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#1 大星とウサギ②

 *――

 

 四年前、初めて大凶を引いて迎えた中学二年、三学期二日目のこと。

 それは歴史の授業だった。『ある戦国武将の生涯』と題されたレポートが冬休みの課題となっており、それをノートにまとめて提出することになっていた。


 だがその際、大星はなぜか当時書き連ねていた日記を提出してしまったのだ。


 その内容は決して他人には見せられない妄想の塊で、大星も厳重に隠していたはずだった。にもかかわらず、それを学校にまで持ち出し、ましてや気付かずに提出してしまうなど、まさに天の悪戯としか思えない。

 教師は誰にも言わずにそっと返却してくれはしたが、その日記帳の最後のページには、


『キミのことはよく分かりました。ですが、キミは戦国武将ではない』


 という冷静なコメント書き添えられており、それ以来、大星は日記を書くのを止めた。

 

 


 三年前、中学生活も大詰めとなった二月のこと。

 大星は高校受験当日に大雪に見舞われた。それは観測史上最大の大雪となり、もちろん交通の便は全て止まった。

 それでも大星は三時間もかけて徒歩で受験会場に向かった。見慣れたはずの街中は白く様変わりし、依然として振り続ける雪で遭難寸前まで陥った。

 そんな中、命辛々やっとの思いで受験会場に到着した大星を待ち構えていたのは、


『延期再試験だよ? 昨日の内に連絡が回ってるはずだけど』


 という警備員の一言。

 確かに大星以外の受験生は誰一人としてなかった。緊急連絡網で伝えられているはずのその情報が、なぜか大星にだけは回ってこなかったのだ。

 結局それが原因で風邪を引き、再試験も苦労する羽目になった。

 



 二年前、高校二年の夏のこと。

 大星はとある雑誌で見つけた全員プレゼントに応募した。

 それは当時、誰にも秘密で憧れていたグラビアアイドルのカードで、定額小為替を同封することで全員に送られるというものだった。大星もわざわざ郵便局に行き、五百円分の小為替を購入して、封書をポストに投函した。

 しかし大星の元にそのカードは届くことはなかった。送った時点で全員当たるはずだったにもかかわらずだ。

 もちろん問い合わせたが、


『発送済みです。在庫はもうありません』


 と冷たくあしらわれた。未だにそれは届いていない。

 



 そして去年。まだその記憶も新しい三か月ほど前のこと。

 大星は生まれて初めて告白というものをした。一つ下の後輩女子だった。

 しかしあえなく振られる結果となり、その際に言われたのが、


『それだけは勘弁してください』


 という、真顔の一言だった。

 

 ――*



「それ、ほとんど自業自得じゃ――」

「うるせぇ! ちくしょう……、ちっくしょう……。神様の野郎、オレを、オレを見放しやがった……」


 大星は地面を叩き、嘆いた。


 何とも辛く、思い出すだけで胸が張り裂けそうになる四年間だったのだ。それと同様の一年がまた今年も始まってしまうとなれば嘆かずにはいられない。


「ほ、ほら、お兄ちゃん。詳しく書かれた内容にはいいことが書いてあるかもしれないよ?」


 穂月はしゃがんで大星の背中を撫でながらにそう慰める。


「そ、そうか……」


 大星は言われるがまま、握り締めていたおみくじ結果へと目をやった。が、どれを見ても傷口に塩を塗るような内容ばかり。健康も、金銭も、ただの追い打ちにしかならなかった。


 しかし、ただ一つだけ、目を引く項目があった。


「願望……『叶えよ』……?」


 穂月のおみくじには『概ね叶う』とされていた願望の項目だ。大星のそれには『叶えよ』と記されていた。


「自分の手で叶えてみせなぁ、ってことよォ」


 祈里が答えた。


 ――『叶えよ』


 大星が今最も強く持っている願望とは、先程賽銭を奮発して願った穂月の健康と受験成功だ。

 それをこのおみくじは自分で『叶えよ』と言っている。『叶わず』でも『諦めよ』でもない。

 絶望と災難が渦巻いたこの一枚の紙切れの中で、それだけが唯一輝く希望かのように大星には感じられた。こうなった以上、自らに降りかかるであろう災難には耐える他ない。


「……穂月。帰って勉強すっか」


 だが、妹の人生が自分の手にかかっているというならばその責務は重大だ。

 見た目はワルな大星だが成績までは悪くない。今までも穂月がわからないと訊いてきたときには答えてやっていた。

 穂月の本命は公立高校なので受験日は三月。その前に滑り止めとして私立も受けるのでそれが二月にある。要するにこの一月は今までの積み重ねを確認するべき重要な一カ月となるわけだ。


 何としても穂月を志望校へと合格させる。願いを叶えてみせる。


 大星の心には熱い火が灯っていた。もちろん健康に気を遣うことも忘れてはいない。無理をさせれば元も子もないのだ。健康と受験を両立させるにはそれ相応のプランが必要となってくる。


「うん。じゃあ、またね、祈里さん」

「うーい、いつでも息抜きにおいで~」


 大星は頭の中ですでにその計画を立て始めていた。


(まずは体を冷やさないようにあったけぇ雑煮でも食わして……、苦手な教科から……)


 穂月は手を振る祈里に別れを告げ、大星の後に付いてくる。


 二人は参道を歩き、鳥居をくぐった。

 その時、


「あっ!」と、穂月が声を上げた。

 すると、二人の足元をぴょんぴょんと二つの影が通り抜ける。


 二匹のウサギだった。


 一匹は耳のピンとした黒ウサギ。

 もう一匹は垂れ耳が特徴的な白ウサギ。


 その二匹が二人を追い越して神社の外、車道側へと飛び出そうとしていた。

 それを止めようと、穂月が走って追いかける。


「お、おい!」


 体の弱い穂月にとって走ることは非常に好ましくない。止めるのが一歩遅れてしまった大星だったが、穂月は車道に出てすぐのところで追いつき、その二匹を抱きかかえた。


「ったく……」


 しかし、大星が歩み寄ろうとした時、穂月はその場でふらついてしゃがみこんでしまった。


 ――ブォォォォオオォォォォ!


 瞬間、けたたましい音が耳をつんざいた。

 大型トラックが穂月を目がけて大きなエンジン音を鳴らし、迫ってきている。


「穂月!」 


 大星は動いた。

 一瞬の出来事だった。荒々しくはあったがこの際仕方ない。

 しゃがみこむ穂月の襟元を掴み、勢いよく路肩に引き寄せる。


(間に合っ……)


 そう思った束の間、穂月を引き寄せた勢い余って大星は車道側に少しだけその身を飛び出してしまった。


 ゴンッという鈍い音と共に背中の右肩辺りに強い衝撃が襲う。

 視界がぐるりと回った。

 時がゆっくりと進んでいくような錯覚に陥り、どれだけ吹き飛ばされ、どれだけ転がったかは分からなかった。

 

 やがて背中に地面の冷たさが感じられた時、大星の目には空が映った。

 

 曇り空。真っ白な雪が降り始めている。


 それは次第に暗闇へと変わっていった。


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