表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吉光里利の化け物殺し 第三話  作者: 由条仁史
第6章 理解してる。そのつもりだよ
17/30

 事務所にやってきたのは、利光さんという人だった。ルートさんの部下に当たる人らしい。今まで車の運転をしてきたのもこの人だそうだ。そう考えれば、結構身近にいた人物だなと思う。そんな身近にいながらも今こうして話すのは初めてだ。


 そもそも、ヤクザの人と話すことなんかそうそうない。あってはならないことだ。だから……仕方がないことでもあるのか。

 まだ、ヤクザであるのかは分からないのだけれど。


 私も紗那も、テーブルに向かう。紗那の隣にカノンちゃんがいて、3人が横一直線に並んで座る。向かい側に利光さんが座っている。こんな風に、面と向かって談合するのは初めてだ。談合……その言葉がこの様子に一番合っているだろう。向かっているのはヤクザだから。

 こっちはヤクザじゃないけど。もちろん。


「龍斗は……というか、この組はいうなれば、反暴力団と言ったところか」


「反暴力団? 暴力団を取り締まる……警察みたいなものですか?」


「ああ、そうだな。言っちまえば。ま、警察が俺たちを味方だと思ってはいないだろうけどな」


「……どういうことですか?」


 暴力団……暴力によっていろいろなことを推し進めようとする団体。もちろん違法行為だ。傷害罪、恐喝罪……だっけ。警察が出張ってこなければならない。でも、警察にも対応できないほどの力を持っているから、どうしようもない……だっけ。そのあたりの力関係はまったく知らないし、知ったらやばそうだ。確たる証拠をつかまないと、難癖をつけられて警察が舐められるとか、なんとか……。


 ああそうか、なるほど。なめられる警察の代わりに、市民団体が暴力団を排除するために、新たな暴力団を作った……とか、そういう感じだろうか。


「結局やってることは向こうと同じだからな……向こうの連中をシメたり、こっちの連中がシメられたり……まあ、数年前に比べれば大分マシになってきたけどな」


「…………」


 シメるとかシメられるとか、一般人の立場からすればどれだけ恐ろしい言葉を使っているのか。平然と見せる恐怖で、言葉が出なかった。


「……それで、ルートさんの抱える問題って、なんなんですか?」


 決心して、聞くことにした。向こうが情報を開示してきてくれているんだ。教えてやる。そう言っている。こちら側の対価は、知ること。教えてやるから、お前も知れ。一般人にとって、そっち側の世界を知ることは危険なことなのだから。もちろん、逆の立場では教えることが危険な行為となる……とか、そう感じた。


「龍斗は……というか、この組は、もともとある暴力団の一部だったんだ。名前はさすがに伏せておこう……俺らも、関係あると思われたら困るんだ。縁はもう切ってあるからな」


 ヤクザの世界か、恐ろしい。

 ……いや、薄々感じていたことが、ようやくはっきりしていたということか。


 ルートさんは、この組が、この事務所が、ヤクザの事務所なのかどうかということは言わなかった。ちっとも。自分がヤクザであるかのような発言はしなかった。だから、ヤクザのような、ヤクザのようなとは思っていたが、本当にそうであるかは分からなかった。ただの妄想が、利光さんの言葉で――本当になった。


 本物のヤクザだと分かった。


「当初の組の若旦那でな、龍斗は……だが、不幸な事故でトップが死んでしまった。分裂が起きたのはその時だ。龍斗はもともとそこまで過激な奴じゃなかった。だが決定を迫られた。順列はそうだったからな。……で、龍斗はこの反暴力団を作り上げた。もちろんその時に抗争はあったがな。東京であったの、知ってるか?」


「えっ、あれは……」


 紗那が反応する。まさか、そこまで近くに恐ろしい暴力団の存在があったとは。いまさらなような気はするが、テレビの向こう側の世界と、こちら側の世界が、つながってしまう。嫌な部分が、黒い部分が。


「まあ、いろいろ飛び火してるから、もといたところは目立ってないけどな。そして龍斗に賛同する奴らは着いて行って……そして、神戸に落ちついたってわけだ」


「あの、利光さん、でしたっけ……」


「ああ、どうした? えっと……」


「紗那です。星宮紗那。サニーって呼ばれてます。その、ルート……龍斗さんのお兄さんがなくなったのって、もしかして……化け物関係ですか?」


「――ああ。勘がいいな」


 そうか、そのときに――お兄さんが殺されたときに――ルートさんは同じ場所にいたのか。その時に化け物から傷を受けたか何かをして、能力を手に入れた……。そこにルーツがあったのか。


