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吉光里利の化け物殺し 第三話  作者: 由条仁史
第7章 庇うことで、手一杯
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 目が覚めたのは、見知らぬタイル張りの天井――というよりも、見知らぬベッドだった。


「……ここは」


 なんて、お決まりのセリフをつぶやきつつ。私は開いた眼であたりを見渡す。

 事務所……というか、ルートさんの事務所だった。ルートさんの事務所……の、カノンちゃん兄弟が住んでいたところか。なるほど、ここはカノンちゃんのベッドなわけか。


 そうか……私は倒れたのか。あのまま、溝というか、穴というか、段差の下に落ちて気を失ったのか。気絶したのか。

 ……気絶する経験は、今までなかったと思う。となるとこれが人生初か。こういう初めては、いらないな……。


 息を吐きながら、体を起こす。体のほうは、大丈夫なようだ。骨折や脱臼をしたというわけではなさそうだ。

 ただ、筋がちょっと痛い。一晩寝ていれば治る程度だとは思うが、いかんせんびっくりした。


 びっくりしたというか、今回は本当に、生命の危険を感じた。スローモーションで化け物の砲弾を見たのは、初めてのことだったから。

 ……レンドくんの時間亡失(ロスタイムロス)以外では。


「あー……」


 怖かったなー。あの化け物。近くで見るのは初めてではなかったけれど、いざ、刃を交えるほどの距離になると、本当に怖くなってくる。

 ……本当にこれで戦えるのだろうか? 少し心配になってきた。


「お、さとり、起きたね」


 紗那が部屋に入ってきた。私の姿を一瞥すると、台所のほうへ向かって行った。お茶を用意してくれるようだ。ありがたい。


「あの化け物、どうなったの?」


「起きて開口一番に化け物のことって……くす。さとりも化け物を倒したくてしょうがないって感じだね」


 紗那が茶化すように言う。私も化け物中毒ってか。そんなものジャックだけで十分だ。いや、ルートさんも同じようなものなのかもしれないけれど。


「一応、倒したよ。ルートさんが、緊急処置だって」


「そっ……か」


 私は、今回の化け物を逃がしたということか。あの化け物も、砲弾を持っているタイプだったけれど……やはりジャックの天地分裂2発が、それなりのダメージを与えていたのだろう。


 化け物にダメージを十分与えることができたとしても、そこで動きが緩慢になって、私が接近しやすくなる……なんてことはないのか。あくまでも、ダメージ量はダメージ量。移動速度は移動速度。人間みたいに傷が動きに影響することはないのか。

 そもそも化け物がダメージを受けているのか。そんな感じだったからそう思っていたけれど、実際のところどうなのだろう。


 個性が化け物に変容しているのだから、化け物にダメージを与えるということは、個性にダメージを与えるということ。個性に、ダメージ……周りからの反対とか、かな。個性を否定されるって、そのくらいのことしか思いつかないから。


 ということは、私たちは武力で個性を否定している? ……その表現方法は何か嫌だな。あとでもう一度考えることにしよう。


「体は大丈夫なの?」


「平気。ただ段差から落ちただけでしょ? 骨折もしてなかったみたいだし、大丈夫だよ」


「よかったー。落ちていったときは本当に死んだかと思ったもん。さとりに殴られた時より衝撃、大きかったね」


「あはは……殴ったことはもう許してよ」


「許してるよ」


 何でもないように言う紗那。あまり根に持っている様子ではないようだ。根に持っているというより、思い出話を語るような。


 いい思い出、という奴だろうか。懐かしい思い出。友達との大切な、友情の思い出。

 私にも分かるけれど。

 ……まあ、恥ずかしいことこの上ないけれど。


「で、どうするの?」


「……化け物の倒し方? そりゃあ……考えなきゃねえ」


 化け物に近づけば、その分化け物から被害を受けやすくなる。化け物の基本は接近戦……と、ジャックが言ったんだっけ。砲弾なんてのはただの例外だ……もちろん、至近距離だからと言って砲弾のことを無視して良いわけではない。近づいたって、化け物は砲弾を打つことが分かったのだから。

 至近距離でも、大けがをすることは変わらない。


 ……だから今回私がこうして五体満足でいられたのは、本当に偶然と言っていい。あの瞬間に、化け物が口を開くのが見えなければ。それが、砲弾を撃つ予備動作なのだときづくことができなければ――私も、レンドくんと同じ目に遭っていた。


 すなわち、死。

 私は、下手をすれば死んでいた――

 ばらばらに、細切れになって。目の前で――


「……さとり、落ち着いて。大丈夫?」


 息が苦しくなっているのに気付いたのは、紗那の声を聴いた時だ。口ではぁはぁと呼吸をしていた。自分の体を抱きしめていた。力を、ゆっくり緩めていく。


「あ……うん。大丈夫。ちょっと……レンドくんのことを思い出して」


「…………」


 布団から足を出し、ベッドに腰掛ける。紗那は私に、お茶を差し出してくれた。


「ありがと」


「……さとりの話は信じてるけどさ」


 と、紗那は言った。何か、申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「やっぱり、さとりが危険に曝されるのは、怖いよ」


