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#1 大星とウサギ⑥

くろことましろは穂月が「不幸の星」であると言う。

それは一体何なのか。

「……あぁん? そりゃなんだ?」


 大星は首を傾げた。

なんだ、と口にしながらも、それが決していいモノではないことくらいは分かる。くろことましろは「穂月が不幸だ」と言っているのだろう。むしろ首を傾げたのはそれにピンとこなかったからだ。


 体調のことだけを見ると、確かに穂月は幸せではないかもしれない。

だが、穂月だって生きている限り何かしらで幸せや喜びを感じることがあったはずなのだ。


何を持ってして『不幸』と呼ぶのか。

ましてやその『星』だとまで言うからには何かしらの定義があるのだろう。


 それを祈里が話した。


「まず『幸福』ってのはね、普通は増えたり減ったりするものなんだよ。美味しいもの食べたり、親切にされたり、友達と一緒に笑い合ったりすれば幸せって感じるでしょ? そういうことで増えていくし、逆に嫌な思いをすれば減りもする」


 祈里は「けど」と続けた。


「穂月ちゃんはいっつもその幸福がゼロの状態、すなわち『不幸』なの」


 それは暗に、穂月が幸せだと感じていない。感じることがない。そう言っているように聞こえた。美味しいものを食べても、親切にされても、友達を一緒に笑い合っても、穂月は幸せを感じていない。祈里はそう言っているのだ。


「そりゃあいくらなんでも……」


 大星は普段の穂月を思い出す。体調が悪い時は別としても、穂月は笑うこともあれば、好きなおかずが食卓に並んで喜ぶこともあった。

それは幸せを感じていたということではないのだろうか。


「要するに穂月ちゃんの場合、幸福だと感じるのがその瞬間だけなの。体に貯まっていかないのよ」


 大星は頭に底の抜けた壺を思い浮かべた。

いくら水を入れても貯まらない底抜けの壺。


 奇しくもそれは的を射たイメージだった。


「穂月はね、人が生まれる時に本来天から授けられるはずの『器』が授けられなかった」と、くろこが。


「幸福を貯める器です。わたしたちはそれを『天器てんぎ』と呼んでいます」と、ましろが補足した。


「幸福を感じても受け止める器が無ければそれは流れ落ちていってしまう。穂月ちゃんのように幸福を受け止めることができない者。それが『不幸の星』と呼ばれる存在よ」


 穂月が幸福を貯められない体で、不幸の星と呼ばれる存在である。


 ――だから? 

 大星が思ったのはその一言だった。


「……穂月はそれでも生きてきたろ。なのに何で急に助からねぇみたいなことになっちまってんだよ?」

「不幸が続くとろくなことにはならない。気は病み、身は蝕まれる。穂月ちゃんは生まれた時からそれがずっと続いている。今、この時も、ね」


 祈里の言葉に大星は、もしかしたら病気もそのせいか、と思った。


「アタシたちが生きていく上では幸せが不可欠よ。でも、穂月ちゃんには『幸福』がない」


 祈里は静かに言葉を紡ぎ、そして続けた。


「でもね、その代わりに『幸運』を掴んできた」


 幸運。運が良いということだろう。


「じゃあ穂月は運が良かったから生きてこられたんかよ……」


 大星の言葉に、祈里は「そんな簡単じゃない」と語気を強めた。


「運を『掴み取ってきた』の。幸運は勝手にやってくるものじゃない。努力して、努力して、ひたむきに前だけ見続けて、それでようやく掴み取れるモノ。穂月ちゃんは幸福がないハンデを背負いながらもずっと頑張ってきた。だからこそ運を掴み取って、いままで生きてこられたの」


 穂月は確かに努力してきた。注射や辛い検査もあっただろうに泣き言は言わなかった。学校になかなか登校できなくてもベッドの上で教科書を開いていた。自分の辛さを周りにぶつけたりしなかった。


