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青き薔薇の公爵令嬢  作者: 暁 白花
私、天命を覆します!!
1/228

終わりの始まり

 市中引き回し――――


 『私』は今、馬が引く荷車―― と言っても檻を取り付けた荷車なのだけれど、囚われた『私』を乗せ、最期の舞台となるこの国の皇都―― その中央広場へと向かっている。


 何故『私』が囚われの身の上かと説明すると、『私』が皇族に楯突き、批判し非難をして、なおかつ国庫の財を使い込み、横領した罪、という事で実家がある領地で休暇を過ごして居た処に、捕縛隊の騎士に取り押さえられ、此処までこの状態で連行されている。


 そんな悪女を一目見ようと家の窓から身を乗りだし、また屋根の上に登ってまで見物しようとする者達で溢れていた。

 なにせ街頭も見物しようと人が並び、中央広場まで続く目抜通りは人々でごった返していて、屋台を出している者もいる。

 さらにその屋台に列を成しているという状態。


 中央広場前に荷車が止められて、アズライト教の神官が檻の扉を解錠して入って来る。

 神官は私とは目を合わせず、魔祓いの祈りを唱えながら、捕らえられてから着けさせられている首輪に付いたリングに鎖を取り付け、足早に私から距離を取る。


 腕は背に回されて、両手首に枷を嵌められ、両手首は鎖で繋がっていて、両足首も同じ。


 数週間ぶりの檻の外。

 『私』は澄みきった蒼穹を見上げた。


(……後、何れだけこの蒼穹を見上げる事が出来るのかしらね)


 最早『私』が知るところでは無いのだけれど、元この国の民として、この国とともに心中するしか道が無い者達を憐れむくらいしてあげるわ。


「さっさと歩け! 『淫魔』めっ!!」


 さっきまで怯えて魔祓いの聖句を唱え、神に祈っていた神官が、『私』から離れたとたんに強気になる。


「――くっ」


 グイッ! と鎖が引っ張られて首がしまり、息が詰まる。強い力で引っ張られたために足枷をされている足がもつれ、よろめきかけましたが、なんとか堪える事が出来たのだけれど、再度引っ張られ、『私』は歩を進める。


 引っ張られたから歩いているのでは無い、という態度で。

 すると強気になっていた神官の顔が青褪めた。


(それにしても言うに事欠いて『淫魔』――ですか。笑わせてくれるわね)


 本当に笑わせてくれる。

 『淫魔』――『靡な容姿で人を誑かし、媚びを売るしかない法の使えない女』の略。

 魔力の無い女性を揶揄する蔑称として使われている言葉。


 自分達の教義の外にいる『異端者()』を彼等は恐れている。善くも悪くも神秘に満ちた魔法世界。

 学園で学べる者は魔力を持つ持たないは関係無く貴族の子息、令嬢は通うことが義務付けられていて、平民は試験に合格すれば通える。ただし金貨30枚で、という条件があるのだけれど……。


 学園で学ぶ魔法士を『準魔法士』。

 これは『見習い魔法士』だと格好がつかないから。

 卒業して漸く『魔法士』と名乗れ、魔法を研究し、その極地を、真理を探求する者を『魔導士』と呼ぶ。


 これ等からもわかる様に、この国―― ローゼンクォーツ皇国は魔法貴族主義の国。


 魔法が使える者は『天』から祝福された『才』ある者、魔力が無い者は『天』から祝福されず見放された『才』無き者。

 故に魔力が無く、魔法が使えない者は、魔法士・魔導士()に媚びを売って、ご機嫌を窺い、奉仕して誠心誠意尽くし、敬って漸く恩恵を受けられる。


 何もかもが魔法で解決出来てしまうから、学術の発展が進捗せず、進歩しないままローゼンクォーツ皇国は何百年という時間を停滞したまま在り続けている。


 それでも国が保たれているのは魔法士・魔導士様々なのだけれど、滅びへの道を作り出したのも魔法士・魔導士達である事に変わらない。


 それを理解していない彼等は増長し、傲慢に振る舞い、魔力が無く魔法を使えない者を家畜と揶揄する様になった。


 魔力が無い者は卑屈な態度で、それを受け入れてしまっている。


 魔法士・魔導士の態度をまるで咎めるかの様に、強力な魔力を宿す者が生まれなくなって来ているし、これまで中級の上位、上級の下位魔法士・魔導士の域を出なかった者達が一流と呼ばれる様になった。


