花の大学生活とは
僕の春休みは短期のバイトで埋め尽くされる形で終わった。
なぜそのような一見意味のないような生活を送ったのか。
全ては12万5000円のロードバイクを買うためである。
卒業式の後、ロードバイクショップによって美人の店員に勧められたものが12万5000円…
しかもこれでエントリーモデルであるというのが驚きである。
あれから家に帰りもう一度ロードバイクについてインターネットで調べると僕は大きなカルチャーショックを受けることとなった。
”ロードバイク パーツ”で検索すると山ほどショップのホームページが表示され、興味本意でクリックするとただの輪っかのように見えるホイールを構成するリムと呼ばれるものが軽く1万円を超えていたり、ロードバイクにまたがる際にまたがるサドルが3万円もしたりと自分の知っている自転車に対する常識が打ち崩された。
またプロが乗るようなロードバイクは100万円以上が当たり前、しかもそれがレース中の一瞬の落車でくだけ散る事が普通にあるというのが驚きであった。
自分が高校時代を懸けた野球に必要な道具であるグローブの最高級グレードのものであっても7万円あれば買うことができるというのに。
バスケ部の友人と野球道具の話をしている時にお金掛かるスポーツは嫌いだと言っていたが自転車競技掛かる初期費用を教えてあげたらさぞかし嫌そうな顔をすると簡単に想像をすることができた。
またサイクルロードレースは機材スポーツであり、勝敗に機材の良し悪しが関係してくるということもソーシャルゲームの課金ではないが札束で殴り合いをしているような想像をしてしまい、苦笑した。
バイトを連日続けてしているうちにめげそうになることもあったが
卒業式の帰りに寄ったショップで見たロードバイクのことを思い出すと
すぐに忘れることができた。
明日はついに大学の入学式である。
これからの漠然とする不安感と新たな出会いに対する胸を高鳴りを抑えながら僕は布団に入り、眠った。
カーテンを通した日差しの眩しさに僕は目を覚ました。
日付が1日変わっただけで社会的に高校生から大学生へと身分が変化したが自分の目の前にある光景は1年前を大きく変わっておらず、これから高校に行き始業式に出てもおかしくないような気分になった。
朝食を軽めにとり、人生で初めてのスーツに袖を通して、鏡の前に立つと大人の仲間入りをしたような感じがした。
入学式へは春彦と最寄りの駅で待ち合わせをしていて一緒にいくことになっている。
これからの通学は極力自転車通学になる予定であるが
さすがに入学式の日、しかもスーツを着用している身で自転車に跨るのは
気が引けた。
時間的に余裕があるものの大学生になった高揚感からわくわくが止まらず、早めに家を出ることにした。
最寄り駅までは徒歩10分。
自転車で飛ばせば最高4分台をマークしたことがある。
小学生の時から駅に行く道のりは変わらないが久しぶりに歩いてみると
前にあったオムライス屋さんが潰れてコンビニエンスストアになっていたり、大きなスーパーが更地になっていたりと景観に変化が起こっていて驚きを覚えた。
駅についてみると集合時間の5分前であるにも関わらず春彦がいるのを確認できた。
春彦のスーツ姿は筋肉質であるためか体のラインが綺麗に見えてきっちりとした印象を受けた。
近づいていくとスマホから目を離した春彦と目が合い、
「駿太、スーツ似合ってないな見た目高校生」
と半笑いで声をかけてきた。
「嘘つけ、大人っぽく見えるだろ、春彦はスーツ着たゴリラやん」
と僕がいうと春彦はふざけながら僕の肩にパンチを入れてきた。
二人で切符を買い、電車に乗って揺られること20分弱、大学の最寄り駅に到着。
自分たちと同じようにスーツを着た人たちが大学に向かって歩いていく姿みえた。
上宮学院大学の位置は最寄り駅から約3kmの坂基調の道を登らなくてはいけない。毎日電車通学すれば確実に運動不足は解消できる。駅周辺にはどこにでもある有名ファーストチェーン店や銀行のATM、居酒屋が並んでいて講義終わりの学生たちの遊び場になっているといった話も聞いたことがあった。
春彦とスーツ美女を探すという謎な遊びをしながら大学を目指す。
大学まで残り半分といったところでキョロキョロと周りを物色していると後ろから坂道とは思えないスピードで登ってくる何かを見つけた。
ロードバイクかもしれないと思いまじまじ見ているとそれはロードバイクではなくロングライドや身近なサイクリングに使われるクロスバイクだった。
ただ驚きだったのがそれに跨っている人が女性でなおかつ見覚えのある人だったからである。
彼女は僕たちに目を見ることをなく早々と横を走り抜けていった。
「あれ自転車のスピードじゃないやろ…それに今の人、めちゃくちゃ可愛かった気がする」
と春彦があっけにとられたような呟きを聞きながら僕はどこで彼女をみたかを必死に頭で思い出そうとしていた。
スーツ美女探しをしている間に大学の正門前についた。
新入生案内掲示板によると学部によって体育館の入り口が変わるようだった。
