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吉光里利の化け物殺し 第三話  作者: 由条仁史
第9章 決着
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 路地は工事があるとのことだった。マンションの外壁が取り払われ、舗装ははがされ、鉄筋の骨格だけが露出していた。荒れ果てた場所。夜中だから、誰もいない。


 だから。

 化け物が来る場所としては、十分だ。待ち構えていればここに来る。今までの出現位置から考えて。……いや、待ち構えるというか。これは儀式のようなものか。


「大丈夫か? リリ」


 ルートさんが私に言う。


「当然」


 私も、どうかしちゃったのかもしれない。変な覚悟が、私にはあった。多分、死ぬことすら、超越した何かが。このために生きているんだ。自分はこのために存在しているんだと思える何かが、ここにはある気がした。


「……無茶しないでね」


「その言葉は、聞きたくないかな」


「……さとり」


 紗那は涙をぬぐう。

 ……どんな気持ちで、私の言葉を受け取っただろう。冷たい、と言う反応が一番わかりやすいだろうか。冷たい。冷酷。人の情を解さない……でも、そんな状態じゃなきゃ、化け物には向き合えなかったんだ。

 これが、恐怖を克服するということ。覚悟なのだ。


 ……ただの捨て身かもしれないけど。

 捨て身でも、なんでもいい。


 とにかく、私は、化け物に対して、誠実であろうと決めたのだから。


 生み出したなら、死ぬ時も一緒。そうだろう。化け物の生みの親、吉光里利。


「……でも、どうやって化け物を呼ぶんだ? 個性が分離するっつーんなら、どっかで個性が失われないとできないんじゃねーのか?」


「そうだね。それが化け物だから――でも、ここでは誰かの個性を待つ必要なんてない」


「……あ?」


 理解できていないようだ。当然。他のみんなも驚いたような表情をする。。こんな――突拍子もない考え。私も、カノンちゃんに言われるまで気づかなかったのだから。


「ルートさん。化け物を生み出すのは、絶望――と言ってましたけど、もっと厳密にいうなら、失われた個性なわけです。そして、その失われた個性は、誰の、どんな個性でも構わないわけです」


「……気付いた、か……ここで、お前の個性を失わせようという話だな?」


「――はい」


 ぎっ、と私はルートさんの目を見て、言う。なるほど……私に気を遣って、言わないでくれていたのか。ルートさんも、気付いていたんだ。


「ちょっと待ってよ。個性って……誰の? まさか、さとり、自殺をしようってわけじゃ――」


 紗那が心配するように、懇願するように私に言う。その言葉に、心が少し、揺さぶられた。


「……確かに。言ったね」


「……さとり」


「でも、こうなることだったのかもしれない……ここで生き残れば、私の勝ち。死ねば、私の負け……それだけの戦いなのかもしれない」


「やだよ……やだよ……」


 涙を惜しげもなく流す紗那。

 ……泣くなよ、紗那。

 こっちだって、泣いてしまいそうになるじゃないか。


「……化け物を生み出すのに、私が死んでは元も子もないです……化け物で私は死ぬかもしれませんけれど」


「……それで、肝心のどうやって生み出すかを、まだ説明していないが?」


「そうですね……一言で言いますと」


 星空を見て、深呼吸する。最後の星空かもしれない。そんなぼやけた夜空を見上げながら。


「私の個性を、化け物にする――といった具合です」


「リリの、個性を――」


「ちょっと待て、リリ。お前は化け物から、個性を抜き取られているんだろう? だったら、お前に化け物を生み出せるだけの個性はない」


「あは、傷つくこと言いますね。ルートさん……個性がないなんて、そんなの、ありえないんです」


 私も、ついこの間まで、そう思っていた。私にできるのは、化け物の回収のみ。生み出すことなんてできやしない。だって、私には個性がないのだから。好きなものも好きなこともないし、何をしようにも自然体。そんな自分が――


「最近になって、変わってきたんです。私の、個性が」


「…………」


「プレイヤーズのみんなに出会って、化け物にであって……少しずつ、少しずつ、私の心の中は……変わって、いったんです」


 何もなかった、私の日常。


 みんなと出会って、基本的につらいことしかなかったけれど――それでも、空白よりはマシだった。モノクロの世界に、彩が生まれた。


 楽しいことも、ちゃんとあった――


 涙が、自然と出てきてしまう。


「いろんなことがありました。大変なこと、つらいこと。でも、それを一緒に、乗り越えられる仲間を持てたことは……私にとって、最高の……っ。これ以上ない、喜びだった……うれしかった……」


