Ⅱ
病院で意気込んで、決意を新たにしたのはよかったものの、では具体的にどうするのかは全く分からなかった。理想論だけじゃ何も進展しないというのは、私がこれまでの人生でよく知っていたことだったのに。
だから、考えなくてはならない。
どうすれば、化け物を殺せるのか。
私たちは事務所に戻り、ジャックを抜いた4人で作戦会議をすることになった。
「まず、手駒を確認するぞ。リーダー、リリ。サニー。カノン。そして俺の4人だ」
「……6人いたことを考えれば、ずいぶん少なくなったね……それぞれの能力は、さとりの『化け物の引き寄せ』、私の『幻像創造』、カノンちゃんは『情景移植』、そしてルートさんは『拡張生命』……戦えるのは私とルートさんだけかな」
「化け物がどれほど強いかにもよるよね……って、違うね」
今まで化け物を殺すとき、いかに暴力的な力、火力を使うかということを考えていたが――それは倒すときの話じゃないのか? 殺すには何の役にも立たない。
「私が化け物に触って、それで化け物が殺せるんなら――火力はまったく問題にならない」
「で、でも。リリお姉ちゃんが怪我しないように、守らないと……」
「だったら、私の幻像創造、使えないかな。化け物の攻撃を阻む透明な壁……作れると思うよ」
「確かに、サニーの能力を使えば、化け物からの攻撃を防ぐこともできるか……だが、問題は『触れる』ことだ。壁越しに触れることはできないだろう」
「ああそっかー! ……うーん。あ、さっき檻を作るって話したじゃん。あれはどうかな」
「檻……はかなり有効だね。化け物の足止めをして、安全に殺す……確かに、これが一番の選択肢じゃないかな」
誰も傷つかない。そんな方法が一番良いのだ。誰かが盾にならないといけないなんて、そんな甘ったれたことはもう言わない。
「と、いうか……なんで、触れれば化け物は殺せるの? リリお姉ちゃんが化け物に触って……それでどうして、化け物は死ぬの?」
カノンちゃんはその時耳をふさいでいたが、話の内容は聞いていたはずだ。……だとしても、それは私の過去の話であって、それが今、非現実的な化け物に関連しているなんてこと、誰にも証明しようがない。
「……触れるというか。私が受け入れるってことだと思うけどね。その点で言えば、触れる必要っていうのは、実はないのかもしれない。……もともとそうなんだよね。化け物なんていなかったら、失った個性はまた思い出せばいい……」
いいや、違う。
個性を失う理由は、個性を維持できなくなっているから。自分の生活する環境において、その個性、性格が、要らなくなったら。その個性では生きてはいけなくなったから。
だから取り戻すには――環境を取り戻さなければならない。
……私の場合、環境自体はすでに取り戻していたんだ。あの人と離別して、明るい性格でいて良かったはずなのだ。私が、あの人に引っ張られていたから。私の心が、あの人にとらわれていたから。あの人の檻の中から、抜け出せてはいなかったから。
だから……精神の、環境。
精神の環境を変えなければいけない。
私の心から、あの化け物を追いださなければならない。
いや、それも違う。
私の失った個性があの化け物だとするならば、私は化け物を取り戻さなければならない。
「だから、化け物が私から生まれたのなら――その化け物は、私が回収しなきゃいけない。……もとより、化け物が私を追っていたのはそのためなんだよね。私の中に入りたいからこそ、化け物は入り込もうとしていた」
「……ということは、むしろ邪魔をしなければすぐに化け物を殺すこともできたわけか」
「そういうわけじゃないと思うよ……さとりに個性を返そうとしているなら、誰かが失った個性が化け物になる、なんてことはないんじゃない? だって、元から一つの個性を持っているんなら、それ以外に個性は要らないじゃん?」
