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田舎 オブ・ザ・デッド  作者: masaki
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2020年 9月 7日 カトウ リョウジ(1)

<えー、本部より2911へ>


 耳をそばだてて、受令機から聞こえる指示を待っていた。


 告げられた内容は、現場の状況をまるで理解していない。

 そうとしか思えないような、本部からの指示。

 しっかりと伝えた、そのはず。


<――やはり許可できない。

 マルセイか、S使用の疑いもあるとして、適宜確保に当たれ。

 これよりすぐに応援を送る、現場を維持して対処せよ――>


 商店街で暴れている一団あり、との通報があった。

 バンかけするまでもなく、何人かが道行く人にしがみつこうとしていた。

 そこへ駆けつけたのまではいい。


 だが同行していたミムラは、そこで突然一人の男に襲われてしまった。

 もみ合いを仲裁しようとして分け入ったミムラの耳は、横から躊躇なく噛み千切ぎられた。



<――2911、傍受できたか? どうぞ――>


「こちら2911……本部了解、どうぞ」



 耳から大量に出血しているミムラを一度車内で休ませ、救急の手配を先にした。

 それが、もしかすると判断ミスだったのかも知れない。


 こちらの制止に応じる様子は全くなく、歯をがちがちと噛み鳴らすだけ。

 人数は最初4人だと思っていたが、人だかりの奥から罵声が飛び交うことから、まだ人数がいるようだ。

 自分たちに向かってフラフラと歩いてくる彼らに、見物人は面白半分にからかっている。


(あぁ? なんだお前)


(こっち来んじゃねぇってんだよ)


(何なのこいつら、超ヤバいんだけどー)

 

 この野次馬が邪魔でしょうがない、耳の痛みにあえぐミムラの協力が得られればまだ何とかなるのだが。

 どうやら本部は威嚇射撃の許可を与える程度の状況にもない、と判断したようだった。


 話が全く通じない連中という点で、本部の指示もそれと似たようなものだ。

 見た目には凶器を持たぬ一般市民であるというのが、いかにも痛い。



<――本部より2911へ、応援4人をそちらへ送る、2911どうぞ――>


「このっ……2911より本部へ! 応援は8人必要です、どうぞ!」 


<――応援到着後、状況を見てこちらで判断して送る、2911どうぞ――>



 精神異常者か、ポン中。

 本部指示に従って、そうと扱い対処せねばならない。

 そうではないと、指令センターの警部補連中を怒鳴りつけたい衝動に駆られた。


 もちろんそんなことをすれば、訓告まがいの厳重注意を受けるのは目に見えている。

 どうせ出世コースを外れた日陰者なのだから、それが怖いという訳でもない。

 異様とも思えるこの光景を、本部がどの程度理解しているというのか。

 できる事なら、映像として見せてやりたいくらいだ。


「2911より本部、了解……」


「うぅっぁ あぁぐ」


 異様といえば、一向に逆らう力を緩める気配のない、私の身体の下にいるこの男だ。

 手錠をかまして背中から圧し掛かられているにも関わらず、獣のようにうめいてもがきつづける。


 たった一人にかかるだけで精一杯。

 あと4、5人もこんなのがいたのではたまったものではない。

 それに、この男たちの動きを威嚇射撃でも止めることができるかは、怪しい。


「大人しくせんかぁっ!」


 いくら声を荒げたところで、やはり反応する様子はまるでない。

 口周りには、ミムラに噛み付いた時の血液がまだ付着している。


 風体はどこにでもいるような、普通の青年。

 だからこそ、得体の知れぬ恐ろしさを感じるのだ。


 この男は私の目の前で口内に残るミムラの耳の一部を、咀嚼していたのだから。


 人体の一部を食うなど、まともな人間の所業ではない。

 確かロシアの危険薬物には、人間を人食いに変えてしまう恐ろしいものもあったか。

 いかに薬物とはいえ、人間はここまで狂ってしまえるのか。


(うわっ!こいつ、何だ!)

 

「そいつらは危険だから離れて――! あんたたち、逃げなさいっ!」

 

(おい、噛んだぞこいつ!)


