2020年 9月 11日 ササキ ケイスケ(2)
確か、もう十年にも渡ってちんたらと河川工事を手がけている堤防沿いを、軽く流して走る。
駅近くのショッピングモールへ向かっていた道を引き返して、俺は結局繁華街を抜けた。
繁華街とは言っても、人口30万人にも満たない、大都会から見れば寂れたいち地方都市だ。
それこそが不幸中の幸いだった。
実際、モールの近くまでには足を運んだものの、食料の調達は無理そうだと解った。
死人になった買い物客らが、老若男女を問わず、駅前を多数徘徊していた。
軒先にはより集まって呻き声を挙げて、その声が更に群れを呼ぶ。
シャッターは閉められており、近づくリスクを避けた。
仕方なく目的地を次点に切り替え、こうして河川敷近くへと移動した訳だ。
その判断は、結果的に正解だったかも知れない。
遠目からには生存者かどうかも分からないが、少なくとも付近にあいつらはいないように見えた。
多少、腹こそ減っちゃいるが――何日も飲まず食わずな訳でもない。
元々は家のアパートに引きこもっていたものの、冷蔵庫の中の食料も尽きかけたのが始まりだ。
最悪、どこか空いた店からかっぱらってこようと外に出たのだが――コレが失敗だった。
予想外の事が、そこで起きた。
俺と同じような人たちを外で見かける事は、何度かあった。
だが、襲われそうになっているのを見過ごさざるを得なかった状況だ。
助けてやりたくても、ショッピングモールや駅前の周りはやつらの数が多すぎる。
もう、俺みたいな奴もどんどんと減って行くかも知れない。
多くの建物や細い道が入り組んだ街中は、今、間違いなく危険地域だろう。
助け合える人の数が多いに越したことはないが、出会い頭での遭遇が死に繋がる。
常に背後や、脇に視線を振らざるを得ない状況に、体力のみならず、集中力も削られる。
俺自身は中々にタフだという実感はあるが、女子供にはキツ過ぎる状況だろう。
――――思った通りだった。
市の中心部を離れるにつれて、あいつらの影は少ない。
やがて、広大な敷地面積の駐車場と、馬鹿デカい看板をようやく視界に捉える。
大型ホームセンターの”D-MART”だ。
ディー・アイ・ジーホールディングスといえば、地元民には御用達の企業。
園芸用品から生活雑貨、水回りの配管に、はては犬猫まで何でもござれ。
ここに来れば何でも揃ってしまう、仕事用品なんかもよくここで買ったもんだった。
ラジオもテレビも、”外出を控えて命を守るための行動を”――の一点張り。
新たな放送は三日目から全く途絶えていて、今も情報が不足している。
助けは、来るか来ないかも分からないのだ。
それなら、今は自分で考えて状況を切り抜けるための度胸と、装備が必要。
そう思って、第二候補の目的地であるここに来た。
何百台もが収まる駐車場にも、案の定だった。
どこからか流れてきた”あいつら”と、極力距離を置きながら掻い潜る。
数はそうでもないから難しくはなかった。
いつもは店先に置かれている園芸用品なんかが、店の軒先に置かれている。
それも整然と並んでいるのではなく、乱雑に積み上げるようにして、だ。
先客がいるんだろうという事は明らかで、また、急いでいたのが窺える。
通行を妨げるセメント袋や園芸土を乗り越えて、風除室に取りつく。
そこには同じように、ガラス戸を隔てて視界を遮りドッサリと障害物が敷き詰められている。
普段は開放感のある入り口前だが、外に置かれていた重量のある資材を運搬カートに積んで並べるだけで、簡易的なバリケードとしての役目を果たしていた。
隙間からじゃ奥の様子は窺えないが、若干ながら人の気配も感じる。
叩いて叫んだ所で伝わらないだろう、どこから入るべきか――
と、辺りを見渡してみた所、、良い物を見つけた。
<御用の方はこのボタンを押して下さい>
外の商品や高齢者への対応のため、外壁に備え付けられたインターホン。
すかさずボタンを押してブザーを鳴らし、落ち着いて呼びかける。
「誰か――いるかい?
