2020年 9月 7日 セト トモハル(1)
毎日のように匿名掲示板を覗くのは、この退屈を浪費するためだけの単なる習慣。
ここでは、多種多様な話題のスレッドに対して、レスポンスが途切れることは決してない。
リアルの日常では決して外には出さないであろうサイレントマジョリティ(物言わぬ多数派)。
そいつらのどす黒い感情の吹き溜まりであり、彼らにも存在価値や発言権を示してくれる場所だ。
人間なんてどれだけ外面を取り繕ったって、所詮はこんなもの。
外づらだけは良いように振舞っているが、しかして品性下劣な秀才。
人間性のうえでは多少のクズでも、ネットの上でぐらいは面白い事をする馬鹿。
そんな奴らのぐちぐちとした心情の吐露を、こんな匿名コミュニティでは目の当たりにする事が多い。
そうすると、きっとみんなが、”自分はまだ大丈夫だ”と思える。
そうやって、枯渇しかけた自信を再び満たしているのだろう。
だが人間、上には上がいるように、下にも下がいるものなのだ。
こいつらもまた、自分にはないものを持っている奴らばかりなんだろうと思う。
友達、彼女、財産。
そのどれもが自分にはなく、ただ怠惰に時間を食いつぶすだけの日々。
27インチのPCモニターの中に踊るテキストを、ぼぅっと眺めている。
――今この時間のことだ。
今日は明け方までゲームをしてから昼に起きて、これまでもまたゲームをしていた。
途中、母親と口論になったりもしたが、何の事はない。
ようやく一休みしている今は、ルーティーンである毎日のネットサーフだ。
カーテンを閉め切って陽の光を浴びない生活を、もう何年送ってきただろう。
気を抜くと、ダメ想念が襲ってくるのはいつものことだ。
だから現実を直視せぬように。
死にたくならないようにと、今日も仮想の現実へと飛び込む。
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おいお前ら、窓から外見てみろ!!!【1】
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ふと目についたスレッドタイトル。
どうせいつものようにつまらないネタスレだという、確信がある。
それでも退屈しのぎになるならと、右手のマウスのボタンをクリックし、スレッドを開く。
それは、<執行人>という名の、一人の固定ハンドルネームが立ち上げたスレッドだった。
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1 名前:◇eie7Mgk0【執行人】 2020/09/07(水) 17:33:36.735 ID:WbUtsrcmd
なんか、そこら中に変なやついたりしないか?
ちな北海道
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スレッドの>>1からして画像も無し、クソスレか。
もしくはこれからネタが投下されてスレッドが伸びるのだろうか。
どちらにせよ、アフィリエイトブログの管理人が雇ったバイトによる書き込みか。
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2 名前:以下、名無しさんがお送りします 2020/09/07(水) 17:33:56.294 ID:iczJQM3Ed
それはあなたの心が作り出した幻の可能性があります
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つまらない流れになりそうな予感がプンプンする。
一度リロードして、新着レスがつまらなかったらすぐに閉じよう。
その前に、何の生産性もないスレッドを立てた罪は大きい。
スレッドが過去ログ送りになる前に、この>>1を煽っておこうと思う。
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3 名前:以下、名無しさんがお送りします 2020/09/07(水) 17:34:36.735 ID:uaTls7mrK
クソスレ建て乙
頭沸いてんのか
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自分の書き込み内容を確認すると、すぐ下に新着レスがついていた。
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4 名前:以下、名無しさんがお送りします 2020/09/07(水) 17:36:36.735 ID: GT72/qzxp
えっ、埼玉じゃなくて? こっちもなんか人だかり出来てるんだけど
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… … …
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16 名前:◇eie7Mgk0【執行人】 2020/09/07(水) 17:42:36.735 ID:WbUtsrcmd
人だかりっていうか、ケンカかこれ?めっちゃ悲鳴聞こえる
デモっていう感じでもないけど
お前らの中で同じようなこと起こってる奴いたら、地域と詳細頼む
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22 名前:以下、名無しさんがお送りします 2020/09/07(水) 17:44:36.715 ID:rJQoz/u00
テロじゃねーの
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86 名前:以下、名無しさんがお送りします 2020/09/07(水) 17:46:36.135 ID:uaTls7mrK
>>1は、どうした?