 そして、そんな者達を嘲笑うかの様に、現存する魔法では対処が出来ない天災、疫病、農作物の不作、飢饉と、ここ数年立て続きに起こり、ローゼンクォーツ皇国は悲鳴を上げる事態と陥り、政治の中核は事態の収拾が出来ずにいる。


(お父様が不眠不休で対処していますが、鼬ゴッコ……そんな中で『私』は……)


 忸怩たる思いで唇を噛む。


(それでも、八年前から、お祖父様お二人とお父様、お母様に協力していただいて対処して来た甲斐がありましたわね……)


 『わたし』が知っている知識を書に纏め、領民の意識改革を進め、必ず守る様にと徹底して来た。

 そのお蔭か、ハーティリア公爵領の被害は最少に抑えられた。

 それは他の領地とは比較にならない。


 また、ハーティリア公爵領と、ハーティリア公爵家の運営、維持費を分ける様に徐々に舵を切り始めた。

 その為にハーティリア公爵家独自で商売をする事に。


 お母様には『わたし』の作った甘味を社交界に持参していただき、ハーティリア公爵家独自の銘菓として広めてもらった。

 ハーティリア公爵家の菓子、と直ぐにわかり、他に真似の出来る物では無いと証明する為に、ハーティリア公爵家の紋章であるハートと青い薔薇の形をした和菓子『練り切り』を。


 その後、包装箱、包装紙にハーティリア公爵家の紋章を印した物を用意し、更に『練り切り』の形も増やして売り出した。


商売の素人の『わたし』が成功をおさめる事が出来たのは、この世界のアンバランスさのお蔭とも言える。


 調味料や食材は豊富なのにも関わらず、調理法が滅茶苦茶で、なんでこの料理にこれを使い、野菜をこんな切り方にするのよ? と料理人に言った覚えがある。


 だから言い方は悪いけれど、考える事、研究する事を放棄している料理人の隙を突かせていただきました。


 お母様が主催のパーティーに『わたし』が作った料理をお出ししてもらい、好評だとわかると、お祖父様にお願いしてカフェを開いていただきました。


 お母様が社交界で与える影響が大きいのだけれど、ハーティリア公爵家もハーティリア公爵領も潤ってます。

 領は発展と豊かさを見せ、全て、とは言えなくとも貧民街の状況も改善を見せ始め、治安も他の領地とは比べ物にならないくらいハーティリア公爵領の治安は良い。


(これも全て、とは言え無いのだけれど)


「――――ッ!?」


 『私』が『わたし』として考え事をしていると、『私』の頭に何かが投げつけられ、手で衝撃があった箇所に触れると、ヌルッとした感触が指に伝わる。


「生……卵」


 『私』は髪に残る卵の割れたからを摘まみ、取り除く。


(なんて勿体無い事を……。この卵の栄養でどれだけの飢えを救える事か……)


 この瞬間――『私』に投げ付ける為だけに卵を国民に渡しているのなら、それを考え、命じた者の気が知れないわね。

 それを国の財源でやっているのだから救いようがない。


 この行為の結果を皇帝と皇后が思い至らない、次期皇帝の座に就こうという皇子が率先しているのだから、思わず嘲笑が漏れそうになってしまう。


 国民も手に持つ卵が食べられる物だという事を忘却の彼方に追いやってしまったみたいね。


(食べられる物を手にいれているという現実を棄ててまで、『私』の死をそれだけ楽しみにしているのね……)


 度し難い……。


 公爵令嬢に卵が投げつけられた事実、それを皮切りに『私』への罵倒と共に、小麦粉を水で溶き、ドロドロになり玉になった物、怨嗟と共に泥団子を箍が外れた様に次々と投げつけられた。

 

(…………『私』がアナタ達に何をしたというの?)


