Ⅰ
「ねぇ……ここって、どこ? 今どこに向かってるの?」
山道を歩く。神田さんは申し訳ないけれど、ふもとのほうで待ってもらった。山といっても町にある小さな丘のような場所だ。歩いて十分もかからない。
「もうすぐ着くよ」
「もうすぐか……。でもさ、夜の森ってなんかテンション上がる! こうさ、お化けが出るかもしれないっていう肝試し感? うわー! いいね! このシチュエーション!」
「……そんなに、いいかなぁ」
あまり整えられていない森。かろうじて道はあるものの、あまり掃除されていない。普通に歩いていれば虫に刺される道。……十年前は、こんな感じではなかったのだが。今よりもう少しだけ、きれいだった気がする。
思い出だからだろうか。美化されているだけなのか。
「……って、テンション上げてちゃいけないね。さとりの話があるんだった。ごめん」
「別に謝らなくていいよ……ま、確かにこの道怖いからね……街頭もないし」
「あ、ケータイの懐中電灯使おうか?」
「もうすぐ着くから大丈夫だよ。ここを抜ければ……」
数メートル。葉っぱの陰になってるところを少し腰をかがめて潜り抜ける。
その先に――
「うわぁ……きれい」
夜景が見える。家々、ビルの明かりが星空を海に沈めたように光り輝く。確かに、かなりきれいだ。紗那が見とれるのも無理はない。
「……って、ここ、崖!?」
「うん。そうだね」
「危ないじゃん! 柵もないし!」
「うん。だから掃除もしていなんだと思う。看板もあったの気付いた?」
「いや、気付かなかったけど……へぇ……」
夜の空もよく見える。夜景に負けじと、星が瞬く……まあ、それほど満天の星ってわけじゃないんだけど。都会の光に圧倒されている。
自然そのままの、切り立った崖……まあ、崖というにも小山レベルだからそれほど高いわけじゃないけれど。もちろん図ったことはないけれど。ここから見える程度で、だいたい……7メートルかそのくらいか? いや、5メートル程度か。大して高くはない。
「で、さとり……ここって、どういうところなの? さとりの、思い出の場所なんでしょ?」
「……うん。ここが――私が化け物を生み出した場所」
「…………」
紗那は黙って聞いてくれていた。私の言葉を、真正面から噛みしめているのか。だとしたらありがたい……正直、信じてもらえるか分からない話だから。
「――小さい私は夜中、家をふらふら抜け出して、この崖に着いた。そしてこう言った――私の個性は、化け物だそうです。個性なんて、いりません。個性、いままでお世話になりました。さようなら――ま、言葉の部分はあまり覚えてないんだけどね」
「……それって、さとり、だよね? 全部」
「もちろん」
「そっ……か」
実はこの話は、あの夢の中の話だ……あの夢の中の出来事を、どれだけ信じられるかという話になってくる。私自身本当にあんなことがあったのか、記憶がおぼろげだ。でも、ある日を境に私の性格が変わったのは事実……じゃあ、あの夢は何だったのか。
私のおぼろげな記憶が――はっきり引き出されたってことじゃないのか?