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そこから、しばらく>>1以外の同様の目撃レスがスレッドに寄せられた。
どうやら単なるクソスレでは終わりそうにない、というよりも、祭りになりそうだ。
しばらく成り行きを見守っていたところ、どうやら東日本限定。
ここ北海道で、>>1の言うような事が実際に起こっている可能性がある。
>>1の報告が途絶えても、しばらくスレッドは加速の様相を見せていた。
長年使い込まれてWASDキーが特に磨耗した、チタンフェースのゲーミングキーボード。
そのF5キーを押してページをリロードした。
報告を促した>>1による返信を待つ間、久方ぶりの軽い運動だ。
自分も実際に見てみるとしよう、こんな田舎で事件が起きるとも思えないが――
一大決心のように思い立って、この重く軽い身体を強引に立ち上がらせると、窓辺へ近づいた。
立ち上がった瞬間は、強いめまいが襲った。
暗い部屋で長時間のネットサーフィンをしているばかりではなく、きっとこの細い足腰がひどく弱っているというのが大きいだろう。
自分が外界との関わりを隔てるための、黒の遮光カーテン。
それを開ける前にPCモニターを振り返って、>>1らしき新着レスが書き込まれていたのに気づいた。
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138 名前:◇eie7Mgk0【執行人】 2020/09/07(水) 17:47:36.735 ID:WbUtsrcmd
タワマンからなんだけど、下でなんか群がってるぞ一人に
結構ヤバそうだな
写真うpれるか試してみる
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「…けっ……かっ」
独り言を言おうとして、言葉に詰まってしまった。
もうずいぶんと長い間、母親とさえ話していなかったことを思い出す。
誰もいない部屋での独り言でさえ上手くできない事への気恥ずかしさに、また少し沈鬱な自分が顔を出す。
「……喧嘩とか、だろ」
盆も過ぎた今頃の北海道は、陽が沈むのも早い。
これが朝方なら、開けたカーテンから差し込む光に目をやられてしまったりするかも知れないが。
ベランダに出ると、その足元に置かれたサンダルに履き替えた。
ずっと物干しに干しっぱなしになっていたベッドシーツの存在を、そこでようやく思い出した。
顔を近づけて匂いだけを嗅いでみると、かぐわしいカビの臭いが鼻腔を刺激してくれた。
これを取り込むのは、止めておこう。
互いに拒絶し合ってきた外の世界を、久しぶりに見渡してみる。
自らの意思で閉ざしていた外界の景色はやはりどうということもなく、何の感慨もない。
それは、2週間ほど前までと何ら変わりないように思えた。
閑静な住宅街と言えば聞こえはいいが、築40年はあろうかという赤レンガ調のバブル期の遺物のような戸建てがまず視界に入る。
その隣には、スラム街の住人が住んでいるとしか思えないような見た目のオンボロアパート。
名前にだけは聞こえがいい言葉を冠された、カジワラマンション。
その生活レベルに見合った珍走族丸出しの痛い車が、いつもアパートの前に駐車されている。
生ぬるい風が頬を撫で付けた直後、胸元から薄手のスウェットの中にまで外の風が吹き抜けた。
肌寒さを感じて、外を見に来た目的を思い出す。
「つまんね……」
何のために外を見に来たんだろう、あるのはただ、何も変わらない外の世界だった。
スレッドの盛り上がりは過熱しつつあったが、なんだか唐突に下らなくなってしまった。
寒い、入ろう。
眼下の路地に一瞥をくれて、再び自分の巣に戻る事にした。
「―――っ」
そこに聞こえたのは、ヒステリックな女の声。
視線を向けると、黒めのスーツを着た女が早足気味というよりは、小走りで路地を抜けようとしていた。
後ろを気にしながら何かを叫んでいたようだったが、この家の前にまで来たとき、ようやくはっきりと聞き取る事が出来た。
「――何ですか! 警察呼びますよ!」
まさか、変質者?
