僕に楯突くのかっ!!」


「魔力炉を宿さない者を、魔法士に飼われている家畜として捉える考えがあるのは、一々貴方に言われなくとも知っているわ」


 私がそう言った瞬間、お母様の顔から血の気が引き、青褪めた。


「お母様、その様な顔をなさらないで下さい。私はその様に思ってはおりません。私は人間です。人間だからこそ考えます。地を這ってでも、泥にまみれても、たとえ不様でも私は自分の道を切り開きます。だって私にはハーティリアが繋いできた血と、お父様、お母様にいただいたこの命と身体があります。目的の場所を目指して歩める足があり、望む物を掴める手があります」


「ソーナ……」


 だから大丈夫です。と私は、お母様が二度と気に病む事がないように満面の笑顔をみせる。


 魔法士・魔導士など取るに足りない存在だと言った私に、魔法を放とうとしたレイフォンに、お父様は青筋を立て激しい怒りを見せて、レイフォンの魔法を打ち消す。そして怒りを凄まじい精神力でそれを抑え込み、一言、連れて行け、と指示した。暴れ喚くレイフォンの意識を手刀で落としたシアン。


「私は私の方法で、この領地をどんな領地よりも豊かにしたいと思っております。食料自給率を上げて富める領地へ。そうすれば農民によるいさかいや、領主への武力に訴えた抗議、一揆を武力に頼らずに抑える事が出来ましょう。そもそも一揆が起こる事も無い筈です」


「……一揆を抑える、か」


「はい。一揆が起きれば生産が落ちます」


「フハハハ! 成る程理にかなっている」


 女性で、ましてや私は子供……。その子供が重要な農業政策に口を出す。たとえお祖父様、お父様が話を聞いてくださるからと言って許される事出はない。故に、お二人の目は六歳の孫娘、娘に向ける目では無くなっている。


 喉がひりつく様な感覚に、私は唾を呑み込む。

 ゴクリという音がやけに大きく聞こえた。


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