 そして。

 私の生み出した化け物が、抗争を引き起こした。


 単純な事実に、私はおののくしかなかった。何から? ……偶然から、現実から、因果応報から。そんな奇妙なことが起こっていたなんて。私が引き金で、実に多くの人に迷惑をかけてしまっていたということが。


「で、ルートさんの問題っていうのは、その、もといたグループとの抗争、ってことですか? 摩擦とか、そういう……よくわかりませんけど」


「いいや、あそことはもうケリはついてる。難癖をつけてくる奴はまだ少数いるが……むしろ、この内部にある」


「内部……って、ことはルートさんの部下さんたちの中で、何かあったんですか?」


「ああ。ここも徐々に、分裂に向かっている」


「ぶ、分裂……」


 反暴力団が、分裂? 待て待て、一回状況を整理しよう。暴力団から分裂して、この反暴力団が作られた。その反暴力団が、また分裂しようとしている……のか。どういうことだ? その場合どうなる? アンチの中でアンチが生まれる……つまり、暴力団の再発?

 おい、そんなこと知っていいのか、私。


「その原因が、龍斗への不信だ」


「不信……って、信用できないってことですか?」


「ああ」


「え? ちょ、ちょっと待ってください。もともと分裂したのは、ルート……龍斗さんが、反暴力団を作ろうと言ったからなんですよね? そして、それに賛同する人たちが集まった……暴力団の中からそういう人たちが出てくるのかはわかりませんけれど……それでも、龍斗さんに賛同したことは事実ですよね。それが、不信に変わるって……どういうことですか?」


 紗那の疑問を聞いて、なるほどもっともだと思った。一度信じた人を、どうやったら信じられなくなるか。……そこに転換点があるのか。ルートさんのこと、ルートさんの周りのことに、何か変化があったはずだ。


「どういうことも……お前たちがよく知ってることだと、思うがな」


「私たちが、知っている……?」


「……化け物、ですか」


 そのくらいしか思いつかない。


「化け物に集中するばかりになって、反暴力団としての活動がおろそかになっている……だから、もともとの理念に反していると、分裂構造が発生している……そういうことですか?」


「ああ、頭いいね、君。名前は?」


「吉光里利です。……利光さん。ルートさん、人を動かすことが難しいってことを言ってたみたいなんです。それってやっぱり……このことに関係してるんでしょうか」


「してるだろうな。存分に。……向こうにいるとき、旦那が死んじまったときは、龍斗はただ金を持っているだけの奴だったからな……気概はそれなりにあったが、信用がなかった。いろいろあってある程度の大きさにはなったが……ついてくる人数は少なかった」


「信用……なるほど、そういうことですか」


 お金があるだけじゃ、なにもできない。


「化け物を倒すことに集中してしまって、組織の統一ができなくなっている。信用がなくなっている……」


「それが、あの理由か……」


 紗那が中空を見る。心当たりがあるのだろう。


「ま、それが龍斗の抱える問題だろうな。化け物さえ倒してしまえば、俺たちは円満に終わる」


 確かに、ルートさんの立場を考えず、生活維持組のことを考えないでいれば、化け物を倒してしまえば何のわだかまりもなく終わる。プレイヤーズのメンバー以外は、それで終わり。


 でも、メンバーは全員、納得しない。私が化け物を倒しても、嫌な気持ちで残る人は、少しは出てくるのだ。ほんの少数、5人程度しかいないけれど。


 ……こんな少人数のことをこれほどまでに大事に考えるとは。自分は本当にどうしてしまったのだろうか。これが、変わったということなのか。紗那に慰められて、過去と決別して、変わったということか。

 いや、身近な人間だからか。自分に直接関わってくるところだから? ……そうだ。そのとおり。自分の近くにあるからこそ、何とかしたいと思う。

それは悪いことじゃないはずだ。


「……ジャックって、ルートさんのことを、なんというか見下してるよね」


「ん? 見下している? どゆことさとり?」


「言ってなかったっけ。喧嘩してた時にさ。自分に自信のない、ただの威張ってるやつだ、って。この言葉って、けっこう残酷だよね……他人に聞かれてる状態だと特にさ。ルートさんはうまいことかわしたけど……あれって、かなり攻撃力高い言葉だと思うんだよね。本当だとしたら」


 正論は、人を傷つける。嘘よりも。格段に。


「……ジャックの説得だね」


「ルートさんに話を聞くんじゃないの?」


「いや、ルートさんの話は分かった。事情はだいたい分かった。そりゃあ、ディープなところまでは分からないけどさ。ルートさんの事情が分かったなら、次はその事情を加味して、ジャックを説得すればいい」


 私は、立ち上がる。利光さんは、満足そうな表情をした。


「ルートさんにジャックの説得を任せちゃいけなかったんだ。私が――いや、私にしか、この説得はできなかったんだ」


 話そう。

 一方的ではなく、お互いに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