Ⅰ
「どぉりゃああああ! 天地分裂ゥ!」
化け物を視認した瞬間に、ジャックは天地指定で飛び上がって――日本刀を取り出し――私の手を握り締めて――日本刀をふり下ろした。
ぐん、と強烈な重力が私の体を地面にたたきつける。地面に接した、その瞬間に――化け物を切り裂く音。金属が何かに擦れるような音。ざらざらしたものを刃で貫くような音。
私はジャックのその行動についていく。大丈夫、これくらい強引なものはもう慣れたものだ――
「ぁわっ!」
着地の瞬間に、体勢が崩れる。脚がもつれ、その場にしゃがみこむ。
「大丈夫かっ!?」
「大丈夫。くじいたりはしてない」
「はん。じゃあ行くぞ、どりゃあああ!」
もう一度、飛翔。その場で。そのまま垂直に。空に向かって一直線。
地面を見る。化け物の色は青。ジャックの得意分野だ。天地分裂一撃で倒れなかったところを見ると、それなりの硬さを持っているようだ。砲弾を売ってくるくらいの強さ……かどうかは分からない。化け物の強さは個体によって違う。
化け物の個体差……個性が化け物ならば、どれだけ意地が張っているか、ということなのか。付け焼き刃の個性はすぐに敗れるし、長年連れ添ってきた個性であるなら、意地もある……そんな感じだろうか。
「もう一度、天地分裂ゥゥゥ!」
ぐ、ぐ、ぐ。体が地面に向かって、化け物に向かって一直線――だん! と着地をする。刀が化け物にめり込む。
化け物はこの攻撃でダメージを相当喰らったようで、ボロボロになった体を引きずるようにして私たちから離れようとする。一度距離をとって……か。なるほど。化け物にしては知的なほうだ。
「へん……逃げきれると、思ってんのかぁ?」
後ろから駆けてくる足音が聞こえた。ルートさん、紗那。そしてカノンちゃんだ。ようやく追いついたという感じか。
「っしゃあ! ぶっ殺してやるぜ! リリ! 行くぞ!」
「って、ちょっと待ってジャック!」
握っている手を、ぐいっと引っ張る。倒れはしなかったものの、ジャックはこちらを向いてくれた。
「おい! 今がチャンスだろ!」
「いや、ここで倒しちゃダメでしょ!」
「倒す、じゃねえ。殺す、だ! なんでダメなんだよ!」
私の言葉を無視してつっぱてくるジャック。
「……話聞いてた? 私が倒……殺すんだって。私が触れる前に消滅させちゃ、どうしようもないでしょ」
「…………ああっ! そうだったッ! もっと早く言えよなぁ!?」
「……あのねぇ」
呆れた。もう何も言うまい。
私とジャックがそんなどうしようもない話をした、そのとき――化け物が、こちらに向かってとびかかってきた。その足で、まさか飛び上がることが、飛び跳ねることができるとは、思ってなかったけれど――
私めがけて、そのまま突っ込んでくる。透明か不透明かもわからない、それでも青い色合いをした、奇妙なシルエット――スローモーションに見える――
「幻像創造!」
――が、空中で何かにぶつかる。化け物の姿が、何かにぶつかったようにひしゃげる。
透明なブロックに、ぶつかったように。
「……紗那!」
「ちょっと! ぼけっとしないでよ! ってか、話し込んでる場合じゃないって。ほ、らっ!」
地面に臥せった化け物に、上から何かが落ちてくる。目に見えない何かが、化け物の体を押さえつける。
「よし! レッツゴー! さとり! 決めて来ちゃいな!」
紗那の言葉に私はうなずいて、ジャックに目くばせをする。ジャックはうなずいた。さすがに分かってくれるか、このくらい――
「行くぜぇ……天地指定!」
私も、ジャックも走り出す。ぐん、ぐん。前に加速していく。足はその加速度を後押しし、そしてその速さに、自分の体重を引っ張る役目を担う。たたたたた。コンクリ―との細い道を、私は駆ける。
化け物との距離が、一気に縮まる。
すぐ、そこに、化け物がいる。
走り抜けるならば、一瞬。
足は十分。ここしばらくで、どれほど鍛えられたものなのか、見せてやろう。
化け物が、私を見る。目が、合う。
今だ。今しか――チャンスはない。
化け物に、手を伸ばす。もう少しで触れるか。この速さだったら、あと一秒か――
その時。
化け物の――口が、開く。
「ちょっ――!」
まずい。これはまずい。口が開く――ただぼんやりと開いているのではない。あの開き方は、化け物に確固たる意志があって開いているのだ。あんぐりと開けて、喉の奥を見せつけるような開き方。そう、それは――
砲弾を、発射するように――
私は、ジャックの手を離した。いや、正確には突き飛ばすように離した。右手でジャックを引き寄せ、その反動を使って乱暴に引きはがした――
ジャックが私の行動に驚いたように、中空でこちらを見る。
次の、瞬間に。
砲弾が――飛んだ。
私と、ジャックの間を――元いた場所を。貫く。
ふわり。ぞわり。産毛が逆立ち、そして、私は――
私の体が、もといた地面を、抜ける。
今までいた地面よりも、少し下へ――落ちる。
そうだった。そこには段差があるんだった。化け物に特攻していったとき、見えていたはずなのに。注意しなきゃと思っていたが、まさか、こんな形で落ちることとなるなんて――
なんて、意識がスローモーションになって。
私は、気を失った。