春彦は商学部、僕は社会学部の入り口を確認すると体育館に足を向けた。
正門から体育館に向かって歩いていくと途中から在学生たちによって新入生歓迎の花道が作られていた。
花道というよりは新入部員獲得に向けたビラの嵐といった方が適切である気がするが。
その嵐に巻き込まれるようにして進んでいくと様々な部活やサークルのビラが手元に残った。
春彦に目を向けてみると調子に乗ってもらいすぎたのかビラの束が5cmほど積み上がっていて処理に困っているのは明らかでだったが慌てふためいているのが面白いので放置して自分のビラをカバンの中に掘り込んだ。
体育館の前になり僕たちはそれぞれの入り口に向かった。
中に入ると大勢の人がパイプ椅子に座っているのが見えた。
見渡す限り同じ高校から来ているのかスマホで二人で写真を撮る人たちや体育館まで来る過程でもらったビラを熱心に読んでいる人がいたが僕の知っているような人物は見当たらない。
見つけるのを諦めて適当な席に座ろうかと動き出そうとした時
「暇人みっけ」
と後ろから肩をポンポンと叩かれた。
振り返ると立っていたのは明でだった。
こいつ、もし僕じゃなかったらどうしようという考えはないのかと思いながら明、スーツ似合わんなと春彦に駅で言われた言葉を反射的に投げつけてやった。
明はムスッとして何か言っていたが僕はスルーして空いているパイプ椅子に腰をかけた。
そうすると明も隣の席に座ってきた。
どうやら同じ学部であるらしい。
卒業式で同じ大学に合格したこと話していたけどあの時は卒業式後のショップに行くことで頭がいっぱいだったので深い話はしていなかったからである。いや、もしかすると話はしたが忘れていたのかもしれない。
僕と明の会話なんていつもそんな感じだ。
僕たちが座わると開会のアナウンスが会場に流れた。
すると騒めいていた会場は少しずつ静寂に飲み込まれていった。
会場が静まり返ると式の司会者の開会の宣言、吹奏楽部の校歌の演奏が行われた。それを聞いていると大学生になったことの実感が改めて湧いてきた。
それから学長話や在校生代表の話、新入生代表の挨拶を聞いているうちに僕は眠くなり隣でウキウキワクワクしている明を横目に気づいたら寝ていた。
式が終わった時特有のざわめきで目が覚めた僕に明は
「早く次の教室いこうぜ!仲良くなれそうなやつ探したいし!」
と意気揚々に話かけてくるが僕はまだ頭が回らずのそのそと立ち上がった。
横ではしゃいでいる明と僕を客観的に見れば明暗がはっきりしてるだろうなといまいち意味のわからないことを考えながらごった返す通路を歩いた。
教室に着くなり、教授の話が始まった。
長々続いた話の後に新入生代表挨拶、確か挨拶をする人は学部での最成績優秀者であると高校時代の先輩が言っていた気がする。
今度は自分に後輩相手にそんな話をする順番が回ってきたのかと思うと懐かしさとともに時間の流れの速さにせつなさを感じた。
挨拶も終わると明日からの新入生オリエンテーリングについて司会者が説明し始めた。
「明日、明後日はオリエンテーリングで今週末には履修登録…とりあえず明日からはお前の家に迎えに行くから8時までに用意しとけよ」
と明は宣言した。
どうやら明日は明と大学にいかなければならないらしい。
続けて
「駿太は今日電車か?俺はチャリやから先に帰るわ」
というと荷物をもちそそくさと教室から出て行ってしまった。
とりあえず、一人になってしまったので学部別入学式も終わっただろうと考えて春彦に連絡を飛ばした。
すると、すぐに返信が返ってきた。
文面をみるに商学部はこれから新入生対象の英語の試験が行われるらしく、帰るには後3時間くらいかかるようであった。
そこまで待つのはしんどいので先に帰る旨をメッセージに書き込み送っておいた。
やることも特定の予定もない僕はキャンパス内を探索することにした。
一応、伝統がある大学という感じが建物の古びた感じや使われているデザインから知ることができた。体育館のある場所と学生が講義を受ける教室が入っている棟は少し距離がある。キャンパスの北側に学部別の事務室や学生が講義を受ける棟があり、南側に体育館や最近新しくできた学部事務室や教室がある。僕が今いる場所はキャンパスの最北端の教室棟の前で目の前には先ほどビラの嵐を起こしていたうちの一部であろうと思われる人たちを見ることができた。
彼らはスーツを着ている新入生に手当たり次第声をかけて、自分たちのサークルか部活の勧誘を行っているようであった。
それをわざわざ受けるのをめんどくさく感じたので遠回りしてキャンパスの大通りを目指そうと考えた。
先ほどまでいた教室棟の裏を回って細い道を歩いた。
方角的にはキャンパスの中央に向かっているはずなので行きたい方向ではあるが道ですれ違う人も少ないので合っているのか不安になってくる。
しかもすれ違う人、すれ違う人が僕みたいなスーツ姿ではなく上下スウェット履いた体育会所属しているような人たちがなのである。