 私は、化け物に出会えて、うれしかったのだ。心が、そう叫んでいる。


「不謹慎だってことはわかってる……けど、言わせて。ありがとう……迷惑がって、ごめんなさい……素直に、うれしいって……いえ、なくて……ごめんなさい……!」


 こんなに複雑な気持ちで謝るのは、生まれて初めてだった。


「だから……この涙は。この思いは……個性なんだと思う。みんなと一緒に居られてよかった。そんな個性。これを……今から、手放す」


「…………」


 残虐だ。

 私は今から、目の前で。

 殺人以上の罪を、犯す。


 あなたのことを、これから大事に思いません。

 ……私は、そう言ったのだ。


「……待ってるから」


「え?」


 紗那が、私に向かって言った。


「もどってきて……必ず! 信じてるから! がんばって! さとり!」


 胸を引き裂かんばかりに腕に力を込めて。それでもどうにもできない悲しさ、くやしさ。そんな押し殺せない感情の大波を、無理やり押し縮めて。友人の勇気と喜びに、敬意を表して。そんな紗那に、私は――ただ、苦悩の念だけが残る。


 紗那は息を大きく吸いこみ、私に向かって最大限の応援をかけた。


「がんばってぇっ! がんばってぇぇっ!!」


 ――私は、紗那に背中を向ける。

 これ以上は、やめてくれ。頼むから、もう……見せないでくれ。そんなこと言われたら。私が、捨てられなくなっちゃうじゃないか。


 紗那との思い出は強烈だった。あれ以上のものはない。私の人生の、絶頂期だった。


 それを失うなんて、悲しくないわけ――ないじゃないか。


 でも……頑張って。そう言われたのだから。


 頑張ろう。紗那に再び会うために。私は――私の個性を、捨てよう。


 残虐で、最低で、最悪な考えを。


 私は、涙を腕でぬぐう。


「これが私の、最後の戦い」


 何か黒いものが、当の私の中から出てくる。心から? いやいや、私の心の底から。


「決着しよう。化け物。私が死ぬか、生きるか――」


 黒いそれは、流動し、うねり、集まり、膨らんで――


「――化け物。私を殺したいなら、好きにしろ! 私は――何も、後悔しない!」


 さあ、今こそ自分のことだけを考えて。自分と向き合って。

 他人のことなんかまったく考えない、あの時の自分へ――


 化け物が――姿を現した。


 夜中にふさわしい、そしてクライマックスを飾るにふさわしく、色は灰色。透明か不透明かなんて、こんな夜闇の中じゃ、分からない。それでも形だけはやけにはっきりとした、化け物の姿。


 一言も発しないで、すぐそこにいる。気味の悪い人間以外のもの。


 驚かない。


 だって、あれは私なのだから。自分自身に、驚くなんてことはない。


 私は、高らかに宣言する


「私が変わった意志がここで示された! 私は今こそ、過去と決別する!」


 舗装はすべてなくなった、土の上を駆ける。化け物も、私に向かって走ってくる。爪を立てて、私の肉体を滅ぼさんが如く――!


 でも、それがどうした。

 私の覚悟っていうのは、こういうこと(、、、、、、)を言うんだよ!


 化け物の2つの爪が、私の右腕に――えぐるような切り傷を生み出す。がりがり、と骨がぶつかるような音がした。


 痛い。


 痛い。


 最上級に痛い。


 でも。


「あああああああああああああああ!!」


 これは、悲鳴じゃない――雄たけびだ。


 ここで、終わるわけにはいかねえんだよ!


 勝負って言っただろ? 生きるか、死ぬか! 生存競争か。はっ。痛みで頭がおかしくなったか。それもいい……気絶しそうなほど、体中が悲鳴を上げるほどに痛いけれど、それも――覚悟の上だ。


「さ……これで、いいかい……?」


 化け物の、身体に触れる。左手が、しっかりと、化け物に触れていた。

 化け物の、すこししっとりした表皮を。ちゃんと私は、感じ取れている。


 ……光が。


 私の左手から――いや、化け物から――あふれ出る。


 すべてが、飲み込まれる。

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