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#1 大星とウサギ⑦

大星の体内に手を突っ込んだくろことましろ。

二人が取り出した物とは――。

『ジャジャ~ン! 銘菓、兎大福~!』


 二人は自慢げにそれを大星に見せてくる。


「…………あぁん? それがオレの天器、なんか?」


 二人の小さな手が掴んでいたのは、唐草模様の紙に包まれた長方形の箱だった。大きさはだいたい『週刊少年○○○○』くらいだろうか。

 大星はそれを受け取ってよく見てみると、包みの上面に『銘菓兎大福』と文字が描かれていた。まさかと思い、紙を破かないように丁寧に包みを開けて中を確認する。


「大福、だな……」


 箱の中は三×四に区切られており、そこに二つだけ大福が入っていた。おそらく胡麻が練り込まれたであろう黒大福と、大きな苺が入った白大福が、共に和菓子職人の精巧な腕で作られたかの如く、見事なウサギを模っている。


「箱が天器で」

「中身が幸福です」


「いやいや、さっき大福っつったじゃねぇかっ!」


 大星はそう叫ばずにはいられなかった。大福を自分の体から出された挙句に「これがあなたの幸福です」と見せられて「やったぁ~大福大好き!」などと喜ぶバカがどこにいるというのか。


「てか二つだけ? プププ、アンタもほとんど不幸じゃないの。知ってたけど」

「くろちゃんっ、笑っちゃダメだよ!」


 くろことましろが何か言っているのを睨んでいると、祈里が言った。


「くろことましろがその天器を穂月ちゃんの中に入れた後、それを穂月ちゃん自身に食べさせるんだよ」

「はぁ? 大福食べさせてどうなんだよ?」

「だからっ、大福だけど幸福なのよ!」


 大星につられるように、祈里まで声を荒げた。


「いい? 天器はすぐには定着しないから、穂月ちゃんが普通に幸福を貯められるようになるまではまだ時間がかかると思う。でもそれを待つ時間がない」


 それにくろことましろが付け足した。


「その大福を食べれば一日は幸福が体内に残るわ」

「モグモグして飲み込んでお腹に入って栄養になって、最終的に天器に辿り付きます。定着するまでは結局無くなっちゃいますけど、体内を巡っている間も幸福は幸福ですから、その間は不幸の影響を受けなくなると思います」


 要するに『食べて吸収する』という手順が時間稼ぎになるわけだ。


「薬みてぇなもんだな」

「あ、でも誤解しないでね。幸福を貯められるようになったからといってすぐに病気が治るわけじゃないし、穂月ちゃんが勝手に立ち直るわけでもない。ただ、それより悪くはならないだろうって話だから」

「ん、ああ、そういうことになんのか……」

「幸福や幸運は薬じゃなくて、人が生きていく為の空気と同じようなものってこと。いまの穂月ちゃんは呼吸すらできていないのと同じ」


 大福を食べさせる行為は言い換えれば人工呼吸器のようなもの。そして天器が定着さえすれば幸福を自分で得ることができる。いわば自立呼吸だ。


「でもね、呼吸しているだけではダメ。それじゃ『ただ生きてる』だけだもの」


 そんな穂月を望むはずもない。


「いまの穂月ちゃんには『希望』ってのが必要よ」


 現在、穂月は運が掴みとれなくなった。それはつまり努力することが出来ない状態にあるということだ。その原因は体調であったり、心の疲れであったり、そんな不幸が及ぼす要因が集まったことによる『諦め』だが、幸福を貯められるようになったからといって勝手に立ち直れるわけではない。穂月自身の力や意志で再び立ち上がる必要がある。むしろそれが薬といえるだろう。