「見かけはあんな華奢なのに、強い子よ、ホントに」

「そう、だな……」 


 二人は穂月の努力する姿をずっと見てきたのだ。体が弱いことで苦しみ、寂しい思いをたくさんしてきたのも知っている。


「でも――」


 祈里は目を閉じ、深く息をついた。


「もう限界みたい」


 そして、一拍の間をとってからそう口にした。


 大星は、どういうことだ――、とは聞かなかった。聞けなかった。さすがに分かってしまった。

 穂月は受験を目指して必死になって勉強していた。体調にも散々気を使っていた。

 なのに、その目前で入院というこの状況。

 努力することは容易くない。努力し続けることとなればなお難しい。

 いつまで経っても結果が出ず、報われない。

 穂月は今、その運すらも掴めなくなってしまった、ということだ。

 幸福を得られず、幸運も掴めず。

 その先に待ち構えているのは、精神の崩壊か、絶望に暮れた死のみ。


「…………」


 目の前が一層と闇に包まれたような気がした。祈里は目を閉じたまま、くろことましろも悲しそうな顔をして俯いた。脇に灯されている蝋燭の火と同じく、心までユラユラと危なげに揺れ動いているようだった。




「おう。そんでオレはどうすりゃいいんだよ?」


 束の間の静寂の後、皆と違い、今の話に沈んだ様子のない大星が声を上げた。

 一同の「えっ?」という注目が集まる。


「なんだよそんなツラして。大事なのはこっからだろ?」


 大星は一斉に寄せられた三人の視線に戸惑いを滲ませながらも、さも当たり前のように、平然とそう言ってのけた。


「――アハハハッ」


 すると祈里が笑い出し、くろことましろが顔を見合わた。大星一人だけが「あぁん?」と顔をしかめる。


「あ、ゴメンゴメン。アンタたちはやっぱり兄妹なんだなぁって思っちゃってさ」


 祈里が目元を拭ってそう言った。

 どんなに辛い境遇でもジッと前だけを見つめられるその強さ。たとえ大凶を引いて酷い目に遭ってもまたおみくじを引き、たとえ病気で苦労しても努力し続けた。大星と穂月は笑ってしまうくらいにソックリなのだ。


「兄妹が似るのは当たりめぇだろうが。わけわかんねぇこと言ってんなよ」


 大星はやや不機嫌そうに先を促すと、祈里が「はいはい」と頷いた。


「しつこいようだけど、最後にもう一度だけ確認させて。大星、アンタは、穂月ちゃんを救うためになんだってする。そうだね?」

「ああ」

「それが、例えばアンタ自身にとって茨の道――、細くて険しい、不幸の道を辿ることになったとしても」


 そう言って祈里は悲しげに微笑み、


「それでも、アンタはその道を進むんだね?」と、目を見つめて訊いてきた。


「プッ、笑えてくるわ。穂月が助かる道のどこが不幸なんだよ? ハッピーロードだろ?」


 大星は笑い飛ばした。

 大凶を引き続けてきた大星にとっては、茨の道などそこら辺りの散歩コースと大差ない。その道すがら穂月を救うことができるなら、己が身に降り注ぐ不幸など安いものだ。願いがあれば、目的があれば、そんなものはいくらでも乗り越えられる。大星は心底そう思っていた。


「――うん、わかった。じゃ、くろこ、ましろ、準備して」

『はーい』


 祈里に言われ、二人は座っている大星の目の前までくると、手を大星の胸部分にピタッと当てた。


「お?」

「これからアンタの天器を抜き取って穂月ちゃんに移すんだよ。そうすれば穂月ちゃんは幸福を貯められるようになる。これは兄妹であるアンタの天器じゃなきゃダメなんだ。近ければ近い存在ほど、適応する可能性が高いからね」

「んなことできんのか。もっと早くにやってくれりゃよかったのによ」


 そう言った大星にくろこが「ホントにわかってんの?」と突っかかった。「今度は大星さんが不幸の星になるんですよ?」とましろも言う。


「運を掴み取れば生きていけんだろ? 今まで穂月がしてきたことが兄貴のオレにできねぇわけがねぇ」


 大星はニカッと笑みを浮かべた。決して強がりなどではなく、その自信があった。


「ほれほれ、ちびっこども、早くやってくれや」

「ちびっこじゃない。くろこっ」

「ち、ちびっこじゃないです……。ましろ、って呼んでください」


 二人はそれぞれ文句を口にすると、胸に当てていた手をグッとその中へ押し込んだ。大星から見ると何とも気味の悪い光景だった。感覚自体は全くないが、確かに自分の体内に手を突っ込まれている。しかもゴソゴソと音まで聞こえてくる。


 そしてくろことましろは、まるで箱からくじを引き当てるかのように、大星の体の中から『あるもの』を抜き出した。


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