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吉光里利の化け物殺し 第三話  作者: 由条仁史
第8章 私は気付く
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 病院で意気込んで、決意を新たにしたのはよかったものの、では具体的にどうするのかは全く分からなかった。理想論だけじゃ何も進展しないというのは、私がこれまでの人生でよく知っていたことだったのに。


 だから、考えなくてはならない。

 どうすれば、化け物を殺せるのか。


 私たちは事務所に戻り、ジャックを抜いた4人で作戦会議をすることになった。


「まず、手駒を確認するぞ。リーダー、リリ。サニー。カノン。そして俺の4人だ」


「……6人いたことを考えれば、ずいぶん少なくなったね……それぞれの能力は、さとりの『化け物の引き寄せ』、私の『幻像創造(アイムクリエイター)』、カノンちゃんは『情景移植(プラントビジョン)』、そしてルートさんは『拡張生命(ライフエクスミー)』……戦えるのは私とルートさんだけかな」


「化け物がどれほど強いかにもよるよね……って、違うね」


 今まで化け物を殺すとき、いかに暴力的な力、火力を使うかということを考えていたが――それは倒すときの話じゃないのか? 殺すには何の役にも立たない。


「私が化け物に触って、それで化け物が殺せるんなら――火力はまったく問題にならない」


「で、でも。リリお姉ちゃんが怪我しないように、守らないと……」


「だったら、私の幻像創造、使えないかな。化け物の攻撃を阻む透明な壁……作れると思うよ」


「確かに、サニーの能力を使えば、化け物からの攻撃を防ぐこともできるか……だが、問題は『触れる』ことだ。壁越しに触れることはできないだろう」


「ああそっかー! ……うーん。あ、さっき檻を作るって話したじゃん。あれはどうかな」


「檻……はかなり有効だね。化け物の足止めをして、安全に殺す……確かに、これが一番の選択肢じゃないかな」


 誰も傷つかない。そんな方法が一番良いのだ。誰かが盾にならないといけないなんて、そんな甘ったれたことはもう言わない。


「と、いうか……なんで、触れれば化け物は殺せるの? リリお姉ちゃんが化け物に触って……それでどうして、化け物は死ぬの?」


 カノンちゃんはその時耳をふさいでいたが、話の内容は聞いていたはずだ。……だとしても、それは私の過去の話であって、それが今、非現実的な化け物に関連しているなんてこと、誰にも証明しようがない。


「……触れるというか。私が受け入れるってことだと思うけどね。その点で言えば、触れる必要っていうのは、実はないのかもしれない。……もともとそうなんだよね。化け物なんていなかったら、失った個性はまた思い出せばいい……」


 いいや、違う。

 個性を失う理由は、個性を維持できなくなっているから。自分の生活する環境において、その個性、性格が、要らなくなったら。その個性では生きてはいけなくなったから。

 だから取り戻すには――環境を取り戻さなければならない。


 ……私の場合、環境自体はすでに取り戻していたんだ。あの人と離別して、明るい性格でいて良かったはずなのだ。私が、あの人に引っ張られていたから。私の心が、あの人にとらわれていたから。あの人の檻の中から、抜け出せてはいなかったから。


 だから……精神の、環境。

 精神の環境を変えなければいけない。

 私の心から、あの化け物を追いださなければならない。


 いや、それも違う。



 私の失った個性があの化け物だとするならば、私は化け物を取り戻さなければならない。



「だから、化け物が私から生まれたのなら――その化け物は、私が回収しなきゃいけない。……もとより、化け物が私を追っていたのはそのためなんだよね。私の中に入りたいからこそ、化け物は入り込もうとしていた」


「……ということは、むしろ邪魔をしなければすぐに化け物を殺すこともできたわけか」


「そういうわけじゃないと思うよ……さとりに個性を返そうとしているなら、誰かが失った個性が化け物になる、なんてことはないんじゃない? だって、元から一つの個性を持っているんなら、それ以外に個性は要らないじゃん?」


