Ⅰ
今日はそれほど遠くない場所に、化け物が出現した。学校も休日なので私と紗那も同行することに。まあ、休日であるかなんて関係なく、学校に行っている間に化け物が現れたら、その時はそのときで、紗那の能力を使って急行するだけなんだけど。早退して。その意味では、いち早く化け物を倒さなくてはならないと思わずにはいられない。こうも頻繁に現れてくれては、私の高校生活が振り回されっぱなしだ。留年の可能性だってあるかもしれない。それまでにはなんとかけりをつけたい。
つけたい、けれど……
「……まだ、ギスってるんだよなぁ」
今日はある神社の境内だった。人のあまり通らない場所まで誘導したものの、どう戦うか。ジャックとルートさんは変わらず個人個人で好き勝手に動いてる。個の力を全面に出している。それがうまくかみ合っていればいいのだけれど、そういうわけではない。戦っている途中に、お互いがお互いを攻撃したり、また攻撃を受けたりしている。かみあっていない。チームワークなんて存在しない動きだ。
……この間の、私が家出をする前のコンビネーション技なんて、使えそうにない雰囲気だった。あの強力な技を使えば、化け物も一瞬で倒せるだろうに。
色は橙色。ルートさんの得意分野だった。だが、ジャックも参戦している。ルートさんにばかり苦労をかけさせないようにと考えればいいチームかもしれないが、むしろ邪魔になっている。
紗那はそんな二人を刺激しないように、少し離れたところから化け物の突飛な動きを止めるようにしている。それがいいだろう……そして、私はカノンちゃんと一緒に、遠くから見ている。
「…………」
先のレンド君のこともあり、すぐに隠れることができるようにはしている。カノンちゃんを真っ先に安全なところに隠せるようにもしている。ただ、自分の心配より、ジャックとルートさんの心配をせずにはいられなかった。
あの二人のコンビネーションが乱れたら、それこそプレイヤーズは終わってしまう。プレイヤーズの主力である二人がいなくなってしまっては、どうしようもないのだから。もし化け物に殺されて、ジャックとルートさんのどちらかが欠けてしまったら、ざっくり考えて火力は半減。紗那の能力は重しとしての攻撃にも使用することはできるが、どちらかといえば支援寄りだ。攻撃力として換算するには少し厳しい。
そして、色の都合もある。紗那もどうやらジャックと同じく寒色系に対して強いらしい。コンビネーション技を使えば何とかなるかもしれないが……やはり全員がそろっていたほうがいい。
とにかく、今のこの状況はとてもよくない。
そう思っている。
「思っては、いるんだけどね……」
ジャックが上昇する。天地指定。重力を上向きに。あの高さまで上昇したということは、天地分裂を使うのか。これで化け物が倒せれば、そう思った。
そのとき、ルートさんもまた動いていた。手裏剣を新たに数枚取り出し、化け物に向かって投げた――そして、その手裏剣が意志をもって、化け物を切り裂く――
ばす、ばす、ばす。何かに突き刺さったような音が聞こえて――化け物は、ぱんと破裂するように姿を消した。
その後に、ジャックが着地する音。日本刀が石畳にぶつかり、かん、という金属音がする。
「……てめえ」
ジャックは、ルートさんを睨みつける。獲物を捕らえることのできなかった刀を、鞘に戻すことなく。
化け物は倒すことができた。でも、そこには安堵する表情、戦いがひとまず終わったことへの安心感なんてものはなかった。ただ何か、何とも言えない微妙な空気だけが残った。
「邪魔しやがったな」
「邪魔してきたのはお前だろう……暖色系。橙なんてその筆頭じゃないか……お前には向いていない。下がっていれば無駄に怪我をすることもなかった」
「ちっ……気に入らねえ」
「えっと、さ……ジャック」
紗那がジャックに話しかけに行く。大丈夫かな。あの二人の間に入ることは難しいと思うけれど。……というか、私が行かなくちゃいけないだろ。この対立のきっかけになっているんだし。私がけしかけたようなものなのだから。
……ただ、私が行ってどうにかなる問題でもなさそうだ。お願いだから信じてくださいとジャックに言いに行くのか? 言って、果たしてどうなるものか……。
「落ち着いて、二人ともちょっとクールダウンしよう。ちゃんと話せば分かるから」