「……そう、確かに、化け物にもともと個性が入っているなら、誰かの個性を刈り取る必要はない……そこで出てくるのが、あの透明な化け物。透明ってことは、多分、個性が入ってなかった。つまり……個性を誰かから刈り取り、それを私に移植する。化け物自体は、単なる容器なんじゃないかな」
「容器……透明な、容器ね……」
身体から個性が染み出し、化け物へと入っていく。空っぽのグラスに、いろいろな飲み物を入れることができるように。
「…………」
そして、化け物自体が個性の――とりわけ、私の個性の具現化ならば。つまりは、私の個性の容器は、外側にある。
誰もが持っているはずの容器が、私の中にはない。だから――なのか? 私が何にも興味を示せず、誰にも何も関係しないように努めていたのは。
……ただの怠慢だ。
でも、理由のない怠慢だったことは否定しようがない。……化け物がいるから、私がそうなってしまったのか。もしくは私がそうだったから、化け物がいつまでもい続けているのか。
卵が先か、鶏が先か……。
くだらない問題だ。
「……その化け物が、他人から個性を刈り取って、それをさとりに移植するんだよね? あくまでも化け物は個性の容器で、個性を得るために人を襲っているとしたら。その刈り取った個性ごと、さとりの中に入っていけばいいんだよね?」
紗那が何かに気づいたように、私に言う。
「私の見立てでは、そうだよ」
「……じゃあ、さ。さとりは……どんな個性が欲しいの?」
「――っ」
そうだった。
忘れていた――失念していた。
私は、どうありたいんだ?
今まで、何になりたいとか、そんな風にはまったく考えていなかった。もちろん、あの人みたいになるのは御免だ。だけれども――化け物を殺したとき、個性が手に入るのだとしたら。
そのとき化け物が持っている個性が、私の個性になる――なってしまうのだとすれば。
なりたくもない個性を、植え付けられることにもなりかねない。
「確かに、化け物が現れて、そいつをリリが殺したとして、その後リリがどうなるのか……それは化け物を倒した後じゃないとわからないな」
「もしさとりが変な性格になったら……なんか、本末転倒な気がするけどね。化け物を倒して、何になるのかって……」
紗那は憂いを見せる。化け物を倒すこと、という面では誰でも同じだが……紗那は特に私を助けるために化け物に立ち向かったのだから。私が無事でなかったら、紗那にとっては何の成果も得られない……そういうことになる。
もちろん、私もその脅威を感じているーーいや、今言われて初めて気がついたのだけれど。
……私には、個性がない。何かに興味を持ち、それに力を注ぐなんてことはない。何にも興味を持たない。でもそれは、良いものが見つからないからーーではなく、すべてが悪いように見えてしまうから、だ。あれが悪い、これが悪い……潜在的に、そう思っていたからだ。
悲しいことも、辛いことも、楽しいことも、嬉しいことも。すべて、何かつまらないように見えていた。
化け物のせいではあるのだろう。
でも。だからと言ってーー悪いものを良いと感じたくはない。犯罪を肯定したくない。悪意に賛同したくない。そう。どうせ変わるなら、良い性格になりたい。
……では、良い性格とは何だろうか。
ジャックのように、情熱的で真っ直ぐに? それなら赤い化け物を殺そうか。
紗那のように、明るく朗らかに? それなら黄色い化け物を殺そうか。
ルートさんのように、内に秘めて熱く? それなら青い化け物を殺そうか。
レンドくんのように、優しく穏やかに? それなら緑の化け物を殺そうか。
カノンちゃんのように、可愛く謙虚に? それなら藍の化け物を殺そうか。
凶暴な紫には立ち向かえないし、なりたくもない。
ならば空いた橙にでもなるか。でも、私がそこまで情熱的になって……それでどうする? これまで何もしてこなかったのに、いきなり馴れ馴れしく、情熱的になって……違和感を周りに振りまくだけだ。
結局、化け物を殺した後にどうするか……その問題は、私にもあるようだった。




