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吉光里利の化け物殺し 第三話  作者: 由条仁史
第4章 里利以外の問題
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 ルートさんの事務所に行くと、髪についてルートさんは軽く似合っていると言ってくれて、カノンちゃんには更に怯えられる始末だった。ルートさんは別にいいとして、カノンちゃんはそこまで怯えなくていいだろう……いや、長髪は女の子としてのアイデンティティのようなものだけれど、それを切ったからって大きな変化があるわけじゃないだろう。

 小さい子にはあるのか?

 まあ、混乱はするか。

 ……紗那じゃないけれど、カノンちゃんにより強く怯えられて、悲しくなった。


 それより。

 私が神奈川で何をしてきたのか、そして化け物について何を考察して来たか。そのことを話した。途中紗那のヘルプもあって、説明自体は問題なく済んだ。


 ……私の過去の話を打ち明けるのだから、この場でも並々ならない緊張があったのだけれど。そのくらいは覚悟していたので大したことなかった。むしろ紗那に初めて打ち明けるときのほうが緊張した。


 私のお母さんが、頭のおかしい人だったということ。そのおかげで、私は心を閉ざし、化け物を生み出してしまったこと。


 ……打ち明ける前は重大なことをと思っていたが、言ってみると案外心の中はたいしたことはなかった。なんだか、簡単なことで終わってしまったような。このまま終わらせていいのか、少し心配になるような。


 カノンちゃんは、途中から耳をふさいでいた。……それでいい。小さい子に聞かせるような話ではない。カノンちゃんの年齢は……8つだったか。私はもうすでにその時はこっちにいたから、暴力は受けていなかったな。……そんなに前か。十年前だとは理解していたが、結構な時間がたっていることを実感した。


「はん……そんな話を、信じろって?」


 ジャックの反応は、好意的とはとても言えなかった。終始、私を訝しむような険しい表情をしていた。私の悪い予感は的中し、ジャックは私の話を信じてはくれなかった。


「お前の話が本当なら、お前が化け物に向かい合わなきゃいけねえ。わかってんのか? そこんとこ」


「……分かってるよ、一応は」


「いいや、分かってねえ。いいか、化け物は危険なんだ。化け物によって強さは違うが、その一点は同じだ。てめえが前に出て、そのときガチで強い化け物と当たったらどうする。下手すると、お前、死ぬぞ」


 ジャックの言葉が、並々ならぬ説得力を伴って聞こえる。化け物と一番近い場所で戦っていたのだから。ジャックは天地指定の能力の都合上、接近しなければならない。だからこそ日本刀という武器のチョイスなのだ。日本刀。長さはそれなりにあると言っても、近接武器であるということは変わりない。

 化け物の攻撃を、目の前ではじき、たまには化け物の攻撃を喰らっていたりもしていたのだろう……だから、化け物の恐ろしさについてもよく知っている。一番近くで見ているから。


「化け物は遠距離用の武器はねえ。あの砲弾以外はな……化け物の基本は近接だ。それを知ってて、化け物に触れようだなんて思ってんのか?」


「ジャック。お前の言っていることももっともだ。だが、そうせざるを得ないというなら、そうしないといけないだろう」


「ああ? てめえ、リリを前線に出そうってのか? リリを殺す気か?」


「人間を殺すようなことを考える暇があったら、化け物の殺し方を考える。リリを殺すような愚かしい真似はしない」


「でもつまりそういうことだろ! 化け物に関して、一番直接知ってるのはこの俺だ! 目の前で殺してきたから分かる。化け物はそんなにおとなしくねえんだよ! 簡単に触れるようなやつじゃねえ!」


「だから、どうやってリリが触れるかを考えなきゃいけない」


「つーかルート。てめえ、今まで散々付き合ってきたが、化け物の殺し方、ことごとくはずれだったじゃねえか。そんなお前の指示に従ってやったんだ。てめえの意見にはもう賛同しねえ」


「子供っぽいことを言うな」


「成果出してから言えって言ってんだよ! わっかんねえのかっ!?」


 ジャックが机をバン、と叩く。力強く、暴力的に。叫び声とその音に、私は少し過剰に反応する。

 ……さきほどから黙って聞いていたが、どうやらジャックとルートさんの対立が深まってしまったように感じる。


「ちょっと、喧嘩は――」


「うるせえサニー! 黙ってろ!」


 紗那が仲裁しようと席を立つ。しかしジャックのその一言で、紗那はひるんでしまったようで、次の言葉が出てこなかった。いや……ひるんでるんじゃない。怒りを内側に溜めているのか。何とも言えない表情をしている。


「……お前がそれを言っていい立場なのか? もう少しよく考えろ……自分が何を言っているのか、もうちょっと大人になれ」


「なっ……澄ました顔してんじゃねーよ! 保護者面しやがって!」


「お前の衣食住を保証してるのはこっちだ。お前に、一人で生きていく力はあるのか? 化け物のことしか考えてこなかったお前が」


 ルートさんも、ぎろりとジャックを見る――睨む。サングラス越しの眼光に、ジャック以外は硬直する。売り言葉に買い言葉――ルートさん、もしかして……いや、確実に、怒っている。