どうしよう、携帯は持っていない、通報できない。
1階に下りるようなことまではしたくない、母親と顔を合わせるのは嫌だ。
っていうか、そんなことをしてやる義理もないかも知れない。
それならば、大丈夫ですかと声をかけようとも思ったが、どうやら声は出なかった。
至極歩きづらそうな、カカトの無駄に高い靴を履いた女は、いよいよ本気の走りでこの家の前を通り過ぎていった。
せめて、変質者の顔を見てやろう。
ベランダから離れると、室内から伺えるような位置取りで、スーツの女がやってきた方向を盗み見ていた。
やがて少しずつ、ゆっくりと、その人影が路地へと姿を現した。
あまりに遅く、見てるこっちがイライラするような歩調だ。
(障がい者……かな?)
だが、これまた会社帰りのリーマン風。
ネクタイだけはバッチリと決まっている。
それなのに一目に直感で異常を感じたのは、歩く動作そのものがおかしかったから。
1歩ごとに両腕をだらりと投げ出すようにして、ひどく緩慢な動きに、歩みは遅々として進まない。
顔はあさっての方向へと向いており、表情こそ伺い知る事が出来ないものの、あんぐりと口を開けているのだけは分かる。
歩くという単純な目的をインプットされただけの、まるで出来の悪い二足歩行ロボット。
手と足はでたらめな動きで、それでも前へ進もうとして足を出す。
何かのルールに則って動いているように、延々とそれをリピートしているだけだ。
さっきの女を追いかけているのだろうか。
だとすればこんな気持ちの悪い動きをする男に後ろから尾けられた女が、ヒスを起こして叫ぶのも分かる。
男の姿を眼で追っていた自分の右手は、気がつくとスウェットの首元を強く握りしめていた。
そうして、自宅前を通り過ぎる間際だった。
歩きながら首をがくがくと振る男の顔が、2階のベランダに隠れる自分の方に向けられる。
その時、一瞬だけ眼と眼が合ってしまった。
「……っ!」
正確には、視線が交わった事に、向こうは気づいていない。
だがその眼を見た瞬間、こちらのほうは薄っすらと感づいてしまった。
これは、本能的な恐怖なのではないかと。
焦点は恐らく定まっていないであろう、ちぐはぐな瞳の位置関係。
斜視のことを差別用語ではロンパリ、というんだった気がする。
でもあれは、視えてさえいないような様子だった――
何かに命令されているように、人形のように、m男はひたすら前を目指して歩き続けていた。
もし男の前に誰か別の人間が立っていたら、女の人が追い付かれたら、果たしてどうなるのか。
――命令は、本当に歩くだけなのか?
