出会い
受験も終わり、世間でいう中流程度の大学に合格し、呑気に高校生活最後の春休みを過ごしている途中である。
僕の名前は霧島駿太。4月からに大学生活という人生のモラトリアムに突入するどこにでもいるような高校生だ。
高校生活を振り返ってみると部活動で所属していた野球は県の全国予選でベスト16と中途半端に終わってしまい、そのまま受験勉強の波に飲み込まれてしまった標準的な生活を送っていた。
あんだけ急かされて熱を注いでいた受験勉強も終わってしまえば儚いもので、入試に出た内容なんてもう一つも覚えていなかった。
やることもなく、ただ居間で寝転びテレビを見ている今日20XX年3月12日。
明日は高校最後の登校日、卒業式だ。
朝起きてから3時間と少し経っているのを確認して、これまでめんどくさがって取りに行かなかった部室に野球道具を取りに行くことにした。
学校へは自転車通学している。かかる時間は10分程度、春から通う大学へも自転車で通うことを考えているが30分以上かかることは確実なので途中からは原付の免許でも取るつもりである。
高校に通う通学車は家の横に鍵を無造作に置いてある。
僕は自転車に鍵を差し込み、ダラダラと漕ぎ始めた。
受験が終わり、世間でいうニートのような生活を送っていたので外の空気を吸うのは久々で、2月の後半の時よりも春めいた匂いを感じることができた。
河川敷を走っているとランニングをする人や川に入って小魚や昆虫を捕まえて遊んでいる小学生を見かけた。
自分も10年前は近所の同級生と同じようなことをして遊んでいたことを思い出し、懐かしくも寂しい気持ちを少し感じた。
久しぶりに中学時代の友達を集めて遊びにでも行くかと考えながら自転車を走らせていると目的地である高校についた。
自転車を校舎裏の駐輪場に置き、グランド横にあるプレハブの部室へ向かう。
「駿太、久しぶりやな」
不意に呼びかけられ、聞き覚えのある声のする方向へ首を向けると同期であり、野球部の元キャプテンであった紀伊国春彦が立っていた。
春彦も受験が終わり、春から学部は違うが僕と同じ大学に通うことが決定している。
受験の際はテストを受ける教室が別であったため12月以来の再会である。
「受験お疲れ、ほんま久しぶりやな。お前も野球道具の片付け?」
「駿太、お前と一緒にするなよ。大事な道具はもう持ってかえっとるわ。今日は顧問の一先生に高校最後の挨拶しにきたんや」
春彦はいつもと変わらないおどけた感じで答えた。
「なるほど。さすがは元キャプ。しっかりしてんな。でも明日の卒業式の時でよくない?」
「明日はバタバタすると思うし、どうせ卒業式終わったらクラスで遊びに行くから」
僕はそう聞くと適当に相槌を返し、春彦に部室にいくことを伝え、別れた。
部室の前に着くと見覚えのある後輩たちのスパイクやボールが散乱していた。
代が変わっても見栄えがあまり変わらない野球部部室前であることに懐かしさを感じながら自分の野球道具を探しだし、部室を後にした。
駐輪場で先ほど職員室に向かった春彦を見つけ、お互い家の方向が同じなので一緒に帰ることになった。
春彦と自転車に乗りながら春からの大学生活のことやクラスメイトの合格大学の話で盛り上がった。
ぶらぶらと二人で自転車を走らせていると大通りにでた。
春彦は気づいていないみたいであったが僕は小さな音が僕たちに近づいてくるのを感じた。
車や原付にしては音が小さすぎる。
気になった僕は後ろを振り向いた。
しかし何もいない。
ただその瞬間に横を通り過ぎる音がした。
再びを前を向いてみると、僕たちが乗っている自転車と同じような形、目的の本質は同じであるが、何か大きく違うものを纏った物体にまたがった年齢もほとんど僕たちと変わらない人が僕たちの何倍ものスピードで抜かしたのである。
「なんじゃありゃ、早すぎるだろ」
春彦がそうつぶやくのを聞ききながら
僕は胸の中で熱くなるものを感じた。
どんどん先へいく物体を目を凝らしてみるとロードバイクであることが理解できた。
高校まで野球しかしてこなかった僕の目にそれは自分を縛りつけず、自由に世界を飛び回ることが可能にするような錯覚を与えるものであった。
春彦といつもの分岐で別れると僕は足早に自宅に向かって自転車を漕ぎ始めた。
家につくなり僕はノートパソコンの前に陣取り、早速ロードバイクについて調べることにした。
没頭すること1時間
ロードバイクとは競技用の自転車であり、その中でもトラック競技とは違い自由に市街地や山を利用したコースを走り抜け一番を決めるレースが主流であることを知った。
インターネットの検索エンジンでサイクルロードレースについて調べているうちにツールドフランスという単語に行き着いた。
ツールドフランスと呼ばれる大会は毎年7月に行われ、グランツールと呼ばれる三大サイクルロードレースに数えられる大きな大会であり、伝統あるものであった。
これについては高校の世界史を習う際に単語だけ聞いたような覚えがあったが
動画を見るにそれが過酷でなおかつ見るものを魅了するようなものであったことに驚きを隠すことができなかった。
そこで僕は大学生活を自転車競技にかけてもいいかもしれないと考えるようになった。
それから晩御飯を食べる時も風呂に入る時も布団に入って意識が飛ぶまでロードバイクのことが頭から離れなくなった。