(てめぇこらぁ!)


「何しとる、逃げんかあ! 危ないって!」


 どうやら被害は、取り巻いている野次馬連中にまでも及んでいる。

 せめてミムラの手を借りられればと思い、肩越しに停車しているパトカーの様子を伺う。

 助手席には、赤く染まったタオルを耳に当てて、今も痛みにあえいでいるミムラの姿があった。


 すまん、ミムラ。

 これは私の責任だ。


 救急を手配したのはもう20分ほども前だが、まだこちらへたどり着いていない。

 応援が到着しない限り、この膠着状態を覆すことが出来なかった。


 焦りが、正常な判断力を狂わせる。


 ある時、目の前の群集が、突然に蜘蛛の子を散らした。

 あとに残されたのは、見物人たちの人の群れを抜け出た二人の男女だった。

 こちらへと、ふらふらと近づいてくる。


 今まさに地面に押し付けられている若い男と、この一味に関連性があるとは思えない。

 なにせ、二人のうちの一人は、そこらにいるような肥満体型の中年女性なのだ。


 ミムラに噛み付いた男と同じように、口の周りは血でべっとりと塗れている。

 よく見れば女は、頬から唇にかけての肉が、べろりと剥がれ損傷していた。

 噛んだものではなく、まるで噛まれてのもののようだった。


「――2911より本部! これより警棒にて応戦する!」


 後ろ手に手錠をはめているこの男の確保は、一時諦めるしかない。

 それよりも、こちらへ向かってくる二人の対処を優先すべき。


 背筋に冷たい汗が伝う。

 長年の勘が、頭の中で警鐘をうち鳴らしていた。


<……!>


 左足で拘束する男の背中を踏みつけながら、その足で立ち上がる。

 左腰から65型警棒を抜き出すと、右手でその先端をすらりと伸ばした。


 受令機の声の主が何かを喚いているようだったが、耳に入れる余裕はなかった。

 遠く、救急車のサイレンの反響が、高鳴る心拍に拍車をかける。


 もう一人の男も、到底連中と接点がありそうな風貌ではない。

 体格の割りに年の頃は幼くて見える、恐らくは高校生程度。

 

 ごっ、と鈍い音が、警棒の柄を握る手の中に振動として伝わった。


 視線の定まらない高校生の鎖骨あたりを警棒で打ち据えた。

 2歩ほど後ずさって膝を崩しながら、なおも動きを止めることはない。

 それどころか、こちらに腕を伸ばしてつかみかかろうとしていた。


 もう一度、今度は頭骨へと振り下ろす。

 下に振れる頭の勢いごと、身体全体を地べたへと這いつくばらせた。


(きゃあぁっ――!)


「……お、おぉ……」


 倒れながらも、今度は私の足首を掴み取ろうと手を伸ばしているようだった。

 まるで昆虫のように、一心に私の身体にまとわりつこうと。

 なぜ――怯まない。


 背後から、足元から。

 そして前方から。

 同じように聞こえる低いうめき声が、不規則で不気味な輪唱のようだった。


「う、ぁ、あぁ」


<――2911、応援の到着は遅れている。

   奮起して、現場の状況を堅持されたし――>


 頬から奥歯の歯茎までをも露出させたご婦人が、笑みのような表情を浮べていた。

 ぎこちない動きで、だが確実にこちらに近づいてくる。

 血に塗れた顔の肉をめくれ上がらせながら、平然と。


 足元では、したたかに頭部を強打したはずの男が、もう立ち上がろうとしている。

 気づけば、わななく手や足を奮い立たせて、激情に任せ叫んでいた。


「本部ぅ! 発砲許可を!」


<――発砲は許可できない。

 人道的配慮をもって対処されたし――>


「――やかましぃっ!」


 背後で大きくなる、救急車のサイレン。

 それに混じる悲鳴を聞きながら、右腰のニューナンブに、もう手を伸ばしていた。


 人だかりの向こうの騒ぎは、もう狂乱の渦にあった。

 

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