 自慢の髪が……お母様譲りのピーチゴールドの髪が、あぁ……白濁と泥と土の色が混ざり、斑模様に穢れていく。


 涙が零れそうになる。悔しさで一杯になる。限界は越えている。


(……けれどまだ駄目よ。耐えなさい『わたし』)


 漸くたどり着いた中央広場の中心に造られた舞台という名の火刑台。演目は『断罪』。


 『私』は一歩、一歩階段を登り、舞台へと上がる。


 元々が演劇場も兼ねて造られた広場。

 すり鉢状の舞台の観客席は観客で溢れている。


 貴賓席には『私』の家族の姿。


(お父様、お母様、レナス……『私』は耐えます。だから最後まで見ていてください。耐えてください)


 『私』は『私』を大切に思ってくれている家族、『私』を信じてくれている方々に対して酷な事を願う。


 『私』が磔られる柱の前――つまり舞台中央に立ち前を見据えると同時に観客席から一斉に石が投げつけられた。


 覚悟していても痛い。顔を顰めそうになる。

 

 お祖父様やお父様、お母様、それに『私』専属の侍女やハーティリア家の侍女達から『ドールの様な魅惑の』だと言われる。その瞳に強い意思を込めて真っ直ぐと前を見据えて胸を張る。


「アナタ達がどんなに『私』の身体を汚し貶めようとも、『私』の心! 『私』の矜持までは何人であろうと汚せはしないし、汚れはしないわ!!」


『なら、俺達が毎日可愛がってやるぜ!!』


 なんて品の無い叫びに便乗する輩が次々と卑猥な言葉を浴びせてくる。



 ヨレヨレの薄いワンピース、それだけが『私』の裸身を隠すも唯一の物。

 手から少し零れるくらいには豊な胸を強調する。


 厭らしい視線が『私』の身体に絡み付く。


 侍女達からは『ドールの様な魅惑の瞳』と言われるけれど、ややつり目、猫眼とも、そして眉毛は上がりめのストレート。そんな目元の評価は実は幾つか評価がある。

 

『強気で涼しげな雰囲気』これは一番仲が良かった娘の評価。


『冷静で感情に溺れない可愛げの無い眼』『心を見透かされそうな眼』これは、貴族の男性とその子息の評価―― つまり悪評。


 だから『私』は『強気で冷めた瞳』で彼等を見据えると誰も『私』と眼を合わせようとしない。

 司教が舞台に上がり、腕を広げると観衆が静まる。


(今頃静めても彼等は手遅れでしょうね。絶対に侍女達が黙ってないもの。それにしても……司教の手振りだけで静まるなんてよく調教がされているわね)


 司教でも魔祓いの祈りを唱えて『私』と眼を合わせようとはしないのね。


 なんでも『私』と眼を合わせると魅了され、怪しげな舞いに魂を囚われてしまうらしい。


 この怪しげな舞いとは、『フィギュアスケートのアイスダンス』の事なのだけれど……。

 ビスチェとペティコートを合わせて作らせた特注のドレスで滑ってたのよね。


 あの時は皆を驚かせ、公爵家のお嬢様にあるまじきはしたない姿、と叱られたけど凄く説得と説明をして理解してもらいました。


「『私』の様なドレスではなくとも専用のドレスを仕立て、新たな社交場のダンスとして取り入れてみてはいかがですか?」と。


 その結果、お母様の社交界での地位が揺るぎ無いものとなった。


『私』が何故『練り切り』や『フィギュアスケート』を知っているのかと言えば、『わたし』が『和菓子』を知っているからだ。

 更に『元フィギュアスケーター』であったからに他ならない。


 では『わたし』とは誰かというと、『私』の前世。『私』は『わたし』の魂と記憶を持ってこの世界に生まれた『私』だから。

『私』ソーナ・ラピスラズリ・ハーティリアは、前世では『遠矢 奏那』という名の17歳の少女だった。


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