 というよりも、苛立っているようだ。


「ああ!? てめえ、馬鹿にしてんじゃねーよ!」


「事実を言っただけだ。結局、俺の金で生きていくことができてるんだろう? ……ジャック、今回ばかりは従ってもらうぞ」


「てめえ、殺してやろうかぁっ!? ああんっ!?」


 ジャックが本気で怒った。そばに置いていた日本刀を持ち、柄を今引き抜かんとするように握っている。距離は――ぎりぎり。いや、一歩踏み出せばちょうどか。戦闘態勢だ――こんなところで。


「いい加減にしてっ!」


 紗那が、少し泣きそうな声で叫ぶ。ジャックもルートも、嫌な顔をして紗那を見る。怒りは収まっていないようだが、言葉は止まったらしい。


「こんなところで争って、どうするの。化け物を倒すんでしょ? 化け物を殺すんでしょ? 化け物と戦うんでしょ? 人と人が戦って、どうするの!? 何の意味もないでしょ!」


 化け物を倒す。そのためのチームが、仲間割れ。人と人どうしで戦う。本末転倒だ。一体何のためのチームなのか。


「……おい、サニー。お前、リリの言うこと、全部信じてるのか?」


 しかしジャックは紗那の言葉に、怒りの声で返した。


「リリの言葉だって、リリがそう思っただけだろ? 絶対確実ってわけじゃねえ……つーか、そんな荒唐無稽を信じろってほうが無理がある。それなのに、お前は信じるのか?」


「……それは」


 紗那は口ごもる。……私のことを信じると言ってくれたけれど、いざ聞かれてみると確信をもって答えられない。少し悲しいと思ったが、当然だとも思った。

 ……私だって嫌だもん。化け物の目の前で戦うのは。

 その危険性を考えたら、口ごもってしまうのも無理はない。


「ルートならまだしも、てめえはまだ化け物に出会ってから一か月も経ってねえ。経験の量が違う。てめえの話を信じてほしいってんなら、経験を積んでからにしろ」


 ジャックの言うとおりだ……こんなの、周りから見ればただの妄想。根拠は何も示せないし、実際に殺せるという保証もない。できるとは思うけれど……疑われれば、私も本当にできるのかと疑問に思ってしまう。

 ……でも、私は、化け物が生まれた瞬間を見た。私が、化け物を生む瞬間を。

 夢の中だけでなく、過去の記憶として。

 ……記憶なんて、あいまいで信用ならないのは分かっているけれど。


「ちょ……それがさとりに言うセリフ!? さとりがどんな思いをしてきたか、どんな思いでここで白状したか、考えたの!?」


「……確かに気の毒だと思う。だが、リリの経験と化け物の像が重ならない。これは俺の長年の勘だ。そんなこと、考えもしなかった。ただ理屈に合うってだけで、信用できるとは到底思えない……信用して、リリが死んだらそれまでだ」


「だが、今は信じるしかないだろう。リリの言葉を――リーダーの言葉を」


「だからッ! それがダメだって言ってんだろッ!? どうして分からない!? リリを死なせたくない、それに変わりはねえだろ! どうしてわっかんねえんだよこの分からず屋!」


「分からず屋はお前だろ。いい加減大人になったらどうだ! 今はリリの言葉を信じるしかない。それが正解かは分からない。だが、そんなのは確かめてみればわかることだ」


「やってみなけりゃわかんねえって、そのためならリリを犠牲にしてもかまわないってことか!? 化け物に触れて、それで消えなかったらどうする!? リリは死ぬぞ! 俺でも対処しきれるかわかんねえぞそれって! ゼロ距離だからな。触れた瞬間に槍とかが突き出して来たら終わりだぞ! レンドの二の舞だぞ!」


 レンドくんの名前が出てきて、その瞬間カノンちゃんは耳をふさいだ。手に力を入れて、頭をぶんぶんと振る。涙もぱらぱらとテーブルに散る。


「ジャック……っ」


 自分が仲裁しないといけないと中腰になる。そのとき、紗那に手で制止された。カノンちゃんのほうに目をやる。アイコンタクト。……確かに、そっちのほうが先だ。紗那に頼んだとアイコンタクト。私は席を立つ。


「そうならないように努力するんだ。リリを殺したいだなんて一言も言ってない。いい加減人の話を聞いたらどうだ!?」


「聞くのはそっちだボケッ! てめえは信じてるのか? はん、信じ切ってねえだろ。そうだよなあ、てめえは自分に自信のない、ただ威張ってるやつだからなぁ! 本当に信じられるものなんて持ってねえんだろ!? 今までの化け物の殺し方も、どーにも自信のないやり方で、それで失敗して来たんじゃねーか!」


 ……カノンちゃんの手を取って、抱っこしてあげて部屋の外に出る。二人の会話で聞こえたのはこのくらいだ。ジャックが一方的に怒っているように思える。でも、なんだろう。良くも悪くも一直線なのだ。いや、ルートさんに、愛想を尽かしているのか? いやいや、まずはカノンちゃんをどうにかするのが先だ。


 階段のほうに向かう。ここまで来れば、あまり聞こえない……叫んでいるような声は聞こえるけれど。


 ……これは。明らかに私の責任だ。だから私は、何も言わないで、何も聞こえないようにカノンちゃんの耳をふさぐように、抱きしめた。


「リリ……おえねちゃん……」


「大丈夫。大丈夫……すぐ仲直りできるから……大丈夫……」


 そう、言い聞かせる。

 ……自分に。

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