「…………」


「仕方ないって、頭では分かってるんだけど……ごめん」


「大丈夫だって……確かに怖いけど、でも……やらなきゃいけないことなんでしょ。やるよ。私は」


「うん……私も、全力でサポートする。さとりに、傷一つ負わせないから」


 その言葉に、私の背中はズキン、と痛んだ。私は怪我をしていないが――紗那は、背中に。


「あは。ありがと」


 私はなるべく平静を装った。ここで紗那に無用な心配を駆けてはいけない。ただの感傷だ……。


「それで、どんな作戦を立てるか、だったっけ」


「そう。サポートって言っても、何をするか……実は、まだ全然考えきれてないんだ。ごめん、さとり」


「……漫画だったら、どうなるの?」


「うーん……漫画だと、化け物のほうに人間の人格が入ってて、もう悪さしません、って約束するのがセオリーかな」


「化け物に人格って……」


「だよねえ。あの化け物に人格は入ってなさそうだし……」


 本当に獣のようだ。肉食獣? なんて言えばいいのか。確かに個性が化け物と化しているわけだが、そこに人格はないように思える。目的があるようにも思えないし、意志の疎通が取れるとも思えない……。


「ほかには、他の漫画はどうなの?」


「うーん……私が読んでたのって、だいたい人対人だからなぁ。戦闘ものもそこまで読んでたわけじゃないし……そうだなぁ。なんかこう……地形的に化け物が苦手なところに誘いこんで、倒す。みたいな……」


「地形、かぁ……それが一番やりやすいかもしれないね」


 さて、化け物の移動手段は何だったっけ……あの足、手のような足、そして翼……あの翼は広げないと飛べないはずだ。あの路地では横幅があったから飛べたのだろうけれど、もし、あの化け物がすっぽり収まるくらいの籠に追い込むことができたら、どうだろうか。


「地形を作るんだったら、私の能力の出番じゃん!」


「ああ、そっか。そうだね……その時は使わせてね」


「もっちろん!」


 紗那の幻像創造(アイムクリエイター)は透明な物体しか作ることはできないが、透明であろうと物体は物体である。ただ視認できないというだけで、ちゃんとそこには物体がある。

 化け物にもあの物体は効果があることが分かっている。ならば、使える。使わない手はない……問題は、どう使うかなのだが。


 その時、がちゃり、とまた扉が開く。私も紗那も、音のした方向を見る――ジャックと、ルートが入ってきた。


「お、元気そうじゃねえか、大丈夫か?」


「うん。大丈夫。あ、ルートさん。ありがとうございました」


 ルートさんに例を言っておく。化け物を、ひとまずでもいいから倒してくれたからだ。私が気絶してしまったばっかりに……いや、もともと私は戦力にはなっていなかったのだけれど。


「……何のことだ? 感謝されることをした覚えはないぞ?」


「え? あ、いや、私が気絶しちゃったときに、化け物を……」


「はっはっはっ。てめえらしくもねえ、照れ隠しか? いーんだぜ照れても、別になぁ?」


 ジャックがあおるような発言をする。ルートさんは安い挑発に乗るようなことはしなかったけれど、ジャックをにらみつけた。ジャックはこわいこわいとでも言うような口パクをして、肩をすくめた。


「……あれ、カノンちゃんはどこにいるんですか?」


「カノンなら、そこにいるぞ」


「えっ」


 ルートさんが私のほうを指さす。正確には私の後ろ当たり。振り返ってみてみると――ちょうど死角に、カノンちゃんが眠っていた。


「うわぁっ!」


「――っ!」


 私がおどろいて飛び上がった瞬間、ベッドが必要以上にきしんだ音を発し、カノンちゃんの目を覚ました。


「ぅ……え? ……えっ?」


 おどおどしている。


「あっはっはっは。さとりビビりすぎー。気付いてなかったのー?」


「ちょっと離れてるくらいじゃ分からないよ! ってか、なんで……って、ここカノンちゃんのベッドだったね。そうだった……」


「え……あの……その……ごめんなさい!」


 かぶりを大げさに振って謝るカノンちゃん。そこで謝られても困るんだけど!?


「謝らなくていいぞーカノン。悪いのは全部リリだから」


「ぐ……そうだけどさ」


 ジャックにそれを言われるのは、甚だ心外だ。


「ごめん、カノンちゃん。本当にごめん。驚きすぎた。さすがの私でも、これは驚きすぎた」


「……ごめんなさい」


 そんなカノンちゃんの謝罪に、みんなの顔が、張り詰めたものから和やかなそれになる。

 化け物のことを、忘れてしまいそうなくらいに。

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