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#5 幸せを感じる瞬間(とき)②

 試合の終わったグラウンドではしゃいだ後、一同は学食にて昼食を取り、ここ生徒会室へと場所を移した。部外者の祈里がいることで何か言われるかとも思ったが、校内のお祭りムードが影響したのだろう、一緒に食事を取っている際も特に怪しまれることはなかった。ちなみに着ぐるみはすでに脱いでおり、私服姿となっている。


 あの後、大星たちは虎丸との決着を付けに行こうとしたのだが、一歩間違わなくても傷害事件並みのことを仕出かした虎丸は、今もまだ生徒指導室にて天川・山王両校の教師方に取り囲まれてお説教を受けている。ここ生徒会室はその向かいに位置するので、虎丸が解放されれば分かるだろう。


「しっかしアイツはやっぱとんでもないヤツだったね~。昔から全然変わってない」

「そうですね。矢場くんがバットで叩かれたときは本当にヒヤリとしました」


 祈里と奈智が話す。


「そうだ、くろしろ。助けてくれてあんがとな。あのままやられてたらヤバかったわ」


 くろことましろが盾になってくれていなかったら、病院送りでは済まなかった可能性だってある。


「べ、別にアンタを助けたわけじゃないけどっ」

「大星さんがやられちゃったら穂月ちゃんが泣いちゃいますから」


 大星が素直に礼を言うと、くろことましろは照れくさそうにそう言った。


「ほんまごめんなぁ。あのアホにはウチも手ぇ焼いとるんや」


 すると、こがねが頭を下げた。


「いやオメェ、ついさっきまでそのアホにベタボレだったじゃねぇかよ。惚れた相手の為には何でもする~とか言ってなかったか?」


「ややわ~大星はん。女に過去の男の話を振るなんて野暮っちゅうもんやよ。あ、せやけどな、惚れた男の為に何でもするっちゅうのんはほ・ん・ま」


 こがねは懐から小さな包みを取り出すと、それを大星に差し出した。


「なんだこりゃ? ようかん?」

「せやよ、寅印の芋ようかん。ウチがあの野球少年から抜き取った幸福や。これでウチのこと許せてもらえへん?」


 どうやらこのようかんが笹原の幸福らしい。くろこたちの大福と同様に、こがねが抜き取るとそれがようかんになるようだ。


「これからは大星はんの言うことちゃんと聞きます。この身の全てを捧げます。せやから……」


 こがねはまるでイタズラをして叱られた子供のように許しを請うてくる。確かに悪いのは虎丸であり、こがね自身も恋に盲目だったとはいえ悪事だという自覚があったのだ。このまま虎丸の元へと返す方が危険かもしれない。


「あ~、ええっと、こがねちゃんだったっけ?」


 そこに祈里が割り込んだ。


「……はい」


「アタシはね、このくろことましろが住む神社の巫女なんだけどさ、アナタも神使なら住むべき神社があるのよね? 虎丸はそこの関係者ってこと?」


 言われてみれば、大星はまだ虎丸とこがねがどういった関係なのかを聞いていなかった。もし祈里が言った通りなのだとしたら、虎丸の元を離れるというのは同時に神社をも離れるということになる。


「あ~、神社は一応大阪に……。せやけどぉ、そこには帰られへんの、ウチ」


 その理由を、バツが悪そうにこがねは話す。


 当時、中学校を卒業した虎丸はわざわざ大阪を出てまで祈里の卒業校である山王高校へと進学した。だがそれはほぼ家出同然のことだったようだ。

 寅坂神社の主である虎丸の親はやんちゃし放題の息子を目の届かないところにやることに猛烈な反対をしていたらしい。


「でもな、虎丸はあの性格やから一度言い出したらまったく聞かへん。結局、親の反対を押し切って神社を出ることになったんやよ」


「じゃあオメェはそのお目付け役に選ばれたっつうわけか?」


 親としても神使が見張ってくれていれば、という希望があったのではないだろうか。大星はそう思った。


「ちゃうねん。ほんまはウチじゃなくてな、もう一人の神使の方がお目付け役に選ばれとってん」


 どこの神使もくろのとましろのように二人一組になっているもの、と祈里が注釈を入れてくれた。


「ウチ、あのアホに惚れてしもうてたから離れてまうのがイヤやった。せやから相方の神使、出し抜いてこっちについてきてしもたんよ」


 おそらく帰ることがはばかれるくらいの出し抜き方をしたのだろう。でなければ虎丸への思いが冷めてしまった今、大阪へ戻ることを考えてもおかしくはない。


「でもなでもな、帰れへんから言ってるんやないの。その……、大星はんにな、惚れてしもたからな、そばにおりたいって、そう思てるん」


 こがねはやや頬を上気させつつ、本気の目をしてそう語った。


「どうすんの大星。こりゃこの子マジだよ?」


 祈里がそう言うと、くろことましろが「う~」と睨んでくる。祈里から一部始終を聞かされていた奈智までもが大星が何と答えるかに耳を傾けていた。

 大星は多方面からの妙なプレッシャーを感じつつも真剣に頭を働かせていた。もちろんこがねの想いに応えるか否かといった類の話ではなく、この後どうするべきか、ということだ。


「よし」


 大星が頷くと、


『えっ?』


 と、皆の声がユニゾンし、こがねの目が輝きに満ちた。


「あぁん? いやいや、勘違いすんじゃねぇって。そりゃこがねの気持ちは嬉しいけどよォ、とりあえずそれは一先ず横においておくとしてだな」


 一同からの誤解の眼差しを受けた大星は慌ててその場を取り繕うが、


「ふ~ん、嬉しいんだぁ?」

「へぇ~、大星さんはは嬉しいんですね~」


 と、くろこ、ましろ。


「ほほう。だそうよ~、奈智ちゃん?」


 と、祈里。


 そして、奈智までが、


「…………」


 と、真顔で見つめてくる。


「ウチの気持ちに喜んでくれるやなんて、ほんま嬉しいわぁ」


 ただ一人、こがねだけがニコニコとしていた。


「オマエらなぁ、人の話は最後まで聞けよっ。いまオレらが考えなきゃなんねぇのはあのバカ野郎をどうすんのかっつうことだろ!」


 大星がそう声を荒げると、それに反応したのは祈里だった。虎丸への積年の恨みを忘れていたわけではないらしい。


「そうだったそうだった。で、なんか思いついたの?」

「まぁな、その前にこがねにいくつ質問してぇんだけど」

「ええよ! 大星はんの為になるんなら何でも話すっ」


 そうしてこがねから聞き出したのは虎丸の弱点と呼べるものについてだ。ただブッ飛ばすだけで虎丸は懲りたりなどしないだろうし、大星の心象的にもそれだけでは生温い。


「野郎には不幸のどん底っつうもんを味わってもらおうじゃねぇか」

「腕が鳴るわね」


 大星と祈里はその顔に悪そうな笑みを浮かべた。いつもならこんな企みには賛同しそうにない奈智でさえも乗り気だった。くろことましろ、そしてこがねまでもがニヤリとしている。


 胸の内は様々ながら皆一様に、虎丸には罰が必要だと感じていた。


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