Ⅲ
ルートさんの事務所に行ったけれど、ルートさんはいなかった。
「せっかく来たのに……なんなのよー!」
「仕方ないって、紗那。待ってれば来るよ……カノンちゃん、いつぐらいに戻るとか聞いてる?」
ルートさんはいなかったが、カノンちゃんはいた。そういえばいつもなにをしているのだろう。そんなに玩具なんてここにはないのに。趣味は読書だろうか。まあ、外遊びが好きな子じゃなさそうだから本を読むことというのはあまり外れていないと思う。いや、別に外れててもいいんだけど。
「ご……ご、ごはんまで、に、は……」
「夜ご飯までには戻るって?」
カノンちゃんはこくこくこくこく、と小刻みにうなずいた。四回。どうしてこうも挙動不審なのか。……そこまで髪を切った私は男の子に見えるか。いや、髪を切る前からそうだったから関係はないか。
「そうか……じゃあ、待っておこうかな。カノンちゃぁぁーん! あっそぼぉー!」
紗那のタガが外れた。最近カノンちゃんに出会っても空気がギスギスしていたからカノンちゃんをかわいがれなかったからな。幼女成分がたりないのかもしれない。いや、それは別に必要ないだろう。心の癒しというやつか? そりゃあまあ、癒されはするけど……どちらかというとカノンちゃんが不憫そうに見えてくる。
紗那がカノンちゃんに頬ずりをする。
カノンちゃんは涙目になる。
ほらほら……嫌がってるじゃないか。紗那はそんな様子に目もくれず、猫かわいがりをしている。
「ああそうだ、カノンちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ん?」
なぜか先に紗那が返事をする。お前じゃない。
「えっ……なに……? リリおねえちゃん……」
「ルートさんって、最近忙しそう?」
「……忙しそう、かは……ごめんなさい、わかりません……」
「ああいや、謝らなくていいよ。そうだね……何か、ルートさんの様子に変わったところはなかった?」
「……かわ、変わった……?」
カノンちゃんの目の中に涙があふれ始める。涙が頬をつたい、抱いている紗那の腕に落ちる。
「あーあ、なーかしたー」
「ああっ、カノンちゃん、ごめん!」
「もーさとりって。小さい子の扱いはあんまり得意じゃないんだねー。そんな抽象的なこと聞いても何も答えられないよ。子供は」
紗那はそう言って、カノンちゃんの頬の涙をぬぐってあげる。心温まる光景ではあるけれど、私が現況なのだから申し訳なさを感じずにはいられなかった。
「ねえ、カノンちゃん、ルートお兄ちゃんが、ご飯を作ってるの?」
紗那がカノンちゃんに質問する。どうやら私の代わりに質問してくれるようだ。
「う、うん……おにいちゃんが、むこうに行っちゃってからは……」
「そっか。ちゃんとルートお兄ちゃんににお礼言えてるんだね。えらいえらい」
そう言って再度抱きしめる紗那。レンドくんのことを思い出す辛さを、ああやって和らげてやっているのか。……紗那って、そういうスキルかなり高いよなあ。あこがれるというか、純粋にすごいと思う。
「最近はどんなもの作ってくれるの?」
「えっと……リリお姉ちゃんがいなくなってからは、ラーメンが増えました……」
「ふむ……」
紗那が私のほうを見る。ラーメン。確かに日本の一般的な家庭の料理だけれど、それは別の意味も有している可能性がある。私はゴミ箱に近づく。なるほど……カップラーメンね。ゆでるほうの面ではなく、お湯をかけて待つ方のラーメンか……これは、忙しいとみるほかないだろう。
では、何かトラブルがあったのか……。
「私たちには何も言わないけど、なんか暴力団っぽい雰囲気あるからね、ここって……これはちょっと深入りしないほうがいい問題かもしれない。下手したら……何か飛ぶかも」
「何かって、何が……。まあ、まずいことに突入していなければいいんだけど」
もし暴力団におけるトラブル……よく知らないが、なんだ? 外部組織との対立か、もしくは内部分裂か? その対応に追われている、とか。そのあたりでジャックの気に障るようなことをして、あんなに仲が悪い……ええい、わからない。私が家出している間に、何があった。展望台でのジャックの様子には何ら変わりはないように感じたが、それはただ私が気づけなかっただけなのか? ……気づけなくても仕方ないだろう。久しぶりだったんだから。濃密な家出をしてきたのだから。
……やっぱり、直接話をしてみないとわからないか。
「でもさ、やばければやばいほど、私たちには伝えづらいんじゃないかな? カタギの人間ってやつ」
「そっか……確かに。やばい問題かにかかわらず、ルートさんが教えてくれるかどうか分からないよね……ルートさん、いっつも不遜な態度っていうか、弱みを見せないというか」
「どーだろーね。さとりを探しに行こうって言ったときは、なんでか消極的だったからね」
「消極的……どんな感じに?」
「ええー? どうだっけなぁ……覚えてない。カノンちゃんは……ひょっとして覚えてたりする?」
「え、っと……その……」
「ああ、覚えてないならそれでいいよ。責めてるわけじゃないから」
「お、おぼえて……ます」
「おお! さっすがカノンちゃん! 大好き!」
紗那がカノンちゃんに一段と強くすり寄る。
「それで、なんて言ってたって?」
「人を動かすのも大変だ、って、ことを……」
「人かぁ……動かすって言ったら部下の人たちで合ってるかな?」
「多分。じゃあ……やっぱりトラブルがあったんじゃない? ルートさんの部下が、なにかやらかしたとか……」
「いや、それだったらルートさんの言うように、人を動かす作業に続くはずだよ。やっぱりその段階での問題だと思う……トラブルがあったかどうかにかかわらず。人を動かすのがトップの仕事だからね……」
私には絶対にできそうにない仕事だけれど……いや、まあそれも技術なのかもしれないけれど。
「……あー。本当にこれ突っ込んでいい話なのかな。かなりやばい気がするんだけど。トップとして大丈夫かってことでしょ? ……抗争に発展しそうだよ。去年くらいになかったっけ。東京でなんか、あったじゃん」
「覚えてないけど……でも、それじゃあ、私たちの手に負えないね……化け物を殺せない。倒し方は分かったけど……」
私がぼやいた、その瞬間に。きい、と扉が開く音がした。私も紗那も、扉のほうを向く。
「倒し方が分かったんなら、倒しに行けばいい」
入ってきたのは、背広の――知らない人だった。
「それとも、そこまでして、龍斗に頼みたいのか?」




