Ⅲ
「ね、ねえ、リリお姉ちゃん」
化け物がまた現れたというので、私たちはまた、ルートさんのリムジンに乗り込み、向かうことにした。ジャックとルートさんの間にはまだ緊迫した空気が流れていたけれど、それも時間の問題だろうと思う。紗那はそんな二人に、まったく別の話題を投げかけている。途中で笑ったりしていたから、少しずつ関係はよくなっていっていると思う。なるほど、こんな関係修復の方法もあるのか。初めて知った。
「ん、どうしたのカノンちゃん」
私のそばには相変わらずカノンちゃんがいる。隣に座って、腕に引っ付いている。
「えっと……情景移植を使えば、説得くらい簡単にできたんじゃない、かなって……」
情景移植。人と人の想像を共有する能力。なるほど、確かにこの能力があれば、簡単に二人の関係は修復できた。二人の思考の相違を、両方が理解できただろうから。思い通りにものごとを伝える。本当に、文字どおり『思い』通りに。
「ま、それにはいくつか理由があってね……まず一つは、カノンちゃんがいたら、ジャックが話しにくいんじゃないかって」
「……なんで?」
「そばにほかの人がいたら、話しにくいことってあるでしょ?」
「……? ?」
カノンちゃんには分からないか。まあ私もよくわからないことなんだけど。秘密にしていることなんかあまりないから。自分の心、内面にかかわることは打ち明けにくいものだから。一対一で、面と向かって話したほうが話しやすい。
私が、紗那に対してそうだったように。
「あともう一つは、その能力は、最終手段かなって思って」
「さいしゅう……?」
「私の説得が失敗したときに、カノンちゃんの能力を使おうかなって。……今も、本当に成功してるのかは分からないけどね」
一応、ジャックは私の話を受け入れてはくれた。完全に信用しきるわけではないだろうけれど、当面は私の考えで化け物を倒すことに決めてくれた。でも、それは成功と呼べるのか。
本当に成功したと言えるのは、化け物を本当に倒し切ったときだ。化け物を完全にこの世から消滅させる。この戦いが終わったときこそ、真の成功だ。
そこで、ジャックの説得が完了する。これでよかったのだと、納得させることができる。
ただ……その先に、化け物を殺すことはできないけれど。
だから私は提言したのだ。ジャックは、化け物を殺した後に何をするのか。新しい目標を持つ。化け物を倒すことが、人生の終わりではないのだから。
「まあ、そんな具合かな」
「……ルートさんの説得は、しなくていいの?」
「ん? あー、それはいいんじゃないかな。ルートさん、大人だし。自分のことくらい自分で片づけるでしょ……問題は、本当に私が化け物を倒せるかってこと。倒せたのならルートさんは部下の人たちからの信頼を取り戻すことができる。倒せなかったら、現状維持、もしくは少しずつ悪くなっていく。それだけ。だから、使える方法はなんでも使う……言葉は悪いけど、そういうことだと思うよ」
「……リリお姉ちゃんが、化け物を倒してくれる、ってこと?」
「まあ、最終的な結論はそうだね。……それを、プレイヤーズのメンバーが承認してくれたってこと」
まったく。化け物――私の過去と向き合うことはつらかったし、二人の人間関係の修復も、ここまでつらいものになるとは思わなかった。
やれやれ、リーダーも大変なものだ。
「そろそろ到着します。皆さま、準備のほうをよろしくお願いします」
運転手さんの声――利光さんだ。はっきりと分かった。へぇ……あの人が運転していたのか。なるほど。あの人はあの人で、ルートさんのことを慕っているのか。化け物を倒すまで、ちゃんと運転手をしてくれるのか。
「おおっと! もうそろそろ到着かぁ。さとり、今日はどう戦うの? チームリーダー!」
「どう戦うって……私、戦い方なんか知らないよ。……それでも言うなら、私を前線に出してほしいかな。隙を見て、化け物に触れたい。そこで化け物が消滅すれば儲けもの。しなかったら、その時はまた別の方法を考えないといけない。ただ触れるだけじゃダメなのかもしれないし、触れたとしても時間が必要なのかもしれない」
「よーするに、俺らはリリを守りながら戦えばいいんだろ? はん、楽勝だぜ」
ジャックの機嫌は直ったようで、いつもの通り明るい――というか、少し強引な発言をしてみせた。
「ジャック、そこまで簡単じゃない。リリを化け物に近づけさせないといけないんだ。お前は近づくのに慣れているだろうが、リリはそうはいかない」
「いやいや、リリ、最初の時を思い出せよ。俺と、かなり至近距離で化け物を殺してたよなあ?」
「天地分裂で、私の手を取って、ね……」
もしくは、抱き着いて。
「だから、多少の無茶はできると思うぜ」
「無茶は必要かもしれないけど、本当に怪我だけはしないでね、さとり」
「分かってる。心配してくれてありがとう、紗那」
リムジンが停まる。利光さんが扉を開けてくれた。私たちを見送ってくれるようで、お辞儀をした。
「さあ、いってらっしゃいませ」
「どうも、ありがとうございます」
お礼を言い、社外に出ようとする。
「んじゃあ、行くか! リリ!」
「え? ちょっと!?」
席を立ったその瞬間に、手を握られ、ぐい、と扉のほうへ引っ張られる。ジャックの手だ。強引な手。懐かしい感触を少し覚えながら。
「早いことやっちまおうぜ! なんだかんだ言っても、とにかく倒せばいいんだろ! 倒せば!」
黒光りする車から出て、アスファルトの上、照り付ける日差し。その向こうに、私の手を引くジャックの姿。
「ちょっと! 少しは警戒しようよ! いきなり砲弾とか撃って来たらどうすんのさ!」
「そうなる前に仕留める!」
「え、ええー!?」
そんなリアクションをしながら。
後ろから紗那の声とルートさんの声を聴きながら。
私はジャックの左後ろを走る。
……ジャックの説得に情景移植を使わなかった理由。
いや、使う必要はないと判断した理由。
それは、なんだかんだ言って、なんだかんだごまかしていても。
ジャックは、私が好きだから。
だから、私の話ならちゃんと聞いてくれる。
そんな自意識過剰で自信過剰なことで頬をゆるめていたのは、ほかでもない私だった。




