Interlude ースカウトー1
「……ライラ、貴女、明日にでも退職願いをギルドに出しなさい」
私は人材の確保に動いた。人狼の子供は保護をして、隊にいる同じ種族の女性に預けた。その方が安心出来ると思ったから。
今はご飯を食べて眠っている。
――懐いてくれてよかったわ。あとは母親に子供の無事を知らせて、ギルドの束縛から解放するだけ。行くあてがないなら〈トーヤ〉に来てもらえば良いわね。
「ええーっ!! な、何でですか!? せっかく難関試験を受けて合格したというのに!!」
ライラが驚き、憤慨するのも無理はない。リザも眉を顰めている。
「このような田舎のギルドでは貴女の能力を活かせないわ」
「そ、そんなのやって見なければ分からないじゃないですか!! それに私には実績を積んで皇都のギルドで働くって目標があるんですっ!!」
「残念だけれど、貴女がどれだけ実績を積もうが皇都で働くなんて出来ないわ。この地に派遣されてしまった以上は無理なのよ」
「な、何でそんなことが言い切れるんですか!!」
「……皇都のギルドの職員になるためには、それ相応の金を積む必要があるからよ」
「え、な?」
私の告げたことは、ライラにとって思わぬことだったのだろう。先ほどまでの気勢が一気に萎んだ。
「ネロ・ハバは少しでも皇都のギルドに近付けるように、人狼の母娘を売ろうとしていたのよ」
私は息を吐く。
「このような話は落ち着いたばしょで話したいわね」
「お嬢様、調査の方はいかがいたしましょうか?」
「それも含めて、話をしたいから 貴女の家へ行きましょうか」
「わかりました……」
ライラの憮然とした態度に、私は何も言わないし、咎めるつもりはない。一言も喋らずに目的地まで歩き、ライラの家に着いた。
「あまり、広くも綺麗でもありませんし、応接室もありませんがどうぞお入りください」
「お邪魔いたしますわ」
「失礼します」
ライラが暮らしているのは築年数はかなり経っているけれどごく普通の民家で、その中は清潔できちん掃除が行き届いている。ライラはどうぞ、と食卓の椅子を、お座り下さいと勧てくれて、お茶とお菓子でもてなしてくれた。
――休みの日にまとめて掃除、お洗濯するタイプか。
しかし、出して貰ってなんだけれど、この何処其処へ旅行に行って来ましたっていう、包装紙が証明しているだけの取り敢えず感が漂うお土産屋のお菓子のような味はどうにかならないかしらね。
名所を示した包装紙を変えれば、別の名所のお土産のお菓子になってしまうような代物だ。旅行に行ってその他大勢の相手に渡すような、といえば良いのかしらね。
これがお土産ではなく、貴族御用達のお菓子なのだから、私の好きな和菓子や洋菓子なんて作れないだろう。
「お嬢様、お話のつづきを」
「そうね」
我が家に帰って来たことで少しは気が楽になっていたのだろうライラが姿勢を正す。
「人獣、アールヴ、ドワーフ、異なる種族を亜人と―― 人に劣る存在、人に成りきれなかった半端者と侮蔑していても、性的かそうでないかは問わず暴力を振るって遊べるなら、と玩具として好む者が存在するのよ。あの人狼の女の子の母親は、娘を救い出すためにネロ・ハバの小飼の冒険者――
とは名ばかりの破落戸と共にエロジカを討伐、もしくは生け捕りにするために山に入っているみたいね。あの娘の解放条件がそれなのでしょうけど、母親は美しいというし、あの娘も将来美人に成るでしょうけど、美幼女趣味という者も存在するわ。ネロ・ハバは母娘揃っているならと高く買い取り、ギルドの運営に口を出せる人物に口利きしてやろうと言われた様ね。彼は喜んで売り飛ばす算段を調えたそうよ」
――エロジカって、その、えっと、媚薬とか強壮剤になるのよね……。
「ハーティリアもブラッドストーンは人拐い、奴隷の売り買いを許していないわ。もし、見付けたらその責めは苛烈を極めるでしょうね。そして両家に賛同する領主、貴族の地もハーティリアとブラッドストーンほどではなくとも許されていない。そして辺境とはいえ此処はブラッドストーン領内。どういう結末になるかはわかりきっているわよね」
彼女は席を立ち、しばらくしてB5サイズ茶色い封筒を抱えて戻ってきた。
「これが、人身売買契約の証拠だと思います……」
差し出された封筒をリザが受け取り、契約書を一枚一枚捲り確認していく。
「確認いたしました。ライラさんのご協力に感謝を」
「い、いえ……」
ライラは何とも言えない複雑な表情になった。
ライラには封を切ることが出来なかったし、切っていれば分かって島内ため、彼女は中身を知らなかった。だけど、ネロ・ハバが何度も何度も開けるなと念を押されたため、怪しんでいたという。
しかし、それを確かめることも訴えるということも出来なかった。
――悪いことをしていても、組織の輪を乱すのが悪い、というのは何処でも変わらないわね。
加害者は悪びれる素振りすら見せず、開き直る。むしろ被害者が悪いと訴える始末。
「ネロ・ハバは貴族と繋がる証拠を残して、後で脅してさらなる出世を企んでいたのでしょうね」
「それが己の犯罪を証明する証拠になり、身を滅ぼす結果になるとは皮肉ですね」
「人を貶め、嵌めるなら、本来なら自分が落ちる穴も掘らなければならないのよ。そうすれば痛みもある程度は抑えれたでしょうね。けれど、自分の穴を掘り忘れて―― いえ、人を嵌めるということがどういうことなのか理解していないと、他人の手によって己の落ちる深さを決められてしまうのよ」
そう、今回はネロ・ハバだけでは済まない。
「今回の件はいくつの穴を掘らなければならないのかしらね。そしてその穴埋め作業も大変になるわね」
「ギルド職員の人的な穴埋めに、消えた貴族分の穴埋めですね」
「ええ。上級貴族からすれば階級関係なく三番目、四番目の子息、令嬢なんて民草と変わらないもの。薬にも食にも使えない雑草は刈り取らなければ、ねぇ」
意味ありげな笑みを浮かべてライラを見ればカタカタ、プルプルふるえて涙目で怯えている。




