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#5 幸せを感じる瞬間(とき)③

 生徒指導室のドアが開いた。

 中からは山王高校の教師に付き添われて虎丸が出てくる。相変わらずのマスク姿だ。どうやらお説教中もマスクは脱がなかったらしい。

 大星はそれを見計らって生徒会室から顔を出した。


「よォ、こってり絞られたか?」


 虎丸はニヤつきながらそう言った大星を睨む。 


「あ、キミ、ちょうど良かった。怪我はしてないかね?」


 すると山王の教師がそう声をかけてきた。


「オレは何ともねぇですよ」

「そうか、今からコイツを連れて病院に行くところなんだ。怪我させてしまった子に謝罪をしにね。その前にキミにも謝らせようと思ってた。ほら、虎丸。頭を下げろ」


 教師に無理やり頭を掴まれた虎丸は、


「ワイのマスクに触るなや!」


 と、叫んでそれを振りほどく。


「おい!」

「ああ、別にいいっすよ。コイツに頭下げられたって何の価値もねぇですし。怪我したウチの一年もこんなヤツの顔見たくねぇだろうし、病院に行くのは遠慮してもらえますかね?」


 大星はそう言うと生徒会室のドアを大きく開けた。中から奈智が出てくる。


「虎丸くんには生徒会室で反省文を書いてもらうのはどうでしょうか? それを私が責任を持って怪我した子に届けますので」

「いや、そういうわけにはな……」


 奈智の提案にも教師は難色を示したが、


「んじゃ、コイツは生徒会が預かるっつーことで」


 大星は強引に虎丸を生徒会室へと放り込み、中へと入って鍵をかけた。


「こら、開けなさい!」


 ドアを叩く教師の声が聞こえてくるが、そちらは外に残った奈智がなんとかしてくれるだろう。


「……何のつもりや? ここでケンカをおっぱじめるつもりか、じぶん」


 虎丸は訝しげに室内を見渡しながら言った。室内には二人以外に誰の姿も見えない。


「別にそれでもいいけどよォ。オメェ、腕痛めたろ? そんなヤツをブッ飛ばしたって面白くもねぇ」


 虎丸からは鼻を突く湿布薬のにおいがしていた。


「ハッ、まんまとやられたわ。あのウサ公ども、鉄みてぇに硬くなりおってからに……」


 両腕を擦りながら虎丸は言う。


「まぁええ。ケンカせぇへんのやったらなんや? じぶんもワイにお説教か?」

「いや、オメェに会わせてぇ人がいんだよ」


 大星の発言に虎丸が「あ?」と声を上げた瞬間、室内の一番奥に置かれていたウサギの着ぐるみが動き出す。


「な、なんや?」


 虚を突かれた虎丸が驚くと、着ぐるみはくすくすと笑い声を上げた。そして、そのウサギ顔を取った。


「あ、あ、あ、あああああああああ!」


 そこから現れた顔を見て、虎丸は震えながらに絶叫した。


「なんでや、なんでなんや……。卒業するまで会わへんって、迎えに行くって言うたやないでっか、祈里はん……」


 そう。もちろんのこと、着ぐるみの中から顔を出したのは祈里だ。

 虎丸は祈里に送った手紙の中に、まさにそう綴っていた。


 一方的なラブレター。

 高校卒業と共にプレゼントを持って迎えに行く。それまでは会わない、と。


 所詮はストーカーの戯言に過ぎないが、その妄想染みた願いをぶち壊してやることこそが、虎丸にとって最もダメージを与えられると大星は考えた。

 こがねから聞いた話では、虎丸は卒業後に祈里を迎えに行くプランをかなり練り込んでおり、こがね相手に何度も予行練習までしていたらしい。

 その努力も全てこの瞬間に水泡と化したのだ。


 だが、当然これだけではない。


 今度は掃除道具入れがバンッと開き、


「こ、こがね……?」


 その中から人の姿をしたこがねが登場する。その両手にたくさんの包みを抱えて。


「そりゃ! いままでワイが集めた幸福やないんかっ!」


 こがねが手にしていたのは過去、虎丸が他人から奪っていた幸福、寅印のようかんだった。虎丸は笹原からだけでなく、こがねに命じて山王野球部を初めとする様々な人から幸福を奪っていた。しかもそれを祈里へプレゼントしようと計画していたのだ。