「ねえ、さとり……」
「うん?」
「私さ。さとりから化け物の話を聞いて……はじめに疑問に思ったんだよ。どうしてさとりが発祥なのか、って。さとりが化け物を産んだ、なんて……信じられないよ。私に背中の傷をつけて、レンドくんを……。さとりはさとり、化け物は化け物。嫌だよ……結びつけるなんて」
「…………」
そうだ。
だから――私の責任なのだ。
でも紗那は、そんなことは嫌らしい。自分の親友が化け物の生みの親だなんて――嫌になる。紗那の気持ちが、分からないではない。親友を持ったのは初めてだから。
私は崖下を見つめる。
「……紗那。なんで化け物が私を追うのか……分かる?」
「……そう、いう、ことね……さとり」
私が質問を投げかけて、すぐにその意味を理解したらしい。
そう、私の能力だけ、特殊すぎるのだ。
普通の能力は、まず化け物に傷をつけられることによって生まれる。傷をつけられた人間に生まれる。しかし、私は化け物に傷をつけられたことがない。化け物に触れたことさえない。無色の化け物が現れた時も、触れる前に――ジャックによって切り裂かれた。
「さとりを……生みの親を、探してるってことね」
「そういうこと。化け物は……私を、目標にして動いている。ジャックの電話にもあったけど……化け物の出現位置が、東のほうにずれてきてるんだって」
「さとりを……追って」
「うん。私が神戸にいたとき、あの路地に現れていたのは、あの路地が――私の活動場所の重心だったから。三角形の重心ね」
三角形というか、ちょうどなのだ。ちょうど家と学校の中間地点。化け物の出現場所は、そうそう変わらない。ルートさんが私に能力を見出したのも、このことが理由だろう。いきなり何を言い出すのかと思ったが、調べてみれば一目瞭然だった。
「…………」
「あともうひとつ。私の子の能力だけ――私の意志が関わっていない」
「意志……能力を使おうとしてるか、ってこと?」
「うん。ジャックも、ルートさんも、紗那も……レンドくんもカノンちゃんも。自分で能力を使おうと思った時に使ってる、よね?」
「うん。そうじゃないと制御できないよね」
「でも、私のはそうじゃない。常時発動。これは……能力なんだろうか、って」
「能力じゃなくて……ただの、帰巣本能」
「もともとつながっていたものだから、引き寄せられる。そんな話」
「そんな……」
紗那は納得がいかないと目をおろおろとさせる。確かに、信頼してくれるかどうか、さっぱりわからない話だ……友人がこんなことを言っているなんて、頭のおかしい人間だと思われてもおかしくない。いや――頭は、最初からおかしかったんだ。
「じゃあ……どうやったら、化け物は倒せるの?」
「…………」
「さとり……それを言ってくれないと、どうしようもないよ。さとりの言葉を信じるとして……でも、化け物は倒さないといけないよ。たとえさとりの一部であろうとも」
そのとおり、化け物は倒さないといけない。そのためのプレイヤーズだ。そのためにここまで来たのだ。自分の過去と、自分の罪と、向き合うために。
「私の個性がかっぽり抜けているのは……そこに化け物が収まるから。私が何にも興味を示せなかったのは……私が個性を受け入れる器を、持っていなかったから。そう考えれば……この性格にも、納得がいくよ」
「……それは逃げでしょ」
「……。そうだね」
紗那の言葉に、反論できる材料はなかった。
「……ごめん」
「確かに、私がただ怠けていただけかもしれない……ただぼうっと毎日を生きてきた、怠惰な人間だったかもしれない……でも、そう考えると、驚くほどしっくりくる」
「…………」
紗那はどう思っているのだろうか。自分の個性がないのは化け物のせいだと、他社に責任転嫁をしている、頭のおかしい奴だと。否定はしない。私だって……これが真実だなんて思いたくないのだから。
「……さとり」
「ん?」
「……。ごめん。本当に変なこと聞くよ。さとり」
「……いいよ。何?」
「えっと、さ……化け物を倒す方法って、その……自殺、じゃ……ないよね?」
「…………」
「答えてよ! 不安になるじゃん……」
「……ごめん。自殺……も、化け物を殺すことにはなると思う。私の一部であるなら、私が死ねば化け物も死ぬと思う。……もしくは、私と完全に分離してしまうか、かな。私のもただの仮説だから……違うところもあるのかもしれない」
むしろ、違っていてほしいとすら思っている。
「自殺は、しないよ」
「……そう、だよ……ね」
安心したように紗那は深く呼吸をする。目もとを手で拭う。涙がたまっていたようだ。
「自殺なんて……あの人のようなことはしない。絶対に。あの人の二の舞になんか、ならない」
「……そうだったね。本当に、しないでよ」
「あの人の後を追うのだけは、絶対に嫌だよ。私は私。ちゃんとわかってる。……化け物の倒し方は、かなり簡単だと思う」
