#1 大星とウサギ⑤
ウサギが喋った。と思いきや、今度はバニーガール姿に――。
「くろことましろはね、ここ卯上神社に祀られてる神使なの」
「……しんし?」
「神様の使いと書いて『神使』よ」
神使――。
ここ卯上神社でウサギが祀られていることは大星も知っていた。朱鳥居をくぐったすぐには狛犬ならぬウサギの石像が建てられているし、今いる本殿にもウサギが模られた置物や絵などが目に入る。猿や亀などが全国的にも有名だが、神として祀られている動物がその神社の境内に実際にいたり飼われていたりするのはよくある話で、だからここ卯上神社にもこうしてウサギがいるということ自体は何らおかしい話ではない。
ただし喋らなければ。
ましてや人間の姿にならなければ。
「そう。わたしたちはね、神様の声が聞こえるの」
「神様の声に従って、悪い気を払ったり、良い気を集めたりするのがわたしたちのお仕事なんです」
くろことましろはそう自分たちのことを説明する。
だが、大星からすれば俄かに理解できるはずもない。祈里が自分をからかって内心ほくそ笑んでいるのではないかと訝しみさえした。それでも目の前にいる二匹を見ると、これが夢や冗談の類ではないと嫌でも思い知らされる。それにやはり祈里がこんな悪趣味な冗談をするとは思えなかった。
実際にこの目で見てしまった以上は百歩譲ってそういう存在がいるということは認めるしかない。が、だとしても、どうしてその神使が今この場に出てくるのか。その理由が明らかにされなければ何一つ納得することなど不可能だ。
「んで、さっきのは話は続きがあんだよな?」
大星がここにきた理由、ここに呼ばれた理由は、願いを叶える為のコツとやらを聞く為。さすれば、その話をこの二人が――、もしくは神様がしてくれるのか。そうでなければあたふたした甲斐もないだろう。
「ええ、その通りよ。この子たちが実際に見て、感じたことをこれから話すわ。でもその前に――」
祈里はそう言うと巫女装束の裾を正し、姿勢を整えた。こうして見ると普段のただれた姿など想像もできないほどに神聖さが感じられる――、はずなのだが、神使の二人と並んで座っているこの光景からは神聖さとはかけ離れた、むしろ如何わしさすら漂っていた。
なにせ巫女さんとバニーガール(少女)なのだ。
この二つのコスチュームが揃うのはキャバクラのコスプレイベントかエッチなお店しかないだろう。
そんな大星の不安はいざ知らず、祈里は至って真面目に話し始めた。
「大星、これから話すことはアンタが想像しているより遥かに辛いものだと思う。アタシでさえね、それを知ったときはホントにキツかったし、今だってそう。誰にも告げずにアタシとこの子たちだけで何とかできれば一番良かったんだけど、どうしてもアンタの協力が必要だった。それでも、話すべきかどうか、アタシはまだ迷ってる……」
祈里は見るからに話を切り出しにくそうだった。くろこもましろも同様に顔色が優れない。その様子からも只事ではない雰囲気がヒシヒシと感じられる。
「あ~、穂月は助からねぇ、さっきそう言ってたよな? 要はそれがマジだってことだろ?」
しかし大星は自らその話を振った。ここまで言われればさすがに分かる。
「で、まだ何とかできるかもしれねぇってわけだ」
「え、あ、うん、そうだけど……」
祈里はやや戸惑いながら頷いた。
「ウダウダと前置きが長ぇなぁ。正月にやってた十二時間の時代劇じゃねぇんだからよ~。穂月の受験までそう日もねぇし、何とかする方法知ってんならとっとと話してくれや。らしくねぇ」
辛い現実を突き付けるだけなら、そもそも祈里はこんな話をするはずがない。たとえそれがどんなに困難な道であろうとも、そこに希望がある以上は大星に『それをやらない』という選択肢は存在し得なかった。
「祈里ぃ、だから言ったでしょ」
「祈里ちゃんは心配症です」
くろことましろに指摘され、キョトンとしていた祈里はその顔に笑みを浮かべた。
「そだね、ゴメン。覚悟がなかったのはアタシだったかも」
祈里はそう言って立ち上がると、御神体に捧げられていたお神酒――、一升瓶の蓋をおもむろに開けて口を付け、ゴクゴクと喉を鳴らして飲み始めた。
茫然とそれを見守る三人。
「プハァ~~、うんまいっ。それじゃ、本題に入りましょうか!」
祈里はいつもの調子を取り戻したようだったが、酔っ払ってもらっても困る。それをいち早く察したくろことましろが一升瓶を奪い取るまでは一瞬の出来事だった。
まず祈里が話したのは事故の直前の話だった。
元旦、おみくじを引き終えた大星と穂月が社務所を去ったすぐあとのこと、ウサギ姿のくろことましろが本殿から勢いよく飛び出していく姿が祈里の目に入った。普段から神社の境内を走り回っている二匹だがその時は明らかに様子が違い、気になって窓口から覗いてみるとちょうど穂月が二匹を追いかけているところだった。
まずはそれが異常事態ともいえるべき状況だった。
体の弱い穂月が走っていることではない。くろのとましろの存在に二人が気付いていることこそがおかしかった。
「この子たちの姿はね、誰にでも見えるわけじゃないの」
実際、大星たちが神社に遊びに来ている時も二匹はその近くを走り回っていたこともあった。それでも過去、その姿に気付いたことは一切なかった。だがあの時、確かに穂月はくろことましろを抱きかかえていたし、現にこうして大星にもその姿がしっかりと見えている。
「ホントに驚いたよ。『えっなんで?』って声が出たもん。でも次の瞬間にはもっと驚かされたけど」
大星がトラックに撥ねられたあの事故だ。
「なっちんが血相を変えて飛んできてさ、アタシも音は聞こえてたからすぐに分かったよ。その後は救急車呼んだり、病院に付き添ったりでバタバタして、アンタたちの処置も終わって落ち着いたころにね、この子たちに話を聞いたの」
その続きをくろことましろが請け負った。
「あの時、すっごいイヤな感じがして本殿を飛び出したのよね」
「う、うん。でもその時はまさかお二人に見られてるなんて思いもしてなかったです」
バニーガール少女たちは顔を見合してそう話す。
「イヤな感じって、あのトラックのことか?」
「違う。感じたのはもっと大きな、悪い気の塊だった」
「あんなに強く悪気を感じたのは初めてでした」
あのトラックにしたって様子がかなり妙だった。結局大星と接触した後も猛スピードで走り去り、その運転手は未だに捕まっていない。トラックすらも見つかっていない。
悪い気というのが如何なるものかは分からなかったが、穂月も大星自身も入院する羽目に陥った結果だって十分悪いことだといえる。
しかし、くろことましろはそれよりもさらに大きな何かを感じていたのだ。
「それはすぐに分かったわ」
「穂月ちゃんに抱っこされた時に分かりました」
二人は声を揃えて言った。
『不幸の星』
と。