罪と罰とクリスマス
少年は忌み子だった。
曰く髪の色が白い。
曰く目の色が赤い。
曰く悪魔の子だと。
ただ人と違うだけなのに。毎日が痛く、苦しく、そして寂しかった少年は独り寂しく生を捨てた。
(ここは……?)
目が覚めた少年は戸惑いを隠しきれなかった。少年がそうなってしまったのも無理は無いだろう。少年は確かに死んだ。しかし、起きてみるとそこは薄暗く、石で作られた小さな部屋だったのだ。
(ぼくは死んだはずなのに……)
少年が冷たい石の部屋を呆然と見ていると、どこからか声が響いた。
「お目覚めですか、少年」
「うわぁ!!」
少年は心底驚いた様で、腰を抜かしている。
少年の目の前にはいつの間にか一人の女性が佇んでいた。女性は純白のローブを羽織い、背中には翼を携え、頭には光輪を乗せ、憂い気に佇んでいる。
「おはようございます、私は……まあ、あなたに分かり易く言うと天使ですかね」
「え……」
「ここは拘置所……と言っても分かりませんか。牢屋みたいなものです」
理解が追いついていない少年を尻目に、女性……天使は淡々と説明をする。
「ご存知の通り貴方は死にました。という事で、ここは死後の世界です」
「え、あ」
「貴方は生前さぞかし酷い目にあった事でしょう。しかし、それは言わば必然なのです」
「ちょ、ちょっと待ってください」
天使は尚も語り続ける。
「まあ、聞いてください、すぐ終わりますので、えー、昔々、あるところに1人の男がいました。男は世界を滅ぼしました」
「えっ?」
まるで少年の事が見えていないように天使は語る。
「まあ、話はこれからです。男は……地獄ですかね、に落とされました。下された判決は永久転生の罰……まあ、永久は言い過ぎですが、煩悩の数ほど、つまり百八つ程、辛く、苦しい人生を生き、魂を浄化してもらう事になりました。ここまで言えばわかると思います。貴方の人生、辛かったでしょう? 苦しかったでしょう? そういう事だったんです」
ここまでを一息で言い切り、天使は少し息を整える。
「以上です。ご静聴ありがとうございました。因みにこの話をするのは八回目です、後百回、先は長いですね」
「……ぼくは世界をほろぼした人の生まれかわりってこと?」
「おや、随分聡明ですね。魂さえ違えばまた違った生き方をしていたのに。お気の毒な事です」
天使は貼り付けた様な笑みでそう答える。だが、その顔が少年にはどこか悲しげな表情に見えた。
「でも、ぼくはそんな事、知らない」
「記憶の事ですかね? 記憶は引き継がれませんよ。引き継がれるのは器である魂のみです」
「死んだら地獄に生まれ変わったり畜生になったりするんじゃないの?」
「それがどこの死生観かは知りませんがそんな事はありませんよ。人間は人間、畜生は畜生に生まれます。それはこの世の理です、まあ、例外はありますが」
「……」
少年はあまり納得していない様子だった。
「さて、と」
そして天使は唐突に手を上げる。
「ひっ」
と、同時に少年は声を上げる。驚いたと言うよりは何かに恐れているようだ。
「どうかしました?」
「ごめんなさい、ぶたないで、下さい」
少年は酷く怯えている様だ。無理もないだろう、少年は忌み子だった。つまり、手をあげたらぶたれる。という事が頭に染みついていたのだ。
「ふふ、ぶちませんよ。ここは前世と来世の中継地点、ここにまで貴方の罰は持ち込みません」
表情を変えずにそう言って、天使はパチン、と指をを弾く。
すると、石の床から突然大きなテーブルが生えてくる。更には何も無い空間から突如何枚かの皿が出てくる。
その皿には七面鳥の丸焼きやポテトサラダ、スープやケーキ等が乗っている。どれも出来たてで、少年は意図せず涎を流してしまう。
「あの、これ、は?」
「今日はクリスマスですからね」
「……クリスマス?」
