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吉光里利の化け物殺し 第三話  作者: 由条仁史
第5章 不正解
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「本当さー。昨日のあの二人はなんなの? まっったく話聞かないし。どうしてかなぁ……」


 翌日。私たちはいつも通りの日常の中に帰ってきていた。学校の中庭で、いつものとおり芸術的な植木を目の前に、お弁当を食べていた。


 こちらに帰ってきてから、先生に少し何か言われたが、それ以外は何もなかった。クラスメイトは私を無視する。なんか、慣れた光景なので少し面白く感じるようになってしまった。ここまで総スカンをされるとは……むしろ楽しくなってきた。以前はどうも感じなかったけど、今は滑稽さすら覚える。

 気の持ちようでここまで変わるものか。面白い。……なんて、こんなことを感じるためにぼっちやってるわけじゃないんだけどさ。


「ねぇ聞いてるー?」


「聞いてるって。でも、どうすればいいのか……」


 昨日の夜、ルートさんから連絡があった。お互いに言っても無駄だと対立したまま、帰宅したということだ。……いや、ジャックは帰宅していないらしいが。

 あの二人の意見も、分からないではないのだ。ジャックは私を前線に出すことを嫌に思っている。ルートさんは私を前線に出すことを了承している。私の扱い方で意見を二分させている。


「これって、私がどうにかしなきゃいけない問題だよね……私が勝手に化け物を倒したところで、誰もすっきりとした終わり方にならない」


「うーん、さとりだけに責任の所在を求めるのは酷だよ。悪いのは喧嘩しているあの二人だよ」


「そーだよね……はぁ。でも悪い人に悪いですよって言って、そうですよーで改める人って、いないでしょ」


「そーだけどさー」


 言って、紗那は勾配で買った紙パックのジュースを飲む。いちごミルク。私も同じものを買った。


「でもさ、さとりの扱い方だけじゃないでしょ、あれは。なんか、ジャックとルートのこれまでの関係が、大きいかもしれない」


「私と会うまで、か……」


 プレイヤーズ、の初期構成。もちろんそのときはプレイヤーズなんてチーム名はなく、ただ化け物を倒すため、殺すための集団、いや、単なる二人、というものだっただろう。

 ジャックはルートさんの傘下に入る。そこで奇妙な主従関係が生まれている……どちらも、化け物の被害を受けた被害者であるのに、上下関係がある。対等な関係ではない。


 チームリーダー……という考え方も、もちろんなかったのだろう。でも、私の肩書であるそれも、今は何の意味もなさなくなっている。

 プレイヤーズは、奇妙な構成をしている。上下関係が、どう見るかでかなり変わってくる。


「うーん、まあふわっとした集まりだよね、プレイヤーズって……私みたいなのがリーダーになっちゃったりするし」


「まあ、確かにね……統一感はないかも」


「その点で言えば、私が入る前はもうちょっと純粋だったんじゃないかな。どっちも戦いに参加しているんだから」


 入るというか、巻き込まれるなんだけどね。でもまあ、そのおかげで過去と向き合うことができたのは、いいことなんだけれど。


「私は化け物の被害者じゃないくせに、戦いに参加したいと言って、本当に変な奴だったと思うよ。それから、化け物を生み出して、自分の生み出した化け物にやられる。本当に間抜けだったと思うよ」


「本当、ごめんね……」


「いやいや、関わりたいって言ったのは私だから」


 あのとき、紗那の体から出てきていたのは紗那のもともとの個性。すなわち漫画が好きなときの、目標にまっすぐな紗那。……あのとき、紗那は心を入れ替えて、その情熱を勉強に向けようとしていた。


「いいや、あのときは諦めてたよ。これから何のために生きていけばいいのか、わかんなくなっちゃったし……勉強なんて、楽しいと思ったことなかったしね。ひたすら苦行をやらされるなんて、嫌だったよ……まあ、漫画も苦行なんだけどさ」


 紗那は遠く、空を見上げながら言う。


「口では明るく振舞おうと思ってたけど、やっぱり無理だった……化け物が出てきたってつまりそういうことでしょ。……むしろ、納得したんだ。個性の化け物。私は、私を捨てる……そう思ってたからね。別の人生っていうか。これまで漫画のためにささげてきた人生を、全部捨てなきゃいけなかったからね」


「……変化、か」


「そうだね、もしくは成長……もちろん、諦めだから絶望もあり得る。がらりと一転しちゃうときに、化け物が出てくる」


 紗那のほうを見る。紗那は、私の言葉を、私の説をそのまま信じているみたいだ。ジャックのように信用に値しないからと、切り捨てたりなんかしていない。むしろ私の説を聞いて、納得したということか。それもそうだ。

 確かに紗那の転換は、絶望のように見える。けれど、あれは絶望というよりも、個性の転換と言ったほうが正しい。でなければ、あのタイミングで化け物が出てくるなんておかしい。絶望ならば、もっと前。私と別れたあのときに生まれていなければおかしいんだ。