外から一人で来た、入れてもらえないだろうか!」
「… … …」
インターホンからの応答はない。
ここを拠点に閉じこもってるというなら、従業員の一人がいてもおかしくないだろう。
インターホンの使い方が分からず、呼びかけに気づいていないという事はなさそうだ。
もしかすると、中で最悪のケースもあり得る。
それか、部外者を入れないようにしているか、あるいは警戒している。
そっちの方が可能性としては高い。
「……中にまだ多くの人がいるなら聞いてくれ、 まだ知らない人のために伝えておきたい情報がある。
それにその、なんだ、今は少しでも協力して、助け合いたい」
――ザッ
インターホンの向こうに聞こえていたのか、どうやら反応があった。
何人かで相談しているのかも知れない。
そう思って少しばかりその場で対応を待っていると、やがて玄関ドア前の視界が開かれた。
何人もの男出が、外界とを遮っていた障害物をカートのまま動かしている。
一人の作業服のおっさんが俺の前に出て来ると、腰を屈めて、手持ちのカギで玄関ドアを開錠しようとしてくれている。
「助かる!」
ちらりと後ろを振り向くと、一人の女の視線がこちらへ向けられていた。
おっさんがドアを開けてくれるのと同時に、半身になって風除室へ肩を滑り込ませた。
遠くに立ってこっちへ向かおうとしている女を尻目に、俺が急かすでもなし、周りの男手達はカート上の資材を元通りの障壁として並べ始めている。
どうやら、結構な数の人間がここに逃げ込み、難を逃れている様子だった。
「兄ちゃん、大丈夫か?」
そう俺を呼んだ作業服姿のおっさんが、そう言って俺の足元から見上げるように一瞥した。
まだ警戒されているのだと解った。
距離を置きながら声をかけてきた作業服のおっさんだが、気づけば左手にバールを持っていた。
こんなもんで頭をカチ割られたらたまったもんじゃない。
反射的に袖を捲って見せたが、その一瞬で、お互いに言わんとする事は伝わった。
「大丈夫、無傷っすよ」
「……よし」
「助かりました」
意味する所は、噛まれたかどうか、だ。
俺が入店してくる様子を遠巻きに眺めていたであろう、奥にいた人たちも出てきては、入口を塞ぐ作業を手伝ってくれている。
中には女や、中坊ぐらいの学生も交じっていた。
すでに十数人を見かけたが、ここには何人ぐらいの人間がいるんだろうか。
辺りを見渡すと、陳列棚なども丸ごと動かしてあり、商品が乱雑に散らばっている。
だが、棚はスカスカという事も無く、一部の列が丸ごと抜け落ちている具合だ。
食料品、それに災害時用グッズなどがごっそりと無くなっている。
これで、ここで救助を待てるかも知れないという淡い期待は砕かれた。
「まぁ良かったわ。
でさ、兄ちゃん、さっき言ってたな。
伝えたい情報があるってよ――?」
「……っス、じゃあ一回現状把握したいんで、挨拶がてら、一回皆さん全員集めてもらってもいいすか?」
「あー、分かった。
でもよ、今は窓やら何やら塞いでるから、後でな。
忙しいんだわこっちも――――あぁ俺、”エトウ”な」
「俺、ササキです」
「下の名前は?」
「ケイスケ」
「おう分かった、じゃあケイスケにも手伝ってもらうぞ。
付いてこい」
妙に甲高い声で、しかし若干凄みを効かせる形で、俺の申し出は断られたようだ。
一も二も無く、他の人と面通しもせずに顎で指図されるまま、おっさんの背を追う。
若干癖のあるおっさんだが、職人気質だったり昔の人には多いタイプだろう。
長らく外仕事だった俺は、この手の手合いにはまぁ慣れている。
俺から協力を申し出てしまったばっかりに、仕方ない結果と言えるだろう。
ふと振り返ると、中学生ぐらいの長髪の子供と目があった。
早い歩調で先を歩くエトウさんと俺の様子を眺めていたんだろう。
さっき風除室で作業を手伝ってくれていた奴だ。
軽く手を上げ挨拶したつもりだったが、さほど興味も無さそうに後ろを向いてしまった。
俺には、良くない目つきをしているガキ、という印象だった。