少年は首を傾げる。少年の暮らしていた村ではクリスマスという行事は存在しなかった。もしくは少年だけに伝えられてなかっただけかも知れない。それは今となっては知ることはできなかった。
「ああ、クリスマスを知らないんですか。まあ、宴ですよ」
「これ、食べていいの?」
「いいですよ、寧ろ食べてくれないと困ります」
天使がそう言い、もう一度指を弾くと、少年の手の中に一つのパンが生まれる。そのパンは白くて、柔らかく、黒いパンさえあまり食べられ無かった少年にとってはまさにごちそうだった。
「ほんとにいい、の?」
「いいです、早く食べないと冷めてしまいますよ」
少年は意を決してパンにかぶりつく。すると、少年は泣き出してしまった。
「ううっ、ぐすっ」
その様子を見た天使は、
「どうしました? お気に召しませんでした?」
と言い、天使は少年を見る。
「違います、ぐすっ、ぼく、白いパンとか、ひっく、食べたこと、なくて」
「ああ、そういう事ですか、いいんですよ、食べても、どうせ私は食べませんし」
「ううっ、ありがとう、ございます」
そう言うと、少年は黙々と料理を食べ始める。天使はそんな少年無感情に見守る。
やがて少年が満足するまで食べると、少年は天使に問う。
「天使さん」
「何でしょうか?」
「天使さんはどうしてこんなところに居るの?」
天使は少し考える風にして言った。
「……知りたいですか?」
少年は首を縦に振る。
「……私はあの男の……世界を滅ぼした男の守護天使だったのです」
天使はそう呟く。
「しゅご、天使?」
「はい、私は守護天使としてあの男を、いえ、貴方を、導き、そして救う事が出来なかったんです」
「そう、だったんですね」
「はい、これでいいですか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
天使が少年の質問に答えていないことに、少年は気づいていた。でも、少年がそのことについて追及する事はなかった。それは天使が悲しい顔をしていたからだ。
その後も天使と少年は色々なことを話した。悲しかった事、辛かった事。それら全てが元をたどれば天使のせいでもあった事は少年にとっては些細な事だった。少年はこの楽しく、幸せな時間を少しでも長く続けていたかった。
しかしその時は唐突に終わりを告げた。
「……そろそろ時間ですね」
天使はそう寂しげに呟く。
「時間?」
「もうすぐ貴方は次の生を受けます」
「……という事は」
「はい、もうこの時間はお終いです」
「……そっか」
少年は寂しげにそう呟く。
「まあ、もう貴方は貴方では無くなります。記憶も綺麗さっぱり消えて、一からスタートです。だからそんなに気に病む事はありませんよ」
天使は何でも無い事のように言う。
「はい、……あの、ご飯、ありがとうございました。楽しかったです」
「いえ、私も久しぶりに楽しかったですよ」
そう言って天使は微笑む。その微笑みは慈愛に満ち溢れていた。
「最期に言っておきたいことはありますか?」
「うーん、もう少し天使さんとお話がしたかったな」
「そうですか、残念でしたね」
「ふふ、もう少し死んで居たかった、かな」
そう言って、少しの笑顔を浮かべ、少年は生を受けた。次の生も、少年は償わないといけない、それはとても辛い事だった。
「貴方の人生に幸多からんことを」
天使は祈った。次にあの男の魂を持つ者の人生を思って。
「さて、また待たないといけないですね、次は二十年でしょうか、五十年でしょうか」
天使もまた、罰を受けている。それは世界を壊す程の憎しみに侵された男を、救う事が出来なかった罪だ。
そう、この場所は天使にとっての牢屋だったのだ。
天使は待たなくてはならない。あの男の魂を持つ人々を、次は何年先になるか分からない。それでも待ち続けなければならない。
天使はこれからの孤独を思って、少しの笑顔を浮かべ、一筋の涙を流した。