表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吉光里利の化け物殺し 第三話  作者: 由条仁史
第9章 決着
27/30

 ……真っ白な空間。色のない空間。光の中は、何もない。ぼうっとしているような。夢を見ているような……そうか。これは夢だ。化け物に触れて、ここはおそらく――化け物の中なのだ。


 そこに……一つの影があった。人の、影。人の形をした、それが……


「……お母さん?」


 私のお母さんが――あの人が、そこにいた。その人は、私を視認すると、複雑な表情を浮かべて……そして、頭を下げて、こう言った。


「ごめんなさい」


「……違う。お母さんはそんな口調じゃない」


 すぐに断定できる。私の中にある記憶に、そんなものはない。


「本当に申し訳なく思ってるの……あなたが個性を捨てたのは私のせいなのに、私は何もしてあげられなかった」


 やけにきれいなことを言う、あの人の形をした何か。……お母さんを、私が妄想しているのか。そうか……どこか、私のお母さんを理想化しているのか。こんなに優しいお母さんならばよかったよね、と。そんなことを思っていなかったかといえば……嘘になる。


 もしくは……本当にお母さんなのか。私が嫌に、思いすぎているのか。嫌いすぎているのか。


 ……でも、たまには思っていたんだ。本当に、たまにもたまに。お母さんは……本当に悪い人だったのかって。


「あんたに、私をかわいがる気持ちが、少しはあったのは分かってるよ。伊達にニュースは見てない……子殺しの親なんて、いくらでもいるからね」


 もちろん化け物みたいなお母さんのことを、塵芥(ちりあくた)ほども良いものだとは思いたくなかったけれど。だから思った瞬間に、かき消してしまうようなものだった。


「でも、もしかして私に個性を戻そうとしてくれたのなら……感謝しようとおもう」


 おかげで、友達はできたのだから。かけがえのない、友達を。


 ……でも、その一方で。失ってしまった友達もいる。いやいや、私のそばにいなかったというだけで……ジャックの両親も。ルートさんのお兄さんも。死んでしまったんだ。


「……てめえのせいで、この世界は散々だ。私のせいでもあるけど……もともとはやっぱり、あんたが悪い。あんたが、この世界にいなければ!」


 怒りが、前に出てくる。

 いなければ。

 お母さんが、いなければ。


 私だって、生まれずに済んだのに!


「……ごめんなさい」


「謝るなよ……このクソ親がッ! よくも……よくも私を、おもちゃのように扱いやがったな。てめえの感情を押し付けるだけのおもちゃに! ふざけんな!」


 ずっと言いたかった、罵声。神奈川に行った時も、言えなかったこと。言う相手がいないんじゃ、私の中の気は、まったく収まらない。


「私も、心の中ではそんなことしたくなかったの。でも、心を支配する化け物が、私を……本当に、ごめんなさい」


「……抗えない衝動、ってか。そんなもの……巣食わせるなよ。心の中に化け物を入れることほど、気持ちの悪いものはないと思うよ。……自分の心は、自分のものだ。化け物に支配されてたまるか!」


 暴力という衝動。自分の欲望を、自分の主義主張を貫き通したいという衝動。誰にだってあるのかもしれない――個性の化け物。


 お母さんは抗えなかった。抗おうと必死に努力したけれど、最終的には私に個性を捨てさせた。お母さんの心の中の化け物が――私を生んだ。私の、人格を作り上げた。


 ……化け物のせいだって?

 ふざけるな!


 私は声を一段と大きくして言う。いや、叫ぶ。宣言するように、叫ぶ!


「私は抗ってやる! 最後まで、死ぬ瞬間のその時まで! 誰にも私は支配されない、私は私だ! 吉光里利は、生まれてからも、死ぬまでも、吉光里利だ!」


 お母さんはそれを聞いて……ほほ笑んだ。

 見たことのない顔……いや、眠っている間に、瞼の向こうに見た景色なのか。


 私は妙にすっきりとした気持ちで、お母さんを見た。


「お母さん。あんたを嫌ってて、本当によかったよ」


 絶対にあんなふうになってやるものか。嫌悪の感情は、一番の個性のつけどころだから。……いや、それだけじゃあ、個性にはならないんだ。


「私みたいにならないで。それだけが私の望み」


「……そうだね。そしてあんたは、自分の望みを叶えた……私に、化け物を完全に退治させて、個性を。ちゃんとした個性を、手に入れられた。あんたみたいに……ひがみや妬みしかない人間には、絶対にならないから」


 化け物を倒していくなかで。プレイヤーズに出会って。私は変わったんだ。


 そして、これからも、変わった姿を見せ続けなきゃいけない。


 それが、私の個性なのだから。


「……さて、もう時間がないわ。ここでお別れ」


「……せいせいするよ」


「ねぇ……あなたの望みは、何?」


「え?」


「ジャックに言ったじゃない。化け物を倒した後は、何をするの? ――里利は」


 お母さんの、覗き込むような質問。

 ……決まっている。


 そんなの、ただ一つ。


 あんたが、死ぬまでできなかったことを。私はやってやろう。


 私は、あんたとは、違う。


 そして、これまでの私とも――違う。


 だから答える。


 私は……すべてが満たされた笑顔で答える。


「幸せに、生きてやるよ」


 轟くような光の渦に、私たちは飲み込まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