「……そう、確かに、化け物にもともと個性が入っているなら、誰かの個性を刈り取る必要はない……そこで出てくるのが、あの透明な化け物。透明ってことは、多分、個性が入ってなかった。つまり……個性を誰かから刈り取り、それを私に移植する。化け物自体は、単なる容器なんじゃないかな」


「容器……透明な、容器ね……」


 身体から個性が染み出し、化け物へと入っていく。空っぽのグラスに、いろいろな飲み物を入れることができるように。


「…………」


 そして、化け物自体が個性の――とりわけ、私の個性の具現化ならば。つまりは、私の個性の容器は、外側にある。

 誰もが持っているはずの容器が、私の中にはない。だから――なのか? 私が何にも興味を示せず、誰にも何も関係しないように努めていたのは。

 ……ただの怠慢だ。


 でも、理由のない怠慢だったことは否定しようがない。……化け物がいるから、私がそうなってしまったのか。もしくは私がそうだったから、化け物がいつまでもい続けているのか。

 卵が先か、鶏が先か……。

 くだらない問題だ。


「……その化け物が、他人から個性を刈り取って、それをさとりに移植するんだよね? あくまでも化け物は個性の容器で、個性を得るために人を襲っているとしたら。その刈り取った個性ごと、さとりの中に入っていけばいいんだよね?」


 紗那が何かに気づいたように、私に言う。


「私の見立てでは、そうだよ」



「……じゃあ、さ。さとりは……どんな個性が欲しい(、、、、、、、、、)の?」



「――っ」


 そうだった。

 忘れていた――失念していた。


 私は、どうありたい(、、、、、、)んだ?


 今まで、何になりたいとか、そんな風にはまったく考えていなかった。もちろん、あの人みたいになるのは御免だ。だけれども――化け物を殺したとき、個性が手に入るのだとしたら。

 そのとき化け物が持っている個性が、私の個性になる――なってしまうのだとすれば。

 なりたくもない個性を、植え付けられることにもなりかねない。


「確かに、化け物が現れて、そいつをリリが殺したとして、その後リリがどうなるのか……それは化け物を倒した後じゃないとわからないな」


「もしさとりが変な性格になったら……なんか、本末転倒な気がするけどね。化け物を倒して、何になるのかって……」


 紗那は憂いを見せる。化け物を倒すこと、という面では誰でも同じだが……紗那は特に私を助けるために化け物に立ち向かったのだから。私が無事でなかったら、紗那にとっては何の成果も得られない……そういうことになる。


 もちろん、私もその脅威を感じているーーいや、今言われて初めて気がついたのだけれど。

 ……私には、個性がない。何かに興味を持ち、それに力を注ぐなんてことはない。何にも興味を持たない。でもそれは、良いものが見つからないからーーではなく、すべてが悪いように見えてしまうから、だ。あれが悪い、これが悪い……潜在的に、そう思っていたからだ。

 悲しいことも、辛いことも、楽しいことも、嬉しいことも。すべて、何かつまらないように見えていた。


 化け物のせいではあるのだろう。

 でも。だからと言ってーー悪いものを良いと感じたくはない。犯罪を肯定したくない。悪意に賛同したくない。そう。どうせ変わるなら、良い性格になりたい。


 ……では、良い性格とは何だろうか。

 ジャックのように、情熱的で真っ直ぐに? それなら赤い化け物を殺そうか。

 紗那のように、明るく朗らかに? それなら黄色い化け物を殺そうか。

 ルートさんのように、内に秘めて熱く? それなら青い化け物を殺そうか。

 レンドくんのように、優しく穏やかに? それなら緑の化け物を殺そうか。

 カノンちゃんのように、可愛く謙虚に? それなら藍の化け物を殺そうか。


 凶暴な紫には立ち向かえないし、なりたくもない。


 ならば空いた橙にでもなるか。でも、私がそこまで情熱的になって……それでどうする? これまで何もしてこなかったのに、いきなり馴れ馴れしく、情熱的になって……違和感を周りに振りまくだけだ。


 結局、化け物を殺した後にどうするか……その問題は、私にもあるようだった。

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