やっとの思いで細い道から抜け出すと目の前にあったのは部室棟を兼ねた学生共用棟であった。
だからかと納得し、中に入ることにした。
建物の中にはビラ配りを終えて休んでる学生や生協に大学オリジナル文具を買いに来たであろう新入生の親たちで賑わっていた。
大学に入ってまで真面目に野球をしょうとは思わないがせっかくなので部室だけ見に行くことにした。
野球部の部室は1階の奥にあった。軽く見ただけだったが
グローブやバットが散乱していてお世辞にも綺麗とは言えなかった。
散策しているとお茶の香りがしてくる茶道部、道場の前を歩くだけで汗の特有の匂いがするレスリング場、現像中と書いてある写真部など様々な部の存在を知ることができた。
もういいかなと思ったところで中庭から何かが擦っているような音がしていることに気づいた。
気になり足を向けて見るとそこにはロードバイクにまたがり叫んでいる人と横で叱咤している人がいた。
「やばい、もう無理、これ以上を死ぬ、絶対死ぬぅぅぅぅぅ」
「これぐらいでめげんな、もっと走れ」
と聞こえてくるのでよく見てみるとロードバイクに乗ってはいるが全く進んでいない人、それを監視している人がいた。
すごく珍しいものを見る感じでじっと見ていると監視していた男が僕の目線に気づいた。
「おい。そこのこっち見てる新入生、ちょっとこっちこい」
僕を見るなり手招きをしながらそういった。
僕は逃げても良かったが丁度、暇を持て余していたので面白半分で行くことにした。
「君、今日の入学式前にもらったビラの束を見してくれる?」
と僕を呼びつけた人にそう言われたのでカバンの中から束を取り出し、手渡した。
呼び出した先輩であろう人の格好は眼鏡をかけていて上がジャージ、下はスウェットでどちらにも“Uenomiya Gakuin Cycle Racing Team”と表記されていた。
たぶん、これが噂の自転車競技部員であることは簡単に想像することができた。
「おい、これ見ろ こんなにビラがあるのになんでうちの部のビラは一つもないんだ?説明してくれるか?」
眼鏡先輩は僕から手渡されたビラの内容を一通り確認してからハムスターのように延々ペダルを回して続けている人に怒りをぶつけていた。
ロードバイクにまたがっている人も僕より年上であることは間違いないがペダルを回した疲労のせいか顔がやつれて見えた。
その人の格好は全身ぴちぴちの服と半ズボンを履いていて奇妙な格好をしていた。
「それは僕がビラの発注手続きを凡ミスで来月に届くことになったからです」
ぜーはー言いながら答えていた。
すると眼鏡先輩は
「そうだろ?だからお前は届くはずだった2000部の代わりに2000分ローラーを回すんだ」
「うん、間違い無くビラの件は俺が悪い…でも2000分は無理、1日と半分走り続けるとか絶対無理」
ペダルを踏んでも進まない機械のようなものはローラーというのかと感心しているとピチピチ先輩の悲しい嘆きが聞こえた。
軽く時間計算してみると2000分は約33時間…
途方もない時間で自分がロードバイクにまたがってローラーを回す姿を想像するのも嫌になった。
「最低でも新入生がキャンパスからあらかたいなくなるまでやってもらうから、それができないなら今すぐ入部希望者をあつめてこい。もちろん、ローラー乗りながらな」
眼鏡先輩が満面の笑みを浮かべながら無理難題をピチピチ先輩に押し付けていた。
それを聞いたピチピチ先輩は僕に
「新入生!自転車競技に興味ないか?めちゃくちゃ熱いし最高に楽しい!入部すれば花の大学生活が送れることは俺が保証するからどうだ?」
必死になりながら言った。
「自転車競技には興味あります。こないだまでロードバイクを買うためにバイトしてましたし…」
と僕は答えた。
ピチピチ先輩は僕の答えを聞いて一筋の希望を見たような表情で自転車競技のよさを延々と語り続けた。
その長さはカップラーメンができる以上の時間だった気がする。
しぶしぶ僕は詳細を聞きたいことを伝えるとピチピチ先輩は
「だってよ!高城、これが入部希望者だろ!!もういいよなぁぁ」
といいながら顔を真っ赤にしながら眼鏡先輩に訴えかけていた。
「降りてもいいがその子が体験入部でもしない限り残りの28時間ローラーの上で過ごすことになるからその辺はよろしく頼むぞ」
この人、僕たちが入学式に出る前から走っていたのかと頭の中で単純計算した結果に驚いてた。
ヘロヘロになりながらも眼鏡先輩の言葉に頷いてピチピチ先輩はローラーから降りて僕の方に歩み寄ってきて
「これからよろしくな新入生!俺は2回生の三上大輔 えっと名前は?」
と自己紹介をしてくれた。
僕は出身高校などを含めて自己紹介をした。
すると
「駿太、これからは俺たちと一緒に自転車で日本一を取ることを目標に花の大学生活を送ろうな!」
そういいながら僕の肩を掴み強引に建物の中へ連れて行った。
僕はこの人と一緒に本当に花の大学生活とやらを送れるのか、というか花の大学生活とはなんだと疑問に持ちながら三上さんに連れて行かれるがままの状態になっていた。