「あー、俺、話せば分かるって言葉、嫌いなんだよ」
ジャックが紗那に敵意を向ける。そんな目をする。
「話すよりも、行動で示したほうがはっきりつくだろ……わざわざまどろっこしいことなんてしなくても」
「はん、だからお前は子供なんだ」
「……んだとぉっ!?」
「やめてって! ルートさんも、それじゃあ大人げないですよ。ジャックを挑発してどうするんですか……」
「で、話し合うと。それで? 気に入らないこいつの意見に合わせろってか? ばっかじゃねーのか、それって……この際よぉ」
ジャックは抜き身の日本刀を、その刃を――ルートさんに向ける。
「ここで、ケリつけたほうが、いいんじゃねーのか?」
「ちょっ……」
紗那がたじろぐ。ここまで自分の話を聞かないとなると、どうしていいのか分からなくなる。これはまずい。どちらも仲裁の話を聞かないとなると、これは――勃発する。
「……やめとけ。お前の能力じゃ、俺には勝てない」
「へぇーえ! そんなこと言うんだな……てめえ、マジで殺すぞ」
「……はぁ、これだからバカは。口で言っても何も通じない」
「だから……!」
「うっせえ! てめえは黙ってろ!」
ジャックの刃が、紗那を通過する――そう見えた。紗那はよろめき、尻餅をつく。
刃は……向けていない。峰打ちか、それとも紗那が避けただけか。なんにせよ、これは――危険だ。
「紗那!」
「だあああああああっ!」
私が飛び出し、叫んだのとほぼ同時に、ジャックは雄たけびを上げてジャックに向かう。
ジャックの刃が、ルートさん目がけて――
「……だから勝てないと言っているんだ」
ルートさんは、いつ取り出したのか、手裏剣でその刃を食い止めていた。
「猪突猛進……バカが激高した時の動きなんて、たかが知れている。不意打ち程度でどうにかなると思っていたのか?」
「ちっ……この……っ!」
そのままぎりぎりと金属同士の擦れ合う音が響く。紗那は私のほうに逃げるように中腰で走ってきた。
「紗那、大丈夫!?」
「うん、私は……それより」
「うん……」
二人の対立が、まさかここまでひどくなるとは。この状態――お互いがお互いに刃を向けている状態。敵意をむき出しにしている状態。これはまずい。この対立は――駄目だ。
もう、戻りようがない。そう思える。
下手したら――そう、下手をすれば。この戦いで、どちらかが命を落とすかもしれない。そう思えた。仲たがいで、貴重な戦力を失うだなんて。いや、人間を戦力という数字で扱っているわけじゃない。
人の命が失われること。
もう、ごめんだから。
カノンちゃんは私の胸を探して、しがみついてくる。よしよし、と頭をなでてあげる。もう、カノンちゃんに人の死を見せたくない。私はともかく、カノンちゃんのためにもこの戦い……この対立を終わらせないといけない。
でも、どうやって? ……思いつかない。
「お前の剣も、所詮は無機物……拡張生命の敵じゃない」
ルートさんは、もう片方の手で刀に触れる。指でつうっ、となでる。
すると、刀ががたがたと震えだして――刃が、柄の部分からぽろり、と外れた。からからん。刃が石畳に跳ねる。生物的ではなく、無機物的に。
しかし、拡張生命で起きたことだというのは簡単にわかる。
「ちっ……なめやがってぇ!」
ジャックは高速でルートさんの懐に入る。右腕でパンチ。天地指定でかなり重くなっていることが予想される――それを、ルートさんは避ける。避けると同時にジャックの腹部に膝を入れる。
「が、っは……」
血こそ吐かなかったものの、ジャックの口から透明なものが飛び散る。
「真正面から来るんだったら、簡単に予想できる……だから、勝てないんだ」
「がっ……クソっ! へん、余裕ぶっこくのも今の内だぜ。てめえがどんなに物を生命にしようと、俺自身! 俺自身だけは生物化できないってなぁ!」
そこからは、肉弾戦。男の人同士の争い。殴る、蹴る。ヤンキーとヤクザの絵。それに異能力の追加。
……私みたいな暴力とは何の縁もない女子高校生には、どうしようもなかった。いや……暴力には縁はあるのか。でも、今の私にそれだけの腕力はない。女の私には、何もできない。私はむしろ、被害者のほうだ。
この場所を仲裁できるような力はない。
二人の戦いに巻き込まれないように、私たちは引き上げることにした。
……二人が冷静になってくれるのか。私は自信が持てなかった。




