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吉光里利の化け物殺し 第三話  作者: 由条仁史
第1章 見えなかったもの
3/30

 神奈川の移動には、東京にいる親戚が手伝ってくれた。おじいちゃんに連絡したときに協力を仰がせてもらった。お父さんの、お姉さんの、ご主人。紗那に聞いて調べてみると、伯母婿さんと言う間柄だ。神田さんという。私からすれば、会うのは初めてなのだが、神田さんからすれば小さい時のことをよく覚えているという。私の知らないところで、私の知っている人はいるんだなぁ……親戚って、そういう人間関係の網のようなものかもしれない。どんなに孤独を気取ろうとも、自分のことを覚えてくれる人がいる。

 ……所詮、完全な孤独なんて存在しないということなのだろうか。


「里利ちゃんって、今年でいくつになるんだっけ」


 運転している神田さんが、私に尋ねてきた。ちなみに私と紗那は後部座席に座っている。運転席の後ろに紗那、左に私。


「17です。高校2年です」


「へぇー。そうか……もう高校生になるのか。やれやれ、時間がたつのは早いね……、そっちの子は、えーと」


「あ、紗那です。星宮紗那」


「へぇ。良い名前だね。紗那ちゃんも、同い年?」


「はい、そうです。同じ高校です。違うクラスですけど」


「……学校、休んできたらしいけど、大丈夫なの?」


「大丈夫じゃないですけど……ちょっと、決別したいと、思ったので」


 私は自分の素直な気持ちを言葉に表す。


「そうかい……自分の過去と向き合う、か……」


 神田さんは運転に徹してくれていたが、なにか思いをはせるような口調だった。その口調を、紗那は見逃さなかった。


「神田さん?」


「ああ、ごめんね。ちょっと康哉のことを思い出してな……」


「康哉?」


「私のお父さん。吉光康哉」


「働いてばかりで、家にいる時間は本当になくて……大変だったと思うよ」


「…………」


 私のお父さんが死んでいることも、紗那には教えている。ただ、こうして親戚の人の話を聞くのは、なんというか……くるものがある。なにか、つっかえているものがある。


「あの……どんな人だったんですか?」


「康哉のことかい?」


「はい。私の、お父さんのことです」


 手を、ぎゅっと握る。紗那が、私のことを心配そうに見ている。大丈夫。大丈夫。


「……そうだな。康哉と会うのは、年末くらいだったが……まあ、男同士いろいろつもる話もあって……そうだな。康哉は……ひたすらに、頑張り屋だった」


「……頑張り屋、ですか」


「そう。里利ちゃんと、奥さんと。……いろいろ大変な家庭を回していくのに、とても気を遣ってた。いつも里利ちゃんと奥さんを心配していたよ。里利は大丈夫なのか、気にかけてた。……でも世間はそういう制度も整っていなかったしね。なかなか相談しづらいことだっただろうし……何より、責任感が強かったからね」


 責任感。

 私がリーダーに選ばれたのも、それが理由だったっけ。ルートさんは違ったけど……ほかのみんなの意見は、だいたいそうだったと思う。ジョハリの窓……そうか。私は責任感のある人間なのか? ……家出をした段階で、責任感も何もないか。


「遺伝だね。里利ちゃん」


「え?」


「お父さんの責任感を、里利ちゃんも持ってる」


「……ないですよ、そんなの」


 視線を落とす。自分の足を見る。


「過去に向き合うって、大事だけど、結構しんどいことなんだよ。神戸のほうで、何があったのかはよく知らないけれど……でも、その責任をとろうとして、里利ちゃんはいま、こうして頑張っている」


「頑張って……ますかね。私」


「ああ、頑張ってるさ」


 神田さん。

 私のことを知っているといっても、よくは知らないはずだ。でも、ここまで他人を肯定できるものか。……これが、年齢というものなのだろうか。年を取って、経験を重ねて……ここまで優しくなれるものか。

 いや、そうやって生きてきたのが、神田さんなのか。


「……まあ、苦労する性格だったけどな。いいやつなんだが……自分のことを顧みないやつだった。どんな時でも、まずは目の前の困っている人を助けることを優先する……そんな奴だった」


 お母さんも、助けられたのか。救いの手を伸ばしてもらったということか。そして――結婚。なるほど。少し想像ができた。めったにない救いの手に、がっつくようにお母さんはしがみついた。そして離れられなくなった。私のことを敵視するまでに。

 私がお父さんに取られるのが、嫌だった……?

 ……やっぱり最低の母親だ。


 ただ、お父さんの世話焼き加減も、問題の一端だったのではと思う。責任感の、強い、か……自分で何とかしなければならないと思っていたのだろうか。家庭内暴力も。

 ……その割には、何かをしてくれた記憶はないけれど。

 私が眠ったあとにお父さんは帰ってきているらしかった。もしかしてその時にお母さんに何か言っていたのかもしれない。……無駄に終わったんだろうけど。


「……このあたりだね」


 神田さんが言って、私は窓の外の景色を見る。そうだ、ここだ。このあたりだった。なんだか、懐かしいような、まったく違う場所に見えるような。


「里利ちゃん、覚えてるかい?」


「……はい。なんとなく」


「7歳の時引っ越したんだよね? じゃあ……十年か。街並みも変わるって」


 そうか……もう、十年も経っているんだ。そりゃあ、ところどころ違うところがあって当然か。


「あのアパートは……まだあるんですよね?」


「ああ、鍵は大家さんに頼めば貸してくれるって連絡ついてる。里利ちゃんの名前を出したら、覚えててくれたよ」


「……そう、ですか。ありがとうございます」


 意外だった。案外、私のことを覚えてくれている人が多いものだ……ひょっとすると

神戸よりもこっちの知り合いが多いかもしれない。もちろん、小さい時の話しかないけれど。

 ……まあ、家庭内暴力があったから、そりゃあ覚えてるか。当時は相談するのもはばかられた状態……だったのか、その大家さんの正確なんて分からないけれど。それどころじゃなかったという線もあるか。大家さんも、個人だし。


「着いた……ここだ」


 息を飲む。そう、もう目の前には――



 愛しの我が家があった。


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