私は手のひらを紗那に向ける。
「私が、化け物に触れること――それだけ」
「……危険だよ、それって。自殺に等しいよ」
「うん。それはよくわかってる」
「前線に、最前線に行かなきゃいけないじゃん。さとりは……私たちが守ろうと思っていたのに」
私がリーダーに着任した時、ルートさんが言っていた。私が化け物を引き寄せるのだから、後方にいてしかるべきだと。でも、そうじゃない。化け物を引き寄せるのは、化け物が私を探しているから。化け物を――私が見つけてあげなきゃ、本当には殺せない。
「ありがとう……でも、それじゃあ化け物は倒せない。もしかすると強化された化け物がどんどん出てくるかもしれない。早く倒さないと……いろいろ、大変なことになる」
私のせいで。私が化け物を生み出したせいで。
「そうなる前に、私は化け物を回収しなきゃいけない」
「……わかった」
紗那は私の両肩をつかむ。心なしか、唇の端が震えているようにも見える。
「さとり。私は、さとりの話を信じる。信じたくはないけど……でも、それ以上に納得のいく説明が私には思いつかない……ごめん。だから! ……さとりは私が守る。幻像創造で、ちゃんとさとりを守る。だから……しっかり、化け物を殺してね」
「……ありがとう。正直、紗那に信じてもらえなかったら、どうしようかと思ってた」
ほとんど、妄想のようなものだから。夢の内容をこじつけただけだから。夢の中の化け物は、まったく関係のないものを脳内がつなぎ合わせただけのものかもしれない。本当は何にも関係はなくて、ただ私が過剰に思っているだけなのかもしれない。
「……違うね。私だって……信じたくはないんだよ。私が化け物を生み出した張本人だなんて。私の生み出した化け物で、人が傷ついて、人が死ぬなんて……信じられないよ。信じたくないよ。……でも、今更他人に擦り付けることなんて、できないよ……」
「……さとりの、せいじゃないよ」
「私のせいだよ。今日まであの化け物を放置してたってだけでも、あの化け物のことが私だってことに気づけなかったことは……罪だよ。私が、レンドくんを殺したんだよ。責任も感じるよ」
「だから、さとりのせいじゃないって!」
紗那は声のトーンを少し上げる。私の両肩から手を離し、星空を見る。
「さとりじゃなくて、原因はさとりのお母さんでしょ? 誰が一番悪いのかって、そうじゃん? さとりのせいじゃないよ。さとりがつらい目にあって……それで個性を捨てたんでしょ? だったら、さとりは何も悪くないじゃん」
「でも……」
「本当、責任感強いよねー」
「別に強くないよ……ただ、当然のことだよ」
「いーや、強い。だって、さとりのその考えも……私以外には言ってないんでしょ? 私以外に何も相談しなくて……化け物と、自分と、ちゃんと向き合ってたなんて。……さとりは、強いよ」
「…………」
褒められている。のか。そこまで褒められたことはしていない……だって、家出する前にはもうほぼ固まっていたようなものなのだから。むしろこうして話してみて、本当にこの説で合っているのか、疑わしくなったくらいだ。
「あ、家出したのって……それでか……ごめん、さとり。気づけなくて」
「気づけないって……気付くほうが無理じゃん。私しか知らないんだから」
「いーや! 元漫画家志望の紗那さんが気づけなかったのは悔しい! よくある話じゃん!」
「……よくある話なの?」
よく知らないけれど。
「だって、ラスボスが主人公の親とか、主人公と致命的に関わっているとか、よくあることでしょ? まあ、さとりの場合尋常じゃないほど重いけど……事実は小説より奇なり、ってね」
「ちょっと待って。私主人公?」
そんなたまじゃないだろう。私は。脇役どころか、物語にも登場しないと思うぞ。
「主人公だよ、立派に。自分の人生は自分が主役、って話じゃないけどさ。私がこの化け物についての話を描くなら、さとりを主人公にするな」
「……嘘でしょ」
「いやいや……まあラストにもよるかな。本当にさとりが化け物を倒すことができるか。その一点だけが、さとりが主人公になれるかどうかにかかっている」
「いや……別に主人公になりたいわけじゃないよ」
「いーや! なりなさい!」
紗那が語気を強めて言う。なんだよ、そんなに大事なことなのか? 主人公だとか、そうでないかだとか。
「自分の人生で主役だと堂々と胸を張って言える! それが個性ってこと! いい? これは化け物との戦いだけじゃない。さとりの……個性を取り戻す戦いなんだよ。私は……全力でサポートする。だからさとりも頑張って」
「……うん。頑張るよ。命だけは大事に、ね」
つくづく、何度でも思うが……本当に良い友達を持てた。そう思う。
……私が、主役。
なってやろうじゃないか。主人公に。