「大星、アンタがこれからすべきこと、理解できたかしら?」


 祈里が心配そうに顔を覗き込んできた。


「あ~、まず穂月の中に天器を入れる。んで、それが定着するまで大福を食わす。そんで同時に希望を与えてやる……?」


 大星はやや不安な面持ちで確認するようにそう言った。


「うん、そういうこと。やっぱりアンタはただのバカじゃないわね」


 満足そうに頷く祈里だが、大星はちっとも褒められている気がしなかった。


「ちなみにだけどよ、天器が定着するのにどんくらい時間がかかるんだ?」


 その問いにはくろのとましろが答えた。


「う~ん、それは分かんないわ。わたしたちはいままで天器移譲に立ち会ったことないのよ」

「そもそも前例が少なすぎますし……。でも、どれだけ早くても一日や二日でどうなることはないと思います」


 現在、手元にある大福は二個。二日分ということになる。これでは足りない。


「そうね。じゃ、次に足りない分の幸福をどうするのかって話だけど――」


 祈里がそう切り出した。


「さっき大星から抜き取ったみたいに、人から分けてもらうことになる」

「あぁん? それって幸福をだよな?」

「そう、幸福を」


 バカな――、大星は瞬間的にそう思ってしまった。


「もちろん最初はアタシの幸福も提供するけどね」


 祈里も当たり前のように言う。


「いいのか? 自分の幸せが減っちまうんだぞ?」


 大星がそう問うと、祈里がおかしなものを見るような目を向けてきた。


「アンタだって不幸の星になったじゃないの」

「いや、そりゃオレは穂月の兄貴だから――」


 天器は大星のでなくてはならなかった。もし誰のでもよかったとしても大星は進んで手を上げただろう。が、それは穂月が家族だからだ。守るべき、愛すべき妹だからなのだ。


 しかし、


「それなら、アタシは穂月ちゃんの友達だから、ってことになるわね」


 祈里は平然と言った。

 それに大星は心が震えた。これも穂月が掴み取った幸運の一つかもしれない。言葉にこそしなかったが心の中でそう思った。


「――そうか」


 実際に礼を口にするのは穂月が無事に助かった後でいい。大星は熱くなった目頭を隠すように首肯した。


「でも、一人から一度に抜き取れる幸福の量は四つが限界なのよね?」

「うん。できなくはないけどね。それ以上は危ないかも」

「急激に幸福が無くなると、天器が正常に機能しなくなる恐れがありますから」


 くろのとましろがそう答える。


「アタシと大星のを合わせても六日分。それで間に合ってくれれば一番いい。けどもし六日以内に天器が定着しなかったら事が事。だからいくらかは人から分けてもらわなくちゃいけないわけよ。でも、アンタがいま気にしたみたいに、誰だって自分の幸福をそう易々と差し出したりしてくれないわよね」


 祈里は「そこでね」と人差し指を立てた。


「奪うんだな?」


 すかさず大星がそう言うと、一同の冷たい視線が突き刺さった。


「アンタ……、やっぱただのバカだわ。っていうかクズ?」

「さいてー」

「大星さん、見損ないました」


 次々と罵倒を浴びせかけられ、大星は思わずたじろぐ。


「い、いや、だってよ。普通に考えたら在り得ねぇだろ?」


 見ず知らずの他人の為に僅かでも自分が不幸に近付いてもいいと考えられる人間は一体どれほどいるだろうか。兄妹や家族ならともかく、赤の他人の為ならなおさらだ。街頭募金に百円玉を入れるのとはわけが違う。祈里が特別なのだ。


「だ・か・らっ、その為の作戦なのよ!」


 祈里はそう言うと、袖口から一本の巻物を取り出し、それをバッと広げて見せた。


「名付けて! 『勝手に”ぎぶあんどていく”大作戦』よっ!」


 その巻物には、大層達筆な字で作戦名が書かれていた。

 予め用意していたらしく、フフンと自慢げな祈里だったが、今度はその祈里に一同の冷たい視線が突き刺さる。


「だっせーなぁ。どうせならもうちょっとマシな名前なかったのかよ」

「センス×ね」

「祈里ちゃん、見損ないました」


 あまりの不評さに「な、なによぉ、みんなして……」と祈里は声を震わし、わざとらしく両手で顔を覆った。


「あ~、嘘泣きとかいいから早くしろ」


 大星がそう吐き捨てると、祈里は「そうね」と真顔で作戦概要の説明を始めた。



『勝手に”ぎぶあんどていく”大作戦』

 ① 何か困っている人、悩んでいる人などを見つける。

 ② 手伝いをしたり、悩みを解決してあげることでその人の幸福を増やす。

 ③ 増やした分から幸福を分けてもらう。



「ま、簡単にいえばこういうこと。これなら誰も損はしないわ。win-winってやつよ!」


 巻物まで用意していた割には、何とも単純明快な作戦内容だった。


「な、なぁ、それ、マジに言ってんのか?」


 だが、なぜか大星は冷や汗を掻くほどに動揺している様子だった。


「え? マジよ、大マジ。アタシがマジじゃなかったことなんてある?」

「あ、ああ、確かにいつもマジに酔っぱらってばかりだったな……」


 そんな皮肉にも、祈里は「でしょ?」と一言。どうやら本気で言っているらしかった。


「でもこれなら誰にも迷惑かけないし」


 祈里はそう言うが、問題はそれを大星が遂行できるかどうか、だった。


「で、でもよォ、それオレがやるんだぜ? 明らかにガラじゃなくねぇか……?」


 大星は不安に満ちた表情でそう呟く。要するに人助けをしようという話なのだ。少し考えただけでも、大星のような輩に悩みを打ち明ける人がいるとは思えず、あったとしてもケンカ系のお誘いくらいなものだろう。


「その見た目じゃそうかもね~」

「大星さんの目つきは、私も少しだけ怖いと思います……。あ、ごめんなさい」


 くろことましろが言う通りだと大星も感じ、「だよなぁ……」と声が洩れる。 

 人には少なからず向き不向きがあるだろう。祈里の作戦は大星自身、自分には向いていない分野だと思った。


「でもまぁ、見た目だけ、よ」

「はい。わたしも怖いのは目つきだけ、ですから」


 しかし、くろことましろはそう言って、繋ぐように大星の手を掴んできた。


「……」

「くろこもましろも神使だからね、ちゃんとした『人を見る目』ってのを持ってると思う。もちろん、アタシも同じ意見よ」


 祈里も手を取り合い、四人は円を描くように繋がった。

 皆にこうまで言われて弱気を見せるようでは男が廃るというものだ。


「フゥ――、ま、ガラだなんだと言っている場合じゃねぇ、か」


 大星は大きく息を吸い、それを吐く勢いで、


「うしっ! やってやる!」と、意気揚々に声を上げた。


 救うために救う。穂月を。人を――。大星はここに決意したのだった。


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