 惚れた女を幸せにするのが男の役目。


 日頃から虎丸はそう口にしていたそうだ。その幸せが他人から奪ったものなのだから、何とも馬鹿げた話である。


「よいしょっ」


 こがねはそれを長机の上へと置いた。その一つを祈里が手に取り、冷たい視線で眺めている。


「こ、こうなったらしゃあない。祈里はん、それ、ワイからの贈り物なんですわ。受け取ってください」


 虎丸は完全に動揺しきっている。

 そんな虎丸に向けて祈里が言った。


「アンタのは?」

「へ?」


「いや、本気でアタシのこと好きなんでしょ? じゃあアンタの幸福はアタシにくれないの?」

「あ、せやせや、忘れてましたわ。えろうすんまへん。こがね、ワイの幸福、全部抜いて祈里はんに渡してくれや」


 あたふたする虎丸にそう言われ、「ほいなぁ」とこがねは幸福を抜き取って祈里へと手渡した。


「どうでっか? ワイは本気でっせ?」


 そう誇らしげな虎丸を祈里は手で制し、


「アタシの嫌いなモノを二つ教えてあげようか」


 と、一言。


「一つは甘いモノ」


 祈里がそう告げると虎丸はその場で硬直する。大星は笑いをこらえるので必死だった。


「もう一つはね……、アンタだよ、と・ら・ま・る!」


 限界だった。


「プッ、ギャハハハハハハ」


 大星が吹き出した。そして祈里の背中にくっついていたくろことましろが姿を露わにし、


「プフフフフッ」

「アハハハハッ」


 と、指を差して笑い出す。


「なんやこれ……」


 虎丸はそう呟くと、


「こんな茶番はもうええ! ワイの純情踏みにじりおってからに……。こがねっ、このアホとウサ公、噛み砕いたれやっ」


 と、命令する。

 しかし、


「イヤや」


 こがねはプイッとそっぽを向いた。


「な、……なんやと?」

「もうウチはそこにおる大星はんの女になったや。アホの言うことは金輪際聞かへんねん」


 茫然とする虎丸。そこに大星が追い打ちをかける。


「どうだ、身に沁みたか? いままでテメェはこれを他人にしてきたんだよ。もっと苦しんでるヤツもいる。不幸の重さを思い知れや!」


 恋も、己の幸福も、傍にいてくれる人さえも、その全てを失った虎丸は完全に灰と化していた。

 虎丸が不幸にした人の苦しみ、そして生まれ持った不幸に苦しむ穂月のことを思えば、これでもまだ大星の怒りは収まらない。

 だが、これ以上やってしまえば大星もまた虎丸と同じということになってしまう。


「サト姉」


 大星が合図を送ると祈里は頷き、崩れ落ちた虎丸に声をかけた。


「ねぇ。アンタはこれから人に幸福を与えるように努めな。不幸を知ったアンタにならそれができる。そうだね……、百人、百人の幸福を増やせたらアンタの幸福も返してあげようかな」


 祈里の言葉に、虎丸がピクリと反応した。


「……ート」

「え?」

「ワ、ワイがもし百人幸せにできたら、デートしてくれまっか?」


 虎丸は顔を上げて祈里を見つめた。


「ほら、祈里っ」

「祈里ちゃん、ここは頷いておかないとっ」


 あからさまに嫌な顔をする祈里だったが、空気を読んだくろことましろに背中を押され、


「ま、まぁ、そ、そうね……」


 と、渋々ながらに首肯した。


「ほんまやなっ。約束したでっ」


 一気に立ち直った虎丸は早速、生徒会室を出ていった。


「こがね、オメェが虎丸の監督役だ。責任果たせよ」


 大星がこがねにそう告げると、


「じゃ、じゃあ、頑張ったらウチにもご褒美くれるんかなぁ?」


 と、甘えた声で言ってくる。それにすぐさま、くろことましろが「う~っ」と唸った。


「あぁん? あ、ああ、まぁ、考えておいてやる……」

「うん、じゃウチも行くなぁ。また近い内にお会いしましょ」


 こがねも笑顔を携えて虎丸の後を追っていった。


「ハァ……、ま、これで何とかなるだろ」


 深い溜息の後、大星がそう呟くと、


「ふ~ん、ご褒美ねぇ~」

「へぇ~、考えちゃうんですねぇ」


 と、くろことましろがジト目で大星を睨んでいた。

 そして、


「ほほう……、おーいっ奈智ちゃ~ん!」


 と、自分のことは棚に上げて祈里が叫ぶ。


「お、おいっやめろって!」


 大星は慌てて祈里の口を塞ぐと、


「それよりちょっと聞いてくれ。オレ分かった気がすんだ」


 と、切り出した。


「もひかひて大星、自分ふぁモテてるんひゃないは~とふぁいああいふぁよふぇ?」


 口を塞がれた祈里がモゴモゴしながら何かを言うが、大星はそれを無視してこう付け加えた。


「穂月の現状を打破する方法がなんかこう、ぼんやりと見えた気がする」 

「え、ほんとなの?」

「すごいです、大星さん!」


 努力し続けることに疲れ果て、不安を感じ、自身の存在を諦め掛けているという穂月。そんな現状を打破する方法。穂月が再び自らの力で立ち上がる為の『きっかけ』が、大星には今の一件から見えた気がしていた。


 笹原たちからの幸福はもうすぐ手に入る。

 その上でこの『きっかけ』を活かすことができれば、穂月は窮地を脱することができるかもしれない。少なくともやってみる価値はあると思えるものだった。


「いや、でもまだ具体的にどうすりゃいいかは……、まぁいい。とにかく意見聞かしてくれ。あっと、奈智も呼んでこねぇとなっ」


 大星は足取り軽く、奈智を呼びに出たのだった。


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