「……でも、さとりの説がいくら正しくても……いや、正しいとしてさ。それでルートさんが考えてた説が全部否定されるのは……さすがにかわいそうというか、なんというか」


「報われない、かな……そうだよね」


 あの崖の情景を思い浮かんだ時点で、私の中ではするすると答えは出てきていた。芋のつるというか、詰まっていた栓が一気に外れたというか。そこからは一瞬であらゆる出来事に説明がつき始めた。

 あの夜の疑問にも、すべて答えることができる。


「ルートさんもさ、化け物について、結構考えてきたと思うんだよ。ただ、私たちに公表するのが絶望説だっただけでさ。ジャックも言ってたじゃん。トライアンドエラーってやつ?」


「トライアンドエラー。つまり努力というか、積み重ねというか……それを、私一人が全部ひっくり返しちゃってるんだよね」


「だって仕方ないじゃん、おおもとなんだから」


「過去にルートさんが努力してきたのは変わらないって」


「そうだけどさ。漫画の二次創作とかしたことあるんだけど、原作の一言に方針をかなり変更されたことがあるよ。それはもう、仕方ないことだって」


「……つまり、私が化け物を消してしまえば、ジャックは無理やりにでも納得させられるってこと? ……それって、本末転倒だよ」


「うーん、それ以外にさとりの力を示す方法……なんかないかな」


「……多分、ないと思うよ」


 どんな実験をすれば、私の説が正しいことが分かるのか。理科とか化学には詳しくないけれど、因果関係くらいは分かる。問題はどうすればその方法が思いつくかだ。


「もういちどあの無色の化け物が出てきてくれれば助かるけど……そうそう都合よく表れないしね」


「うーん……このまわりで個性を捨てた人、自分を変えようとした人……そうそう現れるとは思わないしね。人が多ければそれなりだと思うけど、人って、あんまり変わりたがらないからね。かくいう私も」


 紗那がいちごミルクを飲み干す。ストローが鳴る。


「……そうなの?」


「そうだよ、自己変革ばっかやってるんだったら、私はこんな性格してないって。もっとましな性格になってるって」


「……紗那、結構いい性格してると思うよ。むしろ尊敬する」


「ええっ!? 私なんてこんなどうでもいいことをどうでもいいようにやる、けっこうちゃらんぽらんな性格だよ。なるようになれーって感じ?」


「あはは、何それ」


 紗那が急にあたふたし出した、その様子がおかしくて、思わず笑ってしまった。私の素直な感想だったけど、相当恥ずかしいこと言ってたな。私も顔を赤らめてしまう。

 ……ちゃらんぽらんだったら、私をこれまで助けてくれなかっただろうに。恥ずかしくてこんなこと言えないけど。


「……まあ、どうするかなあ」


「うーん、普通の人間関係的に、一人ずつ話していくしかないんじゃない?」


「ジャックと、ルートさんに?」


「うん。話せばわかる! って、ジャックには否定されたけどね……。でも、私は基本的にそうだと思うよ。ジャックにだって、何か理由があるのかもしれないし」


「あと、プライドかな……」


 おそらく、一番のネックはそこだろう。ジャックの、よくわからないプライド。女の私だから分からないのかもしれないが、さすがにプライドを通し過ぎると、困る。そこまで気にするものか……まあ、ジャックのプライドが分からないのが一番難しいことなんだけれど。


 何をどう思っているのだろう? ジャックは感覚タイプ。ルートさんは理詰めタイプ。まあ化け物の得手不得手よろしく性格が逆で、むしろその議論の方向性も逆で性格が逆だから化け物の得手不得手も逆になっているんだが話がそれる。性格のかなり違う二人。この二人をどう和解させるか……和解は私の専門分野じゃないぞ。ボッチの鳴り方なら専門分野かもしれないけれど。

 やっぱり、話してみるしかないのかもしれない。ジャックと、ルートさんに……主には、ジャックかな。


「……いや、ルートのほうが先だと思う」


「え?」


 紗那が意外なことを言った。私はとにかく突っかかっていくジャックに問題があると思っていたのだが……


「さとりが家出した時にね、ジャックにもルートにもちょっと怒鳴ったんだけど……なぁーんか、ルートさんあるっぽい感じでね……そっちのほうを調べればジャックのプライドの理由もわかるかもしれないよ」


「……どんな風だったの?」


「ええーと……なんだっけ。金があってもなにもできない、だっけ」


「……なにそれ」


 ヤクザ……というのがどういうものかわからないけど、ルートさんの姿を見れば儲かっている、金持ちであろうことは分かる。そんな人が、お金があっても何もできない、と言うこと自体は、まあできそうな気がする。でも、お金以外に何が必要か……というか、何もできないってそういうことはないだろう。そういう意味ではないのはわかるが、お金があれば買い物はできる。となると、ルートさんは買い物以外に何かをしたいということか……何だろう。


 って、考えるまでもないか。化け物を倒すこと……だろうな。お金がいくらあったって化け物の倒し方には関係ない。

 ……それで? そこから先がつながらない。それがジャックのプライドに、もといルートさんとの対立に関係するとは思えないのだけれど。


「……わかった。ルートさんと話してみる」


「うん。それがいい。ジャックは多分、今は話しても聞かなそうだからね……」


「あはは、同意……」

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