「ぞ……は、はは」
まさか、そんなこと。
口にしかけた言葉を飲み下すと、芽生えかけていた妄想を頭から振り払う。
心底気持ちの悪い歩き方をする男の背を途中まで見送ってから、そっとベランダの窓を閉めた。
そういえば7chの妙なスレッドが元で、変なものを見てしまったのだったと思い出す。
PCの前に再び腰掛けると、画像をうpすると言っていた>>1のレスの後はどうなったか、チェックすることにした。
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429 名前:以下、名無しさんがお送りします 2020/09/07(水) 18:01:24.902 ID:b+DvRTp20
はぁ? フェイク丸出しで草www
釣り乙
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スレッドは、わずか数分で急激なまでの伸びを見せていた。
>>1が、どうやら撮影した画像を貼り付けたらしい。
あいにくと自分は専用ブラウザを使っていない。
URLを確認するのは面倒だが、>>1の書き込みIDをCtrl+Fで検索するとしよう。
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183 名前:◇eie7Mgk0【執行人】 2020/09/07(水) 18:01:05.902 ID:WbUtsrcmd
見るな、見ないほうがいい
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184 名前:以下、名無しさんがお送りします 2020/09/07(水) 18:01:11.902 ID:b+DvRTp20
もったいぶらないでいいから
さっさとうpれカス
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幾度かの住人達が煽るやり取りの後、コテハンの奴は少しの間沈黙する。
10分ほどして、やがて再びレスポンスがあった。
そこには、短いURLが添えられている。
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196 名前:◇eie7Mgk0【執行人】 2020/09/07(水) 18:10:41.902 ID:WbUtsrcmd
ttp://imgenear.com/aDKT52Y
知らんからな
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アドレスバーにコピペした文字列でアクセスした先は、一枚のjpeg。
ぱっと見た内容から得た状況を、説明するとこうだ。
間近で、3人ぐらいの男女が地面に膝をついて深く腰を落として群がっている。
スマホ撮影によるものだろう、手振れがひどい。
ボケボケな写真ではあるものの、それだけに、撮影に臨んだ>>1の緊迫感も伝わってくる。
男女の手や胸元は赤く濡れていて、それが血であることは明白だ。
言うまでもなく、人間――――の。
群がる3人の男女の身体の下からは、スラックスを履いた男の足が伸びていた。
そして、"食まれている"であろう男のものと思わしき、多量の血液がアスファルトに流れ出ている。
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203 名前:以下、名無しさんがお送りします 2020/09/07(水) 18:13:24.902 ID:1X3MZ8ov0
嫌なもん見ちまった
なんだこれ
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突然の閃きのごとく、さっき見た背広姿の男の顔が、脳裏を過ぎた。
スレッドの新着レスをF5キーで確認しながら、>>1によるレスを交互に漁る。
画像は、どうやらあれ一枚で打ち止めのようだ。
嫌悪感に困惑するもの、フェイクと罵るもの、疑問を並べ立てるもの。
反応は色々あるだろうが、この画像から何も感じ取る事が出来ない奴は、救えない。
この画像がフェイクではないという疑念が、自分の中で確信へと変わりつつあった。
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321 ◇eie7Mgk0【執行人】 2020/09/07(水) 18:14:23.009 ID:WbUtsrcmd
いいか、お前ら
戸締りをしっかりしろ、あと出来ればバリケードもな
Kahooのトップニュース見とけ
これから俺は籠城するわ
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思考停止のレスをしている奴らは、遠からず淘汰されるだろう。
きっとこれから、何かが起こる――いや、すでに起こっている。
今にして思えば、妙に血色の悪かったあの顔色が、嫌でも思い出される。
>>1の最後のレスは、スレ住民達への餞の言葉で飾られた。
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967 名前:◇eie7Mgk0【執行人】 2020/09/07(水) 18:23:00.104 ID:WbUtsrcmd
生き残れよ
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「い、き……」
覆るかも知れない、これまでの世界の常識が。
そう考えてからは、湧き上がる高揚は収まらなかった。
訳もなく、色素の抜け落ちたこの細腕にも、力が漲ってくる気がした。
生き返ることが出来る。
緩やかに、自殺へと誘われていただけだった自分が。
(いや、もう死んでたよね)
生き返り、また生きていくことができる。
全てが壊れてしまった日々の中でならば。
瞬く間に埋まっていくスレッドは、900レスをとうに過ぎていた。
そこに小気味よいスピードで打ち出した、一節の短文。
勢いよくEnterキーを叩いた直後に、それを確認する。
どうやら、祭りの終着点に滑り込むことができたようだった。
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1000 名前:以下、名無しさんがお送りします 2020/09/07(水) 18:14:52.308 ID:uaTls7mrK
どうみてもゾンビです、本当にありがとうございました
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1001 :∞ Over Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。
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